50 戦いはノリの良い方が勝つ
ギルド長とマク姉さんが、巨大な渓谷へと落下した。
私とクレミは力いっぱいに崖下へと名前を叫ぶ。しかし、聞こえてくるのは風が吹き抜ける音だけ。
……実はもう、理解している。
ここは、ブリザノスが最初に起き上がった場所だ。奴のサイズからして、穴の深度は数百メートル以上はあるだろう。
ギルド長のように屈強な体を持ってしても、生存できる高さではない。マク姉さんなら尚更のことだ。
── 死。
脳裏に浮かぶ、避けようのない惨劇。
それを頑なに否定しようとしても、谷底へ吸い込まれる姿だけが冷酷に残っている。
やはり、もう……生きては居ないだろう。
私は覚悟を決めて、震える口を開く。
「クレミ、街に戻るよ。」
「えっ……今なんて……?」
「どうにかして、街に戻る。皆にこの事を伝えるために。」
──ブリザノス討伐作戦は失敗した。
私達は、奴にたどり着くことすら出来なかったんだ。これが役に立つ情報とは思えないが、彼女達の死を無駄にするわけにはいかない。
「何を言ってるんだ……そんなの、おかしいぞ。」
「立ってクレミ。魔力が無くなる前に、休める場所を探そう。」
せめて希少な≪保温魔法≫を使えるクレミだけでも、街へ返さなくては。
彼女さえいれば、次の作戦を立てることだってできるかもしれない。
「2人が渓谷に落ちたんだぞッ!!なんでそんなに冷酷でいられるんだ!!」
「……私達に出来ることは、もう無いんだよ。」
人が死ぬ時というのは、ベットの上とは限らない。
壮大な伏線やドラマなどなく、突如終わりが訪れる。私のお母さんもそうだった。
「あーしは残るぞ!ここで二人を探すっ!!」
「二人はそんな事を望んで無いよ。私達に生き残ってほしいって……絶対にそう願っている。」
「うぁ……そんなの嫌だぁぁぁぁ!!」
クレミの嗚咽が耳に刺さり、平静を装っていた心がぐらりと揺れた。
……泣くな。わたし。
魔力切れの彼女を守れるのは、もう私しか居ないんだ。たとえ心が壊れようとも、今は涙を流すわけにはいかない。
「行こう、クレミ。ここは危ない──」
「「「"グルルル!"」」」
「………マジか。」
不運というのは、どうしてこうも重なるのだろうか。
引き返そうとした方面から、"リザードマン"の群れがやってきた。
リザードマンの数は──3体。
親玉と思われる4メートル級と、取り巻き2メートル組のセットだ。
まずいな。これは。
勝てる相手ではない上に、私達は崖を背にしてしまっている。逃げることもできない。
"チャキッ……"
そして各々が、剥離鱗で作ったであろう鋭利な剣を取り出した。
かつて、図鑑で読んだことがある。奴らは武器を作れるほどに知能が高く、群れを組んで狩りをすると。
「クレミ……私が隙を作る。その間に逃げて。」
「そんなこと出来るわけないだろっ!あーしも戦うぞ!!」
「心配しないで。全部やっつけた後に、かならず追いつくから。」
──まあ、嘘なんですけどね。
コイツらを相手に、私が勝てるわけがない。
なにせ今は、<2倍>の力が使えないんだ。
"一度に一つだけ"という制限を、ブリザノスの封印に割いている。
もし、仮に。一瞬でも別のことに使ってしまうと……途端にヤツは目覚めてしまう。
確証こそないが、それに近い予感がする。
「「「"ぎゃっぎゃっぎゃ……"」」」
「なんだァ……テメェ……」
笑ってやがる。
アイツら……私が弱いと思って笑ってやがる。
上等だ。最後は転生特典なんかに頼らず、盛大に暴れ散らかしてやろうじゃないか。
「ライジングドラゴンスピアー。私に力を貸して。」
「んっん゛〜……フタバチャン マカセテ!」
口数の少ない、私の愛槍。
このタイミングで再び覚醒してくれた。
「おいっ!なんでこんな時にふざけているんだ!」
「え……?それってどういう──」
クレミのよく分からない発言に気を取られていると、取り巻きのリザードマン2匹が前に出てきた。
ふぅん……親玉は雑魚を相手に、直接手は下さない。下っ端の2匹を寄越して、そいつらに戦いの経験を積ませるわけか。
いいだろう。それなら私も、自分のペースでやらせてもらう。
「こほん……我が名は上野双葉。
血筋は、『明智光秀』の直系なり!戦乱を駆け抜けた妙技の数々、見切れるものなら見切ってみせよッ!!」
私は名乗りをあげたのち、呼吸を少し整える。
……はるか昔の下剋上マスター。どうか末代の小生に、力をお貸しください。
「「"ぎゃっぎゃっぎゃ!"」」
もはや、畜生の戯言など聞こえない。
私は槍をどっしりと構え、小さな円を描くように重心を移し続ける。
雪を踏みしめず、軽快に踊るんだ。
己を鼓舞するように。裏の仕込みを悟られないように。
「「"グルルルルル"」」
両翼のリザードマンが喉を鳴らす。
私を囲むように、左右へに分かれた。
……挟み撃ちか。あいにく私は、2体を同時に相手出来るほどの腕前はない。
──だから、先手を打つ。
「ぺっ!!」
「グギャオッ!?」
頬を力強く張り、口に含んでおいた"砂糖水"を勢いよく飛ばす。
