48 雪の進軍
~前回までのあらすじ~
フタバは『必要な睡眠時間<2倍>』を放ち、大怪獣ブリザノスを"二度寝"させることに成功した。
しかし、奴の冷気は止まらない。このままでは周辺国がゆっくりと滅びてしまう。
彼女は少人数の討伐隊に組み込まれ、寝起きドッキリ大作戦に参加することに。
そして元凶が潜む樹海の奥地へと、紙飛行機を模した人間バリスタによって飛び立った。
私達は滑空機に載せられて、白く染まった吹雪の中へと突っ込んでいく。
"ドガシャーァァンンッ!!"
そしてしばらく、亜音速でシェイクされたかと思えば── 自由落下の末に、地面へグシャリと叩きつけられたのだ。
「おろろろろろ……!」
「ク、クククのク……」
確実に死んだと思ったのだが。
どうやって、私達は生きのびれたのだろう。
「……うん?なんだ、この青いプヨプヨは。」
「おーい!お前達、生きてるかァ!」
滑空機の内部で呆けていると、外から聞き覚えのある声。
コクピットのハッチをこじ開けて、ギルド長が中へと入って来た。
「2人とも無事みたいだな。筐体へ仕組んだ"スライムの魔石"が機能したみたいで安心したよ。」
……ああ、そういえば。思い出したぞ。
魔物は死亡すると『魔石』に凝縮される。それに衝撃を与えると中身が飛び出すのだ。
この世界の法則と、ぷよぷよなスライム。二つを組み合わせて『車のエアーバック』のような機能を搭載したというわけか。
「いや……だからって、急に人を飛ばすのはダメでしょ。」
「無理をさせて悪いとは思ってるさ。しかし、街で待っている皆ために頑張ってくれ。」
そう言われると弱いな。
今の私に出来ることはオマケ程度だが、それでも必要とされているならば応えたい。
「さて、クレミ。外部は生身で動けないほどに冷え切っている。≪保温魔法≫の再発動を頼む。」
「ク……クククのク……」
ギルド長の問いかけに、クレミは応じない。
彼女はうわごとのように、力なく笑っている。
「実はさっきからずっと、この調子なんですよ。」
「うーん……どうやら放心してるっぽいな。」
まあ、無理もないか。
クレミは逃げないよう、ロープでぐるぐる巻きにされた状態で滑空機にぶち込まれた。そのせいもあって、彼女はガタガタ揺れる機体の中で縦横無尽に飛び回っていたのだ。
「とりあえず、クレミを外に運び出しましょう。風にでもあたれば正気に戻るかもしれません。」
「……いや、外は凍死する可能性がある。まずは近くで見つけた洞窟まで、私が機体ごと引きずっていくよ。」
凍死って。そんな大袈裟な。
そもそもギルド長は、滑空機の外から入ってきたじゃないか。
"パキパキパキパキ……!"
私がハッチに手をかけた途端、機内の壁面にシワが形成され始めた。
鉄板を冷やせば縮むと聞いたことがあるが、この短時間で亀裂を作り出すなんて……
「ブリザノスに近づくとは、こういうことだ。距離を縮めるほどに冷気が強くなる。」
「……いや、なんでギルド長は無事なんですか?」
「私は頑丈だからな。洞窟に着くまで、お前はクレミの介抱でもしていてくれ。」
言うが早いか、彼女は再びハッチを開けて外へ飛び出した。
その一瞬に入り込んだ冷気で、私が身を震わせていると……機体もガクガク揺れ始める。
「──ぐぬぬっ!やはりちょっとだけ重いなっ!」
「ちょっとだけかよ。」
何トンもの重量を動かすゴリラパワーに、もはや疑問も湧かなくなってしまった。
慣れというのは恐ろしいな。
「………フタバ、内側から私の声が聞こえているのか。」
「ん、どうしましたか。」
「いや。ちょっと二人で話をしたいなと。」
なんとも言えない暇な時間。
槍と装備が破損していないかチェックしていると、機体越しにギルド長が話しかけてきた。
「その……お前には。もしかして、姉がいるのか?」
「えっ。」
唐突すぎる質問に、私は言葉を詰まらす。
どうして彼女がそれを知っているんだろう。話したことは、一度だってないはずだが。
「……すまない。お前が血を吐いてぶっ倒れた時、寝言のように何度も『お姉ちゃん』と親しそうに呟いていたのを聞いてしまったんだ。」
おっと、私はそんな事をぼやいていたのか。
ブリザノスを強引に眠らせた後から、記憶が曖昧としているな。
「マクのことを『姉さん』と呼ぶ時も、なんだか様子が変だった。その……何か理由があるんじゃないかと。」
「………。」
「……悪い、フタバ。少し踏み込み過ぎた。」
壁越しに聞こえる、不安と心配の混じった声。
どうやら私の長い沈黙に、彼女は誤解をしてしまったみたいだ。
「いや、語りたくない訳じゃないンすよ。かなり説明が難しくて。」
「そう…なのか……?」
お母さんの件とは違って、何かトラウマがある訳じゃない。
コトが複雑なだけに、返答の仕方が分からないだけなんだ。
「うーん。どうやって言えばいいのやら……」
やはり難しいな。なにせ私には『姉が居た』とも言えるし、『元より一人っ子だった』とも答えることができてしまう。
そんなややこしいエピソードは、今じゃなくて落ち着いた環境で語りたい。
「そうだ!この戦いが終わったら、その質問に答えてあげますよ。」
「うん。お前さえ良ければ、その時に。」
ギルド長の声色が、優しく微笑んでいるように聞こえた。
……お姉ちゃん。この人になら、私達の秘密を話してもいいよね。
...
