裁きの雷
「我、雷を希う」
雷撃の雨の中を歩きながら、リンちゃんは更なる詠唱に入る。
未だに数十本残るボルトアローを正確に操作しながら、リンちゃんが放てる最高火力の魔法を詠み上げ始めた。
「慈雨を切り裂く迅雷、悲劇を織り成す轟雷、実り齎す稲妻の如き御身を謳う」
リンちゃんを中心に魔法陣が広がる。広く、広く、雷属性を示す黄色の魔法陣が広がっていく。
それを止めようと駆け寄るモンスターが、雷の矢で貫かれる。雷の雨は意志を持っているかのように、群がるモンスターたちを寄せ付けない。
それを嫌って遠くから狙いを定める射手は、私がこの手で蹴散らした。
「雷の精霊よ、我が祈りを汝の主の元へと届け給え。雷の精霊王、其の麗しき名はティスタミア」
広大な、それこそドームのように広く大きな部屋の全体に、魔法陣から零れた紫電が走る。
詠唱しながらリンちゃんが掲げたのは、黄色に輝く宝石のような結晶。
その名を《雷の精霊結晶》。
それは、精霊への橋渡しにして精霊王への捧げ物。
雷魔法スキルの熟練度が500を超えた者に許される、代償を払う事で一時的に精霊王の力を借りるための儀式である。
「発動の承認を確認。精霊王との魔力共振を開始」
空気が震える。リンちゃんの姿が揺らめいて見えるほどに、濃密な魔力が停滞していた。
「天秤よ、降りよ! 汝は全てを焼き尽くす裁きの火花なり!」
詠唱は僅かに2節。
空を覆っていたボルトアロー・デスレインは全てが魔法陣へと吸い込まれ、消えた。
嵐の前の静けさの様に、溢れ出る力は全てがリンちゃんの元へと集まった。
この8日間の周回で初めて、リンちゃんはその杖に手をかける。
ネームド素材を使って作られたというその杖を、リンちゃんは決して手に取ることをしなかった。
それはその杖そのものが、動作の全てで魔法を描くリンちゃんにとっては枷であったから。
しかし、こと一撃の火力に全てを込めたいこの瞬間においては、ソレを構えるのに躊躇うことはない。
杖の銘は《蒼玉杖》。雷の魔力を増幅するための機構を備えた、リンちゃんに相応しい1本だった。
カン! と音を立てて突き立てた蒼玉杖から、抑えきれない雷の魔力が溢れ出る。
リンちゃんは、すぅと一息大きく吸って。
雷属性魔法、その最上級魔法のひとつ。
その名を、静かに口にした。
「《ジャッジメント》」
全てを焼き尽くす天の炎が、フロア全体を蹂躙した。
☆
最上級雷属性魔法のひとつ、《ジャッジメント》。
殲滅力に全てのリソースを割いた、紛れもなく現行最強クラスの魔法の名前だ。
裁きの名を冠した雷は、フロア中の8割以上のモンスターを焼き払った後、静かにその幕を閉じた。
残るモンスターは1割ほど。そのどれもが雷属性耐性が高かったり、魔防が高かったり、その上で運良く生き残れたモンスターたちだ。
「はぇ〜……」
思わず呆然としてしまうけど、気を取り直して武器を構える。
リンちゃんは《ジャッジメント》の反動で完全に使い物にならなくなったから、ここからが私の仕事だ。
とは言え、リンちゃんの魔法がほとんどのモンスターを焼き尽くした今、私は一匹ずつ丁寧に潰すだけでいい。
結局リンちゃんが放ったたった3発の魔法で、モンスターフロアとでも呼ぶべきこの大型モンスターハウスは、ほとんど壊滅してしまったのだから。
「ラスト一匹〜」
なぜ生き残っていたのかさっぱりわからないただのホブゴブリンを影縫で屠り、モンスターフロアの掃討を終了する。
ぶっちゃけ私、ロールプレイヤー・タイプバッファーを倒さなくてもよかったのでは?
