28 嵐の日の出来事
嵐の日は安全第一で。
――窓の外では、ごうごうと風が吹き荒れている。カミナリは鳴っていないし、雨もまだそれほど強くないけれど、時おり叩きつけるような音で雨粒が壁や窓を叩いている。まさに嵐、と言うべき天気。大型の台風が近づいてきているのだ。
「……物干しも全部、地面に寝かせたし転がる物は家の中に入れたけど……こりゃ、雨戸を閉じて閉め切った方がいいかな。裏は閉めておいたけど、もう表の雨戸も閉めるかな」
「そうした方がいいかも。他所から何か飛んでくるかもしれないし」
父さんと母さんが、テレビの台風ニュースを見ながら話している。国営放送では台風ニュースが特番扱いでずっと流れていて、定期的に台風の進路予想とかを説明していた。すでに進路上にある海沿いの県とかでは、かなりの水の被害が出ているようだった。僕らの家のある地域も予測進路の範囲にあるから、このままの勢いで台風が移動するようなら、水の被害はともかく、風の影響で街路樹や家の屋根なんかが折れたり壊れたりするかもしれない。用心は必要だ。
「台風の時には、『壊れそうなモノはしまえ』『危ないモノはしまえ』だっけ??」
「犬を外で飼ってる家だと、『犬をしまえ』みたいな事も聞くなあ」
春奈の言葉に、僕も思い出した事を口にしてみる。もっとも、僕らの家ではペットを飼っていないし、よくある『台風の時に川の様子を見に行く』みたいな、お年寄りもいないし農家でもないので畑の様子を見に行く必要もない。雪奈ファームでキュウリや蔓豆は作っているけれど、台風でどうにかなっちゃったら仕方ない、ぐらいのつもりで栽培しているシロウト家庭菜園だし。オクラの鉢は玄関先にしまった。特に問題はないだろうと思う。雪奈ファームのカエル従業員は、勝手にどこかへ避難しているだろう。
――あれ??何か、不自然さを感じるぞ。
こういう時に、何か不謹慎な感じのセリフを口にしつつ、嵐のおとずれを喜びそうな雪奈が、えらく静かにしているような…………
「お兄ちゃん、ところで雪ちゃんは??アイスでも取りに行ってる??」
「えっっ」
僕はとっさにキッチンの方向を見る。僕が今いる場所からは冷蔵庫までの視界が通っているから、雪奈が冷蔵庫をあさっていれば姿が見えるはず――しかし、雪奈の姿はない。もしかすると、向こうの部屋の窓際で、風に吹かれるキュウリの葉っぱでも応援しているのだろうか。
「お兄ちゃん!!雪ちゃんが!!」
「えっっ?!」
春奈の声に振り向く。と、春奈が見ている視線の先、リビングの大窓の外に、雪奈がこちらに横顔を向けるようにして立っていた。雪奈お気に入りの、黄色のカッパを着込み、吹き荒れる嵐の風を、真正面から受け止めている。僕らがただ驚いている中、雪奈はカッパの裾と、めくれたフードをバタバタとはためかせつつ、腕を、手を、ゆっくりと動かし、片方の手を天に向け、もう片方の手を不思議な角度で固定する。
――間違いない。雪奈のやつ、この嵐の中で、何かをして遊んでいる!!
