80.コクリの過去について聞いてみました
「コクリ、ちょっといいか?」
「あらっ、エンラ。もう出発の準備は出来たの?」
「いや、出発はまだだ。キュビカさんがちょっと心の準備が必要らしくてな」
「そうね……不死鳥のエリアは過酷な環境だから、行くにはかなりの覚悟が必要かもしれないわね」
かなりの覚悟が必要か。
砂漠の中にある泉に向かうという事は当然砂漠を通る訳になるし、そりゃかなり過酷な場所を通る事になるだろうな。
「なるほどな。俺も気を引き締めないといけなさそうだ」
「まあエンラならそんなに心配いらなそうだけどね。空飛んで別エリアにすぐに行けそうだし」
そういえばそうだな。
高速で移動できるから、砂漠をさまよって延々と水を求めるなんて心配は少なくともしなくても良さそうだ。
念の為水筒は持って行こうとは思うけどさ。
「そういえばコクリ。ちょっと気になっていた事があるんだが、聞いてもいいか?」
「どうしたの、そんなに改まって?」
「いや、大した事ではないんだけどさ。コクリって嫌なニオイしないよな。だから何か気を付けている事でもあるのかなと思ってさ」
普通どんな生き物でも、何かしらのニオイがするはずだ。
毎日入浴して清潔にしている現代日本人ですら、わずかに体臭はあるものだしさ。
全くの無臭なのには何かしらの理由があるとは思うのだ。
「そうね……このタイミングだし、ちょうど言ってもいいかも。実はね、エンラ。私は以前、体臭を完全に消し去った事があるの」
「体臭を消し去る? そんな事が可能なのか?」
「ええ。これから向かう清浄の泉の水に長時間浸かれば可能なのよ」
へぇ。
そういうものなのか。
どの生物にもあるはずの体臭を消し去るなんてそりゃすごい効力があるもんだな。
それほどの泉だからこそ、コクリはキュビカのニオイを消せると言ってきたのか。
「なるほどな。つまり同じ要領でキュビカのニオイもとろうという訳だな?」
「そういう事ね。ただ、キュビカさんにはそんな長時間浸かってもらう必要はないわ。体に一時的についたニオイ程度であれば数秒浸かれば大丈夫だもの」
「へえ、そうなのか。すごい泉だよな、清浄の泉って。でもそういえばどうしてコクリは清浄の泉に長時間浸かったりしたんだ? そこまで効力の強い泉なら、そこに長時間浸かっていれば体に悪そうだが……」
薬は適切な量を摂取すれば体にとって有用なものであるが、過剰な摂取はむしろ体の毒になる。
どんなものでも過剰な摂取は体に悪影響を及ぼす事が多いし、清浄の泉にも同じ事が言えそうなんだよな……
「エンラの言う通りよ。清浄の泉は効力が強いだけ、長時間浸かれば体に悪影響を及ぼすわ」
「やっぱりそうなのか。ならどうして?」
「追手から逃げる為よ。私達オオカミは嗅覚が鋭い。そして様々なエリアを移動する種族でもある。だからこそ、ニオイがある状態ではどこに逃げようとも必ず居場所を突き止められる。そうならないために私はニオイを消したの」
追手から逃げる為……
コクリは何か訳アリだとは思ってはいたが、やはり本当にそうだったみたいだな。
「そこまでして逃げなければいけなかったのか?」
「……ええ、そうよ。そしてできればエンラもオオカミとは遭遇しないようにしてほしいの。私、エンラまで失うなんて事に絶対なってほしくないから……」
「俺を失う? 一体何を恐れているんだ、コクリは? 事情が全く掴めないんだが……」
「これだけ言っても意味不明よね……。分かったわ。もうここまでの仲だもの。私が以前何を見たのか。どうして同族を恐れるのか。それを全部話すことにするわ。ちょっと重い話になってしまうけど……大丈夫?」
「別に俺は大丈夫だが……コクリの方こそ大丈夫か? 冷や汗が流れているみたいだが?」
「私は大丈夫。エンラさえ大丈夫なら、早速話を始めるけど、いいかしら?」
「ああ、よろしく頼む」
それから俺はコクリから過去に何が起こったのかを聞く事になった。
コクリから聞いた内容はこうだ。
ある日を境にオオカミのエリアボスの様子がおかしくなった。
それからエリアボス周辺にいる他のオオカミの性格も次々と変化していき、凶暴化する者も現れていく。
コクリの家族やその他危機感を持ったオオカミはエリアボスの元を離れて小さな集落を作りひっそり暮らす事に。
しかし、ある時突然、そんなコクリ達の集落の周囲をエリアボス達に囲まれてしまう。
