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始まりの街の一幕

 始まりの街の住宅街の一角にある、やや古風な佇まいの平屋。そこはある冒険者が、数十年も前に建てた家。

 ここ数年は使われていなかったその平屋に、久方ぶりの生活音が響いていた。


「なんだかんだ、ここに来ると落ち着くね」


 琥珀は自身が冒険者として初めて購入し、以後大切に扱ってきたマイハウスの中で、お茶をすすりながらそう呟いた。

 始まりの街がもう少し閑散としていた時代に、土地だけを何とか買い上げて自力で建てた一軒家だ。それだけに思い入れも強く、それなりに多忙になった今でも琥珀はこの家を維持していた。

 今回は依頼もあって始まりの街に滞在する理由ができたから、久しぶりにこの場所に来ることが出来たのだ。


 異邦の旅人達が現れ始めてからしばらく、琥珀は冒険者としての仕事を受けずにいた。

 それは《童子》との接触を図るためであり、最終的にスクナという鬼神様の愛し子を見つける事もできた。

 それだけでなく、一度帰郷した際に成長した異邦の旅人達とも出会えた。彼らもまた、琥珀がこれから挑まんとする大きなうねりとでも呼ぶべきものには欠かせないピースとなってくれるだろう。


 鍵は既に見つけている。

 扉の先に何があろうと、立ち止まることはない。


「とはいえまだまだ時間はかかるだろうなぁ」


 鍵となるスクナの話を聞く限り、彼女が鬼神様に指定された最低レベルは50程度。そこまでならばおそらく既にたどり着いているはずだ。

 ただ、童子を次の位階に上げるためには90を越えるレベルが必要だと言う。

 今回の侵攻を防ぐための戦いでレベルはいくらか上がるとしても、90ともなれば流石に時間はかかるはず。

 どの道、琥珀の目的が果たされるまではまだまだ時間がかかりそうだった。


「お悩みかしら?」


「ッ……!?」


 戦慄する。

 聞き覚えのある声が、琥珀の耳に届いた。

 気を抜いていたのは確かだ。

 しかし、テーブル越しに居る存在に気付かないなどということが有り得るだろうか。


「…………心臓に悪いよ、メルティ」


「ふふ、脅かしちゃってごめんなさいね。貴女みたいな強い子を見ると悪戯したくなっちゃって」


 メルティ・ブラッドハート。つい先日出会ったばかりの英雄との再会に、琥珀は驚きを隠せなかった。

 ちょっとした悪戯が成功したからか、メルティはとても楽しそうに笑っている。

 もはや驚く方が間違っているのかもしれない。琥珀は規格外の塊のような存在を前に、ただただ感嘆した。


「今日はこの子も連れてきたわ」


「ぶべっ!?」


 メルティが空間に指を滑らせたかと思えば、空間に亀裂が走り隙間から女が落ちてきた。

 頭から落とされたからか、ゴキッと嫌な音が響く。

 何より女としてどうなんだろうという悲鳴を上げた女を見て、琥珀はなんとも言えない同情の視線を送った。


「こらぁメルティ! 出すなら普通に出しなさいよ! なんでアンタはわざわざ頭から落とすのよ馬鹿なの!?」


「リィンほどには馬鹿じゃないわねぇ」


「あっ! また馬鹿にして! 私は人を頭から落としたりしないわよ! だいたいアンタはいつもねぇ……っと、誰この子。鬼人族? とっても綺麗ね、お名前は? あ、私はリィンって言うのよ」


「……琥珀と言う。よろしく、リィン」


 あのメルティに対して一切容赦なく怒鳴りつける態度。あっさりとあしらわれているけれど、それでもそんな態度を取れること自体が既に異常であり、それを嬉しそうな表情で容認するメルティの様子。

 そして嵐のように言葉を捲し立てる苛烈さと、その移り気な性格。

 間違いない。この女があの《浄血》。《天眼》の寵愛を受けるという、この世で最後の血の一族だ。


「まあまあ、もう知らない仲じゃないんだから。琥珀もいつまでも立ってないで座りなさいな」


「メルティ、家主に向かって偉そうにしないの。ところで私の椅子はどこ?」


 確かに、元々椅子は2つしか用意していない。琥珀が誰かをここに招待したことはないからだ。ひとつをメルティが使っていて、もうひとつは琥珀自身が使っている以上、リィンが座るところがないのは事実である。

 とはいえ家主である琥珀に対する態度としてはどちらも似たり寄ったりな図々しさなのでは……?

