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金塊と雪花の切り札

 雪花がフリーズしていたのはわずか数秒のことだった。

 最初に尻尾がフラフラと揺れだして、徐々に目が潤んで、頬が赤く染まって、雪のように白い両手で金塊を撫でて、そっと金塊に口付けをしてから艶めかしく舌を……って。


「ストップ!」


「ハッ!? 私は一体何を……」


 黄金の魅力に取り憑かれていたのか、雪花は私にはたかれて正気に戻ったようだった。

 その証拠に、カウンターの金塊を懐に入れようとしてって待て待て待て!


「盗もうとしないの!」


「流石に冗談。……チッ」


「私、耳はいい方なんだからね……?」


「ごめんなさい、欲が抑えられなかった」


 懐に入れようとした金塊を改めてカウンターに置き直すと、雪花は素直に謝った。

 頬の上気が隠せていないあたりを見るに、興奮が治まったという訳ではないみたいだ。でも、冗談を言えるくらいには冷静になったのかな。


「それにしても、こんなに純度の高い黄金は久しぶりに見た。しかも塊で。どこで手に入れたの?」


「ちょっと前にセイレーンの使徒を倒した時にドロップしたんだよ」


 厳密にはゴルドはセイレーンの使徒そのものではなく、あくまでも使徒であるアルスノヴァに辿り着く為の壁だったけど、そこまで説明する必要はないだろう。

 雪花はその説明を聞いて少し顔を顰めていた。


「セイレーンのね。私も行きたかったのに」


 むぅと唇を尖らせる姿を見るに、どうやら雪花にはイベントに参加できなかった理由があるらしい。

 まあ、あれもこの世界の人たちにとってはイベントと言うよりは災害なんだろうけど。


「行けない理由があったの?」


「うん。少し結界を張る仕事があったの」


「結界を張る仕事……」


「それが私の本業だから」


「符術士なのに」


 そういえば、さっき見た彼女のステータスには《絶界》っていう二つ名みたいなのが書いてあったっけ。

 結界と絶界、なんか雰囲気が似てる感じするし、案外それが二つ名の由来だったりするのかな?


「もしかして雪花の二つ名の由来って結界を張る仕事から来てるの?」


「間違いではない。《絶界》は私の切り札の名前だから。どんな技かは……今は内緒ね?」


「そういうのずるいと思う!」


「ふふふ、ミステリアスな方が魅力的でしょ?」


 しーっと唇に指を当てて微笑む姿は確かに魅力的だけど、それはミステリアスさがどうとか以前に雪花が美人さんだからなのでは?

 なんて訝しんでいると、雪花は改めて金塊を持ち上げてじっくりと見回していた。


「本題だけど……これひとつでどんなに少なく見積もって400万。人によっては700万イリスは出すと思う」


「700万!?」


「うん。純正の黄金は本当に貴重なものだから」


 雪花の浮かべる表情は至って真面目だった。

 嘘をついているようには見えない。本当にそう思っているということなんだろう。

 しかし、700万とはなかなかたまげた数字だと思う。

 しかもそれがゴルドから10本もドロップしている訳で……。

 私が自分の持っている資産に戦慄していると、うっとりと金塊を眺める雪花がその値段の理由を説明してくれた。


「金という素材はね、そもそもがとても綺麗だから価値が高いんだけど……私みたいな魔道具を作る職人にとっては別の使い道もあってね。金は多くの素材の中でも、とりわけ魔力の伝導率と貯蔵力に長けてるの。だから、金を魔道具の素材にすると、ものすごい強力な効果を刻む事ができたりする」


「呪符の素材に使えるってこと?」


「そういうこと。あとはアクセサリーとかも」


「へぇー」


 現実世界でも色んなものの素材として金が使われてるって話は聞いたことはあるけど、WLOの世界でも大概万能な金属らしい。どこの世界でも便利なものということなのかな。


「そんな訳で、ショップで売れば400万くらいで買い叩かれるけど、この純度とサイズの金塊であれば欲しい人なら700万でもポンと出すはず。というか、私ならもっと出してもいいくらい。このレベルの金塊なら、店を経由したら云千万イリスはくだらないから」


「ほほう……雪花ならもっと出すと」


 これだけ強調するってことは、金の純度も重要なんだろう。そしてこの金塊はその純度がとてもいいと。

 改めて、ゴルドもいい物を落としてくれたものだ。

 とりあえず店売りだけは絶対にやめようと思いつつ、ふと思い浮かんだことを聞いてみることにした。


「もし雪花がこの金塊を丸ごと使って呪符を作れるとして、どれくらい強力な術を刻めるの?」


 それは純粋な疑問であると同時に、ちょっとだけ打算を込めた質問だった。

 雪花は私の質問を聞いて少し考える仕草をしてから、金塊を撫でつつこう言った。


「この金塊を丸ごと使えるなら、私の切り札でも刻めると思う。でも、そんなことをしなくても私はいつでも発動できるし、わざわざそんなもったいない使い方はしないけど……」


