双狼の継承
「おーい、スクナ!」
取引が終わってからも割と暇をしていたらしいはるるやリスナー達と対メルティ戦における作戦を練っていると、少し焦った様子で琥珀がやってきた。
「そんなに急いでどうしたの?」
「メルティが来たと聞いてね。急いで戻ってきたんだ。何もされなかったかい?」
「そっか〜。特に何もされなかったよ。ちょっと話をしたくらいかな」
色々と話を聞いたけど、メルティから危害を加えられたわけじゃない。からかわれたくらいのものだ。
そう伝えると、琥珀は露骨に安堵の表情を浮かべた。
「ならいいんだが……彼女は危ういからね。スクナと戦闘になってたりしたらどうしようかと」
「あ、でも二時間後に戦う約束したよ」
言い忘れてたとばかりに告げると、今度は額に手を当ててため息をついた。
「手遅れだったか……噛み付いたのはスクナからかい?」
「うん」
「お馬鹿」
「うぎゃっ!?」
『草』
『コミカルな反応すな』
『特に理由のない暴力がスクナを襲う!』
『理由しかない定期』
『はるるちょっと離れてるの草』
『ただのチョップで衝撃波出てるんじゃが』
『このNPCめちゃんこ美人さんじゃない?』
『琥珀様は相変わらずマッシブだな』
『地面にめり込んでも無傷なの笑う』
別に痛みはないんだけど、ペシッて叩かれただけのはずなのに地面にめり込んでるのはなぜ……?
というかこれだけの衝撃を食らってノーダメージなのも謎だ。なんかのスキルなのかなこれ。ノーダメージで衝撃だけ与える《ツッコミ》スキルみたいな?
何とか埋まった体を起こしてみると、琥珀が呆れたような表情を浮かべていた。
「彼女の強さは桁外れなんてものじゃない。蹂躙されるのがオチだよ」
「わかってるよ。でもさ、次いつ会えるかもわからないんだよ。戦っておかなきゃ損だもん」
「あまり命を軽く扱ってもらいたくはないんだけどね……いや、私も昔はヤンチャした身だから強くは言えないんだが」
自分自身の若い頃と比較しているのか、琥珀は悩ましそうにそう言った。若い頃と言っても、鬼人族は平均して100歳でやっと成人と認められるらしいから、50そこそこの琥珀はまだまだ若いはずだけどね。
なんと言っても、自身の暴走で鬼人の里を半壊させたこともあるのが琥珀だ。
私から見れば大人なお姉さんだけど、昔は酷く荒れていたりしたらしいし、あんまり強くは言えないんだろう。
「聖戦のこともあるし、強者の実力を体感するのはいいことだ。ノクターンの次に戦う相手としてはステップアップし過ぎではあるけどね」
「琥珀はメルティの強さは知ってるの?」
「ここ100年、彼女が自ら戦闘した記録は数回しかない。当然私も戦闘を目にしたことはないよ。だが、神代から現代に渡って1000年以上もこの世界を護ってきた英雄だ。彼女について描かれた伝承はそれこそ鬼神様の比じゃないほど多いんだよ」
「へぇ……例えばどんなの?」
「そうだな……例えば数百年前に七星王の一角、四番星《天権の魔王》を討伐したのが最も大きな偉業だろうか」
七星王。私の目標である天枢の狼王と同格のモンスター。
というより、多分全プレイヤーにとって現状の最大目標に当たるのが七星王という存在だ。
今のところ存在がわかっているのは、酒呑童子の封印を守る狼王レクイエムと、多分エス≠トリリアに居るらしい竜王の二体……と、後はこの世界自体と敵対してるセイレーンの三体だけだ。
「魔王には名前はないんですかねぇ……?」
不意に、琥珀の登場でちょっと手持ち無沙汰になっていたはるるがそんな質問を投げかけた。
てんけんの魔王。点検じゃないだろうし、レクイエムに合わせるなら「天」になんか漢字がくっつくんだろうけど。
ともあれその魔王にはノクターンとかレクイエムみたいな、ネームドをネームド足らしめる「名前」がないのでは? というのがはるるの質問の意図だった。
「む、君は……ああ、鍛冶神の眷属か。名前を聞いてもいいかい?」
「これは失礼しましたぁ……私ははるると申しますぅ……」
「私は琥珀。と言っても、既に知っているようだけどね。はるる、君の言う通り魔王には名前に該当する呼び名は無かったらしい。七大災禍と成った時に失ったのだと言われているね」
「おぉ……そういえばフィーアスの図書館でその名前を見かけましたねぇ……《傲慢》の魔王と同一人物ということでしょうかぁ……」
「ちょちょちょい、なかなか聞き捨てならない言葉がいくつかあったんだけど」
はるるが鍛治神の眷属?