 琥珀は訝しんだ。


「リィンは床でいいでしょ」


「えっ? 冗談よね?」


「なにが?」


「冗談よね!? ねぇ琥珀、私の分の椅子はないの!?」


「あー……いや、安心してくれ。インベントリから出すよ」


 漫才でも見せられているのだろうか。

 そう思いながら、琥珀はインベントリから使えそうな椅子を取り出してリィンの傍に置いてやる。

 チッと大きな舌打ちをしたメルティと、ぱぁっと表情を輝かせたリィンの反応が対照的だった。


 メルティは明らかにリィンをからかって遊んでいる。

 かつて《浄血》に害を加えようとした国をひとつ滅ぼしたという伝説も残っている。それほどに《天眼》の寵姫は愛されているのだと思っていたのだが。

 こうして見てみると、聞いた話とは随分違う印象を受けるものだと琥珀は思った。

 




「それで、今日は何の用?」


「創造神が門の破綻を遅らせてる。このままだと10日目までは何とか持ちそうよ」


「……あの人数で挑み続けてなお足りないというのかい?」


「うーん、それがよく分からないのよね。私の眼も万能ではないし、未来は容易に書き変わるしね。それでも、最終的には琥珀ひとりで決着がつく程度のことだとは思うんだけど」


 メルティから語られたのは、想像以上に不明瞭な話だった。

 門の破綻に関しては元より明確な日付が決まっているとは言いがたく、1日前後のずれは常に許容されてきた程度の話だ。

 3日間延長する、と言うような明確な日付までハッキリ口にできるのはメルティの力あってこそなのだとは思うが、それにしても理由が不明だ。

 メルティの口ぶりから見るに、今回の門がとりわけ高難易度だと言うわけでもなく、人手不足な訳でもなさそうだった。


 とはいえ、最終的に琥珀ひとりで何とかなると言われても、それが命を賭すほどの戦いなのか余裕のある戦いなのかで話はだいぶ変わってくる。

 出来れば今は《終式》は使いたくない。琥珀にとっての終式は正真正銘の切り札であるし、何より街中で使うには威力が高すぎる。

 始まりの街を守るために戦って始まりの街が消し飛ぶのでは、何もかもが本末転倒なのだから。


「気になるのは……セイレーンの奴が近衛騎士まで出してるのよねぇ」


 そう言って、物憂げな表情で何時どこから取り出したのかもわからない紅茶に口を付けるメルティ。

 それを聞いた琥珀の心境は、もはや諦観の領域へと達していた。


「……いや、あの、メルティ。君は『あの』セイレーンと知己か何かなのかい?」


「ん? ああ、あんまり頻繁に攻め込んでくるものだからちょっとね」


 情報を伝えに来たのか惚気に来たのか愚痴りに来たのかはわからないが、とにかく琥珀はやけにメルティから買いかぶられているように思えた。


 確かに琥珀はある程度世界の在り方について理解はしているし、七星王についても並の人間よりは詳しい部類だ。

 しかし実際に七星王と戦ったことなどないし、そもそもそれは神話レベルの話だ。流石の琥珀もそんな話を訳知り顔でできるほど、世界の核心には近づいていない。

 何故なら、最後にこの世界に七星王が降臨したのは、確か700年も前の話。

 目の前にいる大英雄が、当時英雄と呼ばれていた世界の化け物たちと共に四番星《始まりの天使・セラフロア》を討伐したという英雄譚である。 

 

