第十六話 新たなる出会い4
7442年5月12日
ラルファの言葉に視界の隅っ子でゼノムが飛び起きたのが見えた。
一体なんなんだよ、こいつ?
俺は頭を抱えたくなるが、そんな俺に構わずラルファは起き上がったゼノムの方へ駆け出していく。
ああ、ちっくしょう。いきなり敵対してくるとは思えないが……万が一もある。
俺は、半身を起こしかけたゼノムと彼に向かって駆けていくラルファの背を睨みながら立ち上がった。
途中、一瞬だけラルファはびくっとしたようだったが、すぐに駆け続け、ゼノムに声を掛けた。
「ゼノム! 【空間把握】、使えたよ! 私、固有技能が使えるようになった!」
はぁぁぁぁぁっ!? なにそれ? 何言ってくれちゃってんのよ!?
口を開きすぎて顎が外れるかと思ったわ。
ラルファの言葉を聞いて呆然とする俺を他所に、彼女は嬉しそうに声を上げてゼノムに駆け寄っていく。
「ああ? 固有技能? え? なに? おお、そうか!」
ゼノムもすぐに覚醒したようで、最初は戸惑ったようではあったものの、すぐに嬉しそうに答えている。しかも疑問も無いようだ。
あ、そう言えば。
---
『そう……やっぱりそんなところじゃないかって思ってた。私の固有技能は【空間把握】っていうの。でも使い方がわからないんだ。昔、ゼノムに固有技能って何か聞いてみたけど、ゼノムも知らない、聞いたことがないって言ってた。神様に会った時に聞こうとしたけど、他の事から確認していたら時間がなくなっちゃって……結局聞けなかった。もし良かったら固有技能の使い方を教えてくれないかな?』
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さっきはつい流してしまってたけど、こいつ、既にゼノムに相談してるじゃねぇか!
ってことは……?
まさか、転生とかその他諸々についても言ってるのかな?
言ってるとしてどこまで話しているのだろうか?
そして、ゼノムはそれらをどこまで信じているのか?
ああ……目眩がしそうだ。
ゼノムとラルファは何やら嬉しそうに話している。
事によったら、本意ではないが二人の口を塞がないといけないかも……あれ?
なんで?
よく考えてみたら転生したってのは別に悪い事じゃない。罪に問われるような事でもない。誰かに仕えているのであればオースに無い知識なんかを利用される可能性はあるが、それだって別に悪くはない筈だ。
嬉しそうに話すゼノムとラルファを見ながら、早急にどうこうなる事はないと判断した俺は自分の考えに没入し始めた。
“転生者の知識が有効だ”という情報が一般化しているのであれば本意ではない協力を強要されたりする事もあるだろうが、だから何だと言うのか?
“有効な知識”を持っているなら粗略に扱われる筈もなかろうし、かなりいい待遇で遇されるに決まってる。よしんば、無理やり知識を吸い出そうとしても本人の協力がなければ絶対に無理なのだから、少なくとも利用しようとする側は最初は好条件を提示してくる筈だ。
俺は何で両親にも兄弟にも転生して来た事を隠したんだっけ?
ああ、出来るだけ変に思われたくなかったからだ。悪魔憑きだとか神が降臨されたとか、そんな風に思われたくなかったから……曽祖父が夢枕に立った事にしたんだっけか。
すっげー昔の事なのですっかり忘れてた。
クローやマリーも転生して来た事を隠している風だったし、すっかりその気でいた。
かくいうラルファだって最初は用心して日本語のことをバークッドの方言とか言って、更にゼノムが寝るのを待って話そう、と言ったからこそのこの状況の筈だ。
何故それらを不思議に思わなかったのか?
