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お城の舞踏会へ行く魔女 44

 今さら説明するまでも無いことだが、ロゼは今日、ハリージュと共に王宮の舞踏会に招待されていた。


 先日、散々迷惑をかけられた”魔女の惚れ薬”の詫びらしい。なぜ詫びがこんな場所への招待になるのかてんでわからなかったが、ハリージュは招待を受けて欲しそうだったし、美味しいものもあるというので、ロゼは渋々、本当に渋々やってきたのだ。


 つまりロゼは今日、ビュッフェを食べに来ている。テーブルの上のスウィーツは一通り、どうしても食べたい。こんなに甘い物が並んでいるところを、ロゼは初めて見たからだ。


 しかし、まさか会場に入るだけであれほど騒ぎになるとは。魔女がどれほど畏怖されていたのか、身をもって感じ取った。


 ”魔女の惚れ薬”はあれから少し、話題になった。


 ――なんてことはない。”魔女の惚れ薬”もあてにならないという、非常に不名誉な噂である。


 ロゼ自身に直接問い質す猛者はいなかったが、そういった噂が流れていることは、ハリージュから伝えられていた。

 ロゼにとって、魔女についての悪評ならば許すことが出来る。心を傷つけられることはあっても、それがまた魔女を人から守る鎧にもなるからだ。

 しかし、自身が作る”魔女の秘薬”に、絶対の自信と誇りを持つロゼにとって、薬の過小評価は到底、看過できない噂であった。


 だが、ロゼは黙認した。


 それが、弟子を取った魔女の務めであるからだ。


 被害に遭った六人が全員、”魔女の惚れ薬”を飲んでいる事実は、世間には公表されていない。そもそも被害と言っても、服薬後にほんの数時間体調が悪くなる程度のことだったので、当事者以外は問題が起きていたことすら知らないに違いない。


 またこの事件に関して、ルゥルゥの名前は一切浮上しなかった。

 ルゥルゥは体調を崩したという建前で、短期間だけ自主的に謹慎している。


 その謹慎が明け次第、ロゼはルゥルゥに魔女としてのいろはを教えるつもりでいた。


 調薬については勿論だが、まずは魔女の秘密について、何よりもよく説いておく必要がある。


 ルゥルゥがこれから魔女として生きるにしろ、魔女と隠して生きるにしろ――彼女の体が魔女であることには違い無い。

 これまでは幼さ故に、嘘とは無縁の生活をしてこられたかも知れないが、これからはそうもいかない場面も増えるだろう。


 先達として、そして師匠として、ロゼはルゥルゥを導く腹づもりである。


 考え事をしていたロゼは、人の波を縫って歩いて行くワゴンを見て、ハッとする。

 そして、目をキランと輝かせ、ハリージュの袖を引いた。


「ハリージュさん」

「どうした」

「あちらのテーブルに、新しい菓子が来ました」

「……行きたいのか」

「はい」


 呆れ声だが腕を差し出したハリージュの隣を、ロゼは颯爽と歩き始めた。


「ロゼ」

「はい?」


 制止を受け、ロゼは振り返った。

 ハリージュが真顔で、肘を突き出している。


「何でしょう?」

「ここに、手を」

「はい?」


 手をどうしろというのか。ろくなことではないに違いない。


 ロゼは周りをキョロキョロと見渡した。談笑している人々の中には、男性の肘に手を預けている女性が複数いることに気付く。それは、ロゼが自ら許すには、中々勇気が必要な距離感だった。


 手に持ったままだったロゼの食べ終わった皿とグラスをハリージュが奪い、自然な流れでウェイターへ渡す。


「手を」

「……へい」


 もう一度ハリージュに催促され、ロゼは渋々手を差し込んだ。歩きやすいように近づくと、あまりにも密着していて顔を上げることが出来ない。


 顔のほてりを意識しないよう、苦々しい顔をしてロゼは足を踏み出す。ハリージュの歩幅は広すぎず狭すぎず、完璧だった。女性をリードし慣れているのだろう。悔しさと恥ずかしさと切なさで、ロゼの頭はショート寸前だ。


 女性達の不躾な視線に晒されていることに、ロゼは気付いていなかった。

 だが、こちらに聞かせるための悪意のあるひそひそ話は、自然に耳に入ってきた。


「ハリージュ様が、魔女のためにお手を……」

「ちょっと待って。アレは本当に魔女なの? だって、魔女は二百歳って話じゃ……」

「あれも魔法なんじゃないかしら? 若返りの魔法ぐらい、使えるでしょう?」

「でも最近の”魔女の秘薬”は質が落ちたって噂を聞いたわ」

「そんなことどうでもいいの。問題は、何故魔女がここに……ハリージュ様のお隣にいるの?」

「アズム様にはヤシュム様がいらっしゃるのに」

「場違いにも程があるわ」


 途中で理解できない発言もあったが、恐いもの知らずとはどの世界にもいるようで、女達の会話はみるみるヒートアップしていった。そこに、悲鳴を上げるほど恐れていた魔女自身がいることも、忘れているに違いない。


 恋する乙女は、魔女とて恐るるに足らない。ロゼだって、ハリージュへの恋心を抱えていた時、彼に襟巻き蝙蝠の超音波で酔わせた火鼠の肝をえぐり出させるほど、恐いもの知らずだった。


「アズム様がご結婚なさるというお噂が、本当だったってこと……?」

「まさか、そのお相手って……」

「いやよ、そんなの嘘……」

「惚れ薬でも使って、手に入れたに違いないわ」


「そうですよ」


 聞こえてきた会話に答えるために、ロゼはピタリと立ち止まった。


 まさか魔女が返答するとは思っていなかったのだろう。女性らはびくんと体を揺らして目を見開くが、ロゼは構わず口を開いた。丁度いい機会だと思ったからだ。


「ですが、”魔女の秘薬”は用法用量を守らなければ、正常な効能は見込めません。お買い求めの際は、必ず(・・)魔女自身から、使用法についての説明を受けてくださいね」


「はぁ?」


 年若い娘達が不可思議な顔をする。再発を防ぐために釘を打つが、どれほど効力があるかはわからない――それでも、言わないよりはマシだろう。

 現に、魔女の言葉にはロゼが思う以上の効果があったようで、幾人かが目をそらしていそいそと離れていった。


 あの人達には、何か心当たりがあるのかもしれない。


 たとえば、安価で手に入れた”魔女の惚れ薬”を好き勝手に使い、効果が出なかった過去などが。


 逃げていく貴族をじっと見つめるロゼを、ハリージュが渋い顔をして見下ろしていた。

 視線に気づいたロゼは、嫌な予感がしてゴクリと生唾を飲み込む。


「い、如何なさいました」


「だから――惚れ薬云々の前から、惚れていたと言っているだろう」


 周囲が、ざわざわざわと異常なほどのざわめきを見せた。大嵐の時の葉擦れの音のように、羊の群れに犬が突っ込んだ時のように、大きなどよめきだった。


 驚きが過ぎ去った後に訪れたのは、沈黙だった。


 皆一様に、驚愕に目を見開くと、見てはならないものを目にしたかのように視線を逸らし、足早に去って行く。


 ロゼはと言えば、あまりにも想像していなかった直球に二の句が継げない。

 湖で泳ぐ魚のように、口をパクパクとさせた。






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どうも、好きな人に惚れ薬を依頼された魔女です。コミカライズ

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