黄金の試練2
これで100話目。
ひとつの区切りに辿り着きました。
これからもよろしくお願いします。
『その名前、その種族。まさかお前さん……』
「……なんの話?」
黄金の騎士は私を誰かと勘違いしているのか、立ち上がって先程までの比較的緩い雰囲気を霧散させると、剣の柄に手をかける。
気迫で空気が震える。頬がビリビリする。この騎士、強いな。
睨み合っていたのは10秒ほどの時間だろうか。
この唐突に始まった緊張を解いたのは騎士の方だった。
『……いや、違ぇな。紛らわしい名前しやがって。アイツの生まれ変わりかなんかかと思ったぜ』
「アイツ……?」
『あん? お前さん、同族なのに知らねぇのか?』
「うん」
そんな不思議そうな言い方されても、知らないものは知らない。
同族と言われても私はプレイヤーであって、純粋な鬼人族でもない訳で。
琥珀からは色々と話を聞いているから鬼神についてはそれなりに知っているつもりだけど、琥珀だって私の名前を聞いてそんな特別な反応をしたりはしなかった。
酒呑ですら、それは変わらない。
そう言えば、ふと思い出した。
確か初日に戦ったセイレーンの騎士、ハッシュ。彼女も確か、私の名前に言及していたはずだ。
確か……『強き名を戴いている』だったっけ……?
「ねぇ、君の知ってる《スクナ》はさ、強い人だったの?」
『ん? そうだなぁ……強いことは強かったが、アイツよりよっぽど強い鬼がいつも隣にいたからなぁ』
「よっぽど強い鬼?」
『おう。化け物みてぇに強ぇ、それこそ俺らのご主人様ですら勝てねぇくらい強ぇ鬼だった。流石に酒呑の名前くらいは知ってんだろ?』
酒呑。その名前がここで出るのか。
そう言いたい気持ちをぐっと飲み込んで、私は彼の話に乗ることにした。
まるでこの世界で生まれた鬼人族であるかのように。
目の前の騎士は、私がプレイヤーであるかどうかということは判別できていないらしい。
そもそもプレイヤーという存在を知っているのかも定かじゃないけどね。
それでも、勘違いしてくれているのならそれはそれで都合がいい。その方が情報を引き出せるかもしれないから。
「……知ってるよ。私たちの神様みたいな存在だから」
『そうかい。まあ、こっちとそっちじゃ時間の流れが違ぇから、俺がアイツらと戦った頃からどんだけの時間が経ったのかはわかんねぇけどよ……お前さんが知らないってことは「知っちゃいけない理由がある」ってこった』
「そっか。まあ、そうだよね。なんかありがとね」
『俺も大概だが、お前さんもあっさりしてんなぁ。まあ、自分とこの爺さん婆さんに聞いてみりゃなにかしら教えて貰えるさ』
琥珀が何も言ってくれなかったのかもと思ったけど、よくよく考えれば別に琥珀が知っていたとも限らない。
だって、琥珀だって鬼人族の中では「若い」部類なのだ。実際に知らないという可能性も大いにある。
そして同時に……酒呑がこの事についてあえて何も言わなかったのも、間違いのない事実だろう。
まあ、いつまた会えるかもわからないけど、会えるようなら聞いてみよう。
私と同じスクナという名前の、酒呑が共に過ごしたであろう鬼のことを。
『さて、俺もこんな話をするためにここにいる訳じゃねぇし、本題に入るぞ』
「お願いしまーす」
『俺の名前はゴルド。セイレーン様に仕える十二騎士の中じゃあ2番目に強ぇ。そんな強い俺がなんでここにいるのか……分かるか?」
「試練のためでしょ」
若干キメ顔が透けて見える彼の問いかけに、私は特に考えることもなく答える。
『まあ、半分はそうだ。だがもう半分は別の理由なのさ。戦う前に、お前らが倒さなきゃならねぇ奴について教えてやるのが俺の仕事でな』
「倒さなきゃならねぇ奴……?」
『そうさ。そもそもこの迷宮はな、俺らのご主人様がそっちの世界に侵攻するために穿った大穴を、そっちの神様とやらが無理やり門の形に留めることで出口を塞いだモンだ。完全に閉じるには穴がデカすぎるから、そういう訳にも行かねぇ。神ったって力には限度がある。今回だとあと3日もありゃ門は壊れんだろ』
「ふむふむ」
彼が言ってるのは、あの街中に建っている門の存在理由。よく分からないけど、あれはこっちの神様……多分創造神が何らかの侵攻を防ぐために建てたものらしい。
逆に言えば、門の中にいるモンスターってこっちの世界を侵攻に来てる敵ってことになるんじゃないだろうか。
『いい着眼点だ。あのモンスターたちはな、あくまでもご主人様の力をリソースに生まれた防衛機能だ。お前らの世界と繋がっちまってるからお前らの世界のモンスターの形をしてるに過ぎねぇ。ま、ただの防衛機能って意味じゃ俺ら十二騎士も同じだがな』
「うーん……防衛機能って、何を守ってるの? 君のご主人様のこと?」
『いいや、奴らが守ってるのはたった一体のモンスターさ。俺らのご主人様はな、侵攻のためにそのモンスターしか送り込んでねぇ。それはご主人様お気に入りのとっておきのモンスターの中のひとつで、さっき言ったお前らが倒さなきゃいけねぇ敵だ』
「むむむむ」
少し話を整理したい。
あの門は、ゴルドのご主人様がこっちの世界を侵攻するために作った穴を塞いだもので。