簡単だ。皆が俺と同じような価値観であると勝手に思い込んでいたからだ。
自分の国を作りたかったから、お山の大将になりたかったから、誰かに都合よく自分の持つ知識だけを使われるような事を避けたかっただけなのだ。
小さな子供の時分であれば何を言ったところで信頼性は低いし、むしろ力の差によって意に沿わない事をやらされるかも知れない。場合によっては異常すぎるという理由で排斥されたり殺されてしまうかも知れない、と当時の赤ん坊の俺は分析したからだ。
少なくともある程度まで成長するまでの、当面の間は他の子と同様に扱って欲しかったから隠したのだ。結果として他の子と比較して異常な程出来のいい子供だというように捉えられたけれど、それはあくまで様子を見ながら、ここまでは大丈夫だろうと少しづつ小出しにしてそうなったに過ぎない。
え? いいんだよ、俺がそう思っているんだから。
裏を返せば当時の幼児だった俺はヘガードやシャルの親の愛を疑っていたと捉える事も出来る。ああ、今はそんな事は無い。両親の愛情を受けて育って来た事について全く疑念を持っていない。オースでの両親を前世での両親同様に愛しているしな。
確か俺が喋り始めたのは一歳頃。曽祖父が夢枕に立ってどうこう言ったとか、なにやらオカルティックなことを言ったのもそれくらい。その後、村の農業のことや貴族の仕組みのことを聞いたりはしたが、実際に口を出してゴムやら何やらに手を出したのは……四~五、いや、六歳過ぎだ。
あ、いや、確か農作業の効率化のために大型の家畜を導入する資金の為に始めたんだ。
あの当時はMPも相当増えていたから、最悪放逐されたとしても何とか一人で生きて行くくらいは出来る自信が付いてきたから、という理由も全くない訳じゃないけど。
勿論その頃には万が一にもそんな事態にならないと思っていたし、何か家族の役に立ちたい、それで、出来そうな事はなんだろう? と考えたからだ。
運も相当良かった。何しろあの両親の元に生まれてくる事が出来たのだから。そうでなかったらどうだ? 例えばクローのように農奴階級に生まれて来たのだとしたら、彼のように相当苦労したであろう。そもそも幼少時に病気なんかでころっと死んでいた可能性だって高かったろう。
ある意味でバークッドにいた頃の俺がそうだが、利用される事は決して悪い事ではないし、その反対も然り。むしろあの頃の俺は積極的に利用されようとしていた。誰かをその能力に応じて使役したり使役されたりなんて当たり前の事だ。俺の意見に賛同する奴も多いと思ってるよ。
だって、そうじゃなきゃ地球の企業で働く人たちや経営者は全員悪党だ。政治家や役人も悪党でその下で税を納め、安全や社会保障などの利便性を享受している国民たちも全員揃って悪党で地球は悪の星ということになるからね。
そんな訳ないことは誰もが知っている。
オースの人々だって知っている。
当然転生した日本人だって知っているだろう。
勘違いしないでくれ。俺は友達が欲しい訳じゃない。
勿論、友達関係を構築出来るような人がいれば友達になる事に否やはない。
ただ、俺がやろうとしている事に友達の有無は関係ないというだけだ。
使役し、使役される関係が構築出来れば充分だしな。ああ、勿論俺が使役する側での関係だ。
単に“使役し、使役される関係”とだけ言うと勘違いされても困るから訂正しようか。
俺が作る国の国王に俺はなりたいし、臣下や部下が欲しいという事だ。俺の目指すところに賛同してくれる人は友達である必要はないって事。会社を作るなら社長とその手足になって働く部下が必要だし、部下のそのまた部下だっていた方がいいだろう?
俺一人が独立宣言し、領地を主張してもいいけれど、それじゃ誰もついてこないし、諸国はどこも国だなんて認めないだろう。俺が個人としてどれだけ強くても、この先強くなっても百人の軍隊相手にたった一人で勝てる訳がない事は自明の理だ。
ついでに言うと、民主的な国なんか作りたくもない。
俺をトップとする限りなく独裁国家に近い専制主義国家を作りたい。
俺が目指すのは成り上がった戦国大名なのだ。搾取され、虐げられている人々を王族・貴族階級から解放する社会・共産主義なんか目指してない。社会体制なんざ今のままで充分だ。
大陸全土を統一したいとも思わない。出来るならやるだろうけど、そんなのは自分の国を作ったあとで心配することだ。
男一匹、夢はでかい方がいいだろうが、実現するには幾つもの階梯が必要な事くらい理解しているさ。
俺に傅いてくれる奴がいて、そいつが使えるなら厚遇する。俺に付いて来ればこんなにいい目にあわせてやるぞ、どうだ? って事だ。ほら、別段誰かと友達になる必要なんかないだろう?