......
「着いたぞ。ほら、2人とも出てこい。」
「あの、いきなり機体をひっくり返さないでもらえますか?」
洞窟に着いた途端。水筒の中身を捨てるかの如く、ギルド長が滑空機を逆さまにした。
そのままクレミと一緒にズリ落とされると──焚き火にあたる関西弁エルフと目線があった。
「フタバちゃんもおつかれさん。空の旅はどうやった?」
「最悪でしたね。」
「ほら、淹れたてのココア飲みい。体あったまるで。」
「最高じゃないですか。」
湯気の立つマグカップを一口すすると、喉の奥から胸にかけてじんわりと熱が広がった。
砂糖とカカオの幸せコンビネーションが、全身を駆け巡っているのを感じる。
「ククク……あーし、こんなに美味しい飲みものは初めて飲んだぞ!」
「商業ギルドからの餞別だよ。まさかこんな高級品を頂けるとはな。」
匂いに釣られたのか、クレミが一瞬で復活した。
彼女の甘味への執着は、意識がトんでいてもブレないらしい。
「さあて。これで無事に、討伐隊の4人が揃った。まずは現在地を共有しよう。」
私は焚き火に近づきながら、ギルド長の広げた地図を観察する。
ペアルの東に広がる樹海は、テーマパークが何千個入るくらいには広大だ。こんな大雑把な図面で、現在地が割り出せるものなのだろうか。
「知っての通り、端にあるのがペアル。そのまま樹海を直進すると──"旧"ノス山脈にぶつかる。」
「そんでもって、ウチらは多分この辺りにおるね。」
続けてマク姉さんが、山脈の峰端を指で示した。
樹海の中ではなく、標的のいるゴール付近にピンを立てたのだ。
「えっと……私達は、ブリザノスから結構近いトコに居るってことですか?」
「せやで。なにせ足元の岩肌は、山岳地帯特有の魔力を持っとるからな。」
……驚いた。あの『人間バリスタ』で、樹海を飛び越すことができたのか。
文明レベルは地球より低いと思っていたが、魔工学とやらも侮れないようだ。
「じゃあ、あとは寝ているブリザノスに雷撃をぶち込んで終わりですね。」
「それが……そうもいかへんのや。いざ攻撃しようにも、視界が悪過ぎてなんも見えん。」
マク姉さんは眉をひそめて、洞窟の入り口へと目線を移す。
……そこにはあるのは猛吹雪のみ。白い壁かと錯覚するほどに、先が見通せない。
「視界が悪いのなら、手当たり次第にぶっ放すというのはどうですか?」
「ウチの最上位魔法は詠唱に時間がかかるし、そう連発出来るものやない。だからヘマせんよう、確実に一撃で仕留めたいんや。」
射程距離は満たしているけど、狙うべき敵が見つからない。これは困ったな。
ココアに夢中なクレミを他所に、私達は頭を捻る。
"シャーーーッ"
うんうん唸っていると、ギルド長がいきなり『ハンドスピナー』を回し出した。
「ふ…ふふ……やっぱりコレはクセになるな。」
「あの、遊ぶのは後にしてもらえませんかね。」
「ハンドスピナーの中心部をよく見ろ。外周は勢いよく回っているが、軸となる真ん中は平穏そのものだ。」
「そりゃ、そういうオモチャですから。」
どういうことだ?