『 天 !! 』
雪奈が、天に届けとばかりに、よく通る子供らしい声で叫んでいた。その声に、父さんと母さんも窓の外の雪奈に気づく。慌ててこっちへ駆け寄ってくる。
『 地 !! 』
雪奈が、大地を指さし、地よ震えよとばかりに、よく通る子供らしい声で叫んでいた。父さんと母さんが「戻ってきなさい!!」「何やってるの!!」と叫ぶ。
『 人 !! 』
雪奈が、何やらフニャフニャと不思議な腕の振りで変な方向を指さしつつ、万人よ我が声を聞けとばかりに、よく通る子供らしい声で叫んでいた。
父さんと母さんは「コラ―!!」「すぐにやめなさい!!」と怒っている。お説教確定だ。
『 グレート・ハリケーン !! 』
雪奈が、吹き荒れる風に向けて、全霊を込めた気合いをぶつけんと、よく通る子供らしい声で叫んで――――僕らの視界から瞬間的に消えた。おそらくは突風に吹き飛ばされたのだろう。直前に『 ボウッ 』という感じの、すごい音がしたし。
「ギャー!!雪ちゃんが消えた!!」
「うわぁ――!!」
「言わんこっちゃない!!」「まったくあの子は!!」
父さんと母さんが玄関から飛び出して、すぐに雨でびしょびしょの雪奈を回収して戻ってきてくれたので、僕と春奈は一安心した。
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「もうしわけございません。ちょうしに乗ってました」
バスタオルで乱暴に水気を拭き取られた雪奈が、リビングの床で正座していた。たしか今年に入って2回目の正座だったと思う。
雪奈は父さん、母さんの両方からお説教を受けて、ひたすら『すみませんでした』と頭を下げていた。たぶん地面の上だったら土下座というやつになっていたんじゃないかと思う。
「今後は子どもの分際をわきまえ、充分に安全へと配慮した遊びを心がけるよう努めます。この度は、まことに申し訳ありませんでした」
と、雪奈が謝罪の言葉を述べる事によって、雪奈の正座時間は終わった。僕はその時は口にしなかったけど、『ときどきテレビで見かける、何かの謝罪会見みたいだなぁ』と思ったりした。本当に反省してるんだろうか、ウチの末っ子は。
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「しっかし、子どもって本当に飛ばされるんですね。最近の台風って瞬間風速スゴイですね。あなどれませんよ、まったく。本当にビックリしました。そろそろ体も大きくなってきましたし、イケると思ったんですけど。まったくビックリしました」
「びっくりしたのは、こっちの方だよ!!もう絶対にやめてよね!!」
「まったくだよ。雪奈がどっかへ飛んでっちゃったかと思ったよ……」
春奈が雪奈を抱っこして、ギュッとぬいぐるみみたいに抱きしめている。本当に心配しているみたいだ。雪奈も抵抗しないで抱きしめられるままになっている。まあ雪奈自身も、ビックリした、という言葉を2回も言っているあたり、本当に驚いたんだろうと思う。あの瞬間に雪奈がどうなったかというと、数メートルくらい吹き飛ばされて(宙を飛んで)垣根の直前くらいで地面に落っこちて転がり、垣根にぶつかって止まったのだという。そしてそこを父さん達に回収されたという事だった。
「ワタシも、いっしゅん『日本昔話的なバッドエンド』を想像してしまいました。あのまま空に飛ばされて、どこかのコンクリートかアスファルトへフリーフォールするかと思いましたよ……今年はイケると思ったんですけどねぇ」
「――思い出した!!去年の台風の時、窓に貼り付いて『まだ無理そうですね』とか言ってたの、コレだったんだ!!ダメだよもう絶対にやっちゃダメ!!」
春奈の言葉に、そういえばそんな風景もあったような気がするな、と思い出す。アレはそういう事だったのか……自分が風に耐えきれるかどうかを見定めていたのか。見事に見誤っていたけれど。
「あ、ハイ。けっこう堪能しましたので、もうしません。……ちょっと惜しいなぁ、とは思いましたが。万全を期してリトライすれば、じきにケガしそうですので、もうやめておきます」
「何が惜しいの……なんなの??あの、『てん・ち・じん』てヤツ」
「昔のマンガに出てきた、とあるゲーム戦士の必殺技です……ミニ台風だか圧縮大型台風だかを起こして、ゲームのコントローラーを操作するワザなのです。すごいカッコいいやつです。宙に飛ばされた時、横軸回転できれば完璧だったのですが。ただ吹き飛ばされただけでした。実に惜しかったです」
「なにそれ、知らないけど……ゴロゴロコミック系??ホビー関係のマンガで必殺技とか繰り出すヤツ??」
僕の言葉に、それですよぉ!!と、雪奈が喜んで食い付いてきた。やっぱりそうだったのか。