迷宮の雑魚モンスターは、そのご主人様が送り込んできたモンスターを守るために、ご主人様の力を元にして生まれた防衛機能のようなもの。
私たちが倒さなければならない敵はそのたった一体のモンスターである。
こんな所だろうか。
「うーん……つまり君たちはこっちに侵攻するために来て、その入口を塞がれちゃったからそれが破れるのを待ってるの?」
『身も蓋もねぇ言い方すりゃそうだな』
「じゃあ、私たちは3日以内にそのモンスターを見つけてやっつければいい訳だね?」
『そうじゃねぇ。お前達がやるべき事は、なるべく多くの者が試練をクリアすることだ』
「おっとぉ、ここに来てまさかの振り出し?」
私が若干自信を持って告げた言葉はあっさりと否定され、ちょっと落ち込む。
こういうのは私の領分じゃないのだ。リンちゃん助けて。
『ご主人様はな、この世界へ侵攻を始めれば門を閉じられる事なんて百も承知だ。当然、とっておきのモンスターはちゃんと触れられないように隠してある』
「ああ、確かにそうするよね」
どうも彼の言葉を聞く限り、彼のご主人様……恐らくセイレーンのことだと思うけど、それは今回が初めての侵攻という訳ではないっぽい。
それこそ何度も何度も攻め込んでは、その度に何とかして撃退されてきたんだろう。
当然ながら、こういう状況になることは分かりきっているだろうし、事実今回もそうなった。
あ、そっか。今更気づいた。
今回は私たちプレイヤーがゲームとしてこの門を攻略してるけど、これまではNPCが同じ役目を背負ってたんだ。
私たちとは違う、ひとつしか命のないNPCが。
その、セイレーンのとっておきのモンスターとやらを倒すために。
多分琥珀も。あるいはあのフィーアスで出会った……メルティも。
『しかしまぁ誰にも触れられない異空間、なんつーもんを作り出すには当然ながらそれなりの代償がいるんだよ。何事もメリットだけじゃあ成り立たねぇのさ』
「つまりデメリットがあると」
WLOでは大きすぎるリターンを得られる力には、相応の制限が存在する。
《餓狼》なんかは分かりやすい。メリットとデメリットがはっきりしてるタイプだ。
リンちゃんが使った《ジャッジメント》も、発動には相応の消費と条件が課せられていた。
もちろん何でもかんでも制限がつくわけじゃない。
例えば装備なんかは、呪われていなければメリットのみを享受できる。
素材のリソースの範囲で作られた装備であれば、どんなに強力であっても許される訳だ。
私の《月椿の独奏》がいい例だ。ネームドの魂を具現化したこの髪飾りは、「SP消費半減」というぶっ壊れ性能を持っているのに、デメリットらしいデメリットは一切存在しない。
まあ、逆に言えば大したことのない素材でも何かしらのデメリットを設ければ、リソース以上の効果を発揮できるかもしれない訳だけどね。
それこそ、呪いの装備はそういう能力値の底上げがされているから強力な性能を発揮できるわけだ。
とにかく、この法則はこの世界とは別の場所に住んでいるというセイレーンにも適用されるらしい。
この世界に入った段階で、同じ法則下に置かれるってことなんだろう。
『ご主人様が掛けたデメリットは、門が破壊されるほんの少し前にその異空間を解放するっつーモンだ。ただし、その異空間にたどり着くにはもうひとつ条件がある。それが――』
「試練を突破すること、な訳だね」
『正確に言えば試練を突破した証を持っていると、時が満ちた瞬間に強制的に異空間へと転移されるみてぇだな』
ほんの少し前の解放じゃ、たどり着けるプレイヤーなんてほとんどいないだろうに。その上試練を乗り越えなきゃ戦うことも出来ないんじゃ、二重制限みたいなもので枷になってないように思える。
とはいえ試練さえ突破すれば確実にそのモンスターの寝床に行けると言うのなら、制限としては成り立つ……のかな?
しかしこれでだいぶ謎は解決した。
謎が謎を呼ぶみたいに分からないことはまだ多いし、聞きたいことも山ほどあるけど。
残念ながら彼の方がそろそろ限界みたいだから。
『ハッハッハ、お前さんとは気が合いそうだ。俺のことをよくわかってる』
「だって分かりやすいし……」
『……一応な、この試練はいくつか種類を選べるようになってる。魔法使い相手に俺が近接で戦ってもつまんねぇしよ。ただまあ、お前さんみたいな戦士とは当然剣だな』
ゴルドは背負った大剣を片手で引き抜く。
剣は柄こそ黄金だけど、剣の部分は蒼い。
オリハルコン……にしては圧力が薄いか。多分別の金属だと私の本能が告げていた。
『結局な、俺は脳筋なのさ。拳で語るのが手っ取り早い。何よりお前さんとは直にやり合ってみてぇ』
「ふむ。まあそうなるとは思ってたけど」
背負った影縫を引き抜いて、正眼に構える。
油断はできない。ゴルドと名乗った目の前の騎士の実力は、これまで戦ってきたセイレーンの騎士とは比較にならないだろうから。
「聞きたいことはまだあるんだけど……とりあえずやろっか」
『ああ、ちゃんと生きてたら答えてやるよ』
それ以上、言葉を交わすこともなく。
一呼吸の後に、剣と金棒が交差する。
鳴り響く硬質な金属音と共に、試練は幕を開けた。
脳筋と脳筋。
話とかどうでもいいから戦いたくてウズウズしてたのはナナも一緒なのです。





