20 熱きパクリスト
次の日の朝。私は一人で冒険者ギルドに押しかけて、『デュエル・マモノーズ』を布教していた。
宣伝効果はまさに絶大。依頼の待ち合わせで暇をつぶしている者から、夜勤明けに一杯やっているものまで。皆がこのゲームの虜になっている。
「よく出来てるなコレ......魔物の勉強にもなるし、何より面白い。嬢ちゃん、これ全部を金貨三枚で売ってくれないか?」
「ごめんなさい。これはプロトタイプなので、まだ売り物じゃないんですよ。」
「おお!それはいつから売ってくれるんだ!?」
カードに熱中する冒険者たちは、私のアンサーに食いついてきた。
しかし私はまだ、いつ発売するか等は答えられない。
「この中に、商人とコネのある方っていますか?すぐにでも売り出したいんですけど、ビジネスパートナーが見つからなくて。」
「なるほどなぁ。そのためにココへ宣伝しに来たのか。」
冒険者というのは情報通だ。依頼によって様々な人と関わるので、ネットワークも広い。
私はさっそく顔の広いものを探していると、赤髪の女性が指を鳴らした。
「フタバ、取引相手は商業連盟のトップなんてどうだ?」
「マジですか!?ぜひ紹介してほしいです!」
指を鳴らしたのは、"ギルド長"だ。
いつの間にか、カードゲームに交じっていたらしい。
...
......
私は、彼女にお願いして一通の紹介状を書いてもらった。
宛先は──商業ギルドの会長さん。たぶん、ギルド同士でつながりがあるのだろう。
私はそれを片手に、立派な扉の前に立つ。
「失礼します。地区大会5回連続初戦敗退、最強のデュエリスト、フタバです。」
「デュエ...?まあ、入りたまえ。」
商業ギルドの会長さんは私を部屋に招き、座るように促す。
ソファーは沈むようにフカフカで、かなり儲かっていると見える。
「さて、あの武闘派から連絡はもらっているよ。彼女が菓子折りまでよこすなんて、一体どんなものを見せてくれるというんだい?」
「取り敢えずこれを見てちょーだいな。」
私は彼に、片方のデッキを渡す。
これは子供達と一緒に作り上げた、最高の商品だ。
「これは...魔物の絵? かなり精密だ。そして何か下に書いてあるな。」
会長は興味を示してくれた。ここからは私のセールストークが試される。
スラム街の子供達のためにも気張っていこう。
「最初はちょっと難しいんで、ポテトチップスでも食べながら聞いてください。」
私は新商品のポテチを皿に出しながらゲームの説明を始めた───
「なるほど。トランプと違って互いが全く別の持ち札を使うのか。戦略性が広がるな。」
「ええ!カードは多種多様。そこから自分だけの40枚を選ぶんです。」
「おお。カードに色々書いてあってとっつきにくいと思ったが、やることは実にシンプルだ!」
「ルールは一見複雑そうですけど、実際には簡単なんです!」
「ふはは!甘いぞ、フタバ!! トラップ発動! 破壊魔法のデーモン・御手手だッ!」
「ギャーッ!私のドスドステラワロスコッコがッ! ににににににんっ!」
すぐにルールを把握した会長は私と熱き決闘を繰り広げた───ッ!