七星王と七大災禍が同一人物?
傲慢の魔王、七大災禍が七つの大罪をモチーフにしてるのは明らかだったけど、そこって七星王と兼任できる感じなんだ?
「鍛治神のことでしたらスクナさんとそう違いませんよぉ……スクナさんだって鬼神の眷属みたいなものですよねぇ……?」
「うっ、まあそうなんだけど」
「鍛治神の眷属と呼ばれる者はそれなりに沢山いるんだ。そのハンマーについている紋章が目印だよ。かの神は広く世界を見渡しているからね、異邦の旅人が既に選ばれているのには驚いたが、はるるはそれだけ有望なんだろう。どうやら私の弟子は腕のいい鍛治師と縁を結んでいるようだ」
からからと笑う琥珀に、それに同意するようにゆるゆると頷いているはるる。
そっか、神様に繋がる縁を持っているからと言って、それがどれもこれも酒呑みたいな複雑かつ限定的な条件を必要とするとは限らないもんね。
「ちょっと話が脱線してしまったけれど、メルティと戦うための対策はできたのかい?」
「はるるが用意してくれた武器が使えそうなのと、後は童子の舞を上手く使って不意打ち出来たらなって思ってる」
「ふむ、そうか……一矢報いたい訳だね。確かに傷ひとつ付けられれば御の字だろう。《終式》は既にクールタイムが上がってる?」
「うん、元々私の終式は結構クールタイム軽くてさ、実は前にこの世界を離れる前にこの砂時計も使ったりしたおかげで復活してるよ」
そう言って取り出したのは全てが純金で作られた砂時計。
アイテム名もそのまんま、砂金時計だ。
黄金の騎士ゴルドからドロップした、一日一回だけ使えるスキルのクールタイムを半減してくれるアイテムだ。
『綺麗な砂時計やなぁ』
『懐かしのアイテムで草』
『あったなそんなの』
『きんきらきんじゃん』
『羨ましい』
『ついに使い道ができたんか』
『欲しい』
もう結構前に入手したアイテムだけど、当時の配信を見てた人には覚えのあるアイテムだったらしい。
ちなみに私の終式のクールタイムは7日間で、発動可能時間は15分だ。
月狼戦があった先週の水曜日の夜に使って、その時に砂金時計でクールタイムは減らしておいた。今日は月曜日だからもう丸4日経ってる。
だからクールタイムはすっかり無くなって、終式はもう使える状態なのだ。
その終式の効果はざっくり分けて二つある。
ひとつはステータスバフ。
『プレイヤーの物理ステータスを5倍、SP消費の5割減、全ダメージ軽減50%、最大HPの10%まで反動ダメージを無効、全ての行動に権能《徹底抗戦》状態を付与』。
もうひとつは鬼人族専用スキルの解放。
『エクストラレアスキル《鬼神流破戒術》の熟練度を一時的に最大まで解放し《鬼の舞》のクールタイムをリセットする』だ。
倍率は確かに凄い。物理ステータスは要するに筋力、頑丈、敏捷、器用の4ステータスのことだけど、これがなんと5倍だ。敏捷と器用の数値に関しては《憤怒の暴走》に匹敵するバフ値だから、間違いなく破格の数値になる。
長めの制限時間も良い。ボス戦の後半を戦い抜くくらいの時間は十分にある。なんならノクターン戦では発現が終盤すぎて全然使い切れなかった。
もちろんダメージカットもありがたいし、反動ダメージ軽減もあって困るもんじゃない。
元々《絶対破壊》だった権能は《徹底抗戦》になってしまったけど、合意の上だしね。
多分、現状プレイヤーが使えるバフの中では最強のバフだと思う。
週に1回しか使えないけど、妥当かむしろ軽めのデメリットかもしれない。
このレベルのバフを使う機会はネームド戦、それも同格以上の本気バトルばかりだ。そう何度も戦う相手ではないだろうから、数日に1回の切り札であれば十分過ぎる。
「あとひとつくらい切り札になる要素が欲しい感じはあるな……そうだ、ノクターンを倒したことでレアスキルが手に入ったろう? その効果はどうだった?」
「あっ、そう言えば見てなかった」