「誰もが必殺技をマネしたがるヤツです!!」
「……もしかして、特訓して本当に必殺技を覚えようとした、とか??」
僕の言葉に、雪奈は『いえいえ』と首を振る。
「まさか!!そこまで現実とフィクションをごっちゃにしてませんよ。そもそも『月面宙返り多段撃ち』から後のヤツは、どう見ても人間の限界を超えてましたから」
「じゃあ、雪ちゃんは何してたの??」
「もちろん『ごっこ遊び』です!!嵐の中に立つ主人公、なんてシチュエーション、それだけでアクションマンガのワンシーンみたいじゃないですか!!いや、それにしても実に惜しかったです。宙に舞った時にコマのように回転できれば、まさに【 ゲームセンター・やまあらし 】の、グレートハリケーンを体感するような感じだったに――」
「 雪奈 」「反省が足りないようだね」
ふと見ると、すぐ近くに、母さんと父さんが立っていた。
そして雪奈は『ほにゃー』とか『おたすけぇー』とかいう声を上げながら、父さん達の寝室(説教部屋)へと連行されていった。ちゃんと反省して欲しいと思う。
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「自業自得とはいえ、ヒドイ目にあいました」
「今回は雪ちゃんが悪いよ」
「自業自得と理解してるなら、ちゃんと反省して」
落ち着くためなのか、ちくわ型スナック菓子をサクサクと食べる雪奈。
「まあ、けっこう軽く済ませてもらった気もしますけどね。お父さんとお母さんが、あの程度のお説教で許してくれたのも、ワタシの気持ちを少し分かってくれたからだと思いますし、今後は心配かけないようにしようと思います」
「そうなの?!雪ちゃんの気持ちを?!」
雪奈の言葉に、春奈が驚いた声を上げた。そうなんだろうか。
「ウチのお父さんも、お母さんも、けっこう若いです。戦中派ぐらいの世代ならともかく、子どものころにヒーロー番組やら魔法少女アニメやらを見ていた子供なら、ワタシ達の気持ちは分かりますよ。そこを棚に上げて『お父さん達は完璧だったんだぞ』とかウソついたりしないあたり、ウチの両親は人が出来ていますよね」
「はあー。なるほどー」
春奈が感心した声を出している。そうかー、子どもの気持ちを汲み取る、っていうやつなんだろうか。まあ、悪い事をしたらちゃんと叱れる両親でもあるけどね、父さん達は。
「きっと変身デバイスや変身ブローチやら魔法のステッキやらを身に着けて、本気で変身のキーワードだか魔法の呪文だかを唱えた事だってあるはずです。かくいうワタシも、まだ波動弾を撃つのをあきらめたワケではありません。お兄ちゃんだって、そのうちハメハメ破を放ってやろう、とか考えているでしょう??」
「僕の心を読まないで欲しいなぁ」
ときどきハメハメ破のポーズを取っているのを見られているんだろうか。
「とはいえ、マンガや特撮ヒーローの特訓をマネしたからといって、ヒーローの必殺技が身に着くわけではありませんからね。危ない事はしちゃいけませんよね。……でも」
「「でも??」」
雪奈の言葉の続きを待つ、僕たち。
「……ああいうムチャをして軽いケガとかすると、『マンガの主人公と同じケガだ』『今、オレはヒーローと同化している』とか思っちゃったりして。本当はそうじゃないのに、何だかカッコいい事をしている気分になって、心が少し満たされますよねえ」
「雪ちゃん!!」
「お母さん呼ぶよ!!」
それは勘弁してください、と頭を下げる雪奈。やはり雪奈はムチャをしないよう、見張っておかなくてはいけない。特に嵐の日には。台風が近づいてきたら、まず雪奈を家の中にしまわないといけないな。
「ちなみに、その『ゲーム戦士のマンガ』って、どんな話??」
いちおう聞いてみた。ゲーム(たぶんテレビゲームだ)で戦士、というのは良く分からないけれど、ホビーマンガだとカードやビー玉や進化系ベーゴマで超次元バトルをするのは当たり前なので、まあそういう事もあるか、とは思う。
「確か……最初は普通のゲーム好きの少年だった主人公が、色々なトラブルに巻き込まれつつライバルとゲーム勝負をするうちに、数々の必殺技を身に着け」
うん。ホビーマンガでは、よくある展開だ。
「第三次世界大戦の危機を回避したりして、世界のピンチを何度も救い」
あるある。ホビー戦士が世界を救う流れのやつ。
「しまいには人類の歴史を守り、愛の伝道者として宇宙へ旅立ちます」
「最後はけっこうスゴイ終わり方してるね」「ゲーム戦士スゴイね」
けっこうブッ飛んでる話みたいだった。
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「嵐でなければ、雨の日に外へ出てもいいですよね??」
「雪ちゃんは雨の日に、何かやりたい事あるの??