「ねぇねぇ! セイレーンって、御伽噺の歌姫セイレーンのこと?」


「そうよ」


「《不朽の歌姫と星の勇者》! 星の勇者シリーズ第2巻のヒロインよね! 私あのお話大好きなのよ」


 苦悩する琥珀とは対照的に、リィンは子供のようにはしゃいでいる。

 そんなリィンがおもむろに机を撫でると、ドプンと音を立てて現れた血の水溜まり。

 リィンは楽しそうにその中に手を突っ込むと、一冊の本を取りだした。


「じゃーん! 私の宝物コレクションのひとつ、なんと初版のプレミア物よ!」


 嬉しそうに抱きしめるリィンの持つハードカバーの書物からは、恐ろしい程に膨大な神秘が見え隠れしている。

 メルティが結界を張っていなければ、それだけで始まりの街に激震が走るほどに、その存在の圧は凄まじい。

 それこそ、琥珀ですらゾッとするほどの魔力量だ。

 すなわちそれは、この書物が『原典』であるという証明だった。


「冗談だろう……?」


「この子の持ってるのは本物よ。それも、全巻ね」


 星の勇者シリーズとは、鬼神様が生きていた時代よりも更に昔に存在したという、七星王全てを打ち倒したひとりの勇者の物語の事だ。

 全20巻に及ぶ膨大な作品は、強力な保存の魔法をかけられた上で悠久の時の中で連綿と受け継がれてきた。

 今世界で原典と呼ばれるそれらは一種の禁書であり、今世界に出回っているものは全てがその写しか、或いは改編された代物に過ぎない。

 琥珀もその写しだけならば全てを読み込んでいるが、流石に原典を直に見たのは初めての経験だった。

 しかも、リィンの言葉を信じるならば、初版。

 それはつまり、最も古い原典であるということだろう。

 そこまで考えて、琥珀はふと思い出した。


 《浄血》とは後世で付けられた渾名のようなもの。

 それ以前に呼ばれていた名前は確か……。


「《不死姫》か……」


「何それ?」


 キョトンとした表情で首を傾げるリィンを見て、琥珀は思わずメルティに視線をやる。


「知らぬは本人ばかりってことよ」


「そうみたいだね」


 琥珀はもう笑うしかなかった。

 《不死姫》と言うのは、星の勇者シリーズの第19巻の()()()()である。

 あくまでもサブキャラクターであり、その登場シーンは星の勇者シリーズ屈指のコメディシーンではあるが。

 メルティ同様に、彼女もまた神話の世界の存在なのだ。


「むぅ、2人して分かり合っちゃってさ。そんな事してるとこれ読ませてあげないんだからね」


 不満げにギュッと本を抱きしめるリィンだったが、琥珀としてはむしろその方がありがたかった。


「いや、申し訳ないけど私がそれを読んだら死ぬよ。自慢じゃないけど、私はこの世界で最弱の魔法耐性の持ち主だからね」


「琥珀の魔法耐性だと多分開いた瞬間爆散するわね。生き返らせてあげるからちょっと爆発してみない?」


「そんな『ちょっと遊びに行かない?』みたいなノリで殺しに来ないでくれ」


 つんつんと机の下から足でつついてくるメルティのからかいを、本気で嫌そうに返す琥珀。

 メルティはそれを見て楽しそうに笑い、リィンは顔を真っ青にして震え始めた。


「ば、爆散……爆散は痛いもんね……琥珀に痛い思いをさせるのは可哀想だからこれはしまっておくわね」


「リィンは昔いっぱい爆散したもんねぇ」


「地龍許すまじ!」


 今度はプンスカと怒り始めたリィンを見て、本当に感情が忙しないなぁと琥珀はメルティがリィンをからかう理由がわかった気がした。

 そして、この2人の関係性を、とても羨ましいと思ってしまった。



 《不死姫》は、彼女の母が犯した罪の代償として、その身に『不変』の呪いを受けている。

 それは世界最悪と言われる、神から与えられし絶対の呪い。

 彼女は数千の時を、ただひとり変わることなく生きる者。

 強くなれず、弱くもなれず、不変の時をただ生きていくだけの存在だ。


