19 決闘者
──ある日の早朝。
私は転生初日に入った裏路地を、荷車を引きながら進む。
しばらくフライドポテト屋を経営して、私はかなりの稼ぎを出した。
当初の目的通り、それを還元する時が来たのだ。
「お、あの姿は。」
私は初日の逃走劇を思い出す。
「おねーさん!どうしたの?」
嗅覚がいいのだろうか。そこにいたのは、かつて私のお金を盗もうとした獣人の少女。
「あなたが住んでいる場所に案内して欲しい。そこで炊き出しをしたいんだ。」
「ホント!?ありがとう!着いてきて!」
──私達はスラムへ入った。
鼻が曲がってしそうな程の悪臭。表現するだけでも食欲が落ちるような、ひどい居住空間。
こんなところで……いや、そう考えるのは彼女らの尊厳を侮辱することになるな。
この光景を見て、私は改めて決意を表明する。
誰もが飯に困らない、パラダイスみてぇなスラム街を作りてぇと。
「炊き出しか!?ありがてえ......」
「おっと、皆さん。量はかなり用意してあるので。焦らず並んでください。」
そして私は老若男女が集まってくるの中、いつものように芋を揚げ始めた。
メニューはフライドポテト、コッコ肉のトマト煮。自作料理に限っては味変してもいいというスタンスにしているので、『制作物の美味しさ<2倍>』も発動している。
「すみません……わたしたちにも頂けないでしょうか……?」
「はいはい。今注ぎますからね。」
屋台のように大勢のお客さんを捌いていると、小さな娘を連れた母親がやって来た。
私はやせ細った彼女らに胸を痛めながら、気持ち多めにトマト煮をお玉で掬う。
「わあ、こんなに沢山!両手に入りきるかしら……」
「あの……手じゃなくて、入れる食器を出してほしいんですけど。」
“トマト煮を素手でキャッチ”しようとしている母親に、私は思わずツッコミを入れた。
まさか炊き出しの列に並んでいるのに、肝心の皿を忘れたのか?
「まだまだトマト煮は残っていますから。一度食器を取りに戻ってください。」
というのも、炊き出しというのは皿やスプーンは各員お持ち込みする常識だ。
私が人数分用意していたら相当の数になるし、手癖の悪いものが盗んでしまうためである。
「いえ……食器の代わりになる物が、両手と靴しかないのです……」
「えっ、あ……」
この一言で、状況の深刻さをようやく理解した。
湿った靴を抱える娘。そして――食器という基本的な“道具”すら持てない生活を。
「あなた方の分の食器。今から私が買ってくるので、その間だけ配膳の手伝いをお願いします。」
「お気になさらず。そこまでしていただく必要はございません。」
「こっちが萎えるから言ってンだよバーカ!!すぐ戻ってくるから待っててくださいッ!!」
私は『行動時間<2倍>』を発動させながら、銅貨5枚の皿を買い求めに飛び出した──ッ!
...
......
「ありがとうございます、聖女様!本当にありがとうございます!」
「土下座なんてやめてくださいよ……私に感謝される資格なんてないですし、なによりお子さんも見てますよ。」
皆が食事をゆっくり味わうように食べる中で、先ほどの親子が押し寄せてきた。
母親は空になった木皿を抱え、その娘はじっとスプーンを握っている。
「もっと大きくなって、お母さんを守ってあげてね。私との約束だよ。」
「……うん。」
「よし、言質取ったぞ。早速働いて、お母さんを守ってもらおうか。」
「……え?」
私は軽く口笛を鳴らし、先ほどの"獣人少女"を呼びよせる。
「フタバおねーちゃん、どうしたの?」
「"ミアちゃん"。この辺りの子供達を集められる?『お金儲けの方法を教える美人なお姉さんが来た』って情報を流してほしいんだ。特に美人を強調してね!」
それを聞いて、獣人の少女ミアは軽やかに駆けていく。
このまま炊き出しをしたところで、貧しい状況は改善されない。だから、根本を断たねば。
──そしてすぐに、子供達が集まってきた。ざっと100人はいるな。
「……いうほど美人か?」
「クレイジーなムラサキ頭だ……」
「平たい胸だ。俺たちより貧しいのかな。」
なんか聞こえるけど、ここは大人の対応をしよう。
「るっせーぞクソガキ!あっ間違えた……諸君、ビジネスをしよう。儲かるビジネスを!」
(えいっ!『子供達の器用さ<2倍>』こっそり発動!)
