身体能力を失ったナナくらいの強さ
すうぱあ:なんでリンネは昔と違って、自分でガツガツプレイするのを辞めちゃったんですか?
という話をリンネ編の前にしてましたので、その続きです。振り返りの話です。
リンネが世界大会の直後に倒れたのは知っていた。
けれど、その時に何かが起こったなんて発表はなかったし、何よりもリンネは、チーム戦の一員程度の役割とはいえ、その後も何度か世界レベルの大会で結果を残している。
全盛期より下手くそになっていると言うことなら理解はできる。ただ、壊れたとはどういうことなのだろう。そんな疑問を抱きながら、私はナナの言うことを黙って待っていた。
「リンちゃんは生まれつき記憶を忘れられないっていう才能……というか、特異体質があったんだ」
「それって……確か、『超記憶症候群』というやつですよね。ネットで見聞きした程度の知識しかないですけど、上手く扱えるならもの凄い才能じゃないですか?」
「そうだね。リンちゃんはもの凄く上手に活用してて、小さい頃から信じられないくらい頭が良かったよ。でもいい事ばかりじゃないんだ。例えばさ、忘れたいことを忘れられないって言うのは辛いことだと思わない?」
そう言われれば、思い出したくなかったり忘れたい記憶というのは私にだってある。
特に小学校に通っていた時に関しては、あまりいい思い出がない。
とはいえその破格の体質と比較するのなら、私は記憶を忘れられなくてもいいかなと思ってしまう。
「確かにそうですけど……私はそれでも便利の方に傾きそうです」
「あはは、確かに便利そうではあるもんね。まあとにかく、リンちゃんは見聞きした全てのことを記憶に残せる体質だった。でもね、最近になってソレが無くなってることに気付いちゃったんだ」
「無くなってる……ですか」
私が本か何かで読んだところでは、『超記憶症候群』というのは「物事を全てを覚える力」と言うよりは、本来あるべき「忘れる機能」が存在しないことで発生するんだとか。
人間は基本的に見聞きした全ての情報を記憶として脳に蓄えているものだけど、普通の人は「忘れる」ことでその記憶にアクセスできなくなるという理屈らしい。
それが本当ならば体質が無くなったと言うより、リンネは人間が持つべき「忘れる機能」を正しく獲得しただけなんだろうなと思った。
「いつ気付いたんですか?」
「イベントでコラボ配信したことがあってね。キャラメイクのサポーターNPCのことを忘れかけてたり、じっくり見ないと地図を覚えられなかったり。昔のリンちゃんならあんなの一瞬見れば覚えられたはずだし、人の顔を忘れることなんてなかったんだよ」
「ふむ……本当にひと目見たものを忘れないのであれば、確かにそうなるはずですね」
「でしょ?」
『超記憶症候群』にもその精度に差異はあるという。
あくまでも特定の事柄に関してだけは絶対に忘れないもののそれ以外のことへは平凡な記憶力しかない人もいれば、日付ごとに起こった出来事を明確に覚えているだけで、細部はそんなに覚えていないというレベルの人まで。
ナナの話を聞く限り、リンネは文字通り「完全記憶能力」とでも呼ぶべき最高の記憶力を持っていたのだろう。
見聞きした全てを脳に記録し、忘れることができない体質。
それこそ一瞬目に入っただけでいいと言うのならば、生涯勉強なんてしなくて良くなる夢のような才能だ。
「ひとつ気付いちゃうと芋づる式に見えてくるものでね。リンちゃんが昔と比べて沢山のものを失ってるのがわかっちゃったんだ。そうだな……たとえるなら『私の身体能力が常人並になっちゃった』ってくらい、今のリンちゃんは弱体化してると思う」
「そ、そんなにですか? それってもうほとんど何も残ってないってことなんじゃ……」
「そうだね。……と言っても、私は五感も鋭いから何もかもがなくなるって訳じゃないけど」
「逆にナナは何を持ってないんですか!」
「知能かなぁ」
「その返答はツッコミづらいです……!」
「あっはっはっは」
ケラケラと笑うナナに緊張感をまるっと抜かれてしまった。
さっきまでの真面目な雰囲気を返して欲しい。
ナナ本人は特にふざけているわけではないのがわかるだけに、天然ボケって怒りにくいものだなぁと諦観の念が浮かんできた。
「と、とにかくリンネが今大きく弱体化をしていることはわかりました。WGCSを前後して大会出場の回数が激減した原因としても妥当ですし、方針転換の機会としてもちょうど良かったのかもです」
「納得できたなら良かったよ」
ナナはそう言うと、控え室に予め用意されていた差し入れと思われるお饅頭をつまみ始めた。
恐ろしい速度でナナの口の中に消えていくお饅頭をぼんやりと眺めながら、私は過去の記憶を思い出していた。
(あの頃にはもう、リンネは弱っていたんだ)
思い出すのは、初めてリンネに会った時のことだった。
私のHEROESへの加入が決まったのは、2年半も前になる。それはゼロウォーズVRのサービスが開始するよりもさらに前のことだ。
そう、実のところ私はゼロウォーズVRの才能を買われてスカウトされた訳じゃなかったのだ。





