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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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幕間 第十一話 瀬間洋介(事故当時21)の場合

 付き合って一年近くなる彼女とデートをしていた。今日はバレンタインだし、今朝チョコレートも貰った。これから新宿まで行って映画を見てから一緒に夕食を摂るつもりで少しだけいい店に予約を入れてある。今日、これから観る映画について彼女との話が弾む。前評判も高く、傑作と言われているらしい。


 お互い楽しみにしていた映画だ。話の尽きようはずもない。にこにこと俺に微笑みかけてくれる彼女は昨年の学園祭で、ミスキャンパスに選ばれた。こんな可愛い子が彼女だなんて、一年近く経った今でも信じられないくらいだ。同じ学年で同じ県の出身ということもあり、それなりに会話をして来てもいたが、なけなしの勇気を振り絞って告白した時には、予め慰めてもらうために友人に酒の席を用意してもらっていたほどだ。


 その席に彼女を伴って現れた時の友人たちの顔は一生忘れないだろう。自分でも無理だと思っていたくらいなんだから。彼らの驚き様と言ったらなかった。店の酒を飲み尽くすほど飲んで生まれて初めて酔いすぎて記憶がなくなったのを体験した。夜中に起きてトイレで吐いている時に俺の告白に対してOKを貰えたことを実感できたんだ。


 自分は大学でも決して目立つ方ではなかったし、所属していたサークルも文化系のパッとしないものだった。それでも彼女のことが好きで、どうしても諦めることが出来ず、ぐじぐじと過ごしていたのだ。友人に相談しある意味ヤケになって砕け散る覚悟で告白したのだ。


 彼女と付き合ってから世界は広がり、鮮やかな色彩を帯びたように感じた。世の中すべてが自分達を祝福しているようで、わけもなく嬉しくなることもあった。勉強も捗ったし、大手でこそないがそれなりの会社から内定も貰うことができた。全ては順調だった。幸せを感じていた。あの瞬間までは。




・・・・・・・・・




 何もする気が起きないというのはこういうことを言うのだろう。彼女を失った俺は抜け殻のように何ヶ月も過ごしていた。なんとなく周囲の状況は掴めているが、彼女がいないだけで心はかき乱され、大声で泣いてしまう。泣くか寝ているか母親のおっぱいを吸っている。そのどれかしかしていない。


 命名の儀式? ああ、やったような気もするけど、失意のどん底にいた俺にはどうでもいいことだったよ。




・・・・・・・・・




 数年が経ち、いい加減諦めも付いた頃だ。ある日日課となっている剣の稽古で疲れた体を寝床に横たえて、眠りについた時だ。神に逢ったのだ。いろいろと話を聞いて驚愕したが、天啓のように頭に閃いた言葉がある。


「相馬明日夏さんですか? ええ、あなたと同じように転生していますよ。会えるといいですね」


 また世界が新たな色彩を帯びたのを感じた。まだ子供だし、体力もない。この世界には魔物だってうろついている。闇雲に探そうとしても途中で力尽きてしまうだろうことはすぐに想像がつく。熱心に剣の稽古を始めた俺に両親や兄弟たちは嬉しそうにしていたが、俺にとってそんなことはどうでもよかった。鬼気迫るほどの勢いで剣の稽古を行った。


 何か役に立つかも知れないと神に聞いた固有技能についても練習した。それまでステータスオープンを自分にかけたことなんかなかったから気がつかなかった。大体ステータスオープンなんて普段そうそう使うこともないから気にしていなかったし。


 尤も、俺の固有技能である『秤』は彼女を探す役には立ちそうもないから適当にしておいたけれど。レベルが上がると個体や液体を自分の思い通りに分割出来る技能だ。最初は紐や木材などの辺を等分する位置が分かるだけだったが、そのうち等分以外の分割点も解るようになったし、面の分割も出来るようになった。更にもっと技能のレベルが上昇するにつれてパンを同じ体積で切り分けることも出来るようになった。そして麦などの細かいものを重量で分けることも可能になった。一見すると適当な感じでちぎったり切ったりしているだけで本当に正確に分けられることは俺にしか理解できないだろう。


