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使徒討滅戦:開幕

「おいおいおい、ドラゴンかよ」


 クラン《社畜機動部隊》のクランリーダーを務める無精髭の男性プレイヤー《テツヤ》は、空に飛び上がった……いや、正確には跳び上がった蒼いドラゴンを見てそう呟いた。


「このゲームでは初めて見たぜ」


「ワイバーンなら見た事あるけどねぇ。テッちゃん大丈夫? ブルってない?」


 テツヤの隣でからかう少女は、その幼い体に見合わない巨大な盾に身を預けながら笑う。

 少女の名は《ノエル》。彼女もまた、テツヤと同じクランに所属するタンクプレイヤーだった。


「んな程度でブルってられっかよ。仮にもタンクだぜ? 前で攻撃受けるのが俺の仕事だろうが」


「それを言ったらボクもそうなんだけどねぇ」


 からかわれているのを承知で威勢を良くするテツヤを見て、ノエルは肩を竦める。

 空を見上げても、緩やかに下降してくる巨竜の姿が見えるだけ。

 すぐさま襲いかかられはしないだろうとタカをくくったノエルは、自分の後ろにいた3人目のクランメンバーへと指示を出す。


「リューちゃんはリンネさんのとこに行ってきな。ボクらの後ろよりは安全だろうから」


「了解しました」


 リューちゃんと呼ばれた女性プレイヤーはノエルの指示に間を置くことなく応え、リンネやスクナが居る方へと走っていった。


「さぁて、ドラゴとリンネがいる以上、生半可なヘイト管理じゃ崩れちまうかね」


 身体をほぐすために首を回しながら、テツヤはそう言った。

 後ろに控える2人のエースとはテツヤもクランを作成する前からの付き合いであり、共にネームドボスモンスターを討伐した仲でもある。

 故にテツヤは、後ろの2人がどれほどの火力を叩き出せるのかをおおよそ把握出来ている。


 それを踏まえた上での発言に、ノエルもまた半笑いのまま頷いた。


「2人ともバ火力持ちだからねぇ。特にドラゴさんの方は武器(アレ)もあるし」


 ドラゴが未だ抜かずに背負っている蒼刃の大剣。それはリンネの持つ《蒼玉杖》と素材を同一にしているが故に、纏う蒼色は似通っている。

 しかしその中身には、ネームドの《魂》が込められている。見た目が似通っていようとも、武器としての格はドラゴの大剣が遥かに上回っていた。


 何より武器の性能もさることながら、ドラゴ本人が自身のステータスを大剣を最も効率よく振るうためにチューンナップしている。

 そのせい……と言うと聞こえは悪いが、今この場で最も高い継続火力を保有しているのがドラゴであることは間違いない。

 そして、火力が高いということは、単純にモンスターのヘイトを集めやすいということでもあった。


 モンスターのヘイトは主に攻撃、バフ、回復、アイテムの使用などの能動的行動に加えて、挑発系のアーツを使うことによって集めることができる。

 モンスターのヘイトというものは基本的に「各プレイヤー」に対して設定されていて、そのヘイト値が最も高いプレイヤーを狙うというのが鉄則だ。

 故に、タンクはまずそのヘイト値を高めることで、常にモンスターの標的が自分へ向くようにする必要がある。

 それによって他のプレイヤーは相手の反撃などを気にせず好きに攻撃をすることが出来るというわけだ。


 これをヘイト管理という訳だが、当然タンク以上にヘイトを稼いでしまえばモンスターのヘイトは移ってしまう。

 ヘイトを管理するのはタンクの役目ではあるものの、実際には全てのプレイヤーが意識する必要のある要素なのだ。

 そんな中、突出した火力を持つドラゴやリンネといったプレイヤーの存在が、懸念事項であることは間違いなかった。


「まあでも、あの5本のHPにどれだけの数値が詰まってるのかわからないからねぇ。2人の火力は絶対に必要だよ」


「只でさえ人数も少ねぇ訳だしな。しかしまあ、今回タンクが3枚にヒーラーも2枚いる。バッファーもひとりとはいえ居るっちゃ居るし、後は野良次第ではあるがアタッカー9人でも最低限のバランスは取れてるな」


「30枚フルアタッカーの可能性もあったし、むしろよくぞって感じだよ」


「円卓とは付き合い薄いが、シューヤの野郎がいるんだ。上手く合わせてくるだろ。竜の牙もそこは問題ねぇはず。あとは野良2人と……」


「スクナちゃんだねぇ。見たとこ落ち着いてるけど、何考えてるんだろうねぇ」


 スクナ。

 あのリンネが親友と公言してはばからないと言うだけでも話題性に富んでいると言うのに、プレイ開始2日目にしてネームドソロ討伐という偉業を成し遂げたプレイヤースキルの権化。

 妖精族と並んで癖のある種族である鬼人族をプレイヤースキルのゴリ押しで使いこなし、何かと話題を提供してくれるという意味でも目を離せないプレイヤーだ。

 今日はトレードマークの金棒ではなく、ガントレットを装備しているようだった。


 そんなスクナは、何か思うところでもあるのか、その視線を緩やかに下降してくる巨竜に向けたまま動かない。

 やる気がないというわけではなさそうだが、どうにも覇気がないというか、映像で見るのと実際の姿を見るのとでは印象が変わるものだなとテツヤは思った。


「ま、よっぽどバカじゃなきゃ過剰攻撃なんざしねぇだろうし、やべぇ時に声掛けるくらいでいいさ。何より後ろにゃリンネがいるんだ。本職としちゃあ癪だが、アイツが後ろで指示出ししてくれりゃ安定はするはずだ」


