黄金の試練
結局リンちゃんが調子を取り戻したり、MPを回復するのに20分ほどかかったりして、ようやく《黄金の招待状》の出番がやってきた。
「ちょっとドキドキするね」
「そうね。使うと何が起こるのか……気を引き締めましょ」
先程までの弱々しい姿が嘘のように凛々しい表情を取り戻したリンちゃんが、黄金の招待状の封を切る。
私もそれに倣って、自分の招待状の封を切った。
「うわっ!」
「きゃっ!」
封筒から想像以上に眩しい黄金の光が溢れ出て、私たちは思わず悲鳴を上げる。
目を開けていられないほどに強烈な光が収まった時、私が立っていたのは謎の祭壇の前だった。
これみよがしに剣が突き立ててある以外は、不自然なほど装飾のない祭壇だった。
「……? リンちゃん?」
ほとんど同時に開けたはずのリンちゃんがいない。
周囲を見渡してみたけど、やっぱりリンちゃんの姿はなかった。
『どこだここ』
『こういうのなんて言うんだっけ』
『さいどん?』
『↑惜しい。祭壇だ』
『リンネ消えてね』
『ほんとだリンネいない』
「どこ行ったんだろ? というかこのゲーム割とポンポンワープさせてくるけどさ、それができるなら街ごとにワープゾーン的なの作って欲しいよね」
さっきのダンジョン内に落ちるのも然り、そもそもこの迷宮自体がワープゲートを通ってこなければならない。
そこに当たり前のように干渉してくるシステムとか、とにかくワープの大安売りのようだ。
私はまだ別の街への移動を考えたことはないからいいけど、子猫丸さんが4時間かけて始まりの街に来た時のように、先に進んだプレイヤーが前の街に戻りづらいこのシステムはなんとかして欲しいところである。
『わかる』
『わかる』
『移動の手間ァ!』
『大型ダンジョンにはあるから……(震え声)』
『わかる』
「やっぱり私だけじゃないよねぇ。というかひとりで配信するの久しぶりだね。ほとんどコメント拾えてなかったけどみんなは周回の調子どう?」
『ぼちぼち』
『スターダストシリーズは揃えた』
『↑あの数の武器を揃えたのか……』
『↑多分スクナたそなら5セットは揃えられるし……』
『↑すまんかった』
『始まりの街でも結構集まる』
『メタルラビ倒した!』
「メタルラビ? メタスラみたいな感じ?」
メタルなスライムは経験値がたくさんなんてもはや一種の概念だけど、どんなゲームにも経験値稼ぎ用のモンスターって存在するものだ。
大抵は素早さが高くて逃げられたり、防御力が高くて倒せなかったりする。
WLOでそう言うのは見たことがない。ミステリア・ラビが若干近いけど、あれはお金だしね。
ちなみにモンスターハウスは、クリア時に若干量の経験値が貰えたりする。そのおかげで、この数日間はレベリングがとても捗った。
レベル70だから酒呑のクエストを進めるのに必要な50という数字を十分に超えているし、《童子》を新たなステージに上げるために必要だと告げられたレベル90という目標へも相当に近づいている。
イベントが終わったら、始まりの街に行って《果ての祠》を探すのもいいかもしれない。
「とりあえず……これ見よがしに刺さってるこの剣を抜けばいいのかな」
『マスターソー……』
『封印された剣はロマン』
『わかる』
『きんきらで綺麗な剣だな』
「とりあえず抜こうか」
剣の柄に手を添えてグッと力を込めると、想像よりはるかに軽い手応えで抜くことができた。
プラスチックで出来てるのかと思うほど軽くて、空気の抵抗を受けるからかとてつもなく振りにくい。
軽鋼のようなタイプの金属なんだろうか? 刃の鋭さを見る限り、切れ味は相当良さそうだ。
とりあえずインベントリに入らないので、私が取得したことにはなっていないようだった。
「んー……何も起こらないなぁ」
なんかこう、剣を抜いたらゴゴゴゴって壁やら地面が動くのかと思えばそうでもなく。
祭壇の前で呆然と剣を構えてるのは何だかとても寂しい気持ちにさせられる。
『あそこ嵌められそうじゃね』
参ったなーと思って立ち尽くしていると、いくつかそんなコメントが届いた。
「えっ、どこどこ?」
『右斜め前2時と3時の間くらい』
「それは右斜め前というかほとんど右じゃない?」
右斜め前の定義について語るつもりはないけど、右斜め前を向こうとした私に謝って欲しい。
冗談はさておき、確かに2時と3時の間くらいの場所に剣を嵌められそうな窪みがあった。