そこで年長者のオオカミが囮になり、コクリやその他少数のオオカミが逃げる事に。
あまりに必死だったためにみんな散り散りになり、コクリは兄のオオカミと二人で逃げる。
励ましあいながら二人で生きていたが、ある時フレンドリーな兄の親友オオカミと出会う。
兄はその親友オオカミと仲良く話していて、コクリは遠くからその様子を微笑ましく眺めていた。
こんなよく分からない状態で一人でも仲間が増えて嬉しかったんだそうだ。
そしてその日の夜。
三人で一緒に身を隠せそうな場所を見つけて、そこで三人で寝ることにした。
だが、眠りについて少し経ってから何となく狂気を感じたコクリ。
こっそり起きてみると、遠くにはエリアボスと多くのオオカミがいる事を感じ取る。
近くで一緒に寝ていたはずの兄とその親友もいない。
その二人もエリアボスの近くに移動していた事をコクリは感じ取ったのだ。
兄は向こう側に堕ちた。
恐らくはあのフレンドリーで仲間だと思っていた兄の親友の手によって。
でないと兄と兄の親友だけがエリアボスの元の近くにいる説明がつかないから。
その事を感じ取ったコクリは恐ろしくなり、誰も信じられなくなる。
こうしてコクリは一人で生きていくという事を決意した。
以上がコクリから聞いた話の全容である。
「その後に清浄の泉でニオイを消し去ってから追手を振り切り、キュビカのエリアまで逃げてきた。そういう事だな?」
「ええ、その通りよ。エンラと初めて出会った時の私は肉体的にも精神的にも疲れきっていたの。味方が誰もいない。頼れる者は誰もいない。そんな感じでね。だからこそ、怪我を治してくれたエンラは私にとって希望だった。種族も違うし、言葉も通じなかったけど、それでも唯一の味方だと思えるあなたを私は命を賭けても守ろうと思ったの」
そんな事情があったのか……
だからこそコクリは俺の近くにしか居場所がないとか言っていたんだな。
オーバーな表現だと思っていたが、コクリにとっては言葉通りの意味だった訳だ。
かつては仲が良かったであろうオオカミの家族や友人。
でもその全てが豹変したエリアボスの手に堕ちた。
そしてその堕ちたオオカミに関わった者は例外なく、豹変してしまい、以前の面影はなくなる、か。
そりゃあオオカミに近づかないで欲しいとコクリが思うのは当然だよな。
「コクリの事情は分かった。だけどそうなると清浄の泉に近付いても大丈夫なのか? オオカミはその場所を知っているんだろう?」
「多分大丈夫だと思うわ。あの辺りは獲物も少ない地域だし、わざわざあそこに向かう理由はないと思うもの」
「そうか? コクリと同じようにニオイを消す奴がいてもおかしくないと思うんだがな」
「多分だけどそんな物好きはまずいないと思うわ。だって泉に入っている間も出た後も身体中全身に激痛が走るんだもの。普通はそんな痛みに耐えかねて途中で泉から出てしまうでしょうね。私の場合は最後までいたから、泉から出てからも三日はまともに歩けたものじゃなかったわ」
「そ、それはスゴイな……というか、よくそんな状況で生き延びれたな……」
「状況が状況だからね。いざとなればそういう極限状態でも何とかなるものよ。二度とあんな思いはゴメンだけど……」
そう言うと顔が青ざめていくコクリ。
うん。
その顔を見ただけでいかに壮絶な生活を送っていたか想像できるわ。
コクリって思った以上にタフなオオカミらしいな。
多分俺だったら耐えられないような事をしてきたんだろう。
「だからオオカミがあの泉に立ち寄る可能性は低いとは思うの。でも絶対ないとは言い切れないから、その時は私が先導して、あらかじめ偵察をしてくるわ。それで大丈夫そうならエンラ達に進んでもらうから」
「なるほど。コクリは嗅覚が鋭いから察知に優れている上、自身にニオイがないから察知されにくいもんな。その辺りはコクリに任せれば安心そうだな」
「ええ、任せておいて! 私、絶対にエンラにはオオカミのようになって欲しくないから、一生懸命頑張るからね!」
その言い方だと俺がオオカミになるみたいだよな……
まあ、オオカミのように性格が豹変しないようにしたいということが言いたいんだろうけど。
とにかく、コクリも張り切っているようだし、周囲の警戒はコクリに任せて良さそうだな。
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