「見る前にメルティが来ましたからねぇ……」
『すっかり忘れてたゾ』
『レアスキルとは?』
『スクナが倒したネームドあんまりレアスキル落とさないから忘れてた』
『強いボスはちょっと強いスキルを落とすんだぞ』
『↑なるほど?』
私の持つレアスキル《餓狼》は赤狼アリアからドロップしたものだ。
ロウも、ドラゴさんも、少なくともネームドボスをMVP討伐したプレイヤーは大抵レアスキルを入手できるのは確からしい。
ノクターンからも当然ドロップしてる。私がMVPだったからね。
「えーっと……レアスキル《影狼》……だって」
「陽炎?」
「あ、影の狼って書いてカゲロウね」
明らかに認識を間違ってそうな琥珀に訂正を入れて、レアスキルの詳細を確認した。
――
《影狼》スキル
分類:レア
クールタイム:24時間
継続時間:20分
スキル発動中、50%の確率で以下の効果が発動する。
・時間経過による継続的なHP消費効果の発生を無効化する。また、このスキルによる無効化が発生した時、プレイヤーの筋力・敏捷ステータスがその時の数値から2%上昇する。このスキルによる筋力・敏捷の上昇回数は最大で20回となる。
発動中にデスした場合、デスペナルティ時間が2倍になる。
発動キーワード《月影よ、依り代となれ》
※このスキルに熟練度は存在しません。
――
「ほぉん……」
「なんだいその反応は。見せてくれ」
「あ、うん。こんな感じ」
言われた通りに琥珀やはるる、それからリスナーにも見えるようにメニューを投影する。
琥珀はちょっと頷きながらスキル効果を読んで、はるるは「ほぉ……」なんて言ってた。
「毒や出血に効果があるなら効果自体はかなり万能だが……明確に《餓狼》を強化するためのスキルだね、これは」
「うん、私もそう思う」
わたしの切り札の一つである《餓狼》スキル。
その効果はこんな感じだ。
――
《餓狼》スキル
分類:レア
クールタイム:24時間
スキル発動中は3秒ごとにHPを1%消費する。
発動中、筋力と敏捷の値を50%増加。頑丈と魔防の値を50%減少。
発動中のあらゆる回復効果を無効化し、時間経過による継続ダメージ(毒、出血、炎熱など)の量を倍加させる。
発動中にデスした場合、デスペナルティ時間が2倍になる。
発動キーワード《餓え喰らえ、狼王の牙》
解除キーワード《我が餓えは満ち足りし》
※このスキルに熟練度は存在しません。
――
餓狼は3秒で1%、つまり最大で300秒……5分で100%のHPを全損する代わりに、発動時のあらゆるバフ状態を考慮した最終ステータスに1.5倍の筋力・敏捷バフをかけてくれるスキルだ。
この、3秒に1回のHP消費という時間制限。これが恐らく《影狼》スキルで無効化できる対象なんだと思う。
《餓狼》の説明では「継続ダメージ(毒、出血、炎熱など)」って記載になってるけど、《影狼》の説明では「継続的なHP消費効果」って記載になってるからね。
逆に言うと、《影狼》でいわゆるスリップダメージを無効化できるのかはわからない。説明的には包含してるように見えるしできそうな気はするけど、あんまり期待はしない方がいいかな。
ともかくこの2つのスキルを同時に発動すれば、すごいざっくり考えるなら《餓狼》の効果時間の期待値は倍になる。
もちろん運次第だから、最悪1回も発動しないかもだし、もっと沢山発動することもあるとは思うけど。
思えば《餓狼》に効果時間の指定がなかったのは、こういう合わせ技として使えるスキルがあったからなのかもしれない。
『露骨なシナジーやなぁ』
『赤狼も月狼も設定上は王狼族のネームドだもんな』
『バフは書き方的に複利法で増えてくっぽいな』
『複利……うっ、頭が』
『こんな露骨な組み合わせある?』
『↑このゲームでは結構ある』
『スクナは多分わからんと思うから教えたるけど、複利2%を20回繰り返すとだいたい元の1.5倍くらいになるぞ』