リンちゃんならこういうの、すぐに見つけられるんだろうな。視界には入ってたけど私はそういう発想には至らなかった。
「そいっ!」
窪みに向かって勢いよく剣を嵌め込むと、祭壇の正面にあった壁が開いていく。
わざわざ剣を嵌める場所と扉の位置を変える理由は何だろう。本気で勘弁して欲しい。
「さて、行きますか」
『イクゾー!』
『撲殺鬼娘の出陣じゃぁ!』
『うおおお!』
「いやテンション高いな君たち」
よーし行くぞー、くらいのテンションの私とリスナーのテンションが噛み合ってなさすぎる。
「リンちゃんはこの先にいるのかな〜。それともおひとり様の試練なのかな?」
『わからーん』
『リンネも配信してたろ』
『二窓してるけどリンネも似たようなとこにいるよ』
『迷うことなくギミック突破してた』
「流石だなぁ。合流したいけどおひとり様用かもしれないしねぇ」
黄金の試練と言うだけあって、ギンギラと光っている通路をリスナーと会話しながら歩く。
どうも道は曲がりくねっているみたいで、壁に反射された景色なんかを見てもどこまで続いているのかはわからない。
コメントを見る限りリンちゃんも同じような状況みたいだし、さてどうしたものか。
「とりあえず歩くしかないかぁ」
もしかしたら曲がりくねっているだけで、距離自体はそんなでもないかもしれないし。
「いや長いわ!」
『草』
『草生える』
『スクナでさえ思わずツッコム長さ』
『見てて頭おかしくなりそうだった』
実に30分近く。3キロ近くは歩かされてようやく、私は黄金の扉の前にたどり着いた。
景色は変わらないしずっと道はグネグネしてるし、コメントと会話をしてなかったら持たなかったよコレ。
「若干ストレスだったし蹴破ってやろうかな」
『やめなされ』
『よせ!』
『イクゾー!』
『早まるな!』
『やっちゃえ』
『GO』
「うーん、多数決で実質可決! ぜりゃぁ!」
コメントの量を見て多分やっちゃえ系のコメントが多かった気がしたから、声を上げて思い切り扉を蹴り飛ばす。
ゴォン!! と轟音を立てて吹き飛んだ黄金の扉は、何か金属に当たったような音を立てて軌道を変えて、そのまま左奥の方に突っ込んで瓦礫の山を作っていた。
扉の先は大きな部屋だった。
さながらコロシアムのような円形闘技場だろうか。
部屋の中にリンちゃんの姿は当然見えず、代わりに黄金の騎士が中心にて胡座をかいて座っていた。
扉が軌道を変えたのはアレに当たってしまったからだろう。頭が若干変な方向向いてるし。
『いってぇ……おいてめぇ! どういう了見だ!』
「あ、ごめん。ストレス発散のために蹴り飛ばしちゃった」
『あ、ごめん。じゃねーよ! マジで痛かったんだが! クソッ、今回の挑戦者はこんなんばっかかよ』
「まーほら、扉の当たる位置にいた君も悪いよ」
素直に謝ったものの、残念ながら彼は納得してはくれなかった。彼、というのは聞こえてきたのが明らかな男声だったからだ。
プンプンと怒りながらも攻撃は仕掛けてこない。モンスターの扱いではないのか、はたまたイベント的な物なのか。
どちらにせよ、この試練というものにこの黄金の騎士が関わってるのは明らかだった。
『うーん、まあいいか。で、お前さんはどのルートで招待状を手に入れたんだ?』
「いいんだ……。一応モンスターハウスの報酬だけど」
『ほぉ、あれを切り抜けてきたのか。そりゃあなかなか、悪くねぇ。一応難しい方だと思うぜ』
「私はあんま仕事してないけどねぇ」
あっさりとした性格なのか、すぐに話題を変える黄金の騎士。
彼の話を聞く限り、黄金の招待状はモンスターハウスクリア以外にも入手の方法があるのかもしれない。
けど、それは今はどうでもいいことだった。
「ねぇ、ここに来る時に一緒に招待状を開けた仲間がいたはずなんだけど」
『この試練は迷宮に挑んだ個々人に課せられるもんだからな。おまえさんの仲間も今頃俺と会ってるんじゃねぇか?』
「ふーん……ならいいや」
どうやらやはりこの試練はおひとり様用のようだ。
つまりこの先リンちゃんと合流するようなことはないのだろう。
少なくとも、クリアするまでは。
『ところで、お前さんの名前は?』
「スクナだよ」
『あ? ……スクナだと?』
世間話の延長かと思って答えた名前を聞いた瞬間、黄金の騎士の纏う雰囲気が変わった。