 本来であれば心が先に壊れきってしまうその呪いを受けてなお、リィンは健全な精神を保ち続けている。

 世界で最も強い心を持つ存在。

 それが《不死姫》リィンであり、星の勇者が最後の戦いに挑む前にその魂の輝きを『太陽』とまで称した存在だ。


 そんな太陽に、夜の化身とさえ言える最後の吸血種が寄り添っているという矛盾のような不思議な光景。

 その姿は、孤独に戦い続けてきた琥珀にはとても輝いているように見えたのだ。


「どうしたの? なんか琥珀寂しそうね?」


 静かにしていたからか、リィンがそんな風に話を振ってくる。

 何の気なしに振ったであろうその言葉を受けて、琥珀は少しだけ躊躇うように口を開いた。


「いや……そうだね。私は寂しかったのかもしれないな」


 かつて鬼神様には魂の片割れとでも呼ぶべき親友がいたと言う。

 産まれてこの方そういった存在に恵まれることもなく、里を追放されてからすっかり独りに慣れてしまった琥珀は、今なお人とどう接すればいいのかがわからずにいる。

 よく言えば人あたりがいい。悪く言えば八方美人。

 結局のところ、琥珀の一見友好的な態度は自分の心に人を踏み込ませたくないという警戒心の表れなのだから。


「ふふん、それならこれからは私たちが友達になってあげるわ!」


「勝手に私もつけるのはやめてちょうだい」


「えっ!? メルティはもう琥珀の友達でしょ? こんなに図々しく人の家に上がり込んでるんだから」


「……貴女、たま〜に痛いところを突くわよね」


「痛い痛い! メルティの馬鹿力でデコピンなんかしたら頭悪くなっちゃう〜!」


「元々悪いから今更よ」


 いつの間にかリィンを自分の椅子の横に拉致したメルティは、リィンを影で拘束してペペペペペペン! と連続でデコピンを叩き込んでいた。

 たかがデコピンのはずなのに、あまりの速さに指がゆっくりに見えるほどだ。

 それでいてリィンが痛がる程度の強さに抑えるという高等テクニック。無駄に洗練された無駄な技術というのはこういう事を言うのだろう。


「ふ、ふふふふっ、あははははははははははっ! いや、君たちを見てると自分の悩みが馬鹿らしく思えてくるな!」


「いい顔になったじゃないの。今の貴女ならきっと辿り着けるわよ。……あの人のいる場所に」


「メルティ程の人にそう言われると自信が湧いてくるな。うん、最近はいい事がありすぎて逆に不安になっていたけど、私自身が焦ってしまっていたみたいだ。スクナにあんな事を言っておいて恥ずかしい限りだよ」


 盛大に、大きな声で笑う。ただそれだけのことが、どれほど久しぶりだったか。

 強くなって、強くなって。追い求める理想に辿り着くために心身をすり減らしていたのかもしれない。

 心に乗った重石を外したように、琥珀は晴れやかな顔をしていた。


「あぁ……そうだわ。そのスクナの事だけど」


「あばばばばばばばっ」


「ん? メルティはスクナの事を知ってるのかい?」


「ええ、フィーアスで少しね」


 メルティの口からスクナの名が出たことに、琥珀は少しだけ驚いた。

 確かにあの赤狼を倒した唯一の存在であるが故に、メルティの関心を引く対象であることは間違いない。

 とはいえまだまだ未熟な卵のような存在だ。メルティ自身が粉をかけるような相手では無いと、琥珀はそう判断していたのだが。

 その接触の理由は、琥珀の想定を遥かに超えていた。


「あの子、もうすぐ堕ちるわよ」


「ッ……!!」


 メルティの口から続いた言葉に、琥珀は戦慄した。

 『堕ちる』。それは鬼人の禁忌に触れてしまうという事に他ならないのだから。


「異邦の旅人である彼女が、どうしてあんなに巨大な感情を内に秘めているのかは分からないわ。いや、秘めたままいられるのかが分からない、と言うべきかしら。あんな物を抱えながら生きるなんて、それ自体が途方もない苦痛のはずなのに」


