鷹匠の本家
「マジな話をすっとだな。体の調子がわりぃんだ」
全身をソファに預けながら、ロンさんは真面目な調子でそう言った。さっき抱えた時も熱かったし、多分熱があるんだろう。
ロンさんはむかしから熱があっても頭痛や吐き気はなくて、ただただ体がダルくなるだけのタイプだった。
何だかんだで元気そうにしてたのはそれが理由だと思う。
「もともと貧弱な体なんだが、ここんとこ余計にキツくてよ。1年くらいずっとなもんで、思い切って休んじまおうと思ってな」
「ロンさん、病院とか行かなくて大丈夫なの?」
「明日明後日は本家に帰るからそんときついでに検査してくるよ。ま、少なくとも3日前にヨーロッパで検査したときゃ異常はなかったかな」
その言葉を聞いて安心する。
ロンさんが大丈夫だって言い張っても、信じないし納得しない人たちがいっぱいいるから、多分無理やり検査を受けさせられたんだろう。
ただ、今の言葉を聞いて、リンちゃんは私とは全く違う反応をした。
「えっ、本家に帰るの? 珍しいわね、ロン姉が本家の方に顔を出すなんて」
本家、というのは正確にはリンちゃんのお父さんのお屋敷だ。
都心からは少し離れた長野の別荘地。リンちゃんのご両親にとっての……そして、私の両親にとっての故郷であるその土地に、鷹匠家は本邸を構えているのだ。
「別に珍しかねぇだろ。実家よりは本家の方が顔出してるくれぇだぞ」
「そうだけど……」
本家がリンちゃんの実家だとしたら、今ロンさんが言った実家とはロンさんのお家だろう。
確かロンさんのご両親は年中豪華客船で世界旅行に行ってるから、多分実家に帰っても会う人がいないのだ。
それに、本家と言うだけあって、リンちゃんの実家は昔からなんだかんだで親戚のたまり場みたいになっていた。
無事を報告するにせよ、本家に帰った方が都合がよかったんだろう。
リンちゃんは少し考え込むような仕草をしてから、私の方に顔を向けた。
「ねぇナナ。明日どうしても外せない予定とかある?」
「特にはないかな」
流鏑馬の報酬を受け取りに行きたいくらいで、他に特別な予定はない。
鬼人の里のプレイヤーもなんだかんだでヒミコさん以外は働いてたりして平日の昼には会えないらしいし、焦って探索するほどのことではないだろうから。
まあ、月光宝珠を貰うために色々とクエストをこなしたりしたいとかはあるけど……。
「ん、了解。じゃあ私たちも帰りましょうか。鷹匠の本家に」
私の予定を聞いたリンちゃんは、とてもあっさりとした様子でそう宣言した。
☆
「相変わらずこの屋敷はなんでこう辺鄙なとこにあんだかなぁ」
「創始者の生まれ故郷だからでしょ」
「グウの音もでねぇ正論はやめてくれ」
翌朝。私たちはリンちゃんの実家の前にいた。
リンちゃんの実家は完全に洋風の御屋敷で、テレビや漫画で出てくるような大豪邸そのままの見た目をしている。
敷地内を車で走る、そんな超広大な敷地の中に建つ大豪邸なのだ。
とはいえ、無駄に大きな門のような入口があるわけではない。
本家の正面玄関は、旅館のエントランスのようにとても広々とした入口になっているのだ。
3人で連れ立って中に入ると、ふわりと懐かしい匂いがした。
リンちゃんの御屋敷はここの他に都心にもあって、
そして、正面にひとり。
懐かしい人が立っていた。
ゆったりとしたえんじ色の着物に身を包んだ、妙齢の美女。
そんな表現がふさわしい、ひとりの女性だ。
「おかえりなさい、龍麗。体調が悪いと聞いていましたが、今は調子も良さそうですね」
とても落ち着いた声で、女性はロンさんへそう言った。
「怜おばさん、ただいまっす。そっすね、やっぱ日本が一番肌に合うっつーか、調子いいっすよ」
それを聞いたロンさんは、軽く頭をかきながらも女性の言葉に同意する。
女性の名前は鷹匠怜。彼女こそが、リンちゃんの実のお母さんだった。
「お姉様の方針に口を出すつもりはありませんが、あまり心配はかけないように」
無表情に淡々とロンさんを諭すトキさんだけど、決して怒っている訳ではない。
ただ表情筋が硬いというだけで、感情自体は豊かな人なのだ。今のもご両親をと言っていたけど、実際にはトキさん自身の心配も多分に含まれていたはず。
だって、トキさんは鷹匠家の子供たちみんなの「お母さん」だったのだから。
「うっす。ま、しばらくはこっちで休むんで、親戚に孝行でもしときますわ」
「それがいいでしょうね。ゆっくり養生なさい」
「あざっす。じゃ、アタシは先に行ってるぜ。ちゃちゃっと検査終わらせてくらぁ」
そんなトキさんの心配をサクッと受け止めたロンさんは、未だに少しだるそうな体をなんとか動かして別棟の方へと向かっていった。
うん、メイドさんたちが邪魔にならない程度に見守ってるみたいだから大丈夫だろう。