有能で忠実な部下でさえあればいい。
と、すると、別に転生者である事を隠す必要なんか特に無いんじゃねぇか?
信じる信じないは相手次第だしな。まぁ、普通は信じられないだろう。信じられないのであれば、ヨタ話と思って流されるだけだろうし、害といえばホラ吹きと思われる程度の害しかない。
尤も、俺と同じ転生者ならきっと信じるだろうけど。
問題はこちらを利用してやろうとしている相手に転生者である事が露見することのデメリットだ。だが、こちらを利用してやろうという事は、すなわち転生者の有用性を認識しているという事に他ならない。今のところ考えられるのは相手が転生者である以外には有用性が露見し難い、という事か。だが、俺の例もある。
転生者がこの世界で俺なんかとは比較にならないくらい高い地位に転生していた場合……。
転生者は、個人の主義主張などの性格や人格はともかく、知識や能力的にはオースの人々よりは上であることは確かだ。固有技能だって持っている。クローが【誘惑】、マリーが【耐性(毒)】、ラルファが【空間把握】。
固有技能は強力だし、俺の鑑定や天稟の才も彼らに劣らずインチキ臭いほど優秀な技能と言える。考え様によっては、クローやマリー、ラルファを相手にした場合、俺も膝を屈することだって有り得るのだ。出来るだけ多くの転生者を味方に付けるか、中立にしておいた方がいい。
敵対するのだけは避けたいよな。
ところで、もうそろそろラルファがゼノムと一緒にきゃあきゃあ言い始めて三〇秒くらいは経つ。もう充分だろう。
「ラルファ、嬉しいのは解ったけど、いきなりどうしたんだ?」
俺は頭の中の整理を中断し、彼女に声を掛けながら近づいた。空間把握の固有技能が使えたのだという事は理解している。それが使えたことが俺に解っていないふりをしようとしたが、そんなことは彼らの会話を聞いていれば理解出来るから、意味がない。路線変更だ。
「ゼノム、アルが教えてくれたの。魔法の修行方法も!」
俺に全く構う事なく、ラルファはゼノムに話しかけている。聞こえなかったのかな?
「でね、バルドゥックの迷宮に行くんだって! やっぱり私の言った通り。転生してきた人は強くなろうとしてあそこを目指すのよ!」
なに?
「ああ……そのようだな。ラルファ、どうするんだ?」
「そんなの決まってるじゃない! 一緒に行く! だってあんなに魔法が使えるなら私達だって二層くらいはいけるでしょ!?」
は? え? 何二人で話してんの?
五m程まで近付いてきた俺にゼノムも気が付いたようだ。
俺の間抜けな顔を見られたろうな……。
「ラルファ、言いたいことは解った。だが、俺に言う前に本人に言ったのか? ……言ってないんだろう? 先走りはお前の悪い癖だ」
ゼノムはそう言ってラルファを窘めた。
ラルファが振り返った。やぁ、久しぶり。
「ねぇ、聞いてた!?」
キラキラした表情でそう言ってきた。
「……ああ、大体はな」
ちょっとだけ憮然として答えた。
「じゃあ「ちょっと待ってくれ」
勝手に話を進めそうになったので中断させる。確かに当初の思惑通り、一緒に行ってくれそうな雰囲気だ。ラルファが仲間になりたそうにこちらを見ている。
「いくつか確認させてくれよ。大事なことだ。ゼノム、あんたはどこまで知ってる?」
俺は地面から半身を起こしているゼノムを見つめながら言った。
「ん? 何を知ってるかって? 何の事だ?」
これじゃ流石に解らないか……。
「ラルファの固有技能のことだ」
転生とかその辺も聞きたかったが、そこまでラルファが明かしていない可能性もあるしな。
「ああ、ラルファから聞いている。使えるように教えてくれたんだってな。ありがとう。これでシコーキとやらも「え?」
いま、何て言った?