「ふくり……はるる、複利って何かわかる?」
「利子に利子がついて雪だるま式に膨らむことですよぉ……10000え……イリスに2%の利子がつくと10200イリスですよねぇ……複利法では次の2%は10000イリスじゃなく10200イリスの方につくのでぇ……次は10404イリスになるので元本に利子がつくより4イリスお得になりますぅ……」
「おー、わかりやすい。次は10404イリスに利子がつくから8イリスくらいお得になる訳だね」
「その通りですぅ……意外と計算はできるんですねぇ……」
「流石に簡単な暗算はできるよ」
円って言いかけたのにイリスって言い替えたのは、琥珀にも分かりやすく伝えるためだろう。
複利ってやつの簡単な概要はわかった。つまり《影狼》スキルはゆっくりではあるものの、《餓狼》の上から更に最大1.5倍近く筋力と敏捷をバフできる強力なスキルだってことだ。
「完全発動の期待値は《餓狼》中で6秒に1回だから、2分だな。切り札と言うには加速に時間がかかるが……最大時の効果量が仮に乗算なら凄まじいバフになりうるぞ」
「当たりではありますねぇ……使いこなせればですがぁ……」
「地味にデスペナが重くなり続けてる件」
「ふふふ……髪飾りを含めると効果中に死ねば8倍ですねぇ……」
はるるの言う通り、《餓狼》と《影狼》の発動中に私が死ねば、《月椿の独奏》の効果と相まって2✕2✕2の8倍のデスペナルティが入る。もしかしたら足し算で6倍かもだけど。
まあデスペナ自体は大型アップデートでものすごく短くなったから、そんなに大きな問題ではないんだけどさ……。
「とりあえずの戦力はありそうだし、後は私からアイテムをあげよう。かなり貴重な上に劇薬だからノクターン戦では渡さなかったんだが……まあ、簡単に言うと物理ステータスを一時的に1.5倍にしてくれる鬼人族の秘薬だよ」
ポンと手渡されたのは、3粒ほど飴玉大の丸薬が入った袋。
シレッと言ったけど今琥珀とんでもないこと言ってなかった?
「こ、これ……飲んでも平気なやつ?」
「もちろん副作用はあるよ。効果切れになったら10日ほど頑丈と魔防ステータスが0になるね」
「な〜んだ。その程度なら大丈夫だね」
『何を言ってだこいつは』
『(大丈夫じゃ)ないです』
『当たらなければどうということはない!』
『やべーってこいつ』
『配信主がイカれてんだワ』
『琥珀様も当たり前のようにドーピングさせないでもろて』
「使える手段は全部使おう。それとメルティとの戦いだが、せっかくの機会だし私も見学しに行くよ。もちろん邪魔をするつもりはない。単純に私としても世界最強の英雄の戦いを目にしたいのさ」
琥珀の申し出に、私はなるほどと頷いた。
メルティは世界最強の英雄。その戦いっぷりを目にしたいと思うNPCは多いはずだ。現実世界でいうと、プロ選手が学校の部活に指導に来てくれたみたいな気持ちなんじゃなかろうか。
私とメルティの戦いの結末は一方的な惨殺だろうけど、そこに至るまでの経過は見る価値もあるのだろう。
「うん、わかった。琥珀が居てくれると心強いよ。……あっ、はるるはどうする?」
「私は遠慮しておきますぅ……ティアドロップウェポンの使い心地は後でレビューしてくださいねぇ……」
「ほいほい。はるるも駆け付けてくれてありがとね」
「いいってことですぅ……私たちの仲じゃあないですかぁ……」
「あ、うん」
私とはるるの仲ってそんなに良かったかなと思ったけど、まあ確かにリンちゃんを除けば一番よく絡むフレンドではあるかも。
その後、念の為に《簒奪兵装・逢魔》の手入れをしてもらったり3人で戦術やアイテムを検討したりしてから、私と琥珀ははるると別れて修練場に向かった。
ちなみに王狼族のネームドを倒すと《餓狼》をより強くするためのレアスキルが集まります。





