二人目の騎士
三連休!
『よくぞ参りました。私はセイレーン様にお仕えする十二騎士の1人、ハッシュと申します』
「これはご丁寧にどうも。スクナです」
『スクナ……なるほど、強き名を戴いておりますね。それに、その胸に輝くは我が主の仇敵たる証。貴女のような強き戦士と戦えることに感謝いたします』
星屑の迷宮、4周目。ここまでミラージミラージミラージと来て、ようやく新たなボスに遭遇できた。
ハッシュと名乗ったのは、ミラージと比べると一回りくらいは小さい、それでも私たちよりは遥かに大きな銅色の鎧を纏った騎士。
その手に持つのは片手剣と円盾で、少なくともパワータイプのミラージに比べれば技巧派なのであろうことが窺えた。
鎧のせいで声がくぐもっていてわかりづらいけれど、中身は男か女か。ミラージくらい渋い声ならわかりやすいんだけどね。
そんなハッシュとなんだか丁寧に挨拶を交わしているナナを後ろで眺めつつ、私は今日4度目の「セイレーン」という言葉について考えていた。
セイレーンの騎士。それがミラージやハッシュを含むボス達の総称であることは、攻略掲示板などで流れている情報からわかった。
少なくとも現時点で9人。ある程度サーバーによって出現の偏りがあるらしく、私たちのいるサーバーIVはミラージが若干高い確率で出現するらしい。若干という割には3連続で引き当てたけどね。
はっきり言ってミラージは私たちと相性がいいからそれ自体は構わないものの、9人いるなら初日で5人は会っておきたい。
4回目にしてやっと引いたハッシュは礼儀正しい騎士のようで、ミラージのようにいきなり切りかかってきたりはしなかった。
セイレーンというのが誰のことなのかはさておき、少なくともこの騎士たちを従える存在であることは間違いない。
我が主の仇敵、ナナの着けている《名持ち単独討伐者の証》を見てそう言ったハッシュの反応から見るに、少なくとも創造神とは敵対している存在なのだろう。
ナナから聞いたフレーバーテキストの設定を聞く限り、あのアクセサリーは創造神から授けられるものだからだ。
ちなみに、私が持っている《名持ち討伐者の証》はドロップアイテムであり、創造神から授けられた訳じゃない。
その点において、ナナの持つソレとは明確に価値が異なるらしい。現にハッシュはこちらの証には反応していない。
現状、プレイヤーではナナしか持っていないと思われる《名持ち単独討伐者の証》。それ関連のミニイベントは良く発生しているようだけど、未だに世界観から見るこのアイテムの価値は測りかねる。
ソロネームド。赤狼アリア以降まだ発見されていない現状唯一の括り。ナナが倒してしまったモンスター。
未だにベールを脱がないレイドネームドと共に、その特殊性について改めて考察しなければならない時が来たのかもしれない。
「考察が捗るわねぇ」
『なんであのふたり挨拶合戦してんの』
『なんか草』
『何時までやってんだアレ』
『ペコペコしてる』
『ワロタ』
私がハッシュの言葉から考察を広げていると、リスナーのコメントが目に付いた。
ふとナナの方を見ると、なぜだか2人して頭を下げ合っていた。いやあれ雑談してない? ボスモンスターじゃないの?
「ナナ、そろそろいい?」
「あ、うん。じゃあやろっか」
『ふふ、そうですね。では改めて、正々堂々と参りましょう!』
影縫を引き抜いたナナと、剣を構えたハッシュ。さっきまで和気あいあいとしてた2人が急に真剣な空気を出すものだから、私はなんとも言えない気分で少し後ろに下がった。
私のステータス割り振りは純魔。ナナとはほぼ対極に位置するステータスと言える。
当然だけど物理ステータスは極端に低いし、その上職業の関係でさらにマイナス補正もかけている。
間違っても近接モンスター相手に近距離で戦っていいステータスじゃないのだ。
故に私はいつも通り後衛の立ち位置を守る。ナナが前衛を張っているのだ。私は安心してサポートに徹すればいい。
『はあっ!』
「よっ」
気合いを込めて振り切られた片手剣の軌跡を、ナナは影縫で直接受け止める。
衝撃を吸収でもしたのかとさえ思えるほど静かな音で刃を受け止めたナナは、するりと懐に入り込んで影縫を振り上げた。
『くっ!』
飛び跳ねるように放たれる下からの振り上げ。片手剣を生かすための円盾は下からの捲りに弱い。
ハッシュは盾でのガードを諦めて後ろに躱すが、振り上げと共に飛び上がっていたナナの振り下ろしが体勢の崩れたハッシュを襲う。
不安定な体勢なまま盾でのガードは十分な力が入っていなかったからか、はたまた影縫の重さ故か、呆気なく崩される。
『どこに……ぐあっ!?』
完全にガードを崩されたハッシュが姿を見失っている間に、ナナは既に後ろに回って影縫を振るっている。
清廉な騎士故か、背中側からの攻撃には慣れていないようで、ハッシュが怯んでいる間にナナは柔らかな脇腹を狙って打撃を叩き込む。
『舐めないでください!』
