第九景 ちがう種類のやつにして【ジャガイモ】
おいしいですよね。
※ 異世界転移があります
※noteにも転載しております。
美少女が、異世界から転移してきたとして。
おれみたいな健全な男は喜ぶには喜ぶのだろうが、現実的には困ることのほうが多いと思う。
そんな仮説を実証するように、目の前の少女をもてあましている甲斐性なしのこのおれ。
とはいえ、ひとりぐらしの大学生にできることなんざ限界があるってもんで、そう責めないでほしい。
年のころは、20よりすこしまえか? おれとそうかわらないだろう。
やや、吊り目の愛らしい顔だち。
青みのかかった黒髪は、この世界のこの国でも、自然な色あいだ。
アニメなんかである、露出度の高いのとは違って、軽装だがいろんな意味で防御力のありそうな鎧は、彼女——ルリカの、自分が冒険者であるということばを裏づけていた。
ことばといえば。
せめて、とはいえ助かったのが、ことばがつうじたことだ。
ルリカが、その細い首に巻いたチョーカーに指を添え、なにごとかつぶやくと。飾られた小さな宝石が淡い光をはなち、おれたちのことばはつうじるようになった。
どうやら、異国の言語との翻訳魔法がかかっているらしいが、異世界の言語にも対応してるとはおそれいる。
むこうのこまかい事情やら、これからどうすべきか。
話すべきことはたくさんあるのだが。
まず、その前に。
こちらへの転移寸前まで。食糧も尽きて、飢えるままに森を彷徨っていたという、ルリカの空腹を満たしてやることのほうが先だった。
だからといって、ひとりぐらしの男のアパートに、満足な食材を期待してはいけない。
おれは、買い置きしてあった、さまざまな種類のポテトチップスを並べて、好きなのを選べとすすめてやると。
ルリカは、そのなかのよっつを。よほど空腹だったのだろう、またたくまにたいらげた。
料理もろくにしない、ひとりぐらしの大学生だって、スーパーくらい来る。というか、貧乏学生のおれは、むしろコンビニには寄らないようにしていた。
弁当、ペットボトルやお菓子ひとつ買うにも、スーパーのほうがずっと安いからだ。
だが、きょうはめずらしく。おれは、肉、野菜などの食材を買いに来ていた。
ポテトチップスでは、量より質的にルリカの空腹は満たせないと悟ったおれは。なんの気まぐれか、この腕をふるってやろうと考えたのだ。
さいわいなことに。ふだん、不精にしているだけで、簡単な料理ならつくることはできる。
受験生時代に、自分で夜食をこしらえていた経験値。だからこそ、両親も安心してひとりぐらしに送り出してくれたのだが。その腕が、ふだんの食生活ではなく、予期せぬ訪問者のためにふるわれることになろうとは、だれが予想できたであろうか。
そんなこんなで。
そのままの格好では、と。おれのジャージに着替えさせてやったルリカを伴い。こうして、スーパーの野菜売り場で、腕に買い物かごを、ぶらさげているのだが。
やや大きめの黒ジャージで、おれの足のサイズの白スニーカーをはいて、心細げに歩くルリカは、なかなかに愛らしい。
つかむほど強くはないが、添えるようにおれの腕に触れている指に。彼女のひとりもいたためしがないおれは、悪い気がするどころか、やや浮かれてさえいたものだ。
よし。せっかくだから、うまいもん食べさせてやるか。
ちゃんと食事をとるようにと、キッチンのついた部屋に住ませくれた両親に。感謝と、ふだんの不精でこれまでろくに使ってこなかったことを詫びながら、まずはジャガイモを手にとる。
ルリカの、食べ物の好き嫌いはわからないが、ポテトチップスが好きなら、ジャガイモじたいは大丈夫だろう。
電子レンジも部屋にあることだし、ネットで調べれば、コンロを使わないレシピもあるんじゃないかと考えていたおれに。
ルリカは、手のなかのまるい物体に興味というか、不審を示す。
「それ、なんなの?」
「ああ、ルリカがさっきさんざん食ったポテトチップスってさ。こいつをうすく切って揚げたやつなんだ。
ほかにも、いろんな食べかたがあって。
サラダにしても、煮物にしても。炒めたってうまいんだぜ」
そうこたえて、かごにいくつかほうりこもうとするおれの腕を。なぜか、彼女はすがりつくようにして止めた。
「ねえ、待って。
それ、さっきのポテトチッ『ポ』スってやつなんだよね?
だったら、そっちじゃなくて。
ちがう種類のやつにしてほしいんだけど」
ちがう種類?
ていうと、あっちのブランド野菜のコーナーにあるやつか?
手にとるのを躊躇するほどの、値段の差はないが。
それでも、おれの料理に使うには、すぎた贅沢だと思うけれど。
しぶしぶながら、棚を移動し、高級な猫の品種のような名前のついた、ブランドもののジャガイモを前にしたが。手をのばすまえに、またもやルリカはおれの腕をひく。
「ちがうってば、その種類じゃなくて!
もうひとつ、あるでしょ?!」
はあ? なんだよ、もうひとつって?
紫イモみたいなやつとか? ていうか、異世界から来たばかりのおまえが、なんでジャガイモの種類なんて知ってるんだ?
わけがわからず、その愛らしい吊り目とにらめっこするおれに、彼女はこう告げた。
「あたし、おぼえてるんだから。
あの厚いポテトチッ『ポ』ス。ぎざぎざで、いちばんおいしいのこれだって、言ったじゃない」
そういえば。
よっつたいらげたポテトチップスのなかでも。ルリカのお気に入りは、厚切りぎざぎざカットのやつだったか。
味は、バター醤油かそこらだったはずだが、よく覚えてはいない。
「あのさ、ルリカ。
あれは同じジャガイモを、切りかたを変えただけで。
さいしょからぎざぎざのジャガイモが、あるわけじゃあ……」
説明をはじめようとしたおれだったが。彼女の必死に寄せられた眉毛を見ていると、なんだかどうでもよくなってきて。
結局、手料理をふるまうための野菜を買うのをあきらめ、冷凍食品をひと袋と、酢豚と唐揚げの弁当をひとつずつ買って帰ることにした。まあ、これだけあれば。かりに好き嫌いがあっても、ルリカだって、なにかしら食えるだろう。
きょうは、レンジひとつで済むが。これからふたりで暮らすとなれば、自炊もせねばなるまい。
ふたりで暮らす?
こんなラノベ展開。現実的に、どう対処していいかわからないまま、そんなことを考えている自分に、いくらか驚きながらも。
買ってやった冷凍食品の袋を、嬉しそう手にして歩くルリカを見ると、そんな危うい生活も、悪いものにはならないんじゃないかって予感がしてくる。
「ほら、ちゃんとあったでしょ?
ちがう種類のジャ『グ』イモ!」
レンジで温めるだけで食べられる、フライドポテト。
「ぎざぎざのジャ『グ』イモ、ありがとう♡」
パッケージに印刷されている、ぎざぎざにカットされたスティックの写真を見て。
彼女は満面と言っても足りないほどの、あふれる笑顔をおれに向けた。