「いや、シコーキも使えるようになるのか?」
「は? え? シコーキ?」
思わずラルファの方を向いた。
「ひこうきよ。ひ・こ・う・き。空を飛ぶあれよ」
『ゼノムには転生のこととかどこまで話しているんだ?』
「え? 私の知っていることは全部話してるよ? なんで?」
やっぱりそうか。
『じゃあ、何で日本語のことをバークッドの方言とか言って誤魔化した?』
『だって、ゼノムは日本語喋れないもん』
繰り返して俺が日本語で言ったのでラルファも日本語で返してきた。
『次、それならわざわざゼノムが寝てから話そうとしたのは何でだ? 最初はゼノムを酔潰そうとまでしたよな?』
『ゼノムに糠喜びさせたくなかったし……あれ? なんかまずかった?』
やっと気が付いたようだ。一四年も無償で育ててくれた親父さんなら別にまずくないけどさ。
問題はその他だよ。
「いや、もういいよ。ゼノム、ラルファが別の世界から生まれ変わって来たことは知っているんだな?」
「ああ、ラルファから聞いてる。ラルファは色々な話をしてくれたからな。あんたもそうなんだろ?」
ゼノムは話の前後からなんとなく俺が言いたいことを想像したようだ。顔つきが変わった。
「今更否定しても仕方ない。そうだ。俺はラルファと同じ国に生まれ、育ち、そしてこの世界に生まれ変わった『人間』だよ」
俺は続けて言う。
「で、確認なんだが、ラルファが生まれ変わったと信じているのは、いやそう言っていることを知っている奴はあんたの他に居るのか?」
……。
しばし沈黙があった。思い出そうとしているのか?
「居ない。ラルファにはその事は無闇に話すなと言っていた。昔、ラルファがまだ小さい頃に話してしまった相手が一人だけいたが、その後そいつが誰かと会う前に俺が殺した……」
言いたくない事を言わせてしまったようだ。今の話を聞いてラルファが口を押さえた。
「そうか、すまない。ラルファの前では言いたくなかったろうに……悪かった」
「いいんだ。それに、話してはいけないとは言っていたが、例外としてラルファと同じ立場の人間がいたら積極的に話せとも言っていた。この子は小さい頃から俺が連れまわしているせいで友達がいないからな。昔はいつも怖がっていたし。ラルファが言うには、生まれ変わった奴なら皆感じることや考え方は大して変わらないはずだと……同郷の奴になら話しても問題がないだろうと……そういうことか、俺も娘には随分甘かったという訳だ」
ゼノムは理解したようだ。
「ああ、そうだ。一番危ないのは俺達同様に生まれ変わった奴だと思う」
俺はラルファに向き直ると改めて言った。
「ラルファ、もし俺があんたの知識を利用しようと思っていたら危なかったぞ。まぁ俺だって人のことは言えない。軽々しく固有技能の使い方を教えてしまったしな。だが、ここまで話したからには……二人共覚悟してくれ」
俺は真剣な顔つきで二人を見つめた。二人共俺に気圧されたようにはなったものの、用心を固めたようだ。このあたりは軽々しいラルファの言動と裏腹に熟練冒険者と言うところか。
「やり合おうとは思っていない。それは約束しよう。少なくとも今、ここでやり合うつもりはない。繰り返すがそれは約束する。まず、俺がこれから言う事について聞いて欲しい。俺はゼノムやラルファが昼間オーク相手に戦っている所を見ている。俺とやり合うにも武器がなきゃ厳しいだろう?
