18 出店
定期掃討からしばらくした後。私は冒険者を一時休業して、ちょっとした商売を始めた。
商業ギルドでレンタルした器具を持ち込み、中央広場に陣取った私は威勢よく叫ぶ。
「らっしゃい!らっしゃい!"フライドポテト"はいかがかねー!」
私は前世の知識で稼ぐことにした。そして、得た収入によってスラム街で炊き出しをするんだ。
『成長速度<2倍>』を使ったイモの遺伝子組み換えなんて、時間と土地がないとできないのだから。
世界から飢えを無くすのも悪くないが、まずは手の届きそうなところから始めよう。
「フタバ!これ、外はカリカリ、中はホクホクでたまんないなっ!」
店の前でサクラ1号は感嘆の声を挙げる。
「ジャック、私達はたまたま通りかかった二人という設定でしょ。でも、確かにこれはめちゃくちゃ美味しいわっ!」
サクラ2号もいいリアクションをしてくれる。
意外なことに、ポテトを揚げる調理方が初めて登場したのは18世紀のフレンチフライからだ。
そして、こちらでもまだ発明がされていない。初見のジャンクフードはさぞかし美味いだろう。
「オイオイ嬢ちゃん、それ全部油じゃないか!?鍋へそんなに入れたらもったいないぞ!」
「誰かと思えば、お隣の串焼き屋さんでしたか。良かったら試食していってください。」
「貰えるもんならもらうが……高価な油を大量に……」
隣に構えていた串焼き屋の店主が、興味本位で近づいてきた。
彼は、"高価"なオリーブオイルをドバドバ使っていることに疑問を感じているようだ。
というのも、植物性の油は抽出技術が発展していないため、手作業で少量ずつしか生産できない。
そんな希少な一品を用意するだけでも、私は定期掃討の報酬を全て使い切ってしまった。
「はい、試食のフライドポテト。お待ちどー様です!」
「むむむっ!外はカリっと、中はフワッと……手が止まらないッ!」
「イケるでしょう。ちなみに、おかわりは銅貨3枚《300円》ですよ。」
「銅貨3枚《300円》!?とても採算が取れるとは思えんが……テイクアウトを5つ!」
「まいどーっ!」
上機嫌で持ち場に戻っていく、串焼き屋の店主。
その背中を見送った途端、後ろに気配が増えていた。
「よお、俺も注文いいか?」
「随分変わったことしてるのね。私も一つ頂戴。」
振り返ると、冒険者や買い物客が列を作り始めている。
呼び込みをしてくれたジャックとケイトに感謝しつつ、私は盛大に声を張る。
「へいらっしゃい!揚げたてホクホク、今なら油が歌ってるよ!フライドポテトを食ってきな!」
活気が一気に膨らんで、市場の空気が変わりつつあった。
...
......
「すいません!本日の営業は終了です!!また明日によろしくお願いします!!」
「「「「え~ッ!!」」」」
「今並んでいる方には、おひとつ無料になるクーポン券をお配りさせていただきますので、どうかご了承くださいませっ!」
「「「「太っ腹ァ~!!」」」」
時刻は深夜。
版画で作った即席のクーポン券を、ずらりと並んだお客さんに渡してゆく。
「ひどく疲れてるな、フタバ。明日は俺達が代わりに営業しようか?」
「いいアイデアね、ジャック!バイト代は今日と同じ額で請け負うわよ!」
「二人の気持ちはありがたいんだけど……"フライドポテトの調理は私じゃないと出来ない"んだ。」
嬉しい悲鳴と言うべきか。深夜までイモの調理をしていた私は、全身がズタボロになってしまった。
もしもジャックとケイトが居なければ、過労でぶっ倒れていたかも知れない。
「確かに、お前やたらと料理が上手だよな。"切ったイモを油に入れるだけ"なのに、どこで差が生まれるんだろう。」
「そうそう!私が揚げたやつより、倍くらいは美味しいと思うわ。だから明日もフタバがいないと、味にクレームが入っちゃうかも。」
──『制作物の美味しさ<2倍>』。
私はこれを常時発動しながらイモを揚げていた。普通に作っても人気のフライドポテトが、更に極上の出来栄えになるわけだ。
客入りが凄まじいものであったのは語るまでも無いだろう。だからこの評判を維持するために、私は明日もガンガン働いてバリバリ稼ぐ。
「フタバ、油の掃除だけお願いね。他のはジャックが全部やっとくから。」
「いや、お前も手伝えよ……」
二人がいちゃついているのを脇目に、私は真っ黒に汚れた鍋を覗く。
中は焦げ付いたオリーブオイルでいっぱい。ドロドロと粘度も増している。
油は高級品だからと明日も使いまわせば、保健所が異世界から殴りこんでくるだろう。
(えいっ!『綺麗な油の浮力<2倍>』発動!)