振り返りざまに振り抜かれた剣閃をナナは後ろに飛び跳ねて躱すと、着地ざまの低い体勢のままハッシュへと駆け出した。
真正面からの特攻。それは恐らく、ハッシュのような盾持ちの片手剣士にとって最も捌きやすい形の攻撃だ。
それを重々分かっているはずのナナがあえて突っ込む理由。これまで攻撃を捌かれ続けたハッシュが警戒して守りを固める中、互いの射程が交差する直前にナナの影縫を持っていない側の手がブレた。
剣と金棒が交差する直前、ハッシュの剣の軌道が僅かに逸れる。本来ならば真正面からかち合うはずだった2つの武器は、剣が金棒に弾かれて終わった。
生まれた隙を見逃さず、ガードを許さない滅多打ち。
ナナはハッシュに大ダメージを与えると、とにかく周囲の敵を振り払うかのように雑に振るわれた剣を躱して後ろに下がった。
ナナの勇姿を見届けながら片手で魔法を編んでいると、不意に何かが足元に突き刺さった。
ガンッ! という硬質な音と共に地面にぶつかり転がっていったのは、若干形の歪んだ鉄塊。
それを見た瞬間、先ほどのナナが何をしていたのかようやく理解できた。
「なるほど、鉄球を投げたのね」
一体何があってハッシュが剣の軌道をあんな風に変えたのか疑問に思っていたけれど、純粋にナナが妨害を入れていたのだ。
だから本来なら拮抗していたであろう衝突は、ナナの攻撃に天秤が傾いた。
衝突の瞬間に両手で武器を振っていたから、恐らくナナは直接剣に鉄球を当てたのではなく、武器を両手に持ちかえる時間を稼ぐために最低でも1回は地面に跳弾させたはずだ。
あるいは、天井も合わせて2回跳ねさせたか、予め天井に打ち上げていたか。この部屋は開けてはいるけれど、平原階層ほどに天井が高いわけではないから、そういうことも出来なくはないはず。
詳しいことはわからないけれど、どちらにせよ途方もない精度の投擲だ。
最近になって、ナナの異常な投擲能力も徐々に知れ渡ってきたものの、あの子の見せる投擲のレベルがどんどんと人外じみていくのに笑いしか出てこない。
視認するのさえ困難な意識外の投擲を、近接戦闘の最中に混ぜられたらたまったものじゃないだろう。
「おりゃぁ!」
『甘いですよ!』
それでもハッシュはナナの動きに対応し、盾と剣を上手に使ってナナの攻撃を捌いている。攻撃の手を止めたからか、ダメージはほとんどないようだった。
元より攻撃よりも防御の方が得意なタイプなのだろう。周回のボスキャラとしては時間ばかりかかって面倒なタイプの敵だ。
「ま、それを崩すのが私の仕事なんだけどね」
戦闘が始まってから今までの時間、何も私はずっとナナを眺めていた訳じゃない。
片手のみで記していたとはいえ1分という長い時間をかけて編んだのは、全15節の詠唱からなる上級範囲魔法。
魔法を撃つ瞬間に、私は杖を構えた。
「ナナ! 避けて!」
「うぃ!」
「《サンダーストーム》!!」
放たれた雷の暴風が、ナナとの戦いに集中していたハッシュを飲み込む。
私の発声を聞いてハッシュは咄嗟に盾を構えていたけれど、この魔法に対しては悪手だ。円盾で防げるようななまっちょろい範囲の魔法ではないのだから。
《サンダーストーム》。
他の雷魔法に比べれば速度と指向性に欠ける分、風属性を併せ持った複合属性魔法だ。
持っていかれるMP量がかなり多くて乱発は出来ないものの、威力も範囲も同じ上級魔法のライトニング・バリスタを遥かに上回る。速度や連射力、燃費はバリスタの方に軍配が上がるので、使い分けてやればいい。
これはレベル60を超えた頃にようやく使えるようになった魔法だ。とはいえスキルの熟練度が必要値に達したのがそのレベルだったというだけで、レベルアップで覚えたわけじゃないけどね。
「すっご……」
「ふふ、そうでしょ? やっと気持ちいい魔法が撃てる熟練度まで来たのよね」
思わず口を開けてしまうくらいには、衝撃的な光景だったらしい。
ハッシュのHPも全体の2割ほど奪い取っていて、ナナの削りも合わせれば既に半分は切っている。
そういう意味ではナナの方がダメージ効率がいいと思われがちだけど、危険を顧みず懐に飛び込んで、無理を通してダメージを与えているナナがおかしいだけだ。
『ぐぬぬ……お見事です、しかしここからですよ!』
ハッシュのHPゲージはミラージ同様に2本ある。最後の1本になったからか、若干切迫した雰囲気でそう告げたハッシュは、全身鎧をパージした。
「あら……」
「おー……」
『ロボだ!』
『ロボて』
『可愛い女の子……?』
『人の顔がないんだよなぁ』
弾け飛んだ鎧の下から出てきたのは、端的に言えば女の子型のロボット。
体型が女性型と言うだけで顔は完全にロボだし、なんなら目はピカピカ光ってるし、うーんこの。
『私の真の姿を見せたからには、もはや生かして帰しませんよ!』
「生きて帰れないのはどっちかな〜」
「ナナ……」
ノリがいいのはいいことなんだけど、そのセリフは完全に悪役側の奴じゃない?
ミラージは人。ハッシュはロボ。





