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24 世界蒸発

挿絵(By みてみん)



私は執務室の前に来た。罪の清算として、ギルド長に殺してもらうためだ。

一呼吸を置いてノックをする。


「失礼します。最低野郎(ボトムズ)のフタバです。」

「フタバ...?入れ。」


中に入ると、ギルド長は大量の書類を捌いていた。

こんな夜遅くまで残業しているとは。フェンリルの件があったからだろうか。


まあちょうどいい、最後の確認をしよう。

私はギルド長に近づく。



...彼女は()()でペンを握っていた。

槍やフォークは右手で持っていたのに。


ギルド長は利き手でペンすら持てない体になってしまったんだ。

もう戦えなくなってしまったんだ。

生活がままならなくなってしまったんだ。


私のせいだ。


私を庇って、右肩を損傷してしまったからだ。

それによって右腕もダメになってしまったからだ。


...予定通り、死で償なおう。



私はライジングドラゴンスピアーをギルド長に渡す。

「 なんだ?このピッカピカに輝く槍は。」

「その槍で私を殺してください。」


「ふざけているのか。」

ギルド長は私を睨みつける。

「さっさと殺してよ。私が本気だって分かってるくせに。」


バチーンッ!

「ひでぶっ!」


ギルド長は私の顔を左手で引っ叩いた。

意味わからんくらい痛い。頭がもげるかと思った。


「ぶ...ぶったね。親にもぶたれたことないのに。」

「優しい親を持ったな。」

「あ、それはどうも。」


大好きな母のことを優しいと言ってくれたのでぶったことはチャラにしてやる。


「フタバ、なぜ殺して欲しいんだ。いくら何でも唐突すぎるぞ。」

「理由は言えません。」


だってギルド長の負った深い傷は、私が命を断つ理由の一つだから。それを彼女が知れば、責任を感じてしまうだろう。


「駄目だフタバ。ちゃんと理由を言え。」

「いやで〜す!」

「お前っ!」



「...ギルド長。あなたが私を殺さなければ、私は『太陽のサイズ<2倍>』を発動します。」



「ん...?」

ギルド長は首を傾げる。


「あれっ?ギルド長、リアクション薄くないですか!?」

「フタバ。素人質問で恐縮なのだが太陽のサイズを<2倍>にすると、どうなるんだ?」


あー...この世界は天文学がまだ発展していない。太陽のサイズを知らないんだ。それでピンと来てないのか。


「世界が一瞬で消し炭になります。太陽の大きさ、熱エネルギーはともに桁違いなので。」

「なるほど。詳しいんだな。」


彼女は納得したかのように頷く。


「あの、ギルド長?理解してます?」

「ああ。理解したよ。」


「世界蒸発ですよ!?ヤバくないですか?」

「ああ、ヤバいな(笑)」

「何笑ってるんです!?月が輝くなんてチャチなもんじゃないですよ?」


「...いや待て。フタバ、月明かりは太陽エネルギーの反射という認識は合ってるよな?」

「それは知ってるんですね。だから以前やった『月明かり<2倍>』は太陽エネルギーも<2倍>になる可能性がありました。」


ギルド長は横転した───────ッ!


...

......


「ギルド長、驚く場所違くないですか?」

「お前マジで頭がおかしいのか!?それを理解してた上で『月明かり<2倍>』をやったの!?私てっきり、不特定多数への迷惑行為くらいに思っていたぞ!」


「あー...そうです!そうですよ!私は頭がおかしいんです!」

まあ、ちょうどいい。ヤバいヤツだと思ってもらった方が私の脅威度が上がる。


「もう一度言いますよ!私を殺してください!そうしないのなら、頭のおかしい私は『太陽のサイズ<2倍>』を発動します!」

これは私を殺す正当な理由だ。罪悪感を負わずに私を殺してもらうためだ。


「......」

ギルド長は黙っているが、先ほどより真剣な面持ちだ。話を続けよう。


「状況証拠からして、私はギルドに不法侵入してあなたの寝首を掻こうとした犯罪者です。

あなたは私を正当防衛で殺すことになります。罪には問われません。」


「......」

ギルド長はやはり何も答えない。表情も読めない。


おかしいな。脅威は先ほど教えた。

普通なら何か行動を起こすだろう。


「さっさと私を殺した方がいいんじゃないですか?今からやるのは『太陽のサイズ<2倍>』ですよ?殺してもあなたは罪に問われないんですよ?」


「......」

「今の私はまともじゃないですよ!本当に世界を滅ぼしますよ!全てメチャクチャにしたいんですよ!」


「......」

「何か言ってよッ!ギルド長!」


ちっ、ダンマリか。

仕方ない。最後の手段に出よう。


「今から私はしばらく目を瞑ります。再び目を開けた時は世界を『太陽のサイズ<2倍>』で焼き尽くします。

だから、その間に急所を突いて殺してください。私は苦痛を感じることなく一瞬で死ねます。あなたを恨んだりもしません。」


「...分かった。」

ギルド長はようやく殺すことを選んでくれたか。


「本当は出来るだけ苦しむように殺して欲しかったんですが...」

私は座り込む。そして、ゆっくりと目を閉じる。


「それじゃ、お願いします。」



とっくに覚悟はできている。

ただし、自分で死ぬことだけは出来なかった。私は自傷すら出来ない卑怯者なんだ。

だから、こうする他なかった。


...最低だ。ギルド長に人殺しをさせるなんて。


でも、私はこれ以上罪を背負えません。

母の死を償えません。あなたの肩傷と右腕も償えません。


だからもう、逃げ出したいんです。

楽になりたいんです。


...

