猛獣が現れた
地面に寝転がり、暴れる猛獣のような男の子。
それを皆が呆れた目つきで見ていると、その視線に気付いたようだ。
彼はゴホンと咳払いをした後、静かに立ち上がる。
そこから集まって来た女子の一人に、彼はスッ――と手を差し出した。
「見苦しい格好を見せて申し訳ない。俺の名前はルーディス。年齢は9歳になる。皆、そんな肩肘はらずに、気楽に付き合ってくれ」
「……」
「……」
「……」
ルーディスは堂々たる挨拶を述べたが、一同はアポーンとしている。無理もない。
本日の集まりの平均年齢は6歳だと聞いた。いきなりそんな挨拶をされても、意味が理解できないだろう。
「……ねぇ、お人形さんごっこに戻りましょう」
「うん」
地べたに寝転がっていたかと思えばいきなり立ち上がる。
おまけにルーディスの話す言葉は難しくて意味が解らない。つまり、怪しい人物と認定された。
子供たちはその存在は、スルーすることに決めたらしい。危ない人には近づかない、その教育がきちんとされている。
「行きましょう」
「ええ」
颯爽と走り去った女の子の背中を見て、ルーディスが叫んだ。
「待てよー!なんだよ、せっかく挨拶したのに!!」
走り去る女子の背中をじっと見つめている。もしや、ルーディスもお人形さんごっこに交じりたいのか?
だったらいいポジションが空いている。庭師の役をぜひお願いしたい。いやでもあと一人、主人の役が足りないな。
「これだから子供は困るんだ!!」
いや、どうみたって、あんたも子供だ。
思わずツッコんだ。
さきほどはおバカだと思ったが、やけに大人びた口を利く子供だ……
そう思った瞬間、私の中である可能性が閃く。
まさか……
まさか、まさか、まさか、まさか……!!
『これだから子供は困る』そう私も何度思ったことか!
口にしたことはなかったけれど、いつも心で思っていた。
もしかしてこの少年は……!!
ルーディスと名乗った少年の、少し背後に立つ私の存在に、彼は気付いていないらしい。
私は勇気を出して足を一歩進めた。
近づきつつある私に気付いたのか、ルーディスが振り返る。
見事な金髪碧眼の美少年が、不思議そうな眼差しを私に向ける。私はごくりと唾を飲みこんだ。
そうして私は目の前のルーディスを、まじまじと見つめた。そう、どこからどう見ても子供なのだ。
「……ちょっと来て」
私は淑女教育の敬語というものを忘れて、ルーディスの首根っこを容赦なく掴んだ。
「え……、ちょ、待っ……」
「いいから黙ってついて来て!!」
ここじゃ人目があるんだから!日頃は大人しい少女と評判の私だが、なりふり構ってはいられない。遠目で皆が驚いている。そんななか、ルーディスの首を掴んで庭園の茂みに身を隠す。
そこでやっとルーディスの首を掴んでいた手を離し、耳元まで口を近づける。
そこで誰にも聞かれたくないことを、そっと打ち明けた。
「あのね――」
私はある種の確信を持ってその言葉を告げた。
――あなたも転生前の記憶があるの?と。
ルーディスは瞬きを数回繰り返すと、ゆっくりと私の顔を見つめた。
その瞳の色は空色で、まるで引き込まれそうに綺麗だと思った瞬間――
「うぉぉぉぉおおお――!!お前もかぁぁぁぁ――!!」
耳元で聞こえた大きな叫び声に、私は思わず耳を塞いだ。
ちょっ!興奮するのは解るけど、場の空気を考えなさいよ!!注目されるに決まっているじゃないの!!
そう言おうと彼の顔を見つめると、キラキラに輝く笑顔を私に向けてきた。
「俺たちは仲間だ――!!」
「きゃ――!!」
そうしていきなり抱き付かれ、思わず力の限りの悲鳴をあげた。
「や、ちょっと……!!離して!!」
「離すもんかぁぁぁ!やっと見つけたんだあぁぁぁ!!」
興奮しているルーディスに、何を言っても無駄だ。すごい力でぐいぐい締め付けてくる。
苦しくて、足がもつれ、私は体のバランスを崩してしまう。
ルーディスが大人だったなら、倒れそうになる私を抱き起こすことが可能だろうが、悲しいことに、私達はまだ子供なのだ。
二人で仲良く地面に倒れ込み、もつれあった。
「やっと見つけた!!」
鬼気迫る勢いで私を下に組み敷いている状況ですけど、そこまでしなくても、聞こえていますから!!
逃げませんから!!鼻息荒いですから!!
何やら茂みの一角が騒がしいことに気付いた人達が、慌てて私達の元へ駆けつけてくる。
……遅いよ!!誰かこの猛獣、カゴに閉じ込めて!!
聞こえてきた足音に安堵していると、私達を見つけた人物は息を呑んだ。無理もない。
私がルーディスに抱き付かれ、押し倒されている光景だもの。早く助けて!
一番先に駆けつけてきた男性が、驚きながらも一歩前に進み出た。
「ルーディス様!!な、な、なんてことを!!」
「うるさい!今が大事な時なんだ!マルコはあっちに行ってろ!!」
マルコと呼ばれた彼も身なりの良い、年若き男性だ。きっとルーディス付きの従者なのだろう。
「女性に対するアプローチにしては、がっつきすぎです!!いろいろな手順をすっ飛ばしています!!」
「うるさい!これから大事な話をするんだ!!」
そして下に組み敷いた私に向かってルーディスは叫んだ。
「頼む、俺の話を聞いてくれ!いや、俺の屋敷に来てくれ!そして俺と仲良くしてくれ!!」
押し倒され、あげくに仲良くしてくれって……。
なに、この公開告白。大胆すぎる。
「ルーディス殿下!!」
「なんだよ、マルコ」
「大変熱意が伝わる告白でした」
……止めろよ、マルコ。
しかも殿下って……。
この暴れる猛獣みたいな子供が、この国の王子なの!?
……大丈夫か、この国の未来は。
そうしてあっと言う間に『ルーディス様の一目ぼれの末、リディア様への大胆アプローチ』そう噂が流れた。
そして身分のつり合いもとれているという、両家の合意の元、ルーディス王子は、私の良き遊び相手と認定されました。←いまここ




