ドスオルカの悪魔
レイレイが気がついた時には、ゼロノアのリラ=リロ商館前のリスポーン地点まで戻されていた。
軽く首を振れば、仲間達や他のプレイヤーが次々とリスポーンしているのも見える。火山の噴火によってデスしたのは明らかだった。
爆発に巻き込まれたような衝撃のせいで少しクラクラする頭を休めていると、街中が騒然としていることに気がついた。
「……当然なのよ、アレを見たら……ね」
ドスオルカ活火山の方角に目を向けて、嘆息する。
かつてドスオルカ活火山だった場所には今、超巨大なマグマ柱が立っていた。
スクナが言っていた「ドスオルカ活火山自体が噴火口」という言葉に違わぬ、超絶巨大なマグマの柱だ。半径だけでも何キロか、高さは数百メートルはあるかもしれない。
山ひとつの質量そのものに匹敵する、あまりにも膨大すぎるマグマの量。煌々と輝く灼熱の光は数キロ離れたゼロノアからでもはっきりと感じ取れる。
言うまでも無いことだが、レイレイたちが死んだのはあのマグマが吹き出したせいなのだろう。
(……キモ。アレ、なんで流れ落ちないワケ?)
おぞましいのは、その膨大な量のマグマが未だに活火山があった範囲から流れ出ていないこと。吹き出て流れ落ちるのではなく、さながらチョコレートファウンテンの如く、溢れ出ては渦巻いている。
「おーおー絶景じゃのう」
「まさか山自体が溶岩ドームみたいなもんとはね……さすがに予想外だったわ」
噴火を眺めているレイレイの周りに、思い思いの言葉を喋りながらリンネたちも集まってきた。
スリューとまくらも無事に……というと変だが、合流することができた。
「……ちょっと、あの子は? ナナが居ないのよ」
そう。この場に戻ってきたのは、レイレイ、リンネ、アーサー、スリュー、まくらの5人だけ。
広場を見渡しても、スクナの姿が見当たらなかった。
「ナナなら火山に残ったわよ。最初に噴火に気づいたのもあの子だったし、噴火の速度よりも速く空中闊歩で空を駆けていったわ。今頃あのマグマ柱の更に上あたりにでもいるんじゃないかしら。規模はデカイけど高さはあまり無さそうだし」
「……そういえば噴火の前、見つけた、って言ってたのよ」
「黒狼のことでしょうね。鏡を使った隠蔽魔法らしいけど、山そのものが崩壊したんじゃ維持できなかったんでしょ。それで姿を現した瞬間にナナが捕捉して、追跡に行った。スジは通ってるわね」
「スクナらしいと言えばらしいが……ひとりで行ってどうするんじゃ?」
当然の疑問だった。
ただでさえ緊急事態も緊急事態であると言うのに、独断専行にも程があるし、残ったところでどうするというのか。
そんな4人の疑問に、リンネは予想を伝えた。
「一瞬アイコンタクトしただけであの子の思惑まで読み取れた訳じゃないけど……クライネから貰った転移ビーコンはナナが持ったままだし、何があっても転移ビーコンだけは置いてくるつもりなんでしょ」
「おお、そういやそんなモンもあったのう。なるほど、そのために残ったわけか」
クライネから貰った転移ビーコンは、任意の位置に旅人の翼によるワープポイントを設置する超レアアイテムだ。
たとえそこがフィールドであろうとダンジョンであろうと関係ない。仮に戦闘中であったとしても自由に設置することができるし、時間経過以外で壊れることもない。
リンネの予想では、黒狼の住処に繋がるどこか……あるいは住処の中か、とにかく黒狼との戦いに繋がる場所へ置いてくるつもりのはずだ。
「……私たちは、どうするんです?」
まくらがそう呟いたが、すぐに答えられる者はいなかった。
相当に短くなったとはいえ、デスペナルティはデスペナルティ。ステータスに制限がかかっている以上、15分経つまではこうして会話をするくらいしかやることは無い。
「とりあえず……っ!?」
状況を整理しましょう、とリンネがいう前に。
この場にいる全てのプレイヤーが、数秒の酩酊感を味わった。
「うぇ……」
一瞬だけ感じた酷い立ちくらみのような気持ち悪さに、プレイヤー全員が何らかの不快感を示す。