......


私が目を瞑ってから5分ほど経った。


「ギルド長?そろそろ殺して下さいよ。焦らさないで下さい。死ぬのが怖くないわけじゃないんですよ。」

「分かっている。」


「私、目を開けたら『太陽のサイズ<2倍>』で確実にこの星を消し炭にしますからね。こんな理不尽な世界大嫌いなんで。」

「分かっているさ。」


...

......


私が目を瞑ってから15分ほど経った気がする。


ペラッ


「ギルド長。なんか今、書類をめくる音がしたんですけど気のせいですよね?」

「気のせいだ。それよりお前は今、エビフライのレシピを持ってるか?」


「え?ありますよ。フェンリル騒動で、酒場にレシピを提供する時間がありませんでしたからね。」


あっ、そうか!

ギルド長はエビフライをとても気に入っていた。そのレシピの在処が気がかりで私を殺せないんだ。


だって、私が死ねばエビフライの作り方を知る者がいなくなってしまうから。

なーんだ。遠慮せずさっさと聞けばよかったのに。


「レシピはベルトポーチの中です。私は視界が塞がっているので、勝手に持って行っちゃってください。」

「分かった、助かるよ。」


ギルド長は私のポーチを弄り出す。


「あぁ、レシピはこれか。しかしなんだ?隣のクルクル回るやつは?」

「それはお手製ハンドスピナーですね。ベアリングがないので回転軸をビー玉で代用しました。」


「何に使うんだこれは?」

「回すだけです。」

「回す?ハンドスピナーの機能はそれだけか?」

「それだけです。手慰みになりますよ」


シャ───────ッ!


シャ───────ッ!


「ふ、ふふ。なんか癖になるな。」

「欲しいなら差し上げますよ。死人には不要ですので。」

「そうか、大事にするよ。」


するとギルド長はまた、私のポーチを弄り出した。


「ギルド長!?エビフライのレシピはもう回収しましたよね!?」

「お前のポーチはまだ何かありそうだ。ちょっと漁るだけだから気にするな。」

「気にするのはこっちなんですよ!」


「こ、これは...『デュエル・マモノーズ』の最高レアカードッ!『ブルーアイズ・ホワイト・コッコ』じゃないか!おお、なんてカッコイイデザインなんだ!」


「あ、ああ...開発者権限で一通り持ってるんですよ。それも死人には不要ですね、差し上げます。」

「ひゃっほう!」


彼女はまた、当然の権利のように私のポーチを弄り出した。


「ギルド長さん!?私が目を瞑っているからって味を占めてませんか!?ポーチの中身見られるの恥ずかしいんですけど!」

「お構いなく。」

「お構いするのはこっちなんですよ!?」


「どれどれ...綺麗な石ころ、スプーンとフォークが合体したようなもの、テバサキのタレと書かれた容れ物...ん?『愛槍へ送るポエム』?」

「あーっ!それはダメです!絶対読まないで!」


特級呪物をギルド長に見られまいと、私は目を瞑ったままジタバタする。


「まあ、私もお前くらいの歳にそういう時期があった。情けをかけてやるか。」

「まったく、エビフライのレシピは手に入ったでしょう!ポーチ漁りはやめて、さっさと殺して下さいよ!」


「ああ、そうだったな。それじゃフタバ、覚悟してくれ。」

「ええ。お願いしますね。」


これで私は用済みだ。

ギルド長はすぐに私を殺してくれるだろう。


...

......


シャ───────ッ!


シャ───────ッ!


「ふ、ふふふ。ノーハンドスピナー、ノーライフ。」

「ギルド長!いい加減にしてください!そろそろ目を開けて世界を滅ぼしますよ!さっさと殺してください!」


「あ、そうだったな。しかし、お前をぶっ殺す前に一度トイレに行っていいか?」 

「え〜っ...」

「急ぎのやつなんだ。頼むよ。」

「しょうがないなぁ。」


...

......