 何故か俺にだけは精密な物差しや秤で測ったように正確に分割したり分けたり出来ることが理解できる。だが、すぐにあまり有用でないことに気づいてしまったが。別段明日夏を探すことに役立ちそうにないし。使いすぎると眠くなったり腹が減ったりするから、良い事はない。まぁ晩飯を食って寝る前にちょっと手慰み程度にやるくらいだ。面倒になってやらない日も多いし。


 最初は長さの等分、次は等分だけでない分割。ただし分母は幾つでもいいが分子は1。次は面積の等分、その次は等分以上、次は体積の等分、もう分かったと思う。ちなみにその後は麦みたいな集合。その次は液体だ。今俺は液体の等分が出来るようになったばかりだ。容器は要るけど。次は液体を等分以上に分割することができるようになるんだろう。ついでに言うと比較もできる。この升に入っている麦の重量はこの角材の重量の何分の一かとかどういう理屈かは知らないが俺には解る。この比較だけは分子も分母も1に固定されない。


 そんなことより、体を鍛え、長い旅に耐えられる体力を養うことのほうが余程重要なことだ。それに、生まれつき持っている特殊技能の赤外線視力インフラビジョンの方が『秤』などよりよほど役に立つだろう。赤外線視力インフラビジョンには技能のレベルがない。体の成長とともに可視範囲が広がっていくらしいから修行の必要もないと思って放って置いている。


 勿論焦りはある。こうやってのんびりとしているうちに彼女は死んでしまうかもしれないのだ。俺を待ちわびながら魔物に襲われてしまうかも知れない。もしも奴隷階級になんて生まれついていたら厳しい労働を課されている可能性だってある。考えたくないが、あれだけ可愛い子だ。もっとひどい目に遭っていることだって……。


 いや、今は心配しても始まらない。とにかくどんな状況に置かれていようが救い出せるようにしなければならないのだ。少なくとも神に会った八歳の時点では確実に健康体で生きていることだけは判っているのだ。神が俺に嘘をついていなければ、だが。


 折角会えても俺の力不足が原因で救えなかったら意味はないのだ。むしろ、期待を抱かせた分だけ明日夏を苦しめかねない。やれることをやるしかない。同じ年代の子供と遊んでいる暇なんか一秒だってないのだ。


 どこにいるかは分からないが必ず見つけ出して救うのだ。いや、救う必要もないかもしれないが、明日夏に会って今度こそ添い遂げるのだ。




・・・・・・・・・




 さらに数年が経った。既に俺は13歳になっている。それなりに鍛えられていることも理解できる。剣の腕だってかなり良い線を行っているだろう。


 俺は予てからオースの家族には冒険者になると宣言している。地方の士爵家の三男だし、俺の希望は問題なく叶えられるだろうと思っている。俺を育て、鍛えてくれた両親にはいくら感謝してもしきれない。だが、俺には大事なものがあるのだ。申し訳ないが兄を支えて家を大きくすることは明日夏を連れ帰ってから誠心誠意尽くさせて貰おうと思う。


 ある日、初めての事だが、俺は次兄を打ち負かすことが出来た。俺が見る限り次兄の実力はかなり高い。やっとここまで来れた。長かったが、もう充分に身を守ることもできるだろう。まだ真剣を使った本物の戦闘を経験したことはないが、成人したばかりだとは言えあの次兄を倒せるくらいの実力はあるのだ。騎士団に入った長兄には流石に一歩譲ることだろうが、もう充分だろう。


 今日、俺は両親の許しを得て探索の旅に出る。ローゼンハイム伯爵領のヨーグッテ村を出るのだ。親父から貰った一振りの長剣と丈夫な革鎧。200万Zの現金。こまごまとした荷物を入れるリュックサックが全財産だ。


 この俺が、瀬間洋介こと、精人族エルフの戦士、トルケリス・カロスタランが今行くぞ。


 待っていろ、明日夏。必ず俺が見つけ出してやる。


 

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