そして、ただでさえ騒然としていた広場に更なる喧騒が響き始めた。
「今のでメインサーバーに統合された、ってところね」
「酷い立ちくらみみたいなのよ」
「ふむ……と、言うことはじゃ。優先事項はこっちかのう」
「でしょうね。ほら見て、マグマが崩れていくわ」
リンネの指差す先で、マグマの柱が流れ落ちるように崩れていく。
崩れ落ちたマグマは平原を焼き尽くしながら着実にゼロノアへと向かっているが、リンネが言いたいのはそんなことではない。
マグマの柱の中から……いや、マグマそのものが形を成す。それはまるで、巨大なトカゲ。立ち姿からより正確に表現するなら、怪獣映画に出てくるモンスターのような見た目をしていた。
「……デッカイ、ですね」
「ウム……この距離でなおはっきり見えるとなると、本格的に怪獣じゃな。使徒討滅戦の時の巨竜の数倍はあるか」
目測でもわかるその巨大さ。山岳級のマグマから出てきたが故に規模感が縮小したように見えるが、距離を考えれば全長にして数百メートルはゆうに超えている。
未だかつて見た事のない巨大モンスター。火山の膨大なエネルギーそのものを寝床として育まれた巨獣の視線は、はっきりとゼロノアを見据えていた。
「メタ・サラマンドラ。それがあの巨大トカゲの通称です」
明らかに桁外れの規模感を持つボスを前に独特の緊張感が蔓延し始めていたところに、少し息を切らしたクライネが現れた。
「クライネじゃない。ここまで来てたのね」
「ええ。と言うより、今この街にいるそれなりに戦えるものは次々とここに集まっていますよ。流石にこの異常事態ですし……ほら、例えば商館の屋上を見てください」
言われた通りに商館の屋上に目をやると、より高所から遠くを見るためか何人かのNPCと思われる人影が目に付いた。
「先頭に立ってるのがこの街に滞在している中では最高レベルの追跡者、センさんです。探知系のエクストラレアスキルを持っていて、レベル差200までの相手であればHPを含めあらゆるステータスを見抜けるそうですよ」
「めちゃくちゃ便利じゃない。与えたダメージが可視化できるのはいいわね」
「ええ、なので基本的に駆け出しから一人前の冒険者に帯同して実力を測ったり、高難易度のダンジョンアタックに連れていかれてます」
敵のHPが目視できるということは、攻撃ひとつひとつのダメージ量を正確に測ることができるということ。
あまりにも価値の高いそのスキル故に、NPCの上級冒険者であるセンはとにかく便利な男として使われていた。
「で、それだけの人が来てくれるような事態なんだとして、そのメタ・サラマンドラとやらはどんなモンスターなの?」
「御伽噺の登場人物であり、数百年に一度にこの街を襲う大災害です」
クライネ曰く。
ドスオルカ活火山周辺は元々、竜人族と呼ばれる最強種の一角が住処としていた《ドスオルカの神域》と呼ばれる山岳だったらしい。
なだらかで荒廃した低山と化し、マグマが絶えず溢れ出る現在の姿とは大きく異なり、当時は雲の上まで突き抜けるような巨大な山岳であったのだとか。
そして、ドスオルカとは竜人族が祀る竜の神の名前。
現在ではそのような神格は存在しないことが明らかになっているため、あくまでも竜人族の言い伝えのような存在だったのだろうと言われている。
何はともあれ、かつてそこには竜人族が住んでいた。
それはつまり、酒呑童子による憤怒の爆心地のひとつだということ。
惨劇の後、標高数千メートルを超える山岳は跡形もなく崩壊し、それどころか大地には底の見えぬ深淵のごとき大穴まで空いていたという。
ドスオルカの神域は元々休眠火山のようなもので、その深奥にはかつて山岳を形成したマグマの名残があった。
そうして大穴が空いたことでむき出しになったマグマだまりと、酒呑童子によって滅ぼされた神域に残る竜人の残滓が混ざり合った。
そうして生まれたのがメタ・サラマンドラ。
神代の時代の負の遺産。
エス≠トリリアを滅ぼしたナニカと同質の、俗に災禍の名残と呼ばれる悪魔のひとつだった。