更に一時間経った。ギルド長のトイレは長いようだ。


ガチャ


「すまん、時間がかかってしまった。」

「あ!ギルド長、遅いですよ!うっ、それに焦げ臭い!」

「ああ、また酒場の台所をぶっ壊してしまってな。」


「...は?」


私は思わず目を開く。


挿絵(By みてみん)


「テメーこの野郎ッ!!こんな時にエビフライ作りやがって!!夜食か!?というかそれホントにエビフライか!?炭じゃないか???」


「やれやれ。ようやく目を開けたな。」

「あっ...」


そうか、ギルド長はこれを狙っていたのか。

私がルールを破るのを待っていたんだ。


私は『目を開いたとき世界を滅ぼす』と言った。でも実行していない。

彼女の罠にまんまと嵌ってしまった。


どうしよう。死にたいのに死ねない...

殺して欲しいのに、殺してくれない...


「さあ、フタバ。目を開けたんだし、さっさと世界を滅ぼしてやれ。」

「今なんて?」


え、聞き間違いだよな?

今、世界を滅ぼせなんて言ってないよな?


「やってみろって言ったんだよ。」

「はい?」


「やれるもんならやってみろって言ったんだよ!メンヘラムラサキ2倍太郎!!」

「やってやろうじゃねぇかよこの野郎!!後悔しやがれッ!世界をこんがりにしてやるッ!

貴方は共謀者です!地獄にぶち込まれのを楽しみにしておいてください!いいですねッ!?」


「いいさ。お前には随分世話になったからな。」

ギルド長は黒いエビフライに塩をかけ始めた。


「喧嘩振っといて即放棄するのはやめて下さいよ...私、マジで一瞬で世界を滅ぼせるんですよ?そして、そうしたい気分なんです。」


ギルド長は塩分過多の焦げフライを食べてむせている。全く張り合いがない。これでは死のうにも死ねないじゃないか。


「げほっ...げほっ。お前はそんなことをしない。言ったろ、嘘をついてるか分かるんだ。」


「もう何でもいいから殺してください!私は罪人だから生きてちゃダメなんです!もう楽になりたいんです!だからっ...お願いします...」


「それは無理だな。」

「なんで!」


「お前を信じているからだ。」

ギルド長は私を見つめて言い放った。


「キッッッッショ!!」

私はありきたりな寒いセリフにうんざりしてしまう。


「おいおい、先にお前がやったことだろう。」

そう言って彼女は静かに笑う。


あ...


そうだった。

あの日の会話を思い出した。


私は貴方を頼りたかった。信じたかった。

あんなことを言っておいて、私は貴方にひどい裏切りをしてしまった。


忘れっぽくて馬鹿な私はその場で膝をつく。


「ギルド長。ごめんなさい...」

「構わないさ。ほら、ソファーに座れ。そして何があったのかゆっくりでいいから話してくれ。」


ギルド長は右手を差し出した。

私はその手を掴むと、そのままぐいっと引っ張り上げられる。相変わらず凄い腕力だ。


...右手?  

...え、凄い腕力?


「ギルド長、お体に触りますよ。」

「んっ、フタバ♡急に私の服を弄るんじゃないっ♡意外と情熱的なん...」



「肩が治ってるうううう!?!?!?!?」



「ん?ヒアルは優秀だからな。回復魔法で彼の右に出るものはいないぞ。」

ギルド長は当然のように答える。


「何者なんですか!そのヒアルとかいうぽっと出の神医師は!?」

「ケンカのたびに回復魔法をかけて、ケンカの賭博も胴元として仕切っている老人がいるだろう。彼がヒアルだ。」


ケンカでボコボコにされたジャックを直した爺さんか。マッチポンプみたいなことをしてるくせに、そんなに凄腕だったのか...

私はギルド長の無事に安心して脱力する。



...あ!彼女の右肩が治った以上はどうでもいいが、一応聞いておきたいことがいくつかある。


「なんで最上位の回復ポーションは効果がなかったんです?最上位って名前が付いてるのに。」

「最上位といっても、成分効果は普通の回復ポーションと大して変わらん。」


「いやいや、ギルド長。そんなわけないでしょ...」

「少しでも高く売れるように『最上位』なんて大そうな名前を付けてるんだよ。プレミアム戦略という奴だ。」


あー、確かに市販の薬って商品名の後ろに『プレミアム』とか『EX』、『プラス』みたいな記号をつけるよな。いかにも効果がありますって感じで。普通のやつと大して違いがないのに。


「じゃあ何故、効果が大して変わらないのに最上位の回復ポーションを使ったんですか?普通のやつより高いでしょう。」

「業務で使った消耗品は経費で落ちるからな。どうせなら、ちょっとでも得をしたいだろう?」

「...ノーコメント。」


次で最後の質問だ。


「なんでギルド長は左手で書類書いてたんです?あなたは右利きでしょ?」

「確かにそうだが、細かい作業は普段から左手でやっている。利き手だと握力でペンをへし折ってしまうからな。」


「このドスゴリラ亜種がよぉっ...!心配したじゃないですかぁっ!!」


私は我慢していたのに、うっかり泣き出してしまった。




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