02 ニバイ イセカイ
──気がつくと、私は知らない街の広場に立っていた。
中世ドイツ風の建物に馬車......女神像に噴水......その光景はまるでファンタジーRPGの舞台そのもの。
なるほど、ここがナーロッパちゃんですか。テーマパークに来たみたいでテンションが上がるなぁ。
と、浮かれていたが。ふと気づく。
転生ってことは、私の体はどうなってるんだ?気になったので、近くのガラス窓に映る自分を覗き込む。
「うん、今日もカワイイな!」
そこに映っていたのは、15歳の女子高生──つまり前世そのままの上野双葉。
ゆるめのTシャツから腕時計まで、格好もトラックに撥ねられた時のままだ。
......ただし、ズボンのポケットには身に覚えのない異物が詰め込まれている。
『初期費用を渡しておきます。』と異世界語で書かれた小袋だ。
私はその異世界語を何故か読めているし、広場周囲の喧騒も聞き取れる。
どうやら女神様は、色々とサービスしてくれたらしい。全てありがたく頂戴しよう。
「さあて。丁度ここらで、転生特典の試し打ちといきますか。」
さっそく広場のベンチに腰を下ろし、初期費用とやらの入った小袋の中を覗く。
ふむふむ……ざっと見て金貨、銀貨、銅貨がそれなりに詰まっているようだ。レートは分からないが、しばらくの生活ができる金額くらいは用意してくれているだろう。
(むんっ!『所持金<2倍>』発動!)
私が強く念じた瞬間───小袋がパンパンに膨らみ、中の通貨があふれ出しそうになる。
幻ではない。じゃらじゃらした音、ずっしりとした重みも間違いなく感じる。本当に、所持金が倍へ増えたみたいだ。
「うひょひょ、たまんねぇな! これを繰り返せば、楽して大金持ちじゃん。」
そうやってニマニマしていると、小袋からはみ出てした金貨がチャリンと落ちた。
嬉しいことに、お金を持ち運ぶのも一苦労だ。ついでに入れ物も倍のサイズに大きくしておこう。
(むんっ!『小袋のサイズ<2倍>』続けて発動!)
私が再び強く念じると、通貨を入れる小袋がぐぐんと大袋にまで成長する。
......と同時に、先ほど増やしたはずの通貨が元の量まで戻ってしまった。
「うわ!そういう仕様かっ!」
『一度に一つだけ、ありとあらゆるものを2倍にできる。』というのはとんでもない制約であった。
どうやら連続で能力を発動すると、以前の効果は強制的に解除されてしまうみたいだ。
「ならばこれはどうだっ!『所持金<2倍>』を連続で発動!」
”しーん......"
やはりというか、能力の重ね掛けもできないらしい。
私の持つ通貨は2倍の量までは増えたが、そこから4倍→8倍→16倍には増加しないのだ。
これじゃ、本質的な数が変わらない。お金を増やす作戦は失敗である。
正直がっかりだ。しかし、私の転生特典である<2倍>についても分かってきた。
不本意ではあるが、ここで能力の詳細を整理しておこう。
......整理終わりッ!
この能力は、期待していたほど便利じゃないみたいだ。それに、迂闊に使うと大変なことになりかねない。
小さくため息をついた私は、ベンチから立ち上がる。
ようし、仕切り直しだ。気分転換も兼ねて街を探索でもしよう。
"ドン!"
突然、背中に何かがぶつかる衝撃。
そして目の前を走ってゆく小さな影。手には私の全財産......もとい女神様からの初期費用を握っている。
「ドロボーッ‼」
やらかした。
「お願い!誰か捕まえてぇぇーっ‼」
やってしまった。
小袋の中身が通貨であることは、袋越しに形で分かる。それを女1人がベンチで覗き込んでいるときた。さぞかしチョロいカモだったのだろう。
後悔している間もなく、盗人はそのまま広場を出て通りへ駆け抜けていく。私はそれを必死に追いかけるが、だんだん引き離されている。単純な身体能力で、奴に負けているのだ。
「誰か捕まえてくださいッ!そいつドロボーですっ!」
「おっ!任せろ嬢ちゃん!」
私が必死に叫んでいたその時。
前方の路地にいた冒険者っぽいおっさん3人組が振り返った。
暁光っ...!
私の絶叫を聞いて、彼らは助けに入ってくれるようだ。すかさずおっさん達は横に展開し、通路で壁のように構える。
追う私と、前で構える3人のおっさん。盗人は挟み撃ちだ。これを潜り抜けるのは絶対に不可能だろう。
......が、盗人は小柄な身体で高く跳躍し──おっさんのうち一人の肩を踏みつけ、飛び越す。
「俺を踏み台にしたァ〜ッ!?」
そして、そのまま奥にある路地裏に駆け込んでいった。
なんだあの身体能力は。
そしてヤバい、このままでは路地裏で撒かれてしまう。
「そうだっ!『足の速さ<2倍>』発動!!」
その刹那。
私の足は爆発的な加速を生み出した───ッ!
