47 雷鳥の一声
「ギルド長、『寝起きドッキリ大作戦』はやめましょうって!さすがにネーミングがダサすぎますよ!」
「は?ダサくないが?」
「ククク……ならばあーしの『クッキー解放戦線』はどうだ!?」
「むぅ、その作戦名も捨てがたいな。」
「何が"むぅ"ですか。もはやブリザノス関係ないでしょ。」
私達は作戦名に揉めながら、白く染まった街を歩く。これから怪獣退治を始めるというのに、緊張感がまるでない。
「賑やかでええな〜、こんな吹雪の中でも気分が晴れてくるわ!」
「ウム。マッポーめいた環境でも、武人はかくあるべきものだろう。」
マク姉さんとカゲゾーさんの言う通り、現実はかなり厳しい。
私達は≪保温魔法≫のお陰で活動できているが、本来は外に出ることすら厳しい環境だ。
気温は氷点下をとうに越しているだろうし、今も天候の悪化は止まらない。
道沿いの窓には板が打ち付けられており、暖炉の煙が吹雪の中に溶けていくのも見える。
「あっ!スラム街の子達は大丈夫かな……」
今になって思い出した。彼らには寒さを凌げる家や暖炉なんてない。
カードゲーム制作で稼いだお金で、宿へ避難しているといいのだけれど。
「フタバ、その件は大丈夫だ。住居の無い者達は、商業ギルドが貸物件に避難させてくれた。」
「サンキュー、会長さん……!」
「ウチのギルドも総力を上げて、耐寒シェルターを作っている。この先で作業しているから、出立前に立ち寄らせてくれ。」
「サンキュー、ギルド長さん……!」
戦うのはここにいる者だけじゃない。まさに、街の全員で大災害に立ち向かっているんだ。
私達はその期待に応えなければならないな。
「ちなみに貴族達は物資を買い占め、ブリザノスにチビって内壁に引きこもってるぞ。」
「ファッキュー、ブルジョワども……!」
せっかく己を鼓舞しているのに、やる気を削ぐようなことは言わないでほしい。
ホントは私だって、得体の知れない怪物に立ち向かうのは怖いんだ。
「それよりフタバちゃん、もっとウチに異世界の話を聞かせてくれんか?あの『写真』っちゅうヤツ、すごい興味あるねん。」
「あーしは宇宙人の食べるお菓子が知りたいぞ!どんなのがあるんだ!?」
「話せば長くなるんで、道中にでもゆっくりと。……あと、私は宇宙人じゃないからね。」
「分かったぞ、ムラサキ星人!!」
「全然分かってねェじゃん……」
前世から持ち込んだ財布と、女神様から授かった転生特典。これらが彼女達に知られたことで、私はすっかり見せ物になってしまった。
チヤホヤされるのは悪い気がしないが、今まで隠していた反動もあって恥ずかしい。
「悪いなフタバ。先程も言ったが『寝起きドッキリ大作戦』を実行するには、お前の素性をメンバーに共有する必要があったんだ。」
「結局その名称で行くんですね……」
『寝起きドッキリ大作戦』──
私がブリザノスを眠らせているうちに、クレミがパーティメンバーを温めて、ギルド長の暴力で標的まで近づき、マク姉さんが倍の火力で始末する。
これが今から行う計画の全容であるが……果たしてうまく行くだろうか。
皆の実力を疑っているわけではないけれど、私は得体の知れない不安を感じていた。
…
……
──ペアル東門。街と樹海の境界線だ。
周囲では、厚着を羽織ったギルド職員や冒険者が臨時のシェルターを建造している。
この防壁沿いは吹雪を防ぐ大盾になるだろうし、立地を計算に入れた建造物と言えるだろう。
「フタバ殿。リュックはかなりの重量になるが、大丈夫だろうか?」
「これくらいは運ばせてください。私は道中で荷物持ちしかできませんから。」
私達は補給地点とも言えるこの場所で、ブリザノス討伐の最終準備をしていた。
ヤツへ攻撃を仕掛けるには、数日かけて樹海を突っ切る必要がある。サバイバルの心得はないが、装備だけでも万全にしておこう。
「カゲゾーさん、ロープとナイフも用意してくれますか?」
「あいわかった。クレミ殿の要望していたお菓子も増量しておく。」