 全ての生物が持つ、揺れ動く感情。それを見ることが出来るのは極々一部の特殊なスキルを持つものだけだ。

 少なくとも琥珀には、あの朗らかで可愛らしい童子の少女から、そんな感情は微塵も感じ取れなかった。


「確かな事がある。今のスクナは張り詰めた風船と一緒よ。ほんの小さな穴が空いてしまえば、あの子は必ず『アレ』を発動してしまう」


「《デッドスキル》……。鬼神様が生み出した呪い、か……」


「発動の条件として最も有り得るのは、『最愛の人』を失う事。そして残念な事に、あの子にはソレが居るのよね」


「……そうか。彼らの別れは一時の、擬似的なものでしかない。それでも目の前でそれを失うようなことがあれば、あの子の危うい均衡が崩れさる……と?」


「ええ。……願わくば、そんな日が来ないことを祈ってるけどね。いっそ吐き出すのであれば、まだ強くない今がいいのも確かなのよ。かつて世界最強だった鬼神がデッドスキルの闇に飲まれた時。何を為したか知らない訳じゃないでしょう?」


「当然だ」


 最強種を3つ滅ぼし。

 数多の国を終わらせ。

 物理的に世界の地図を書き換えた。

 その暴走で死んだ生物の数は数百万にも及ぶ。

 かつて鬼神様が為したのは、七星王の襲来にも匹敵する最悪の災禍だったのだ。


「必要があれば私が殺すわ。それが嫌なら、貴方もあの子を正気に戻すための覚悟は決めなさい。あのスキルはそれほどに凶悪なのよ」


「ああ、分かってる。……それでも私は、あの子の強さを信じたい」


「それは同感ね。アレを抱えたまま笑える程に、強い心を持った子だもの。きっと打ち勝ってくれるわよ」


 琥珀にとって、スクナは今最も大切な存在だ。

 それは利用価値もあるが、何よりも琥珀の夢に賛同してくれた友人であるが故に。

 そうだ。メルティやリィンもそうだけれど。

 スクナだって、琥珀の大切な友人なのだ。


 守るとは言わない。

 ただ、助けるのだ。

 それをする力が、琥珀にはあるのだから。


「うぅ……痛いよぉ……あ、話終わった?」


「ふんっ」


「あびゃっ!?」


「ぶふっ!?」


 それなりに真剣な話をしているところにぽやぽやとした雰囲気で入り込んできたリィンに何か思ったのか、メルティはリィンに強めのデコピンを食らわせた。

 ビタンと音を立てて後頭部を地面に打ち付けたリィンが痛みに唸っているのを見て、琥珀は思わず吹き出してしまった。


 せっかくの真剣な雰囲気が霧散した事に気づいたのか、メルティもまた表情を緩めた。


「ま、スクナの事はそんなに気にしなくてもいいわ。今はフィーアスにいるみたいだし、そっちは私が見とくわよ。貴方はこの街を守ることに専念してて」


「ああ、ありがとう。あの子を助けてやってくれ」


「必要があればの話よ。案外ケロッとしてるかもしれないしね」


 そう言って2人で笑みを交わすと、メルティは床を転がるリィンの服の襟を持って持ち上げた。


「帰るわよ」


「うぅぅぅ……あ、そうなの? じゃあね琥珀、またねぇ! って痛い痛い引き摺らないで歩くからぁ!」


「え? 何か言った?」


「メルティの馬鹿ぁ! 阿呆! 人でなし!」


「えぇ、だって人じゃないもの」


「いやぁぁぁ琥珀たすけてぇぇぇ……!」


 リィンを苛めつつ、うふふふふふと笑いながら去っていったメルティを見送って、琥珀は家の扉を閉めた。


「嵐のような人達だな」


 それでも楽しかった。

 そう長い時間ではなかったが、琥珀は久しぶりに本気で笑わせてもらった。

 それだけで価値のある時間だったと思う。


 そう感じながらも……琥珀は、来たる2つの災禍に向けて、一層気を引き締めるのだった。

リィンのかけられた《不変》の呪いは、実はメルティが半分奪い取っています。

メルティが《不変》のはずのリィンを眷属にできたのは、同じだけの呪いを身に宿しているからなんですね。

ついでにメルティが長寿な理由も半分くらいはそこにあります。後の半分は元々の種族の特性ですね。


次回からストーリーに戻ります。

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