55 不屈
~前回のあらすじ~
雪害をばら撒きながら、悠々と眠るブリザノス。そこへマク姉さん渾身の必殺技 ≪魔句轟流・雷破空斗≫が降る。
ダメ押しに私の放つ『火力<2倍>』も合わさって、その一撃はもはや神話級。放たれた雷撃は全てを穿つ……全てを穿つ予定だったんスよ……。
……馬鹿な。致命傷の筈だ。
マク姉さんの放った雷撃は、頭部半分を消し飛ばしたんだぞ。視界を塞いでたとはいえ、急所はバッチリ撃ち抜いている。
「"グルルルルル……"」
なのに何故、ブリザノスは生きているんだ。これはきっと、隠された秘密があるに違いない。まさにゲームでいうところの弱点や攻略法があるはずだ。
「そうか!ヤツは雷撃に耐性があるんですよ!」
「すまん……普通に火力不足や……」
普通に火力不足らしい。
素人が適当に口を出すのはやめておこう。
「"グゴガガガッ……!"」
「フタバッ!再びブリザノスを眠らせろッ!!」
「もっ、もう既にやってます……」
ブリザノスは怒気で大気を震わせ、それに相対する私は──『必要な睡眠時間<2倍>』を放ち続ける。
これは、いわゆる封印技。寝起きで頭がシャッキリしている人間に使えば、『あと追加で6時間くらいは寝たいな〜』という欲求を促せるが……
「"グギギギギッ……!!"」
「駄目ですッ!やっぱり効いてませェん!!」
流石に無理がある。電撃砲で頭を撃ち抜かれた後に、そのまま二度寝する馬鹿はいない。どんな睡魔に襲われようとも、鬼のように怒るだろう。
「気合いだフタバ!気合いで寝かしつけろッ!!」
「無理なもんは無理なんですよッ!このボケッ!!」
……ギロリ。
雪煙の中で光る、あの赤い目。四つ脚で起き上がる大怪獣は、怒りのままに大きく息を吸い──
「まずいっ!全員、耳栓を付け……」
「"グオオオオオオオオオオオ───"」
"キィィィィーン……"
頭が捩じ切れそうな感覚。
呼吸ができない。やり方も思い出せない。
身体が痺れて、生きるための鼓動すら止まる。
ただの超デカい音圧。それだけで人は死ぬ。
神経が麻痺して、脳の機能が停止するのだ。
「おっ……おぇッ……!」
強烈な吐き気を境として、再び鼓動が再開する。あの一瞬で、ギルド長が耳栓を詰めてくれたお陰だろう。私は辛うじて現世へ留まることが出来たのだ。
「ぜぇー……ぜぇー……み、皆んなはどこ……」
激しい焦燥の中で辺りを見渡すが、真っ白な世界には誰も居ない。おそらく先程の音圧で、皆が散り散りに吹き飛ばされたんだ。
「ぐっ、そんな遠くには……早く合流を……」
麻痺してぼやける視界。今にも意識が飛びそうになる。
そして遥か先に、巨大な影が映り込む。シルエットからして、血まみれのブリザノスだ。
「"───ォォ!!"」
「ひえっ。」
あの、グルグルと首を揺らす動きは……周囲を捜索しているな。奴はおおかた、雷撃を撃ち込んだ犯人を探しているのだろう。
(……いや、大丈夫だ。見つかる事はない。)
激しい吹雪と、10kmも離れた狙撃位置。先程は偶然にも目線が合ったが、周囲の環境は私達を隠してくれている。
地の利を得ているのはコチラ側だ。今は奴を気にせず、皆との合流に専念しよう。
「──れた!クレ……が倒れたッ!!」
「あ゛!?なんですか!?」
言うが早いか。白く染まった世界のどこかで、ギルド長が叫んでいる。そこへ突如、この世のものとは思えない寒さが身体を襲う。
「クレミが咆哮で倒れたッ!≪保温魔法≫の術式が焼き切れた!!」
「えっ……そんな……」
耳から血を垂らした彼女が、ギルド長の腕にぐったりと倒れ込んでいる。
まさか鼓膜が破れたのか。もしや死んでしまったのでは──
「フタバ!今は身を守ることを考えろッ!」
「は、はいっ……!」
そうだ。パニクってる場合じゃない。
とうに≪保温魔法≫が消えたのだ。ブリザノスの覚醒もあって、左手の腕時計は"摂氏マイナス86度"まで急降下している。
この極端な数値に驚く間もなく、手足に火傷のような激痛が走る。これでは防寒着も役に立たないし、私達は数刻で凍え死ぬ。弱っているクレミなら尚更だ。
「とっ、討伐隊の『体温<2倍>』発動ッ!!」
「いいぞ……次はこの回復ポーションをクレミに……」
応急処置は完了だ。これで少なくとも、私達の体温が60度近くまで跳ね上がっている。全身の細胞が、冷気で死に絶えることも──
"ヒュオオオオオオッ!!"
「が……ッ!息がっ苦しいッ!!目が痛いッ!?」
「口を開くな!目を守れッ!内側が凍るぞッ!」
……迂闊だった。その場凌ぎの『体温<2倍>』では、内臓や眼球を守り切れる訳がない。穴という穴から、寒波は体内へと侵食する。
もはや毒といっても過言ではない。活動を再開したブリザノスから漏れ出す、凶悪な冷気だ。この激痛に堪えていると……ギルド長は唐突にジェスチャーをはじめた。
(大木の裏を指す。クレミを抱える。ブリザノスを一瞥する。)
(うぐぐっ……おおむね了解です!)