続けて私は、これから金を生み出す卵達に呼びかける。
「手が器用なやついます?稼ぎ方を教えますよ。」
「盗みか?任せてくれ。」
「いやそういうのじゃなくてね……」
私は集まった数十人に、均等に分けた木版と彫刻刀を用意する。
「あ!これ版画をするのか?」
「知ってるのか。なら話は早い。」
続けて図鑑を取り出して、中にある絵を子供達に見せる。
「この図鑑に載ってる『魔物』を木板の上半分にだけ彫って欲しいんだ。」
「分かった。やってみる。」
私はまた呼びかける。
「文字書けるやついます?稼ぎ方を教えますよ。」
「特殊詐欺か?任せてくれ。」
「いやそういうのじゃなくてね……」
続けて集まった数人に、事前に彫った木版を見せる。
「魔物の版画の下スペースにテキストを彫って欲しいんだ。ただし左右反対向きで。できそう?」
「この呪文とか攻撃力2000ってなんだ?まあ、何度か練習すればいけると思う。」
(なんだか懐かしいな。図工の時間にやった版画は。)
私は小学生の頃、彫刻セットのデザインを一番カッコいいやつにしたが、まさか中学生になってからも"DEVIL BRACK DRAGON "のお世話になるとは思わなかったよ。お母さんには無難なのを選んどきなさいって笑われたっけな。
「ムラサキのおねーさん、私たちは何をすればいい?」
「おっと、そうですね...」
最後に、私は黒板を荷車から取り出して呼びかける。
「他は全員集合!文字を教えます。稼ぎになるかは分かりません。でも頭が良くて損はしませんよ!」
私は転生する際に言語能力を習得しているため、この世界の文字を教えることができる。
だから子供達には頭が良くなる単語をたくさん教えてあげよう。
「続けて読んで。強靭!無敵!最強!」
「「「きょうじん!むてき!さいきょう!」」」
「粉砕!玉砕!大喝采!」
「「「ふんさい!ぎょくさい!だいかっさい!」」」
計算も教えておこう。
「攻撃力4000のオークが攻撃!それを防御力5000のゴーレムがブロック!勝つのはどっちだ!?」
「「「ゴーレム!」」」
「正解!じゃあオークがパワーアタッカー+2000だった場合はどうなる?」
「「「オークが勝つ!」」」
「パーフェクトだ!お前らは東大に行けッ!」
──お昼頃。子供達は木版を持って駆け寄ってきた。
「できたぞ!」「こっちも!」
「はやっ。しかも私より上手い。」
私は子供達と違い、細かいテキストを左右反対に掘ることを苦戦した。やはり小さな手は細かい作業に向いている。
「版画にしては小さいし、よく分からない文章もある。これでどうやってお金を儲けるんだ?」
子供の一人が疑問を示す。
「大丈夫。後少しで、飯のタネが完成だよ。」
ここからは私の出番だ。
まずは彫った木版へ墨汁を塗りたくり、厚紙に押し付ける。これで魔物の絵とテキストの写った厚紙になった。
そして、裏面には渦巻き形デザインの木版スタンプを押し付けた後は、ハサミでチョキチョキと切り取れば...
「はい!3マナ、攻撃力1000、コッコのカード出来上がり!」
「「「お、おお?」」」
子供達はピンと来ていない。カードゲームは一枚じゃできないからね。
それから私は『作業効率<2倍>』によって、流れるように40枚×2セットのデッキを作り上げた。
「......こほん、これよりデュエル・マモノーズのルールを説明しますッ‼」
「俺のターン、ドロー! キングゴブリンでシールドブレイク!」
「トラップ発動! メガミ・ゲート! ブロッカーとしてセイントゴーレムを2体を召喚するよ!」
──その日の夕方。
ルールを把握した子供たちが、『デュエル・マモノーズ』で火花を散らしている。
一方で私はそれを脇目に、夜の分の炊き出しを用意する。
「そろそろ晩飯の時間だぞー!明日からは仕事で忙しくなるから、さっさと食って寝なよ!」
「「「「はーい!」」」」
中国の格言に、『魚を与えるのではなく、釣り方を教えよ』というものがある。
目先の支援だけでなく、自立して生きていける能力を教えることの大切さを説いた言葉だ。
これから始めるビッグビジネスを前に、私はひっそりと悪い笑みを浮かべた。