なんて思ってしまったけれど、よくよく考えたらこのゴブリンが生きてたのは魔防バフのせいなのではないだろうか。
もしかしたら私が見逃した範囲にもう何体かバッファーがいたのかもしれない。
複数体に魔防バフを張られても面倒だっただろうし、さっさと倒して良かったと思おう。
それに、《ジャッジメント》を打った後のリンちゃんは《フィニッシャー》なんかよりもはるかに重いデメリットを背負う。
ここで私がいなければ、リンちゃんは結局やられてしまったかもしれないのだから。
それにしても、切り札のひとつになりそうとは聞いていたけれど、途方もない火力だった。
フレンドリーファイアをオフにするアップデートが来ていなければ、私も即死は避けられなかったね。
その様子は、言うなれば雷の津波。
フロア全体を舐め尽くすように、全てのモンスターを焼き払っていったのだから。
「リンちゃん、終わったよー」
「……ありがと。初めて使ったけど、やばいわね……」
へたり込んで疲れ果てた様子のリンちゃんに、魔力ポーションを渡す。
単純な魔力切れだ。琥珀と戦ってSP切れした時に私も相当に気怠い気持ちを味わったけど、私でアレなんだからリンちゃんは尚更だろう。
「しかも一発300万イリス。今回のイベントの稼ぎは半分以上がパァじゃない?」
「ほんとにね……使わなくてもクリア出来たとは思うけど、こうでもなきゃ使うチャンスがね……」
300万イリスと言うのは、《雷の精霊結晶》の時価の事だ。
《精霊結晶》自体が非常に貴重なアイテムで、現状でさえいくつもの用途がある。
武器にすれば強力な属性武器になるし、ただ持っているだけでも魔法の増幅器になるのだ。
現にリンちゃんがこれを持っていたのは、魔法を強化するためだったらしい。
本来なら魔法ひとつ撃つために使い捨てるなんて、あまりにも勿体ない使い方だ。
グリフィスにマイハウスを買えるくらいの値段だと言えばその価値がわかるだろうか。いや、この例えだと言ってる私もわからないや。
それでも、それだけの事をしてでも、リンちゃんにはこの魔法を撃ちたい理由があった。
「でも……これでやっと《雷精霊魔法》スキルが解放されたわ」
「解放条件が『精霊王との接触』なんだっけ?」
精霊王というのが何なのかは詳しくは分からないけど、要はなんか魔法のすごいやつだ。
接触というのは、純粋にフィールドやダンジョンで出会う方法がひとつ。
そしてもうひとつが今のように、最上級魔法の発動を通して精霊王の魔力に触れるという方法らしかった。
「あんなの会えるかどうかなんてほんとただの運でしかないし、だからといって《ジャッジメント》を使おうにもこっちはこっちで発動条件が面倒だし……」
「モンスター100体以上を同時に発動対象に設定しなきゃいけないんだよね。普通のフィールドやらダンジョンじゃ難しいもんねぇ」
魔法に「裁き」の名を冠しているだけあって、威力以上に発動条件がやばすぎる。
100体のモンスターと同時に戦うようなシーンがどこにあるというのか。いやここにあったけども。
他にも使用に必要な魔力量とか、使用後に全ての魔力が枯渇するとか、とにかく殲滅力に全振りした結果、色々とデメリットが多くなりすぎた魔法だった。
その分、詠唱は決して長くないので、儀式を含めても30秒もあれば発動できる。そういう意味ではむしろ、モンスターハウスを殲滅するための魔法なのかもしれない。
ちなみに他の属性にも儀式を通じた最上級魔法はある。
気になって調べてみたけど、どれもドン引きしたくなるような発動条件と、それに見合った火力を持つ化け物魔法ばっかりだ。
リンちゃんが《ジャッジメント》を使えるようになったのは今回のイベントが始まってからの話で、確か3日目の昼くらいだったと思う。
それ以来リンちゃんは《雷精霊魔法》スキルの習得をするために、ずっとコレの発動を狙ってきた。