「……と、まあ言い伝えはこんなところです。実際のところ、なぜあのようなとてつもない規模のモンスターが生まれたのかはわかっていません。活動頻度も不定期で、ある程度のエネルギーを貯めると火山から分身を噴火させ、この街を襲ってくるそうです」
「分身? あのデカさで?」
「いえ。今のはあくまでこれまでの話です。今回は訳が違う……と、街の上層部は見ています」
「本体じゃないか、ってコトね」
「そうです。規模も、そしておそらく強さも、桁外れのものになっているというのが概ねの見解です」
繰り返し襲撃に遭ってきた。
そのために築き上げた防壁。三重の階段構造。
彼らゼロノアの民たちはメタ・サラマンドラの脅威を知っている。
それでもなお、今こちらを睨みつけているアレは桁外れの威容だと判断したのだ。
「そいつァ正しいな」
「センさん。サーチは終わったんですか?」
「おォ。もう上にも伝えてきた。すぐに方針が出るだろうが、先に教えといてやる。つっても見りゃわかる話ではあるが、ありゃ戦線級の名持ちモンスターだ」
「戦線級? 何それ」
「小難しい話は今はなしで。極めて単純に言うと、参加人数制限のない名持ちモンスターのことです」
戦線級名持ちモンスター。
後に判明するゲーム内の正式用語としては、ハイパーレイド・ネームドボスモンスター。
参加人数制限なしの超巨大レイドバトル。
本来であれば通常のレイドバトルコンテンツ実装を経て、数ヵ月後に公式イベントで実装される予定だった機能。
その、早すぎるお披露目だった。
「普通に生きてて遭遇することはまずありえねェ。一般的には使徒討滅戦が失敗した時に、使徒の進化と共に発生するもんだ」
「使徒討滅戦の失敗ね……色々と気になるけど、今はいいわ。それで、あれを討伐する目はあるの?」
「異邦の旅人の参戦を踏まえても、この街の現有戦力では無理でしょう。恐らく、英雄級の冒険者を最低でも二人は招集するはずです」
「英雄級……というと、琥珀殿のような存在か?」
「『破城』の琥珀ですね。あのレベルの人を呼べるかはわかりませんが、だいたいそんな感じです。とはいえ、英雄という存在に特別な定義があるわけではないんですが……」
パッと思いついた琥珀の名を挙げるアーサーに頷きつつ、クライネは英雄について簡単な説明をしてくれた。
「琥珀殿が超有名な上ワシらに友好的だから知っとるだけで、ワシはあんまり英雄級の傑物については詳しくないのぅ」
「そうね。実際に名前だけは聞くようなのはチラホラいるけど、具体的な姿形となると……」
「と、とにかく、参加するのであれば気をつけてください。これはわかりやすく敵を倒す戦いではありません。世界の声が告げた通り、防衛戦です。この街を守りきる戦いですから」
「だな。言い忘れてたが、アイツのレベルに関しては見えなかった。俺のレベルは270だから、戦うなら少なくとも500は見積っとけ」
そう言ってセンとクライネは去っていった。
「……どこに、行くんでしょう?」
「NPCの中でもそれなりにお偉いさんっぽいし、本格的な方針を決めに行くんでしょう。侵攻が始まる前には私たちを統制する必要もあるわけだしね。さて、どうする?」
去っていく2人の背中が見えなくなった頃、リンネがパーティ全員に声をかけた。
主語のない問いかけ。けれど、レイレイはその意図を読み取れる。
「ナナの方に行くか、街を守るかってコトね。当然コッチに決まってるのよ」
「あら、どうして?」
「こっちの方が報酬が美味しそうでしょ。それにほっといてもナナはいずれ戻ってくるワケだし、それなら確実に人手が要るコッチを助けた方が理にかなってるのよ」
「ふふ、そうね。じゃあ一旦私たちはゼロノア防衛戦線への参加としましょう。3人ともいいかしら?」
「ワシは構わんぞ」
「……はい、問題ないです」
アーサー、まくら、そして無言で頷くスリュー。
彼女らの反応を見て頷いてから、リンネは今にも動き出しそうなメタ・サラマンドラの方に目をやった。
正確には、そこにいるはずのナナに向けて。
(ほっといても帰ってくる、ねぇ?)