「凜音。貴女はよくやっているようですね」
「そうね、楽しんでるわ」
続けてトキさんが声をかけたのはリンちゃんだった。
リンちゃんはどちらかと言うとお父さんっ子なんだけど、お母さんと険悪だとかそういうことは決してない。
ただ、トキさんは基本的に無表情に喋るし、リンちゃんはリンちゃんでトキさんの前だとあまり甘えないから、傍から見ると何となく仲が悪そうに見えたりするらしい。
実際には大事な娘を心配する母親と、それを拒むことなく受け入れる娘のやり取りでしかないので、安心して見ていればいいんだけどね。
「貴女に関しては心配はしておりません。引き続き、好きなようにおやりなさい。それと、今後出場する予定の大会についてリストを纏めておくように。応援に行きますからね」
「はいはい。後でスタッフに送らせるわ」
「そうしてください。娘の晴れ舞台というのは、親にとって何よりの楽しみなのです」
頬に手を置いてそう言うトキさんに、リンちゃんは少し辟易とした様子だった。
これがトキさんの面白いところで、とても淡々とした人なのにその実親バカと言っても差し支えないほどの愛情を3人の子供に注いでいる。
授業参観、体育祭、文化祭、合唱コンクール、何につけても必ず時間を作って駆けつけていた。
特にリンちゃんはお父さんがとても忙しい人だから、尚のことリンちゃんがひとり寂しくならないようにという配慮だったのかもしれない。
リンちゃんもトキさんのことは好きなはずなんだけど、ハタチを超えても未だに応援に駆けつけられると嬉しさ半分恥ずかしさ半分なんだと思う。
私だったらどうだろう。お父さんとお母さんが応援に来てくれてたら、恥ずかしいとか感じたのかな。
少しだけ物思いに耽っていると、リンちゃんとの話が終わったのか、トキさんがこちらに視線を向けていた。
「……菜々香。こちらに来てください」
「あ、はい」
呼ばれるままにトコトコとトキさんの方に寄っていくと、ふわりとトキさんの香りに包まれる。それは壊れ物を扱うように繊細な、優しい抱擁だった。
トキさんはリンちゃんを産んだ人なだけあって、とても身長が高い。175センチは優に超えているくらいだ。
身長差から必然的に包み込まれるような形になってしまい、私は安心感とむず痒さでちょっと困ってしまった。
「おかえりなさい。よく……よく、帰ってきましたね」
その言葉には、万感の思いが込められていた。
トキさんには小さい頃から可愛がってもらっていたということもある。けれど、きっと、彼女が震えるほどに感情を高まらせているその理由は……私のお母さんについてだろう。
私の両親とリンちゃんの両親は、幼少期からの親友だった。
特にお父さん同士、お母さん同士は無二の親友と言ってもいいほどに仲が良かったと、耳にタコができるほど聞かされた記憶がある。
だからきっと、私の両親が死んでしまったあの日。
お母さんの死を誰よりも悲しんでくれたのは、きっとトキさんだったのだ。
「過去を乗り越え、貴女がここを訪れるのを……私はずっと待っていました。貴女は私の唯一無二の親友の娘。龍麗や燈火と同じく、私は本当の娘のように思っていたのです」
「トキさん……」
「ここは私たち夫婦と貴女のご両親が途切れぬ縁を結んだ……故郷です。ご両親は私たちでこの地に弔いました。後で、お墓参りに行くといいでしょう。積もる話があるはずです」
お墓参り。
そうだ、あの日から私は、一度だって両親を弔いに行ったことはなかった。
無意識に避けていたのだ。壊れてしまいそうだったから。
でも、今ならきっと大丈夫だ。
そんな確信が、胸にあった。
「ありがとう……ございます」
「ふふ、見た目は変わりありませんが、精神的には大きく成長したのですね。敬語を使う貴女を見るのは初めてかもしれません。6年以上の月日が流れているのですから、それも当然のことなのでしょうね」
懐かしむようにそう言って、トキさんは私の頭をゆったりと撫でてくれた。
6年。これまでの人生の3分の1くらいの時間と考えれば、とても長い時間だ。
「さて、そろそろ行きましょう。私も菜々香の話を聞きたいですし、燈火も待っていますから」
「あら、もう来てたの?」
「燈火はここ数日の間ずっと本家に滞在しておりましたよ。凜音、貴女に何かを指示されたようでしたが」
「ああ、あの子ここでやってたのね。まあ、一から設備を整えるよりは確かに楽かも」
リンちゃんとトキさんが連れ立って歩いていくのを、後ろからぼんやりと眺めながらついていく。
懐かしい場所に帰ってきて、トキさんに会ったせいか。
……無性に、お父さんとお母さんに会いたくなった。
鷹匠家は全体的に親戚の仲がいい。
二宿家は駆け落ち夫婦なので親戚との折り合いはあまり良くなかったです。