でも、100体規模のモンスターハウスとは最初の1回以来遭遇できなくて、歯がゆい思いをしていたのだ。
だから今回のモンスターフロアへの強制転移は、リンちゃんにとっては僥倖だったという事になる。
「というかナナも餓狼のデメリットでHP削れてるんだから。ちゃんと回復しときなさいよ」
「あ、そうだった」
轟く雷鳴にかき消されてしまったけど、一応餓狼の解除ワードは既に口にしている。
だいたい2分程度の使用だったからHP的には4割削れたくらいだ。
「はぁ……とりあえず宝箱を見てみましょ。300万イリスを少しは補填できるといいんだけど」
「欠片が1万個とかじゃない?」
「妙にリアルな予測はやめてよね」
モンスターハウスのクリア報酬はまちまちだけど、流石にこの規模のモンスターハウスだ。多少は報酬に期待もしたくなる。
私がひとりでクリアしたあのモンスターハウスの報酬がレアスキルと星屑の欠片5000個だった事を考えると、適当に言った数字も案外的を射ているのかもしれない。
「でも豪華な宝箱だねぇ」
「ナナの時のもサビを落とせばそこそこ豪華だったけど、これは別格ね」
そう。この宝箱は大きい。とにかく大きい。
宝箱の口が私の胸元にあるくらい、巨大な宝箱だった。
私じゃ開けても覗き込むので精一杯かもしれない。
「ナナ、開けていいわよ」
「え? いいの?」
「あの時のお返し。別に誰が開けたから中身が変わる訳でも無いもの」
ああ、そう言えばあの時は疲れていてリンちゃんに任せちゃったんだっけ。
それじゃあ遠慮なく、と重たい宝箱の蓋をぐっと持ち上げると、ゴゴゴゴッと音を立てて宝箱が開いた。
「あら……ふふ、凄いわね」
「ザックザクだぁ」
覗き込むも何もない。ジャラジャラとこぼれ落ちるほどの金銀財宝の山が、どでかい宝箱にめいっぱい詰め込まれていた。よく見ると星屑の欠片も混じっている。
こういうシンプルにわかりやすい報酬だとは正直思っていなかったので、私もリンちゃんも素直に顔を綻ばせた。
「あら、これイリスじゃなくて本物の黄金だわ。換金しなきゃ使えないわね。銀……の中にプラチナも混ざってるか。これは宝の山ねぇ」
「宝石とかはものによって結構違うよ。うーん、あんまりレアな感じのはないなぁ」
「まあ、売れるだけ儲けもんでしょう。うーん、それにしても金ばっか……ん? これは……」
金を掻き分けながら宝箱を掘り進んでいると、リンちゃんが何かを見つけたようで、疑問符を浮かべながらソレを引き抜いた。
リンちゃんが手にしているのはスキルブックのような本ではない。薄っぺらさ的に手紙だろうか?
「《黄金の招待状》……招待状?」
「招待状って事は、どこかに行くのに必要だったりするのかな?」
「うーん……イベントに関係あるのかしら?」
2人で首を傾げつつ、他にもないか掘り進める。
黄金の招待状は、案の定私の分も入っていた。
――
アイテム:黄金の招待状
レア度:ハイレア
黄金の試練への招待状。試練に挑みし者よ、覚悟を持って封を解け。
※このアイテムは、未開封のままボスモンスターを討伐すると消滅します。
――
「黄金の試練……お金がザックザク?」
「いや、多分違うでしょ。とはいえこのフロアのクリア報酬よねぇ……ボーナスステージの可能性もなくはないかしら」
「でも、覚悟を持ってって書いてあるね。ボーナスならそうは書かないかなぁ」
「ふむ……とりあえず他の報酬を見てからにする?」
「それもそうだね」
考えるのが面倒になったのか、リンちゃんはとりあえず後回しにすることを決めたらしい。
どの道ダンジョンクリアで消滅するような注意文の書き方だし、挑まないという選択肢はない訳だ。
それなら浮き足立っている今よりも、きちんと報酬を確認しきってからの方がいいだろう。
「あっ、やっぱりスキルブックもあるよ」
