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『一度に一つだけ、あらゆるものを2倍に出来る。』それが私の転生特典であるが、未だに能力を把握しきれていない。"あらゆる"という部分が文字通りに何でもアリなためだ。


≪2分の1≫や≪看破≫に≪ナビ≫など。単に物や数値を増やすだけでは止まらない。

ゲームのようにスキルツリーを開放しているが、まだまだ可能性を感じる。


特に、元の数を指定する≪復元≫はヤバい。

ズボンのポケットに詰め込んだことがあるものなら、全て2個セットで出せるようになってしまった。


......とはいってもスマホ以外で取り出したいものは、あんまりない。

ズボンのポケットに入れたことがあるのは、ティッシュやハンカチ、あとは文房具とか小物くらいだろうか。肝心のスマホも、インターネットがつながらないと本領を発揮できないし。


まあ何にせよ、能力の片鱗を掴んだ感覚がある。

もしかすると発想次第でもっと凄いことができるかもしれないな。


ああ、そうだ。

以前思いついた『成長速度<2倍>』による芋の遺伝子組み換えも、いずれ試したい。

土地、資金、育ち切るまでの時間など。これらの問題を解決するのは大変そうだが、やってみる価値はある。もし成功したら食べる物に困っている人達を大勢救えるはずだ。


樹海のフェンリル騒動が落ち着いたら、綿密な計画を...

「ぐぅ〜〜」

...まずは自分の腹を満たさないとな。

変な時間に起きてしまったせいで、腹ペコだ。私は朝日を背にして、孤児院の台所に向かった。


...

......


ゴトゴト...ッ!

台所から物音がする。院長先生だろうか?

いや、今日は朝市に買い出しへ行くと言っていた。彼がここにいる訳がない。


まさか...ドロボー?

とにかく確認しなければ。

私は音を立てぬよう、土間を忍び足で前進する。気配を殺し、呼吸を潜め──


「へっくしょい!!」

「ククク...ようやく来たな!早速『クレープ』とやらを作ろうではないか!」


うっかり音を立てると、台所からクレミが飛び出してきた。

そういえば、彼女とクレープ作りの約束をしていたな。すっかり忘れていた。


「こんな朝早くから来てたの?待たせてごめんね。」

「いや昨日だ!自宅の土を踏んですぐに引き返してきたぞ!さあ、早くあーしにスイーツをッ!」

「怖ェ〜......」


甘味異常者に見守られながら、私は昨日の朝に仕込んだブツを食糧庫からを運び出す。

揺らさないように、ゆっくりと。


「なんだこの牛乳...?ブヨブヨした塊が浮いてるぞ、腐ってないか?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。」


クレミは隣で不安そうに見ているが、問題ない。

加工していない生乳は、平皿に注いで丸一日くらい冷やしておくと表面上に脂肪分が浮いてくるのだ。

集めた脂肪分に砂糖を加え、よくかき混ぜると『ホイップクリーム』になるという寸法である。


「スプーンで味見してみて。きっと気にいるよ。」

「こ、これはッ!口に入れると幸せを凝縮したような感覚に包まれるが、すぐに溶けてしまう!故に理性を蕩かし、もっと、もっとと欲望を煽る......ッ!」


クレミは目を見開き、スプーンを掬う手が止まらない。


「で、小麦の薄生地にホイップクリームを挟んだクレープがこちらになります!」

「待て、フタバ。今、ソレをどこから出した?」


先程まで満点の笑みを浮かべていたクレミが、急に真顔になった。一体どうしたのだろうか?