喋らなくてもなんとなく分かるぞ。今はとにかく、激怒しているブリザノスから隠れろというコトだろう。
この寒さはかなり厳しいが、『体温<2倍>』で凌ぐしかない。しっかり呼吸器官を守れば、最低10分くらいは生存できる筈だ。
(それでクレミはっ!生きてるんですかっ!!)
(うなずく。手の脈を触る。オッケーサイン。)
私はギルド長と引き続き、口を開かないように連絡を取る。
泡を吹いてるクレミは、命こそ無事らしい。それだけは本当に良かった。
「"グオオオオオ──ッ!!"」
いや、良くない。何も良くない。
顔を抉られたブリザノスが、奮い立つ。
そして──殺意を持った目を、ギロリとこちらに向けた。
(……フタバ。これ、居場所がバレてないか?)
(そ、そんな訳ないでしょ。たぶん。)
ゾウがアリを見つけられないのと同じ理屈だ。更に我々は、10キロメートル先の大木へ隠れているし、吹雪が周囲を覆っている。これで視認されることはあり得ない。
"ドスンッ! ドスンッッ! ドスゥンッッ!!"
「こっちに真っすぐ来たぞッ!やはり認識されている!」
「なんで!?!?」
お、終わった……。
マク姉さんのように、魔力で敵の感知が出来るのだろうか。怒り心頭のブリザノスは、迷うことなく近づいて来た。
「『寝起きドッキリ大作戦』は失敗だッ!フタバ、お前は先に逃げろ!」
「えっ……ギルド長はどうするんですか……」
「マクを回収する!近くで倒れている筈なんだ!」
そう言ってギルド長は、気絶したクレミを担いで吹雪の中へと消える。判断と脚の速さには感服するが……逃げ切れるだろうか。
"ドスンッ! ドスンッッ! ドスゥンッッ!!"
大地を震わすブリザノスは、見かけによらず俊敏だ。巨体がもたらす歩幅によって、10kmもあった距離が一気に詰められている。
「"グゴゴゴゴッ!!"」
「はぁっ……はッ……!」
やばい、マジで怖い。昨日のリザードマン戦とは大違いだ。山のような巨体から放たれる威圧感が、私の全てを飲み込もうとする。
「あ、足が……なんで……!」
どうにも体が、思うように動かない。
急に腰が抜けて、思考も十分に回らなくなる。
"ドスンッ! ドスンッッ! ドスゥンッッ!!"
嫌だ。いやだ。こんな終わり方は嫌だ。
胸が張り裂けるほど苦しくて、ドス黒い絶望が私を覆う。
「"──荒れろ、壊れッ、全てを……貫け。"」
「……っ、その声は!?」
吹雪を縫って、微弱な声が聞こえた。
思わず振り返ると、マク姉さんが雷撃の詠唱をしている。
一体いつから居たのだろう。
冷気で喉を痛め、血を吐きながらも……彼女はひたすらに魔力を練り上げていた。
「マク姉さん、作戦は失敗です!一緒に逃げましょう!!」
「"天と地……その狭まをッ……理が繋ぐ!"」
「聞こえていますか!?早く避難を……?」
様子が変だ。私に気づいているのに、一切の呼びかけが聞こえていない。
まさか彼女は……先程の咆哮で、聴覚をやられてしまったのか!?
"ドスンッ! ドスンッッ! ドスゥンッッ!!"
地響きを上げて、迫るブリザノス。
私はジェスチャーに切り替えて、逃げるように伝えるが……マク姉さんは首を横に振る。
「逃げましょうって!今から詠唱しても、2発目の≪ 魔句轟流・雷破空斗≫は間に合いませんよッ!!」
「"我に……集やく、せしっ……大いなる力ッ!"」
無理だ。あなたの必殺技は凄まじいが、準備には2分以上かかる。
次なんて間に合わない。それに喉をやられて、詠唱速度だって落ちているじゃないか。
「耳が聞こえないのに……倒せるかも分からないのに……」
「"静寂は、ばんぶつの……予兆!雲海にっ、眠る──"」
「……それでも貴方は。諦めてないんですね。」
彼女は既に、聞こえていない。詠唱中のため、会話も交わせない。
けれど……『覚悟』を決めた瞳を宿していた。
「──マクの姐御ッ!!私が時間を稼ぎます!!」
そんな姿を見せられて、私も闘志がドッと湧気上がる。
この勢いで溢れ出すインスピレーション。究極の妨害技で、全てをひっくり返してやるぜ。
「しゃあっ!ブリザノスの『右前足、長さ<2倍>!!』」
「"グオォォォォ!?"」
途端に奴は、雪煙を上げて倒れ込む。
いきなり足が伸び、バランス感覚を失って盛大に転げたのだ。
「"………ゴゴッ?"」
ブリザノスは、転げたまま動きを止める。足がいきなり伸びるなんて摩訶不思議な現象だ。自分の身に何が起こっているか、理解が追いついていないらしい。
「単純だけど、これでイイ……!これがBESTッ!」
「"グオオオオオォォッ!!"」
しかし。それでも奴は、のっそりと起き上がる。
本能というモノだろうか。耳を抑える私達の方へと、再びドスドス歩みを進めようとした。
「うるせーっ!『右同側肢の長さ<2倍>』発動ッ!!」
「"グオ……グオオンッ!?"」
同足肢だ。つまり奴の右前脚と右後脚が、同時に長々と伸びる。
そして、そのままゴロリと反対側へ。派手な雪柱が上がるのを見て……詠唱を続けるマク姐がニヤリと笑った。
「姐さんッ!ここはあちきに任せておくんなしッ!!」
交わす目線、互いに頷く。
詠唱完了まで──残りおおよそ105秒。敵の妨害のため、体温を守る術も捨てた。
もう後がない、まさに背水の陣。けれど私達の心は、冷冽に昇る朝日のように澄み切っていた。