私がこっそり念じた瞬間。焦げたデンプンや残りカスは沈み、黄金のオリーブオイルのみが浮き上がる。
まさに『水と油』というべきか。分離によって出来たリサイクル品をお玉で掬い、もう一つの鍋に移し替える。
「何度見ても、フタバの魔法はヤバいわね。しかも無詠唱で使えるなんて。」
「そ、そうなんだよ。これは企業秘密だから秘密にしてね。」
私は口止め料として、ケイトに金貨一枚を握らせる。
……が、彼女はそれを財布にしまわずにコインまわしを始めた。
「この時間でもやってる酒場を知ってるの。明日の英気の為にも、これで奢らせて。」
「ケイト……」
「もうっ、そんな顔しなくてもいいでしょ!ほら、ジャックも早く店を片付けなさいっ!」
鍋を荷車に載せて、彼女は月夜に照らされながら歩き出す。
私は本当にいい友達と出会えたな。
...
......
フライドポテト屋──4日目。
私は黙々とイモを揚げ、押し寄せてくる客を捌く。
「出来立てホカホカのを下さいな!」
「うい。」
「こっちにもカリッとしたのを一つ!」
「にょん。」
「おかわりもいいか!?」
「ああ、しっかり食え───。」
4日目ともなれば慣れたもんだ。
屋台のワンオペができるほどに、私は経験値を積んだ。
ちなみにジャックとケイトは、商隊の護衛任務とのダブルブッキングで町を離れている。なんでもその雇い主は、需要の上がったジャガイモをわざわざ王都まで仕入れに行くそうな。
世はまさに大イモ時代だ。現に私の屋台はたった3日間で、金貨15枚の利益を叩きだしている。高価な油さえ手に入れば簡単に作れることもあって、模倣するライバル店も増えてきた。
「ガハハ!はやくここを立ち退いたほうがいいぞ、ムラサキ女!この中央広場周辺は、ゲース商店のポテト屋が制圧するのだからな!!」
「………。」
やはりというか、パイオニアであるこの私に挑戦する者が現れた。
運営しているのはゲース商店というらしい。嫌がらせのように、ウチの店の正面に陣取っている。
「おいムラサキ女!なんとか言ったらどうなんだ?」
「うるさい、気が散る。一瞬の油ハネが命取り。」
私は相手にしない。無心でイモを揚げ続けなければならないからだ。
仕事として─── プロとして────
「俺の屋台をよく見ろ!凄腕のシェフに、赤字確定の値段!!お前のような小娘じゃ到底太刀打ちできまい!!」
「あっ、身を乗り出されると油が……ッ」
"ジュッ"
「 「 あ゛あ゛ーちゃちゃちゃちゃッ!!!! 」 」
興奮した男が机を揺らしたことで、アチアチの油が跳ねてしまった。
「だ、だから言ったじゃん……!油の怒りを沈めるから、もうどっか行って。」
火傷した私は、再びイモをオリーブオイル様の生贄に差し出す。
「ふ.……ふん。今に見てろよ、お前の屋台に閑古鳥を鳴かせてやる。」
男は赤くなった手をパタパタさせながら、敵陣へと戻っていった。
──時刻は昼過ぎ。
腹を空かせた者たちが押し寄せる、最も屋台が繁盛する時間帯だ。
やはりというか、まずはゲース商店に客が押し寄せる。
価格、機材、人手など。全ての点において、あちらの方が優れているからだ。
……ただ一つを除いて。