「......というわけでこれを量産して売りたいんですよ。1パック5枚入り、ランダム排出で(小声)」
「カカカ!フタバ、お主も悪よのう。」
「更に同じカードでも、ごく稀に別のデザインが出るようにします。」
「コレクション要素もあるのか。射倖心を煽る、正に悪魔的発想...!」
「どさくさに紛れて魔物を擬人化させたエロいイラストもぶち込みます。これは超低確率で。」
「ウッヒョ〜!なんだか興奮してきたな。」
「後は定期的に運営主催の大会を開いたり、カードによって世界の命運が決まる物語を作ったり、プレイヤーの清潔感を指導したり......」
商談はまさに絶好調。大した娯楽世界に『トレーディングカードゲーム』を持ち込んだんだから、会長さんの食いつきも凄まじい。
「いやー、素晴らしい。全面的に協力しよう。」
「ガッチャ!楽しいデュエルでした!」
生産と流通の約束を取り付けた私達は、固い握手を交わす。
「さて、フタバ君。ここからが大変だぞ。お互い、じっくり話し合いをしようじゃないか。」
「お、おお......?」
会長さんから、先ほどまでとは違う緊張感が漂い始めた。
商品説明が終わり、協力の約束も取り付けた。しかし、その詳細の取り決めはこれから決めるということか。
「君はカードの製造に、スラム街の子供たちを雇って欲しいと言ってたね。それは本当に素晴らしいことだと思うよ。」
「ですよね!まさにみんなハッピー!」
「しかしね、こちらとしては人材を育成するコストが見合ってない。ウチ専属の木工職人で替えは効くし、細かい文字だって銅板を使えば打ち込める。」
「うっ......それは......」
子供たちは雇えないと言いたいわけか。
向こうだって慈善事業でやっている訳じゃないだろうし、競争社会を生き残るには当然の判断だ。
「おっと、勘違いしないでくれ。君がこれから出す条件を飲み込めば、子供たちは雇うさ。」
「今のは交渉材料ってやつですか。肝を冷やしましたよ......」
それを聞いて安心するが、もはや向こうのペースに飲まれているな。
やはり素人に商談は厳しいか。会長さんが書き始めた契約書を見ながら、私は少し動揺をする。
「この条件に納得してくれたら、契約成立だ。」
「うっ......これは......!」
先に結論を言うと、悪くない。
全ての売り上げは商業ギルドに入り、雇われた子供達には毎月一定の給与が入る。
流通や生産体制を全て向こうが用意してくれるのだから、健全な取引だろう。
「うーん、もうちょい子供達の給料上げてくれませんかね?これじゃ新しい服や薬も買えませんよ。」
「一日二食は、まともなものを腹いっぱい食べれるだろう。未成年労働としては破格の給与だと思うがね。」
残念ながら、会長さんの意見が"正論"だ。
学も清潔感もない子供が、正規の仕事に就けるなんて。それだけでも夢のような話だろう。しかし......
「会長さん。私と一つ、勝負をしてくれませんか?」
「給与アップを賭けてか。先に内容を聞こうじゃないか。」
私はテーブルに置いてあった、カードゲーム用のコインをつまむ。
表に女神リーヴェ、裏に豊作の小麦が刻まれたものだ。
「私がこのコインを3回投げます。全部表のリーヴェ様が出たら、子供たちの給料を倍にしてください。」
「......もし一度でも外したら、どうするね。」
「半分の給料で契約書にサインしますよ。いかがです?」
「大した度胸じゃないか。いいだろう、その勝負乗った!」
「では行きますよ。まずは1回目───ッ!!」
...
......
「フタバ姉!これってどういうイカサマなの?」
「なあに、種も仕掛けもございませんよ。二分の一の確立を毎回引き当ててるだけです。」
「"休憩終わりーッ!各員は作業に戻れーッ!"」
あっという間に、スラム街へ工房が完成した。ここで子供たちは、一生懸命にカードゲームを生産している。
かくいう私も、『ゲームバランス調整班』として一時的に参加しているのだ。
「どうだ、フタバおねーちゃん。俺の考えたカードはすごいだろ。」
「攻撃力999999のドラゴン!?場に出ただけで勝利!?しかもこれ1ターン目から出せる!?」
とんでもないものを持って来た子供に、私は頭を抱える。
こういうオリジナルカードは、誰しもが作ってみたくなるらしい。
「通りませんよ......!こんなもん......!不採用に決まってんでしょッ!」
「通るっ...!」
「通らねえよっ!このタコッ!」
「か~ら~の~?」
「予定変更だッ!テメーを墓地に送ってやんよ!!」
私はクソガキとデュエルに突入する─────ッ!
「はい、私の勝ちーwww」
「ちくしょー!あと少しだったのに!」
カードゲームを始めたばかりのガキンチョ相手なんて余裕だと思ったが、あやうく負けるところだった。私が弱いはずがないし、きっと彼も最強デュエリストなのだろう。
「というわけで、場に出ただけで勝利のぶっ壊れドラゴンは不採用です。」
「でもよ、神話に出てくるドラゴンはこれくらい強いんだぜ。世界を滅ぼしかけたんだ。」
「ダメダメ!ゲームバランスも滅ぼしちゃうよ!」
こんなやり取りを続けて早一カ月。カードのパックが販売され始めた頃に、私は冒険者生活に復帰することにした。
面倒を見てくれる職人さんもいるし、子供達も仕事に慣れてきた。私が居なくてもやっていけると安心できたからだ。
「フタバ姉!ありがとう!」「また遊びに来てね!」「次は負けねーからな!」
私は大きな花束をもらって、スラム街から盛大に送り出される。
どうか彼らの未来が、幸せなものでありますように。