ブリザノスの操る猛吹雪に、クルクル回るオモチャは関係ないだろう。
「ほぉ〜、そういうことか。この吹雪は≪サイクロン≫と性質が同じく、中心が弱いっちゅー訳やな!」
「そうだ。あくまで予想の範疇だが……標的へ更に近づけば、視界が開けるはずだ。もっとも、冷気自体は酷くなるがな。」
マク姉さんの翻訳によって、私も理解が追いついた。
要は吹雪の中心が、『台風の目』のように穏やかな領域であることを説明したかったんだろう。
「というわけで、これから更にブリザノスへ近づくぞ。せっかく≪保温魔法≫要因を連れて来た訳だしな。」
ギルド長はクレミの肩をポンと叩く……が、ココアに夢中な彼女は不思議そうに首を傾げる。
甘味に恍惚として、今の会話が耳に入っていないのだ。
「ほーらクレミ、超高級品の『チョコレート』だぞ〜。頑張ったらご褒美に上げるからな〜。」
「ククク……!あーし、頑張ります。」
あれ?ギルド長は、彼女の扱い方が随分と上手いな。
私が知らないだけで、以前から面識があるのだろうか。
「ほな、思い立ったら即出発や。フタバちゃん、道中で異世界のことをいっぱい聞かせてな。」
「もちろんです。まずは挨拶がわりに、コレを。」
私は防寒着の裾をめくって、普段から身につけている『腕時計』を見せびらかした。
...
......
ざくっ、ざくっ。
私達は分厚いフードを深く被り、山脈の端っこを登り続ける。
かつては尾根や岳ごとに地名があったようだが……全部グシャグシャに変わってしまったので『山脈の端っこ』としか表現できない。
「腕時計、ホンマに興味が尽きんなぁ。朝と夜を均等に分割するなんて。」
先程からマク姉さんは、預けた腕時計をじっくりと観察している。
無心に針を追い続けるその様子は、まるで古代の秘密を追い求める研究者だ。
「その時計はハイエンドモデルなので、吹雪の中でも正確に動きますよ。しかも下のメモリで、周囲の暖かさも測れちゃいます。」
「……もはや神の遺物やん。」
私は内蔵された温度計を、チラリと覗く。今の気温は……"摂氏マイナス40度"。
見慣れない数字に愕然とするが、これはエベレスト山頂の平均気温だと聞いたこともある。
「……クレミ、この戦いが終わったら究極の甘味を用意してあげるね。」
「チョコレートに加えて、究極の甘味までっ……!?あーしは命を燃やすぞ!!」
こんな過酷すぎる環境でも私達が無事なのは、彼女の扱う≪保温魔法≫のおかげだ。
機嫌をとっておいて損はない。メチャクチャ重い砂糖水の瓶も、捨てずに持っておこう。
「ねえねえフタバちゃん。話を戻すんやけど、この針はどうやって一定の速度で動いとるん?」
「うーん……実は私もよく知らなくてェ……」
電池と歯車がベースだとは思うが、一定の速度で回る理由までは分からない。
スマホ、ゲーム機、腕時計……どれも便利だから使っているだけで、仕組みなんて気にしたことがなかったな。
「道具が高度になりすぎて、扱う側が置いてけぼり……その積み重ねで社会ごと脆くなっていくんちゃうか?」
「あの、急に刺してくるのはやめてください。」
ただでさえ冷気で耳が痛いのに。追い打ちをかけるのは勘弁していただきたい。
「しかし、フタバ。この品は私も見た事がないぞ。なんで今まで秘密にしてたんだ?」
「ギルド長はうっかり壊しそうなので、敢えて隠してました。」
「それは確かに、赤髪チャンならやりかねんな……」
「おいおい、私がそんなことする訳ないだろう。」
≪復元≫したスマホを壊したクセに、よく言うよ。その怪力からして、全くもって信用できない。
「当然、ギルド長はおさわり厳禁ですからね。」
「ケチ!!」
「ケチじゃないです〜、リスクマネジメントです〜。」
「盟友、あーしにも見せてくれ!」
「うん。それじゃ次はクレミに渡すね。」
マク姉さんから返却された腕時計。それをクレミの声がした方へと伸ばす。
……吹雪でよく見えないが、彼女の手はこんなに大きかっただろうか。
「今の、あーしの声真似したギルド長だぞ。」
「まったく油断も隙もねェですね。」
私は魔法瓶を開けて、ゴリラの掌へ爆熱のお湯をぶちまけた。




