パイは男のドリームです。
*ルーディス視点
俺の名はルーディス。
絵本に出てくるような金髪碧眼の、この国の王子として生まれた。
見た目年齢は9歳だ。
……見た目はな。
「ああ、なんで俺が子供に」
「嘆いてもしょうがないわよ。なぜか転生前の記憶持ってるんだもん。もうこの台詞も何度繰り返したことか。ルーディスも進歩ないわよね」
一を言えば、十返ってくるのはリディア。俺の気の合う仲間であり、転生同志だ。
「俺だって、生まれたばっかりは、手を伸ばせども、何も掴めない!それよりも、短ぇ手!!と感心した」
「そこ、感心するとこ?」
リディアは呆れたように笑うが、リディアだって驚いたはずだ。この世に生を受け、初めて自分の存在を認識した瞬間を俺は忘れない。
そう、あれは、うとうとと、春の日差しの中、俺はまどろんでいた。心地よくて、このままずっと眠っていたくて、だけど、少し小腹がすいて……。
そんな感覚の中、俺の頬に、柔らかい感触を感じる。そして俺は薄っすらと目を開けた。
「お目覚めかしら?ルーディス」
その時、聞こえてきた声と、俺の顔をのぞきこんできた美女に、俺は目を奪われた。
その女性の滝のように流れる金の髪。俺を見つめる優しげな眼差し、シミ一つない白い肌。赤く色づいた唇。
うぉぉおぉお!!美女だ!稀に見る美女がいる!!
これは夢か―!!夢なら少しぐらい触れてもいいだろー!!
俺は思わず手を伸ばすが、触れられない。ん?なんか手が短くないか?自分の中で疑問がわいた。
「お腹が空いたのかしら」
美女は、にっこりほほ笑んだあと、俺を抱きかかえた。
うっうぉっぉぉっぉお!!!なんじゃ、これ!!横抱っこ万歳!!!
美女の腕の中、俺は手の甲で頬をなでられ、軽く興奮状態。やべぇ、鼻息までふがふが言ってきちまったぜ。
そうこうしているうちに、美女が俺に優しく声をかける。
「ちょっと、待っててね」
そう言うやいなや、美女は胸元のブラウスのボタンを一つ、また一つと、外し始めた。
あれ……ちょっと……!!!なになに!?お姉さん大胆すぎるぜ!!まだ外は太陽がサンサンと明るいぜ!!
見ちゃいけない、いやでも、この機会を逃すまいと思いながら、美女の手元をガン見する。よーし!瞳孔開きそうなぐらい、限界目指してやる!!俺はカッッ!!と瞼を見開いた。
そして美女の胸元から現れたのは、白くて丸い二つの膨らみ。
おおおお!ついに神が降臨なされたあぁぁぁぁぁぁ!!
しかし、どこかおかしい。
今までの俺だったら、興奮しすぎて鼻血ブーの眼福だったはずた。しかし今の俺は、お腹すいた~。その感情しか浮かばない。
……一体どうしたんだ、俺!?
そして次の瞬間、自然に自分の口から出た単語に、俺は驚愕する。
「ぱい」
おおお!!『ぱい』じゃねーよ!『ぱい』じゃ!
世の中の男子を虜にしてやまない、柔らかな膨らみ、神聖なるオパーイ様だよ!!なに、その略語は!!
もっと敬うべきオパーイ様よ!!
ポロリと出された白い膨らみを押し付けられ、俺はすぐさま反応して、そうして口に含む。温かく、目がトロンとしてくる。
あぁ、おいちい………。
って、おいちいじゃねぇぇ!!なに、呑気に味わってんだよ、俺――!
うとうとしてきた自分に喝を入れ、カッと目を見開く。
行き場のない怒りを拳に込めれば、
「ふふ。ルーディスったら、飲みながらも、お乳をぺしぺし叩いてくるなんて、元気な子ね。でもお母様、ちょっと痛いわ」
なんだ、それ!新たな幼児プレイかよー!!
そこで俺は気づく。
あれ、俺……なんだか……小さくないか!?……??
………えっ!?!?!?!?
**
「……というわけで、神聖なる『パイ』様を見ても、俺は食欲のことしか頭になかった。そんな自分が悲しい。それが俺の第一の記憶だ」
「なにそれ。自分の母上であるクレア様の乳を見て興奮してたら、逆に引く。マジでドン引き」
相変らず口の減らないリディアめ。だが安心しろ。その時の俺は乳を見ても、食糧としか認識しなかった。
クッ、そんな自分が情けない。せっかくの生パイを、そんな風にしか思えなかった自分を呪いたい。
「だけど俺はこの世界に、こうやって記憶を残して存在している意味がなにかあると思うんだ」
「出た出た、ルーディスの夢物語」
「きっと、超人のような魔法をつかえたりするんだ。そしてチートになるんだ」
「いや先日、ルーディス魔力ゼロ認定されたじゃない」
「きっと、俺強ぇぇぇぇ!ってなるんだ」
「ルーディスの転生前の人生が、容易に想像ついたわ。もっと現実見なさいよ」
この、現実的なリディアめ!!目にものを見せてくれるわ。
「いや、なる!絶対大物になるんだ!海賊王に俺は――!!」
「ないない、海ないし!!」
リディアの冷静なツッコミが、時として憎たらしい。
「くっ、出来る!絶対出来るはずだ!!まずは……手始めに――」
俺は声の出るかぎり、空に向かい手を伸ばし叫ぶ。
「いでよ、神龍!!」
「いやいや無理無理、そもそも龍のボールがないじゃない」
天高く腕を伸ばす俺に、リディアが冷めた声をかける。
「ちっ……!!今は無理でもいつかはきっと……」
「無理だって。何度言えばわかるの?ルーディスはおバカさんね」
「そんな言い方ないだろう!」
俺がムッとして口を尖らせると、リディアはすぐに気づいたらしく、にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、この『能無しヤロウ』」
「……リディアちゃん、もっとオブラートに包んでくれる!?」
風の吹く庭園で、俺たちの騒ぎ声が、周囲に響き渡る。
きっと今日もまた、なんて微笑ましいのかしら?なんてメイド達は言っているのだろう。
だけど、そんなに甘い話じゃないんだぞ!
俺は声を大にして叫びたかった。