「待てやゴルルルァッ‼金返せやァァァッ‼」
「...⁉」
いいぞ、少しずつ盗人との距離を詰めている。あと6m...5m...4m......
私が高校の体力テストで出した記録は、確か50mを7.6秒。
パッとしない数値だが、倍の速さである3.8秒フラットともなればウサイン・ボルト級だ。
ふふっ、世界一の脚力を見せつけてやるぜ。追いつくまで、あと4m...5m...6m......
あれ?おかしい。また距離が離されている。一体なぜだ。
「ぜーっ......ぜーっ......! に 逃げるなっ!」
理由は明確。体力が足りないッ!
足を倍速くしても、スタミナはそのままだ。私の足はもげそうな勢いで上下しているので、消費する体力は更に激しい。これではジリ貧である。
「お金っ返して…!ぜーっ…はぁーっ…それが全財産! ないっ と 生きていけないっ」
万策尽きた私は、逃げる盗人に必死で懇願することしかできない。
「……!」
ヤツの足がよろめいた。まさかお金を盗んでおいて動揺してる?
これはチャンスだ。『盗人の体重<2倍>』切り替え発動!
「うあっ!?」
途端にバランスを崩した盗人は、踏み出した足に耐えきれずにがくんと前のめり。
そのまま地面へ向かって、ずさぁーっと勢いよく突っ込む。
「御用だ御用だ!観念してお金を返しなさいッ!」
追いついた私は、通貨の入った小袋を取り戻すために近づく。
そして、倒れ込んだ盗人の背中に手を伸ばしかけたとき。
ローブの隙間から顔が見えた。ひどくやせ細ったケモ耳少女が、涙を流している。
あ これは アカン。
よく見たら転んで血も出してるじゃん。
「『筋力<2倍>』発動! POWERRR‼ ヤーッ!」
とっさに私は、前世から着ているTシャツを横に引きちぎる。
「なっ、なにしてるの......?」
「動かないで。」
私は先ほどまでTシャツだったものを少女の両足に巻き、止血する。
本当なら傷口を洗ってから布で巻くべきだが、適当な水場を知らないのでやむを得ない。
「ひっく......ごめん なさい......」
今、謝ったのはケモ耳少女だ。
ケガをさせてしまった私が謝りたいぐらいなのに。
「うん......許すよ。私もやりすぎた。立てそう?」
そう言いながら、起き上がろうとする彼女を支える。
───ッ!
軽すぎる。ローブで分からなかったが、深刻なほどに痩せ細った体型だ。
食うものに困って盗みを働いたのだろうか。胸がズキズキする。
「これ......お金返す。それと怪我、手当てしてくれてありがとう。」
「えっ、あぁ......」
私は小袋を手渡されて唖然としていると、彼女はそう言って路地裏に去って行こうとしている。
そして、その背中はとても小さく見えた。
「待って!」
私は後ろから声をかける。
「......?」
少女は足を止めてくれた。
「あのさ。金貨一枚で、おねがいを聞いてくれないかな。」
「金貨!?うん、いいよ!わたし何でもやるよ!」
嬉々としているが、あんまりそういうことは言わない方が......いや、それだけ切羽詰まっているのか。
「頼み事はね。祈らせてほしいの。」
「えっ......?」
少女は戸惑っている。やっぱり唐突すぎたかな。
「金貨一枚あげるから、おまじないを掛けさせて。」
「おまじない......」
分かりやすいように言い換えると、彼女が困惑しながら近寄ってきた。
私はそれを迎えて、少女の両手を外側から包み込む。
「私ね、お母さんにこうしてもらうのが好きだったんだ。悲しい時は心が安らいたし、迷った時は勇気をもらえた。」
「......。」
いきなりそんな自分語りをしたって、彼女にとっては迷惑でしかないだろう。
これはただの自己満足だ。そう自覚しつつも、手を離す気にはなれなかった。
「だから、もう少しだけ。こうしていていいかな?」
「......うん。」
ケモ耳少女の啜り泣く声が止むまで、私はその両手を握る。
──そして、路地裏の奥へ立ち去ってゆく際。
彼女は少しだけ笑っているように見えた。
傷の手当てのためTシャツを引きちぎってしまった私は、下着を露出してそれを見送る。
「......どーすんのこれ。」




