試練の後に
その衝撃はまるで隕石の衝突のごとく、闘技場全体にヒビを走らせる。
直撃を食らったゴルドも、アーツを放ったスクナにさえも、全てに牙を剥く最悪の衝撃波。
HPを全損したゴルドはともかく、爆風で吹き飛ばされたスクナもまた、爆音を間近で食らってしまったせいで立ち上がることもままならない。
その惨状を生み出したのは間違いなくメテオインパクト・零式に与えられたギミックによるものだった。
メテオインパクト・零式に与えられたギミック。
それは、ハンマー型の頭部に秘められた「火薬」である。
《フィニッシャー》も《メテオインパクト》も、武器の破壊は使用後ではなく衝突時に発生する。
そのインパクトの衝撃によって、ハンマー型の頭部に仕込まれた火薬が大爆発を発生させる。
一応ハンマーの形によってその爆風には指向性が与えられてはいるものの、どの道反射してきた爆発で使用者も吹き飛ばしてしまう。
とりわけ《メテオインパクト》の威力は《フィニッシャー》の2倍以上である。衝突時に発生するエネルギー量の差によって、より大きな爆発が起こるようにはるるが仕込んでいた結果だった。
「うぅ……」
闘技場の壁に叩きつけられ、瓦礫に埋もれていたスクナが立ち上がる。
スクナが食らったのはあくまでも爆風と、それに伴う衝突の反動のみ。元より硬い鬼人族のステータスに《鬼哭の舞》の防御効果が合わされば、流石に彼女は死にはしなかった。
今もじわじわとオートヒーリングでHPを回復する中、スクナは瓦礫のひとつに腰掛ける。
戦いは終わった。
静寂とメニューカードのリザルトだけが、スクナの勝利を称えていた。
☆
「うへぇ……疲れたぁ」
集中力を使い過ぎた。
両手を合わせて鬼哭の舞を解除して、なくなってしまったメテオインパクト・零式の代わりに影縫を背負い直す。
楽しかった。なんだかんだで明確な対人戦は3回目になるけれど、ゴルドとの戦いは本当に楽しかった。
『ふぅ、参った参った』
「うわっ!?」
一度は完全に消滅したはずのゴルドが当たり前のように後ろから現れたので、思わず大きな声を上げてしまう。
『おっ、いい反応だな』
「HP無くなってるのに普通に生きてるのってどうなの?」
『いやいや、リスポーンしただけだっつーの。そっちの世界にだって仮想体くらいあるだろうが』
まあ、試練のガイドみたいな役割なんだろうし、生きてることそのものはおかしくないけども。
なんだかんだで十二騎士達もみんなダンジョンに潜り直せば復活するし、今ゴルドが言った仮想体というのは私たちプレイヤーみたいにアバターを使っているような感覚なんだろうか。
『元々「この俺」は戦うことを想定されてねぇんだよ。だからまあ、性能も半減くらいなもんだ。それでも俺が負けるとは思わなかったが……』
「ふへへ」
『露骨にドヤ顔しやがって……ま、負けは負けだ。どの道お前さんは試練をクリアしてる訳だしな。とりあえず今は俺の話を聞け。これからお前さんらの世界に起こることを教えてやる』
ゴルドの提案に、私は当然のように頷いた。
思ったより白熱してしまったせいで忘れていたけど、聞きたいことはまだあるのだ。
『迷宮の門は、破綻するおよそ2時間前に一度入口を閉じる。なんでか分かるか?』
ゴルドの問いかけを聞いて、私はうーんと唸った。
門が破綻する、というのは壊れるにせよ崩れるにせよ、ゴルドのご主人様……つまりセイレーンの侵攻を止められなくなるということだと思う。
迷宮のモンスターが溢れ出すのか、はたまたとっておきと言われていたモンスターだけが現れるのかはわからないけど、少なくとも何もしないままその時を迎えれば相応の悲劇が起こるんだろう。
それを避けるため……と考えるなら、一番シンプルなのはこれかな。
「モンスターから逃げる時間を確保するため?」
『そうだ。お前さんの他にその鍵を手にするやつがどれだけいるか分からねぇが……その鍵が効果を発揮するためには、その2時間の間に迷宮の中に居る必要がある』
「タイムリミットは2時間ってことだね」
『ま、実際に2時間が過ぎたところで、そっちの世界にモンスターごと放り出されるだけだ。当然、門がある街のどれかにな』
門のある街のどれか……。つまり最良でゼロノア、最悪の場合は始まりの街に放り出される可能性もあるのか。
そんなことになったらと想像してゾッとする。
始まりの街の中に唐突に化け物が現れたら。
あの街は旅立ちの地であるが故に、どう足掻いても最弱のプレイヤーしかいない。
はっきり言って、それこそメタルベアやらキラビットやらが一体紛れ込んだだけで惨事になるくらい、始まりの街のプレイヤーたちは弱いのだ。
もちろんNPCもいるし、普通に始まりの街に出戻ったそれなりに強いプレイヤーもいるかもしれないけど、あくまでもそれは少数派。
少なくとも、そのための備えをしていない限り大惨事は避けられない。
『8年前も、その前も。お前らは最後の討伐に失敗してる。その後世界がどうなったかはお前らの方がよく知ってんだろ?』
「……うん」
深刻そうな表情で頷いてみたけど、全く知らないです。
だって私は、まだこのゲームを始めたばかりの新米だ。