 その答えを聞いて、私は内心小躍りした。

 知りたかったのはまさにその、雪花の切り札を刻めるかどうか。それをダメ元で聞いてみたら、できるという答えが返ってきたのだから。


「なるほどなるほど、じゃあさ……」


 私は満面の笑みを浮かべながら、インベントリから金塊をもう1本取り出してカウンターに置いた。


「これを1本プレゼントするから、雪花の切り札を刻んだ呪符って作れない?」


「……はっ?」


 私の提案を聞いた雪花は、目の前に差し出された2本目の金塊を見て、今度こそ完全にフリーズして動かなくなってしまった。



 驚きの表情で固まりきった雪花を一分ほど眺めていると、ようやく放心から脱せたのか細々と口を動かし始めた。


「…………にほん、きんかいが、にほんも……」


「おっ、気がついた?」


「どういうこと……どういうことなの……?」


「ダメだ、帰ってきてなかった」


 2本の金塊を交互に撫でながら、雪花はしきりに疑問符を浮かべている。

 それほど信じられない光景ということなのかもしれないけど私の残弾はあと8本あるということを忘れてはいけない。


「す、スクナちゃん……これは夢?」


「現実だよ?」


「だって、金塊が、2本も……」


 オロオロと目線を彷徨わせる雪花の姿がなんだか可愛らしくて、私は出来心で更に1本金塊を取り出してみた。


「じゃあもうひとつどうかな?」


「ぴゃっ!?」


 横に3つ並ぶ金塊を見て、雪花はもはや悲鳴を上げて飛び退いた。

 まるでゴキブリを見た時のトーカちゃんみたいな反応だ。

 既に放心状態だからか先ほどまでのようにフリーズしたりはしないものの、雪花は何か恐ろしいものでも見たような顔をしていた。


「……スクナちゃんって、何者?」


「ちょっと運に恵まれただけだよ」


「こんなデタラメ見せておいて、ちょっと恵まれたで済ませられても……」


「とは言っても敵を倒したら手に入っただけだしねぇ」


 実際今日この日まで特に使い道もなかった訳で。何となく困った時の金策に使えるかなくらいの気持ちしかなかったから、こんなに驚かれるとは思わなかったのだ。


「あのね、スクナちゃん。確かに純度の高い金は多少なりとも流通してるし、既存の金から再精製する方法もある。でもね、そんなのは微々たる量。この純度でこのサイズの金塊なんか見たことない。さっきは控えめに言ったけど、出るところに出れば1000万イリスだって余裕で超えるくらいのアイテムなんだから」


「私は別に、そんなにお金は要らないからなぁ」


 大きなお金を使うのは装備を買いたい時か、あるいは作って欲しい時くらいだ。

 回復アイテムはイベントの交換分で有り余ってるし、素材系もそこそこボスを倒してるおかげでドロップした分だけで充分賄えてる。

 雪花の反応を見たくてやったというのが7割くらいを占めてるけど、彼女の切り札を刻んで欲しいというのも冗談ではないのだ。


「駄目かな?」


「駄目ではないけど……たかが術ひとつにこんなに払うのはおかしいって、そうは思わないの?」


「うん。だって雪花の切り札なんでしょ?」


 レベル200を超えたNPCの切り札を借り受けられるのだと考えれば、数百万くらいは安いものだと思う。

 たとえそれがどんな術かを知らなくても、なんか凄いレアな物が手に入る可能性があるなら手を伸ばしたくもなる。

 特に、雪花にとって金塊が貴重なんだとしても、私にとってはそんなに必要なものでもないしね。差し出す対価が安いということを考えれば尚更だった。

 そうして数秒見つめ合って、最終的に折れたのは雪花の方だった。


「はぁ……うん、わかった。そもそも、欲しいのが無ければ作るって言ったのは私だから」


「やった!」


 言葉とは裏腹に雪花も満更でもない様子で、何だかんだで彼女も報酬の金塊が欲しかったのかもしれない。

 雪花はカウンターに置かれた3本の金塊のうち、2本を自分の方に寄せると1本は私に返してきた。


「金塊も2つでいい。ひとつは素材、ひとつはお代ね」


「別に3つとも持ってっていいのに」


「過剰な対価は駄目。適正な価値という意味では金塊ひとつでちょうどいいの」


「そっかー」


 雪花自身がそう言うならと、私は金塊をインベントリに戻した。

 過ぎたるは及ばざるが如し、みたいなことわざもあるしね。……あったよね?