それが片方のリザードマンの顔面に、見事命中した。
ネトォ……
冷気に触れた高濃度のシロップは、顔面に一瞬でねばつき、飴細工のように凝固する。
「グギャ!?グギャッ!!」
「ざーこ♡ ざーこ♡ りざーどまん君、ネバネバが顔に引っ付いて離れないね……♡」
まさに大チャンス。あまりにも隙だらけだ。
しかし、視界を奪ったアイツを襲うのは後回し。私まで背中が無防備になってしまう。
幸運にも1 on 1を作り出したこの状況。
狙うべきはもう片方の、万全な状態であるリザードマンだろう。
「チェストオオオッッ!」
「グギギッ!?」
私は雄叫びをあげ、反対側にいるリザードマンの懐へと飛び込む。
一方で奴は、咄嗟に剣を振り下ろしてきた。間違いなく、迎撃の構えだ。
(……反撃など恐れるな。)
ギルド長のように、力強く勇ましく。
何も案ずることは無い。ただのリザードマン如きが、本物の龍槍に勝てるわけがないだろう。
「しゃあっ!昇龍突きッッ!!」
「グゴッ!?」
私はスライディングの姿勢に入り、奴の股下へと潜りこむ。
リザードマンの剣撃が胸のギリギリを掠めるが、貧乳なので問題ない。
そして、そのまま。
敵の股間部を、ブスリと一閃。
ええ。ここがオスの弱点だと聞いております。
「ア゛ァァァッ──!????」
「ざまーみろ!もう一匹はどこ行った!」
まずは片方を、確かにブッ殺した。
獲物を仕留めたエクスタシーに酔いしれそうになるが、即座に槍を引き抜いて"次"に備える。
「ギャギャギャッ!!」
背後から殺気。砂糖水をぶち撒けた方のリザードマンが、もう復活していたようだ。
"シュッ!"
後ろから、剣が風を切る音。
今まさに、こちらへ迫ってきている。
あいにく私は、背中に目がついていない。
この斬撃を避けることなど出来ないし、振り向く猶予すら残ってないだろう。……もはやこれまでか。
「なんちゃって!後ろもバッチリ見えてるんだよ〜んッ!!」
「グギャ……ッ!?」
背中に迫る斬撃をノールックで躱しながら、逆手に持った愛槍で貫く。
「んっん゛〜、フタバチャン! マタ ピカピカニ ミガイテネ?」
「もちろんさっ、相棒!!」
私が握るのは、鏡のように磨き上げられたライジングドラゴンスピアー。彼の光沢に満ちた柄部が、背後に映る刺客を教えてくれたのだ。
「さて……残ったコイツは、どう料理してやろうかな……!」
「"グオッ! グオオオォォッ!!"」
取り巻きの二匹を始末すると。
戦いを眺めていた親玉のリザードマンが、ドシンと地響きをあげて前に出てきた。
私との体格差は3倍以上。もはや、小手先の技でどうにかなる相手ではない。
ドクン……ドクン……
心臓が破裂しそうなくらいに、興奮している。
やってやろうじゃねェか。ここでコイツを仕留めたら、ご先祖様に褒めてもらえるぞ。
「チェストオオオッッ!その首置いてけやァァァッ!!」
「グオ。」
"バキッ"
私の体から、鈍い音。
親玉リザードマンの太い尻尾が、あばら骨をグシャグシャに砕いた。
(あー……やっぱりダメだったか。)
もはや、激痛を訴える声も上げられない。
塵のように吹き飛ばされた私は、雪の上へと沈み込む。
"ズシン……ズシン……"
足音の振動が近くなる。死に損ねた美少女戦士に、とどめを刺すのだろう。
まあ、私にしてはよくやった方かな。無我夢中で忘れていたが、クレミは無事に逃げられただろうか。
「──≪インフェルノ≫ッ!!」
「グオオオォォッ!?!?」
……逃げろって言ったのに。
冷たい地面を伝わる、灼熱のハート。彼女はわずかな魔力を絞って、詠唱を続けていたのだ。
「立てっ、盟友!まだアイツは生きてるぞッ!!」
「それじゃぁ……仕上げは任せてもらおうかなっ……!」
どこにこんな余力があったのだろう。
私はライジングドラゴンスピアーを杖にして、真っ直ぐに立ち上がる。
「うおりゃァァァァァッ!!」
「グオッ!グオオオッ!」
燃え盛る親玉リザードマンに──駆ける。
ヤツは死にかけだが、私に反撃するくらいの余力は残っていそうだ。
こんな時でも、頭は冷静に。
先程と同じ、尻尾攻撃は喰らいたくない。
私は4m級の壁を前に、どうやって戦うべきか。
「んっん゛〜、 フタバチャン ジャンプ!!」
「よっしゃぁ!双葉、飛びますッ!!」
私は愛槍の石突を、凍った地面に打ち立てる。
そして──跳躍。棒高跳びの選手のように、雪煙を巻き上げながら一気に跳び上がった。
「グオオオォッ!!」
「うっ……!?」
跳躍の高さは十分。親玉リザードマンの胴体が狙える位置。
しかし、奴は防御の姿勢を構えたのだ。
このまま押し切ろうとすれば……剥離鱗の大剣によって、私の一閃が弾かれてしまうだろう。
"バリバリバリバリィィィィッ!!"
──その瞬間。
背後から、聞き覚えのある雷鳴がした。
天から渓谷の中へと吸い込まれてゆく、マク姉さんのレーザービーム。
それが私の背中を照らし、敵の目を眩ませる。
「生存報告、感謝ですッ!!」
私は力いっぱいに、親玉リザードマンの胸へと槍を突き刺した──ッ!!