金をインベントリに掻き込みながら掘り進めていくと、見覚えのある本が1冊入っていた。
「《歌姫の抱擁》じゃないわね。《輪唱》? 一応レアスキルみたいだけど……ああ、これはナナには要らないやつだわ」
「どんな効果なの?」
「MPを3倍消費する代わりに、ひとつの魔法を連続で2発撃てるみたい」
ひとつの魔法を連続で2発撃てる。それはつまり、魔法を発動すると2つになるようなイメージだろうか。
MPが3倍消費されるというのがデメリットだと考えると、単純にこの解釈であってる気がする。
「純粋に火力が2倍になるってことかな?」
「多分。効果が及ぶ魔法の種類には制限もあるし、熟練度上げに影響するのかが気になるけど……とりあえず私が貰うわね」
魔法が使えない私には必要ない物である以上、それに異を唱える理由はない。
それにしても、これまであまり気にしていなかったけど、モンスターハウスの報酬もプレイヤーの貢献度に比例して中身が変わるんだろうか。
2冊出たレアスキルのスキルブックがどちらもその時のMVPに合った物だったのを見て、私はふとそう思った。
「後はあんまりよさげな報酬はないね」
「200万くらいは取り戻せそうだから私としては安心したけどね……」
「まあまあ、100万イリスでスキルを獲得できたと思えば……」
「そうね。それに、何だかんだナナの予想通り欠片は1万個くらいありそうだし。流石に1万個ってなると半日分くらいはいっぺんに稼げちゃったわね」
「後は《黄金の招待状》をどうするかだねぇ」
私は再び先程の手紙を取り出すと、封を開けないままそれを眺める。
開封すれば消えてしまうけれど、開封しなくてもボスを倒せば消えてしまう。
で、あるならば。
試練に挑まないという選択肢はないだろう。
「ま、もう少し休んでからにしましょ。ステータスだけでも全快にしておかなきゃ」
「そうだね」
リンちゃんは魔力切れによるステータスの低下が本当にしんどかったらしい。
宝箱の中身を一通りさらってから、リンちゃんは珍しく「ふへぇ」なんて気の抜けた声を出して座り込んでしまった。
そんな姿を見て可愛いなぁと思いつつ、視界の端で何かが煌めいたのに気が付いた。
「……あれ? 何だろ?」
まだ底の方に少しだけ余っている金貨に混じって、ギラリと光を反射した黒い宝玉。
せいぜい大きなビー玉くらいのサイズだけど、私にはそれが何だか妙に魅力的に見えた。
それを拾おうと宝箱に身を乗り出して……私は宝箱の中に引きずり込まれた。
「うわぁっ!?」
「ナナ? 何遊んでるの?」
「いや、これ凄い重くて……」
それは300を超える筋力を持つ私でさえ「重い」と感じるほどにとてつもない重量を秘めていた。
持ち上げようと力を込めて、バランスを崩して中に落ちてしまうくらいには。
思わず変な声を出しちゃって、リンちゃんに怪訝な瞳を向けられてしまった。
――
アイテム:グラビティジュエル
レア度:ハイレア
重力属性を秘めた不思議な宝石。非常に貴重で、滅多な事では手に入らない。
――
「ジュエル……はなんか持ってた気がする」
「ジュエル自体は色んな属性結晶と同じようなものだけど……重力属性って初めて見たわ」
レア度から見てもなかなかのアイテムだけど、重力属性というのは確かにまだ聞いたことがない。
ゲームによっては重力というのは強力な攻撃のひとつになりうる。このゲームでどうなるのかはわからないけど。
「リンちゃん、これ貰っていい?」
「いいわよ。私には使い道なさそうだし」
リンちゃんに許可を貰って、グラビティジュエルをインベントリにしまう。
インベントリの圧迫具合からして、宝石自体が重たい訳ではないっぽいな。やっぱり重力属性とやらが悪さをしてるんだろう。
そしてこの時、私はこのアイテムの使い道に関して密かに決心していた。
そう。
はるるに渡してみよう、と。
重さとはつまり破壊力なんですね(錯乱)