「それはいらないです。」
キャンプや遠足じゃあるまいし。私は呆れて白い息を吐くと、その奥でギルド長が職員と揉めているのが見えた。
「── なんでFランクの新人を連れてくんスか!ヒアル爺さんやカゲゾー先輩ならともかく、納得いかねえっすよ!」
「落ち着けクルス。会議での決定事項を覆したのは違いないが、フタバはどうしても必要なんだ。」
……おっと、揉めている原因は私か。
街の存亡が掛かっている戦いに、実績のない新人が緊急参戦するのは不安もあるだろう。
「カゲゾーさん。やっぱり私の素性って、街の全員には知らされていないんですか?」
「ウム、余計な混乱を生むのはジッサイ危険。知っているのは拙者と討伐隊のメンバーだけだ。」
やはり彼らは<2倍>の力を把握していないのか……
尚更、私の編成入りには異議が出るだろうな。
「──俺も連れてってくださいよ、ギルド長!絶対役に立ってみせます!」
「人員を増やすと≪保温魔法≫を使うクレミに負荷がかかる。お前の腕が立つのは知っているが、どうか分かってほしい。」
「余計におかしいっスよ!人員を絞らないといけないのに、どうしてラーメン屋の店主を連れて行くんすか!?」
「それはえっと……そうなんだけど違くて……」
大丈夫なのか、ギルド長。
正論を放つ部下にグイグイ詰められている。
「……諸事情のため隠蔽していたが、フタバは優秀なバッファーだ。今回の作戦では必ず助けになる。」
「たとえ優秀だとしても、ブリザノスの咆哮で丸2日も倒れるような貧弱者っすよ!」
貧弱者……か。
あの時、周囲にいた人々からはそう見えていたのだろう。まさか私がブリザノスを眠らせて、気候変動のスピードを抑えてるなんて思わないよね。
「それは違うぞ!あれは…そのっ…なんつーか、2倍が……」
「ニバイってなんすか!?はっきり言ってくださいよ、ギルド長!!」
「フタバぁ……コイツにも説明するから『写真と財布』持ってきてぇ……!」
ギルド長がレスバに負けた。素性を隠して平穏に暮らすつもりだったが、こんな非常事態では仕方がないか。
私はぎゅっと、前世から持ち込んだ財布を握りしめる。
「聞いたか、あのムラサキちゃんが臨時で討伐隊に入るんだとよ。」
「彼女戦えるの?出店やってるイメージしかないんだけど。」
「無名の新入りに任せるなんて。一体どういう考えなんだ?」
周りで作業をしている者達も、今の騒ぎを聞いて集まってくる。
……いよいよ、この時が来てしまったか。
「────≪天衝雷鳴≫。」
"バリバリバリバリィッッ!!"
私が立ち入ろうとした瞬間。
天が割れ、レーザーのような稲妻が樹海に墜ちた。
避雷針になるはずの木々がジュッと消滅し、破片となって一帯に飛び散る。
誰もが規格外の魔法に唖然とし、次の瞬間までは声を出せなかった。
「フタバちゃんはウチの教え子なんや。これ以上悪く言うと、そのドタマに雷さん落とすで。」
「そうだったんスね……っ!これは失礼しましたっ!!」
マク姉さんのピシャリとした一声で、皆が蜘蛛の子を散らするように作業へ戻る。
無論、彼女の教え子になった覚えはない。会って間もない私を庇ってくれたのだ。
「あのっ、助かりました!」
「ウチら仲間は支え合いや。そんな頭を下げんといて!」
……そっか、仲間か。
転生初日にケイト&ジャックとパーティを組んで以来、久方ぶりに聞く言葉だな。吹雪の吹き付ける中で、私はポカポカした気持ちになる。
「ふふっ、仲間っていいな♪」
「あーしらは仲間だろ!この砂糖水もリュックに入れてくれ!」
「うぅっ……この甘味異常者がよォ……」
クレミが何処からか持ってきた、1キロくらいある砂糖水の瓶。それを私の装備に加える。
機動力は逝ったが、仲間の頼みとあらば断れない。
「──ギルド長!こっちは発射台の用意が出来ましたぜ!」
「よっ、よーし……総員は作業を一旦中止しろ!防壁の上に集まれ!」
発射台……?