 お金が好きだと言っても、引くべき一線を守ってる。そんな拘りが雪花にはあるんだろう。


「じゃあ見てて。今から作るから」


「今から!?」


 思わず驚いて大きな声を出すと、雪花に笑われた。

 そんなポンポン作れるなんて思わないって。


「どこでも呪符を作成できる。それが最上級符術士の特権なの」


 雪花がそう言って笑みを浮かべると、雪花を中心に青白い魔法陣のようなものが広がった。


「《解け、束ね、結ぶ》」


 囁きが宙に溶ける。その瞬間、雪花が手にした金塊が無数の糸となって解けた。

 雪花が両手を振るたびに、黄金の糸が編み込まれ、和紙のように薄い符が編まれていく。

 1分ほどして完成したのは、元が金塊だったとは思えないほど小さく薄い1枚の御札。

 黄金に漆黒の紋様が刻まれた、とても美しい呪符だった。


「……ふぅ、できたよ。うん、初めて作ったけどちゃんと成功して安心した」


「初めてだったんだ……」


「言ったでしょ? こんな金塊手に入らないんだから、作れるわけがないの」


「確かに」


 作られた呪符を受け取ると、見た目にそぐわぬとんでもない重さに思わず取り落としそうになった。

 もしやこれ、あの金塊の重量が丸々この薄っぺらい呪符になってるんじゃ……?


「今見たとおり、呪符は紙に術を込めてるわけじゃないの。ここにある全てが、何らかの素材を元にこの形に編み込まれてる。と言っても、大抵の術は軽くて扱いやすい素材に刻み込むけどね」


「でも、この見た目詐欺はさすがにビックリするね」


「私も金塊を編み直すのにMPをほとんど持ってかれちゃった。いい経験にはなったけど」


 そして、試しに色んな呪符を持ってみると、確かにいくつかやけに重たい呪符があった。

 特に《結界術・黒》は、最上級魔法さえ防ぐ最強の守りというだけあって、ずっしりと重たい。

 この辺も金塊みたいに元の素材がそれなりに貴重で、かつ重たいものなのかもしれない。


「大事に使ってね」


「うん、ありがとう」


 満足げながらも疲れたような表情の雪花に感謝しつつ、私は黄金の呪符をインベントリへとしまい込む。

 インベントリに入れたことで、雪花の切り札がどんな効果の術式なのかも理解した。


 その響きに反して、《絶界》は防御用の術式じゃない。

 ただ、文字通り切り札になりうる効果を秘めた術式だった。


「さ、後は好きな呪符を買っていって」


「よし、じゃあ遠慮なく……」


 金塊とは別にお金は死ぬほど沢山ある。

 ここは買い占めるつもりでドカンと……!

 そう思っていたら、雪花が突然「あっ!」と何かに気づいたような声を出した。


「ちなみに符術士以外は呪符を10枚までしか持てないから気をつけてね?」


「今明かされる衝撃の真実」


「ごめんごめん、言い忘れてたの」


 それめちゃくちゃ重要なことじゃない!?

 いやね? 確かに呪符を使い放題にしたら職業も何も関係なくなるよなぁとは密かに思ってた。どうも呪符って使うだけならMPも使わないみたいだし。

 だから制限があるのは分かるし、多分沢山持てる符術士自身も何かしらの制限があったりするんだとは思う。例えば使用枚数とかね。

 そういうバランスを考えればたくさん持てないのは分かるけど、もっと先にさぁ……言ってくれないとさぁ……。


「ちゃんと選ばなきゃ……」


「審美眼が試されるね」


 真剣に呪符を吟味し始めた私にそんなことを言うと、雪花は金塊を取り出して頬擦りしたり匂いを嗅いだりし始めた。

 うーん、やっぱり変人なんだなぁと思いつつ、私は残り9枚の枠をどう埋めるかを真剣に考えるのだった。

《絶界》の効果についてはもう少し内緒で。

極めて防御力が高くかつ攻撃の切り札にもなりうる、とても便利で汎用性の高い《結界》です。

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「フォウリンク・プラグマタイザーが符に問う、そは何ぞ!」をやれそうですねw
[一言] どこぞの赤い弓兵の固有結界的なやつが浮かんだ 要は自分有利のフィールド生成 それか、着る結界
[一言] 打撃系鬼っ娘ついに財力で殴る。
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