「大人になったら雨の日にカッパ着て外へ出たいですね。そして適当なステップを踏んで歌を歌うのですよ」
「何かのアニメ??」
「昔のミュージカル映画のオープニングシーンです。見た事ないですか??」
「見た事ないなー」「僕もないなぁ」
それはいけませんね!!と、雪奈がタブレットで検索を始め、それからしばらくの間、そのミュージカル映画の動画(歌のシーン)をいくつか見ていた。正直なところ、アニメ映画以外のミュージカルっぽいシーン、というのを見た事は無かったので、少し新鮮に感じた。
「へぇー!!あたし、ミュージカルのシーンって、デステニーのアニメ映画のヤツしか見た事なかったよ。こういう感じなんだ。すごい踊るね!!タップダンスっていうやつ??」
「ミュージカル映画の役者はダンスと歌ができないとダメですからね。大変ですよね」
「やっぱりミュージカルシーンっていうと、デステニーアニメの歌のシーンのイメージがあるなあ。……ところで雪奈は、デステニーアニメのキャラクターなら、誰が好き??」
ちょっと何気なしに聞いてみたのだけれど、この質問は少し失敗だった。
「『ヘラクレイトス』のハーデス様ですね。ハーデス様バンザイ!!」
「そうだったの?!」
「ハーデス様って……あの青くて尖ってるヤツ??カッコいいかなぁ……」
その瞬間、雪奈のエンジンがかかった。
「ハーデス様は悪くありません!!カッコ悪くもありません!!真面目にキツい仕事をこなしているのに、その苦労を知りもしない上の連中はゲラゲラ笑ってバカにして!!『心気臭いツラしてんじゃねえよ』とか言うボスなんぞ、粛清されて当然です!!誰がキツい仕事をまとめて引き受けてやってると思ってるんですか!!誰がそんな仕事につけたんですか!!思いやりとねぎらい、というモノがあるべきでしょう?!革命されて当然です!!ハーデス様バンザイ!!バンザイ!!くたばれ、光の世界の住人ども!!」
「雪ちゃん、落ち着いて」
「雪奈はけっこう悪役が好きだからなぁ」
ムキィ――、と奇声を上げて興奮する雪奈をなだめるのに、しばらくの時間を要した。今後、この話題にはあまり触れないでおこう。きっと前世の記憶的な何かだと思うし。
「きっとああいう、悪ではない人を悪役みたいに描く作品が売れたりするから、いまどきの同人小説で『悪役の報復モノ』とかが増えるんですよ。善の側は分かりやすく善人に、悪の側も分かりやすく悪党でなくてはいけません。見た目だけ悪そうでも、やってる事が不遇な中産階級とか底辺労働者だったり、中間管理職の苦労人だったりしたらダメです」
「うんうん。わかるわかる。シュークリーム食べる??」
ありがとうございます、と言いつつ雪奈がシュークリームを口に運ぶ。イラついてる雪奈には甘いお菓子が一番だ。
「……まあ、フィクションの世界はともかく。ワタシ達は安全な世界で過不足なく生活したいですよねぇ。ワケのわからない悪役とか、生活レベルの低い異世界への転生なんてまっぴらゴメンですよ。現代日本がいちばんです。日本人で良かったです」
「まあ、外国は治安が悪いっていうもんね」
「現代の日本を維持していきたいよね」
そんな感じで。台風の風が外で吹き荒れる中、僕らは家の中で平和にミュージカルの動画を観たり、アニメのキャラクターを検索したり、ゲーム戦士の必殺技やアニメ版の歌を検索したりしながら平和に過ごした。
少しばかり事件もあったけれど、今日もだいたい平和で良かったと思います。
嵐の日に雨に打たれながら、必殺技ゴッコをした人、手を挙げて――――!!
いちどくらいやった事はあると思うんですけどね。あと大雪の日とかにも。
あと必殺技の特訓をマネして手足にケガしてみたり。そして場合によってはPTAが騒ぐんですよ。
ともかく「原作再現系のゴッコ遊び」は、子供も大人もやるものだと。そういう感じなのだと思います。そんなワケで、今後もゆるーく更新していこうと思います。