「ダメだなこりゃ。嬢ちゃんの屋台の方が美味いぜ。具体的には2倍くらい。」
「このフライドポテトは出来損ないだ。食べられないよ。」
「ゲース商店はいい芋を使ってるとか言ってるけど、芋に違いも何もないだろ。」
「あほくさ。もうこないからねー。」
お客さんたちは、微妙な反応をしてから私の屋台に戻ってくる。
皆、ただ一つの違いに気づいてしまったらしい。
「この舌バカどもが!ウチのは全てにおいて最高級のものを出しているんだぞ!」
ゲース商店の男はキレ散らかす。
実際、あれはかなり美味しいと思う。でも私には遠く及ばない。
「不思議だよなァ。なんで嬢ちゃんちのトコは、こんなに美味く仕上がるんだ?」
「ふふん。愛情ですよ、愛情。」
「ハハハ!そりゃいいや、たっぷり入れてくれな!」
……当然、嘘である。
そもそも、芋を揚げるだけの調理に技術はあまり必要ないんだ。
フライドポテトは誰がどう作っても、大体同じくらいの美味しさになる。
もしも出来栄えに点数がつけられるなら、平均点と最高得点が近しい料理になるだろう。
だからこそ、私の『制作物の美味しさ<2倍>』は誰も越えることはできない。
ウチの提供するフライドポテトは、100点満点のテストで限界突破した200点を叩き出すギフテッドというわけだ。
「ムラサキちゃん!ゲース商店のやつ、店を畳んで逃げてくわよ!」
「まあ、他の場所でなら稼げるでしょうね。当然このシマは譲りませんが。」
別に独占して儲けようとは考えてはいない。私の考えた料理じゃないから。
ただし、同じ屋台がいくら出てこようとも、ウチのが他より何故か<2倍>くらい美味いので結果的に一番儲かるのだ。仕方ないよね。美味しくできちゃうんだから仕方ないよ。
「す、すみません!フライドポテトをお願いします。えっと……一本ずつ揚げ具合を調整してほしいんです。外側から揚げ具合がサクサクからフワフワになる感じで。それと黄金色に差し掛かる直前で一度引き上げて、少し時間をおいてから再び油に──」
「冷やかしなら帰ってください。」
私が流れるように接客をしていると、メイド服を着た女性が割り込んできた。
このクソ忙しい時に、ロットを乱すようなメンドクサイ注文はやめていただきたいものだ。
「店主さん、お願いです!お金なら幾らでも支払います!」
「いや……後ろで並んでいる人達への提供が遅れるんで。しかもお姉さん横入りしたでしょ。」
「後生です!このままじゃ私、殺されちゃいます!」
こ、ころされちゃう?
メイド服を着た女性は、震えて涙を流し始めた。
「嬢ちゃん、俺達はあとでいい!そのメイドの注文通りにしてやんな!!」
「これは訳アリだ案件ね!早く調理してあげて!」
「え~……そう言われるなら、そうしますけど……」
後ろで並ぶ客からも了承を得たので、私は首をかしげながら言われた通りの注文をこなす。
メイドさんから事情を聞こうにも、彼女はずっとおびえた様子で地面にへたり込んでいる。
「おいッ!そこのムラサキ女ッ!吾輩のスペシャルオーダーはまだ仕上がらんのか!!」
「ちっ、次は誰ですかァ。」
「吾輩に向かって舌打ちだと!?貴様ぁ……ッ!!」
また変なのに絡まれたと思って、鍋から視線を上げると──
”ドゴッ!!"