「だね。どの道、こういう場こそボクたちの腕の見せ所じゃないか」


「別に腕を見せてぇ訳じゃねぇけどな。さて、そろそろ無駄口を叩いてる場合でもねぇな」


 軽口を叩き合っていた2人は、ズン! という重々しい着地音を立てて大地に降り立った巨竜へと視線を向ける。

 四肢を大地に付けたその姿は、やはりドラゴンはドラゴンでも典型的な飛竜ではない。

 言うなれば地竜だろうか。その翼は跳躍の補助や下降速度の減衰には使えても、発達した強靭な肉体を支えるにはあまりにも小さく頼りなかった。


 反面、その四肢はあまりにも強靭で、当然のように硬質な鎧にも思える甲殻や鱗に覆われている。

 爪牙はまさに兵器のようで、着地点の地面が撫でられただけで抉り取られている。

 あれを素で受けたら、胴体が輪切りにされて即死になるのは想像に難くなかった。


 そんな巨竜・アルスノヴァが、大きく息を吸い込んだ。

 ブレスを想定して盾を構える2人だったが、その咆哮は空へと向けられる。


「ゴォォォォ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 開戦の狼煙は、耳をつんざくような大咆哮から始まった。

 思わず耳を塞ぎたくなる程の大音量だが、ダメージもなければ拘束時間(バインド)も発生していない。

 咆哮による音で、拘束や痺れなどの効果を発生させるモンスターもいる中、あれほどの大音量で無傷である。

 つまり今の咆哮は、本当にただの大声でしかないということであった。



 咆哮を終えた巨竜が右腕を薙ぎ払う。

 未だプレイヤーたちから距離のある巨竜の行動に首を傾げるプレイヤーもいる中、タンクの2人、特にノエルが全員の前に立ち塞がった。


「《アラウンド・シールド》!」


 ノエルが大地に突き立てた《両手用大盾》を中心に、半球型の防御シールドが発生する。

 何より驚くべきはその範囲。それなりに固まって居たとはいえ、点在するプレイヤー全員を包み込むほど巨大なシールドが発生した。


 シールドが展開された瞬間、轟音と共に暴風がシールドへと吹き荒れる。

 直撃を受けても軽く軋む程度で風を受け流した《アラウンド・シールド》は、腕を振っただけの風圧攻撃を防ぎ切った後、音もなく消えていった。


「どうだ?」


「とりあえず今のは今後無視していいかもね。威力はない。ただ、プレイヤーによっては飛ばされるかもだけど」


 アラウンド・シールドは広範囲をシールドで守れる反面、シールドへと直撃した攻撃のダメージ全てを使用者が負う範囲防御アーツだ。

 その上で、今の攻撃によるノエルのダメージはなかった。

 つまり今の風圧もまた咆哮と同様に、ダメージを与えることを目的とした攻撃ではなかったということだった。


 とはいえ、今の風圧を食らって地に足をつけていられるプレイヤーがどれほどいるかは分からない。

 特に重量のある装備をしているプレイヤーはさておき、問題は軽めの装備を優先しがちなヒーラー、バッファー、それから魔法使いプレイヤーだ。

 魔法使いはバリアを張れるのでいいとしても、バッファーとヒーラーはバフのスタイルによっては防御スキルを持っていない可能性もある。


「いや、リンネに任せりゃいいさ。アイツ基礎魔法スキル育ててっから範囲バリア張れるだろ。あと前方注意な」


「よっと! じゃあその分ちゃんとヘイト調節しないと」


 巨竜が弾き飛ばしてきた瓦礫を盾で防ぎながら、ノエルは平気そうにそう言った。

 開幕の時点でヘイトは唯一アーツを使用したノエルに集まっている。

 それでいい。予め最初はノエルがメインのヘイトを受け持つ予定だったからだ。


「じゃあ援護はよろしく。ボクは前に出てくるよ」


 巨大な盾を構えたまま、ノエルはそう言って駆け出した。

 あの巨竜は、どうも距離を詰めなければ遠距離からの攻撃を仕掛けてくる様子だった。

 それはそれで大した威力でもないので構わないのだが、しかしこちらのアタッカーたちに遠距離持ちのプレイヤーがほとんど存在していない以上、どの道近接戦闘は避けられない。

 だからといって、遠距離攻撃が降り注ぐ中で近接プレイヤーに距離を詰めさせるのも面倒な話だ。


 故に、ノエルはヘイトが自身に向いている間に距離を詰める。

 ノエルが巨竜の近くで攻撃を受け続けていれば、範囲攻撃以外で他のプレイヤーへと攻撃が飛ぶことはないからだ。

 それを分かっているからテツヤはノエルをひとりで行かせたし、後続のプレイヤーの事故死を防ぐために彼らの前に出る。


「テツヤ氏」


「ドラゴ。どうした、なんか用か」


「いや何、リンネ女史から伝言だ。スクナ女史とリンネ女史はしばらく攻撃に参加できない。ノエル女史か君が十分にヘイトを集めるまで待機するとの事だ」


「なんだアイツら、初手で大技でもぶち込む気か? ……別に構いやしねぇが、リンネのやつにヒラとバフにバリア張るように言っといてくれ」


「了解だ。私は君の後に付く。前衛は任せるよ」


「任せろ。そろそろノエルが奴の足元に着く。俺らも動くぞ、続けよ」


 何故かリンネからの伝言を伝えに来たドラゴにそう伝えて、テツヤは巨竜に目を向ける。

 途方もないサイズ差があるにも拘らず、たったひとりで巨竜の攻撃を捌いているノエルの姿を見て、テツヤもまた大盾を握る手の力を強めた。

タンク性能ではノエルが現在最硬のプレイヤー。テツヤは火力にもかなりリソースを振っているので純粋なタンクとしてはノエルが上です。



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