「え?調理台の下からこうやって、完成品をすすすーっと。」

「......調理台の下には何もないではないか。」

「うん。何もないよ。」

「ああ!そこに完成品を一つだけ置いていたんだな?」


「まさか。クレミはずっと台所で私を待っていたんでしょ。そんなこと出来ないよ。」

「じゃあ、今のをどうやったんだ…?」


どうやったって...普通に出すだけだろう。

質問の意図がわからない私は、顔を青ざめているクレミに対して首を傾げる。


「......あーしに、さっきの事象を。もう一度見せてくれ。」

おかしなことを頼むな。

まあ別に、減るもんじゃないからいいけど。


「クレミ。そこに、さっき作ったホイップクリームがあるね。」

「ああ、間違いなくあるな。」


「で、それを小麦の薄生地に挟んだクレープがこちらになります!」

「おかしいおかしい!!その生地はどこから出した!!いつ焼き上げたんだ!?」


ああ。ひょっとして、アレか。

料理の作り方を解説しているうちは、時短のために過程を消し飛ばせるって知らないんだな。


「料理中は、『〇〇したものがこちらになります』って言えば、完成品が顕現するんだよ。」

「ああ!フタバは以前に、あーしのお母さんが作ったクッキーを出してくれたよな。これもそういう特別な魔法なのか?」


やはり話が噛み合わない。

異世界には料理番組という概念がないもんね。時短技について、ちゃんと教えてあげなくては。


「これは魔法じゃなくて、れっきとした技術だよ。料理研究家から主婦まで、慣れれば誰でもできる。」

「そんな訳ないだろ!?イカれてんのか!?」

「クレミ、悪いけど今はフライパンに集中して。キッチンは戦場だよ。」

「なんなんだコイツ...」


彼女へクレープ生地の焼き方を指導していると、子供達が食堂に集まって来た。

「おねーちゃん、クレープおかわり!」

「あ、私も私も!ホイップがいっぱいのやつがいい!」

「フタバ、ここにエビフライをトッピングしてくれ!」


一人変な注文をしてる奴がいるが、やはりクレープは大人気だ。グルテンたっぷりのもちもち生地と、軽やかに甘いホイップクリームの黄金コンビは異世界でも最強らしい。


しかし...問題発生だ。


「あちゃー、生クリームを切らしちゃった。子供達の食欲を舐めてたよ。」

「ということはクレープも品切れか?」

隣でホイホイと生地を焼き上げながら、クレミが心配そうに聞いて来た。


「うん、生クリームの仕込みは乳脂肪が浮いてくるのを待たなきゃいけないからね。」

「ぐぬぬ、それは残念だ。ハムや卵を挟んだものに差し替えるか?」

「でも大丈夫。出来上がった生クリームをこちらに用意してあります。」


「あーしは何も見てないぞっ!食糧庫から一瞬で生クリームが出現した瞬間なんてみていないっ!!」

「今日のレシピはクレープでした。おうちでも簡単に出来ますよ、皆さんもぜひ作ってみて下さいね!」

「うわーッ!?壁に向かって笑顔で喋るのをやめろォ!!」



挿絵(By みてみん)



腹一杯にクレープを食べた子供達は、元気に庭で駆け回っている。

ギルド長は槍をひたすらぶん回して、鍛錬に精を出している。


実に穏やかな時間だ。でも、私達の戦いはまだ終わっていない。

何せこれから、ナトロン鉱石を最大限に活用する最強のレシピを開発するのだ。


「只今より『ラーメン』作りを開始します!!」

「ひ、ひぇ......」

台所で力強く宣言した私の前には、ひどく怯えたクレミがいる。


一体何にビビっているんだ?私が首を傾げていると、土間の方から院長先生が入って来た。

彼の引く荷車には、大量の食材が載っている。朝市では色々と買えたようだ。


「フタバ君、遅れてすまないね。みんなの朝食を用意してくれてありがとう。」

「いえいえ、これくらいのことはさせて下さい。」


「院長先生ッ!フタバがッ、フタバがおかしいんだ!!」

「おっと君は、ホットケーキを作っていたクレミ君だね。あの子がどうかしたのかい?」


「アイツ、何も無いところからいきなり料理を出したんだ!」

「...ん?......ああ!君はまだ覚醒していないんだね。」

「か...かくせい?」

「料理を極めると『〇〇したものがこちらになります』って言えば、食材を生贄にして万物が顕現するようになるんだよ。」


なんだ、ちゃんと認識できる人もいるのか。頭のおかしい奴だと思われるのは心外だから助かったよ。


「ククク...!そうか、二人して私をからかってるんだな!?もう参ったからネタバラシをしてくれ!!」

「本当だよ?よく見てて。『オークの肉を薄切りにしたものがこちらになります。』」


院長先生が詠唱した途端。彼の掌に、均等に切られたオーク肉が顕現した。

そして驚くことに、しっかりトレーの上に載っている。彼はもしかすると、特級調理師かもしれないな。


「流石ですね、見事な一撃でした。」

「ははは、年の功ってやつかな。」

「!?!?!?!?!?」


バターンッ

クレミがショックで気絶してしまった。やはり非調理師には、この現実が耐えられないか......


「院長先生、時間空いてますか?クレミの代わりにラーメン作りを手伝って欲しいんですけど。」

「らーめん...?」

「ナトロン鉱石を最大限に使う料理です。」

「あぁ、商業ギルドと取引する時に言っていたものだね。構わないよ。」


「よっしゃ、それでは"料域"を展開しますね。」

「それじゃあ僕は"斬菜の祭壇マナイタ"を錬成しておこうかな。」


...

......