今日でやっと4週目に到達するくらいで、しかも基本的には次の街へ次の街へと進めるので精一杯。
鬼人族スレの人達と時たま会話を交わすことで、どうも鬼人族関連のストーリークエスト的なものは一歩二歩先を歩いてるみたいだけど、逆に普通のNPCとかからクエストを受ける機会がほとんどないのだ。
冒険者ギルドのお姉さんと時折お話をしてたくらいかな。
世界観については、NPCと仲良くなると割と深い部分まで知れたりもするらしい。
だから、もしかしたら前回の侵攻についての情報も知ってる人は知ってるのかもしれない。
でも、基本的に私はそういうのは調べないから分からない。もしかしたら前回の時は、よほどの惨事が起きたりしてたのかもしれないね。
「ねぇ、この鍵ってさ。侵攻のたびに試練を通して配ってるの?」
『必ずしも鍵って訳じゃねぇが……試練は毎回用意されてるぞ』
「数の制限は?」
『それもねぇ。だが、これまでは1回の侵攻でせいぜい5、6人が手に入れられればいいくらいだったな』
ふむ。
まあ、正直そんなところだろうなぁと私は納得していた。
NPCはプレイヤーと違って、確かな命を持ってこの世界に生きている。
アイテム収集感覚でダンジョンを周回したりはしないし、死を前提にした無茶なダンジョンアタックもできない。
そんな中で、むしろ5人以上も試練をクリアできていることの方が驚きだ。
「最大で何人まで同時に戦えるとかいう制限はある?」
『少なくとも制限6人のパーティじゃねぇ……と言いたいとこだが、俺もそれ以上の人数が試練をクリアしたのは見たことがねぇからなんとも言えん。ただ、6人で勝てる相手じゃねぇのは確かだ』
「つまり……レイドバトルの可能性もあるんだね」
レイドバトル。WLO内でのソレは、6人パーティが5つの計30人同時参加型バトルのことだ。
既にサービス開始から1ヶ月以上がたったWLOだけど、現状ではレイドバトルの概念自体は判明していても、肝心のレイドバトルが発生したことはない。
何らかのイベント、あるいはメインストーリー進行で開放されるのではないかとの予測があるというのはリンちゃんから聞いていたけど、ここに来てその正体が見えてきた。
今回のイベントの締めは、場合によっては……。
しかし、それはそれとしてゴルドが当然のようにパーティというものを知っていたのには少し驚かされた。
冒険者ギルドではNPCでも普通にパーティの登録ができるから、6人で1パーティという概念そのものは根付いている。
でも、それは私たちの世界の話。
別の世界にいるはずのゴルドにとっては、1パーティが6人であるとも限らないだろうに。
そうだ。
ゴルドはセイレーンの騎士という異空間の存在である割には、不思議な程にこの世界のことを知っている。「スクナ」と酒呑のこととかね。
それに、戦う前にはこっちとあっちで時間の流れが違うと言っていたけれど、その割には「前回の侵攻」に関しては8年前であると明言した。
うーん、彼は彼で何かしら隠していることがあるような気がする。
それがなんなのかは今は分からない。
このゲームの強いNPCってみんなして隠し事してくるよね。
琥珀とか酒呑とかゴルドとか。
教える気がないなら意味深なことだけ言うのはやめなさい!
と、若干愚痴に近い心情を吐露している間に、肝心なことを聞き忘れていたことを思い出した。
「ねぇ、ゴルド」
『ん?』
「なんで敵のはずの私に、こんなに沢山の情報を教えてくれるの? セイレーンの侵攻を成功させたいなら、問答無用で斬りかかった方がいいはずでしょ?」
まあ試練のガイド的なポジションにいる以上、それは流石にNGな行動なのかもしれないけど。
素直に私は気になったのだ。
なぜゴルドが、ここまで丁寧に情報を教えてくれるのか。
まるで彼が、私たちに鍵と情報を配りたがっているみたいに思えたから。
『んー……まあ、そうだな。別に教えてもいいか』
ゴルドはかなり勿体ぶってから、瓦礫に座って話し始めた。
『俺はな、スクナ。この侵攻には反対してたんだよ』
「え?」
『ま、ご主人様のやることに誰も彼もが賛同してる訳じゃねぇってことさ。できれば今回の侵攻は失敗させてぇが……そうは言ってもお前さんらに直接手助けしてやる訳にもいかねぇ。俺はあくまでもご主人様の騎士だからな。だからまあ、体裁だけでも整えてる訳だ』
そう言って、これ以上語ることはないと言わんばかりに私に背を向けたゴルドは、出口の方を指さした。
『行きな。お前らがアイツを倒すことを期待してるぜ』
そう言うと、ゴルドは赤いポリゴンを吹き上げながら静かに消えていった。
消える時は随分あっさりと逝くな……。
当たり前のようにリスポーンしていたけど、割と無理してアバターを維持してたのかもしれない。
「結局はぐらかされちゃったような気がする」
とりあえず試練は突破して、最後にセイレーンの送り込んだモンスターと戦う権利は得た。
色々判明した情報についてはリンちゃんと相談することにして、私はゴルドに指し示された出口にその身を投じるのだった。
ゴルドさんは穏健派の常識人です。