ほっぺに重い痛み。今、殴られたのか。
涙が出そうになるのを我慢しながら、私は拳を構えてふらりと起き上がる。
「あー……そういうことか。これは失礼しました。”お貴族様"。」
「無礼者が。本来なら斬り捨てるところであるが、このフライドポテトとやらの出来栄えに免じて許してやる。」
完成したてのフライドポテトを、勝手に貪る豚のような男。
宝石を散りばめた細剣に、金ピカの服を身に纏うコイツを見れば、「身分の高いお坊ちゃん」だと直ぐに判別がついた。
”ドスッ ドスッ!!"
「この無能めッ!だいたい貴様が注文に手間取るのが悪いのだッ!」
「あぅっ、申し訳ありませっ……ご主人様ッ……」
続けてその豚野郎は、へたり込んだメイドに足蹴りをし始めた。
ヤツは金属製の鎖を引っ張り、彼女の付けている首輪をぎちぎちと締め上げる。
私は「やめろ。」と声に出せない。
周りに大勢いたお客さんたちも、見て見ぬふりをしながら場を離れだす。
みんな揃って、本当に情けない。保身の為に傍観することしかできないなんて。
──そんな臆病で卑怯者の私にできるのは、これくらいだろうか。
「うっ……胸が苦しいッ……!?」
突然、お貴族様が息切れを起こし始めた。
一体どうしたというんだろう。あまりにも容態が悪いようで、メイドへの暴力も止まる。
「おっ、大丈夫ですか?大丈夫ですか?すっげえ顔が青くなってる。はっきり分かりますね。」
「触るなムラサキ女ッ!貴様がイモに毒を盛ったのだろう!!」
「とんでもない。この通り、ただのフライドポテトに御座います。」
私は彼が床に落としたフライドポテトを拾い上げ、すべてを一飲みして見せた。
土の味でじゃりじゃりするが、冤罪を被るよりは遥かにマシだろう。
「では、この胸の苦しみは何だというのだ!吾輩にのみ効く毒を盛ったとしか考えられんぞ!」
「お貴族様。まずはいったん落ち着いて。深くゆっくり呼吸してみてください。」
「くっ、そんなことをしても痛みは……」
”すー、はー。すー、はー。”
「引いたぞ!胸の異常な高鳴りが収まった!」
「それは心拍数が……じゃなくて、怒りすぎが原因ですね。僭越ながら、長寿の為にも寛大な心でいるのが良いかと思われます。」
「そういえば、遠縁に"憤死"をしたものがいたな。まさか吾輩にもその体質があるのだろうか……」
貴族の男は納得したかのように、うなづく。
憤死っていうとアレだろうな。文字通りに怒りのあまり死ぬことだ。
かつてローマ教皇のボニファティウス8世がそのように亡くなったと、歴史の授業で習ったことがある。
「なんという不運でしょうか!御身の為にも、興奮するような所作は避けるべきかと。」
「余計なお世話だッ!!お前のような薄汚いガキがつらつらと……うぅ……!?」
「おっ、大丈夫ですか?大丈夫ですか?すっげえ顔が青くなってる。はっきり分かりますね。」
──『心拍数<2倍>』。
私はこれを発動したり、解除したりを繰り返している。
普通なら"心不全で即死する"けど、私の転生特典は"生物に対して使うと自動補正がかかる"。
貴族の男は息切れの症状がみられるが、やはり命を失うまでには至らない。
「ご主人様!先ほどから容態が!?」
「か、かまうな……まずは怒らず、深呼吸してリラックス……」
「そうですよ。私に続いて、ひっひっふー、ひっひっふー!エビバディ セイッ!!」
「「「ひっひっふー、ひっひっふー!」」」
私にアンガーマネジメントを叩き込まれた貴族の男は、ゆっくりとした立ち振る舞いで奥に止めてあった馬車へと帰っていく。
その後ろを続くメイドさんは、途中で振り返って深々と頭を下げた。その顔には安堵と感謝が詰まっている。
……臆病で卑怯者の私にできるのは、これが精一杯。
せめて彼女の平穏を祈って、ピースサインで見送った。