私は院長先生に見守られる中、精神統一を行う。

目を閉じ、己の内なる混乱と対峙する。焦り、不安、過去の失敗。すべてを心の鍋に沈め、ゆっくりと煮溶かしていく。


「ふぅぅ......」

雑念が泡となって浮かび、意識の表面から消えていく。三度、深く息を吐き、目を開ける。


「うおりゃァァァァァッ!!」

刻が見えた───その刹那、小麦粉を錬成の器にぶち撒ける!


......中華麺、すなわちラーメンにおいて。

生地の配合は強力粉と薄力粉を7対3で混ぜ合わせるのが理想とされている。だが、それはあくまで製粉技術が確立された日本での話だ。


この世界の小麦粉は、石臼で挽いた粗挽き。ふるい分けも手作業、粉の粒度もバラバラ。

同じ袋から取り出した粉ですら、その性質は日によって異なる。

つまり、配合など存在しない。粉の比率などヤマカン。中華麺の術式は自分で編み出すんだ。


「ここにナトロン鉱石をひとつまみ...w」


いわゆる、アルカリ性の重曹水(かんすい)を生地に加える。

小麦粉の性質を変え、独特の風味とコシを生み出す、神秘の触媒。その一滴が、ラーメンをただの“麺料理”から“命を持った料理”へと昇華させるのだ。


そこから生地を力強く捏ね、寝かせ、再びこね、打ち粉をして延ばしていく。

仕上げに打ち粉をして引き伸ばすと...


「でぎだっ!中華麺の生地!」

包丁で切り分け、整える。そしてアチアチの湯へ生地を通す。


...いよいよ試食だ。

掬いあげるは、しなやかに踊る麺。それを啜る────


「でぎでないっ!殺すぞ〜!」

食感がボソボソだ。そして簡単に崩れてしまう。コシもなければ、まとまりもない。

私としたことがッ...!原価が高いからって薄力粉をケチり過ぎたか?それとも重曹水を入れ過ぎたか?


「フタバ君、代わりたまえ。」

「院長先生ッ!?」

「譜面は理解した。ここからは私が引き受けよう。」


彼の体から湧き上がる圧倒的な気配。

まるでフライパンが降ろされるかのように、大気が震えた。


「ですが、貴方だけではっ!」

「別にアレを製麺してしまっても構わんのだろう?」

「くっ...私はスープ作りに専念します!ご武運をっ!!」


これは、異世界初のラーメンを生み出すための開発戦争。

私達は全身全霊を持って、調理器具を握る────ッ!!


...

......


「はッ...!?あーしは一体!?」

「お、ようやく起きたんだね。クレープを作った後で急に倒れたから心配したよ。」

「ククク...!そうか、先程のは夢か!まさかあんな事が出来るわけないからな!」


あんな事?

よく分からないが、彼女はひどく動揺してるな。怖い夢でも見たのだろうか。


「実は、私も昨晩に夢を見たんだ。すごい偶然だね。」

「そうかそうか!全く気が合うな!」

クレミは肩をガシガシ突いてくる。今日はやけに距離感が近いな。


まあ、そんなことより...

私は彼女へ、小箱に詰めたクレープを渡す。


「おお、今朝食べた至高の一品だな!なぜ箱に入れたんだ?」

「それは刑務所でお勤めしているクレミのカーチャンへの差し入れ用だよ。日持ちはしないから明日にでも渡してあげてね。」

「......残念だが、ペアルの刑務所では面会をしたり、手紙や差し入れを送ることができないんだ。」


まじか。面会や差し入れはともかく、手紙すら送れないというのは随分と厳しいな。

...ということは、クレミは数年カーチャンと連絡が取れてない訳か。さぞかし寂しい思いをしているだろう。


「なあに、母が出所するまで後1年の辛抱だ。そして、その時は最高の盟友を紹介させてくれないか?」

「うん、勿論だよ。」

「ぐぅ〜〜。」

突然、彼女の腹が鳴った。


「......このクレープ、あーしが頂いてもよろしいでしょうか?」

クレミは赤面しながら、ボソッと呟いた。

夜まで気絶していたから、ご飯を食べてないもんね。さぞかし腹を空かせているだろう。


「勿論いいけれど、それはデザートにしない?」

私は彼女の前に、渾身の一品を差し出す。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「お、おい......今ッ、何処からソレを出したッ!?」

「え?どういう意味?」

「いきなり何も無いところから!しょ、食器と...スープをっ!!」


「フタバ君〜、風呂を沸かすのを手伝ってくれないか〜」

「あ、院長先生!今行きますね!」


クレミからラーメンの感想が聞きたかったが、また今度にしよう。

私はなぜか震えている彼女を置いて、台所から出ていった。



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