焦熱岩窟
ゴリゴリと音を立てて、見た目にそぐわぬスピードで岩の塊が迫る。
私はタイミングを計って、それを打撃武器スキルのアーツ《ホームラン》で跳ね返す。
この動作を3回繰り返した頃、岩は砕け散ってポリゴンになった。
「うーん硬い。けど確かに効率はいいね」
「ですね。若干作業じみてますけど、経験値はすごい美味しいです」
トーカちゃんとリザルトを確認しつつ、私はほっと息をついた。
フィーアスから北西に数キロくらい。
たどり着いた永久焦土はその名に相応しく、焼け果てて何もない土地……いや、山だった。
巨大な山岳という訳ではなく、火山でもない。高さ500メートル級の山々が、延々と燃え尽きているような。
大地には血液が循環しているのではと思えるような脈動が走り、そこから高熱を放っている。
言うなれば、七輪の中で赤く燻る木炭のように、亀裂の入った場所だった。
気温にして60度はくだらないだろうか。トーカちゃんと目を合わせて冷製トマットンを口にすると、不思議なことに暑さは一切感じなくなった。
冷製トマットンのおかげで、とりあえず4時間までなら自由に行動ができる。
目的の焦熱岩窟は、永久焦土の外周を少し歩くと見える、焦土の一部に開いた洞窟のようだった。
焦熱岩窟自体は温度的にも永久焦土とそう変わりない場所で、しかし外に比べればやはり暑い。
冷製トマットンを食べた今の感覚から言うと、外にいた時はクーラーの効いた涼しい部屋、焦熱岩窟に入った今は炎天下よりはマシくらいの暑さである。
私は別に60度の暑さでも気にはならないけどトーカちゃんは堪えるみたいで、外にいた時よりは今の方が若干しんどそうだった。
それにしても、本当に生物らしい気配がない。
探知スキルを発動すれば所々の地面や岩に擬態したモンスターがいるのはわかるけど、例えばたった今吹き飛ばした岩石系モンスターの《ドドロック》は、どうも無機物に何かが宿ったような気配しかしないのだ。
だからなんなのかと聞かれればなんでもないんだけど、私はなんだか寂しい場所だなと思った。
ちなみにドドロックは基本的に転がっての突進しかしてこない。とにかく固いけど打撃武器には切れ味という概念はないので、《ホームラン》で思い切り弾いてやれば3、4回で倒すことができる。
「おっ、ヘビメタドロップした!」
「ヘビメタ、確か姉様がガントレットに使われていた重鉄鋼でしたか」
「そうそう。イベントに向けて武器を制作しておきたかったから、ちょうどいいなって」
デュアリスで私に武器を売ってくれた鍛治師はるる。彼女の言うところによれば確かにヘビメタはフィーアスの付近で取れるって話だったけど、焦熱岩窟がその産出地だったとは思いもよらなかった。
あ、はるると言えば……このステージなら、《メテオインパクト・零式》の方が相性がいいのかもしれない。
今持っている《金棒・穿》は確かに強い。軽くて取り回しもしやすいし、十分すぎる耐久もある。
ただ、軽鋼を使用しているせいか、マウントゴリラ戦でも感じたけどパワーが少しだけ足りないのだ。
両手用メイスのメテオインパクトは金棒より少し大きいから洞窟内で振り回すにはなかなか手間だけど、そこはどうにでも出来る。
メニューカードを操作して装備を切り替えると、ずしりとした重みが背中に乗ってきた。
「姉様、それは魔の森でお使いになられていた武器ですか?」
「そうだよ。というかトーカちゃん、結構ちゃんと配信見てるね」
「えへへ」
本当に時間がある時だけしか見てないのだろうか。
少しだけトーカちゃんの学業が心配になる私だった。
「ふんっ!」
ドゴン! と音を立て、ドドロックが吹き飛んだ。
『掛け声が野太い』
『ハンマー振り回すの好き』
『ふ゛ん゛っ゛!』
『↑ワロタ』
「そんな野太くないでしょ!」
計2発で倒せたのを見るに、やはり火力が段違いだ。
倒すのも楽で経験値効率もゴリラの半分程度と結構良くて、素材のドロップも美味しい。確かにここは打撃武器使いにはいい狩場と言えるだろう。
ちなみにヘビメタの体感ドロップ率は10分の1程度。ドドロックは沢山いるのでヘビメタを集めるの自体は難しくないけど、問題もあった。
「ヘビメタ、インゴットの状態でもめちゃくちゃ重たいね」
「インベントリが圧迫されますね……私はもう持てそうにないです」