ギルド長はそのように聞こえた、防壁の上へと登ってゆく。討伐前の景気付けに、花火でも飛ばすのだろうか。
...
......
「あの、なんですか。これは。」
「凄いだろ。鍛治ギルドと魔術ギルドの合作魔道具だ。」
防壁の上に立つと、まるで巨大な弓のような装置が建造されていた。
直列の太い鉄枠と弦が張られ、その中央には謎の窪みがある。
「標的まで接近するには数日かかってしまう。だから時間と体力を節約するために、この『人間バリスタ』で距離を稼ぐぞ。」
「……バカじゃねーの?」
正気の沙汰じゃない。
人間が弾丸の様に飛ぶものか。そもそも、弩砲を発射する衝撃で死ぬだろう。
「なんや?そのイカした乗り物は!?」
「へへっ、これはマクの姉御を飛ばす『カミヒコーキ』ですぜ。」
「ウチがコレ乗って、飛ぶ……えらい面白そうやないか!」
私はここから逃げ出すタイミングを伺っていると、背後からプロペラのない航空機がやってきた。
まさに時代背景を無視したハイテク技術。どうして中世ナーロッパにあんなものがあるんだ?
「2日前、ブリザノス対策の協議会が開かれてな。余った資料でカミヒコーキ作ってたら、ギルド連合で意気投合しちゃったんだ。」
「会議中に遊ばないでください……」
もはや、どこから突っ込めばいいのやら。
孤児院で披露した紙飛行機が、魔改造されて滑空機へと進化してしまったらしい。
「わはは!ペアルの魔工学は世界一ィィィィッ!!」
「やかましいですね……」
「私達は先に行く。2人乗りだから、お前はクレミと来い。」
「急に落ち着かないでください……」
ギルド長はウキウキのマク姉さんを引き連れ、滑空機へと入り込む。
この人達は頭のネジが外れているのだろうか。
「後発組も同じ位置に飛ばすんだから。風向きだけじゃなく、装備重量を計算に入れなさいよ。」
「えーっと、50かける5って……いくつだったかな?」
「ジャックのバカ!さっさと5000にメモリを合わせなさい!」
……聞き間違いだろうか?
計算が壊滅的なのはともかく、『後発組も飛ばす』と作業員が話している。
「俺たちの分も頼みますぜ!ギルド長!マクの姉御!」
「ああ、必ずブリザノスを仕留めてみせる。」
「おおきに!ウチらに任せときや!」
"ガチャッ………バシュンッ"
大勢の激励を飛ばされていた2人が、視界から一瞬で消える。
樹海に満たされた青白い霧の中へ、亜音速で突っ込んでいったのだ。
「ククク、あーしはこの討伐作戦を辞退する……ぞっ!!」
「あっ!?ズルい!!」
私が逃げ出す隙を伺っていると、クレミに先手を取られてしまった。
「悪いな盟友!ここは任せ──」
「どこへ行くんだァ?」
「HA☆NA☆SE!!ヤメロー!シニタクナーイ!」
彼女は周囲の冒険者たちによって、瞬時に捕まる。
そして、ロープでぐるぐる巻きにされた状態で"鉄の棺桶"にぶち込まれた。
「まさか2人が討伐隊に選ばれるとはね。なんだか誇らしい気分だわっ!」
『人間バリスタ』とやらの射手はケイトだ。
まさか友人に射出される日が来ようとは、夢にも思わなかったよ。
「ケイト……私だけでも逃がしてくれないかな?」
「安心して。弓の腕なら百発百中なんだから!」
命とはどうしてこんなにも儚いのだろう。
私は全てを諦めて、クレミと同じ棺桶に入り込む。
「フタバ殿、最後にお願いが。」
「か、カゲゾーさん!まさか助けてくれるのですか!?」
「ぜひ、辞世のハイクを聞かせて欲しいのだ。」
処刑人から渡された板紙に、私はスラスラと遺書を書き連ねる。
ここは一つ、遠いご先祖様の詩を借りよう。
「……順逆 二門に無し 大道心源に徹す。十五年の夢覚め来れば 一元に帰する。」
「ポエット!拙者の分も託したぞ!」
"ガチャッ………バシュンッ"
「「オワァァァァァァァァァッ!?!?」」
私達は星になった───☆