インベントリの容量は数ではなく重さだ。そしてその容量はシンプルに筋力値で決まる。
そういう意味ではこの世界で一番大きなインベントリを持ってるのは琥珀なのかもしれない。
ともかく、私のインベントリはトーカちゃんの倍以上容量があるけど、何十体も倒していると徐々にインベントリも重くなってくる。
とりあえず戦闘中にたくさん行動する私よりサポートに徹するトーカちゃんが持ってた方がいいということで、ドロップしたヘビメタはトーカちゃんが預かってくれてるけど、既にいっぱいいっぱいみたいだった。
「シャーッ!」
「でりゃ!」
所々に走っている亀裂の中から《ロックスネーク》という石の鱗を持った蛇が飛びかかってくるのを、壁に叩きつけるように吹き飛ばす。
奇襲のつもりかもしれないけど、ここに出てくるモンスターはみんな体表が石で出来てるから、近づいてくる時点でゴリゴリと音が聞こえてる。
隠密ボーナスに常にマイナス補正がかかってる感じだ。
「びっくりするほど美味しい狩場だけど、びっくりするほど人気がないね」
「打撃武器使いにとっては美味しいと言っても、打撃武器使い以外には微塵も美味しくないからですかね。結構特異なフィールドかもしれません。魔法も水か氷以外は効かないみたいですし……」
「ヘビメタ以外は微妙なドロップしかないしなぁ。ヘビメタって人気ないのかな」
私は今後に備えてヘビメタをかき集めたいからとても楽しいけど、要らない人からすれば無駄にインベントリを圧迫する厄介なアイテムでしかない。
それでも打撃武器使いにはそこそこ人気があってもおかしくない気がしたけど……。
「人気はないでしょうね。姉様は非常に軽い上に高い防御力を持つネームド装備をしてますから気にならないと思いますが、普通の前衛は防具重量も結構重いんですよ。武器の重さもありますし、鬼人族は全種族でも物理ステータス特化なところがありますから、色々ヘビメタと相性がいいですよね」
「そっかぁ。そういえばこの防具の軽さについては忘れてたなぁ」
赤狼装束は敏捷強化が一番のセールスポイントだけど、とにかく軽いと言うのもウリのひとつだ。
布系装備の中でもなお軽い。装備しててもほとんど要求筋力を食わないから、私は武器の重さだけを考えればいい訳だ。
それに加えて鬼人族のステータスが合わさって、やっと持てるのがメテオインパクト。純ヘビメタ製の武器というのは、それほどの筋力値を要求されるのだ。
そう考えると、少なくとも鬼人族のプレイヤーか余程ハイレベルな筋力寄りのプレイヤーでないと、ヘビメタ製の武器は選択肢に入らないのかもしれなかった。
「よくよく考えればネームド防具持ちって私だけなのでは?」
「現時点ではそうですね。でも姉様が討伐した後、さらに二種討伐が確認されたそうですよ。どちらのプレイヤーも武器を作られたそうですが……」
「武器かぁ……確かに強かったからねぇ」
「姉様はネームド武器所持者と知り合いなんですか? 効果は秘匿されてると聞きますが」
「あー……ちょっとね」
そう言えば、私とロウが戦った時は配信をしてなかったんだっけ。
《殺人姫》ロウ。今のところ私が戦った事のある唯一のPKプレイヤーであり、敵としても味方としても僅かながらに戦った仲である。
彼女が持っていた《誘惑の細剣》は、状態異常耐性を下げるという極めて特殊な効果を持っていた。
ぶっちゃけ対人より対モンスターで強力な効果だと思うんだけど、本人の技量や純粋なレベル差で結構しんどい戦いを強いられたのは記憶に新しい。
アポカリプスの乱入で水を差されたけど、どこかで決着をつけたい相手である。
とはいえ彼女はイベントには参加できないだろう。
今回のイベントはダンジョンへの道が各街に造られるため、否が応でも街に来なければ参加出来ない。
もしかしたら門の外にそれが造られるのかもしれないけど、それでもPKプレイヤーが出現すれば戦いは避けられないだろう。
それはそれでロウとしてはアリなのかもしれないけどね。
ネームドボスモンスター。そろそろ再び戦いを挑んでもいい頃合いかもしれない。
アリアやロウとの戦いを思い出し、私は口に出すことはなくともそう思った。
純ヘビメタ製の装備は需要が限りなく絞られますが一部のプレイヤーにはマニアもいるとか……。