だから、俺の話を聞くくらいしても状況は変わらない。俺は魔法が使えるが、あんた達の武器はそこだしな。脅していると捉えて貰っても構わない。とにかく、まずは落ち着いて話を聞け」
半身を起こした状態のゼノムとゼノムの傍に立っているラルファは俺が何か言うたびに、ぴくっぴくっと細かい反応をする。それを見ながら言った。
「……俺は今のところあんたたちに敵対するつもりはない。そんな気持ちがあればラルファに固有技能の使い方について助言を与えなかっただろう。それに魔法の修行方法も教えなかった。魔法の修行方法については絶対じゃないが。少なくとも俺はラルファに知識を与えたんだ。それを考えてくれ」
……。
「もうゼノムは気がついているようだが、ラルファはまだ完全に理解していないだろうから説明する。ラルファ、ちょっと考えてみろ。お前の知識はこの世界で役に立つか?」
「……役に立ってると思う」
まだ状況を完全に飲み込めていないのだろう、単に「覚悟しろ」という言葉と緊張感に反応していただけのようで、彼女の態度はゼノムとは違って大分軟化している。
「そうだな。昼間と晩に食わせてもらった辛子マヨネーズは旨かったよ。調味料については俺はあまり詳しくないし、自分で作ろうと思わなかったから俺は何もしていないけど、あれなら充分商売出来る味だと思うぞ。だが、そんな程度の話じゃない。ラルファ、よく考えろ。お前の知っているこの世界で役に立つ知識はあんなもんか?」
「……え? だって私は馬鹿だし、『初学』だし……」
「おいおい、どこの『学校』かは関係ないよ……。例えば農業はどうだ? いくらなんでも『高校』まで行ったのなら正確じゃないにしてもそれなりの知識はあるだろう? 実際にその知識があるかどうかが問題じゃない。他人から見て“ある”と思われることが問題だということは解るか?」
俺は真剣に問うた。初台学園高校や高校、学校に相当する言葉はこの世界にないから、そこだけが日本語だけど。
「よく考えろ。オースでは知られていない事を色々知っている筈だ。『辛子』はどうやって手に入れた? カラシナを見つけたんだろう? 俺はそんな事考えもしなかったからカラシナを探そうとすらしていないけどな。『辛子』程度ならいいさ。だが、場合によって危ないことは理解出来るか?」
「……あ……そう……か」
解ったかな? また俺は続ける。
「さっきの『飛行機』の話なんてその最たるものだ。解るか?」
「うん、解った」
「いいか、ゼノムもよく聞いてくれ。あんたたちは非常に危なかった。まずそれを理解してくれ。ここまでは良かった。運が良かった。誰にも目を付けられていないんだからな。いままで冒険者としてかなり仕事をして来たんだろう? あっちこっち出歩いても俺みたいな奴に会っていなかったのは運が良かったと思ってくれ」
さっき聞いた情報だとそうそう他の転生者に会えることなんかないだろうから、運がどうこういうレベルじゃない気もするけど、まぁいいや。
「ゼノム、あんたはある程度気が付いてるみたいだからわかると思うが、俺やラルファの持っている知識はオースよりかなり進んでいるものだ。はっきり言ってものすごく危険なものも多い。さっき、俺達は生まれ変わって来たと言ったよな。理由は聞いているか?」
「ああ、事故で大勢死んで、死んだ奴らが生まれ変わって来たと聞いている……」
「そうだ、それから?」
「……事故は大きな馬車みたいなもの同士がぶつかったんだってな。神様の争いに巻き込まれたとか……で、生まれ変わった奴は全員赤ん坊からやり直し。記憶を持ったまま。それぞれ異なる固有技能を持っていて、普通に生まれた奴よりも強くなり易い……んだっけな?
あまり言いたくはなかったが、確かにラルファは俺の知らない話や想像も出来ないような品物の話もするし、話し始めたのだってかなり早かった。歳の割には色々と、その……優秀だと思う。俺としては信じざるを得ん、という気持ちだった」
「……そうか」
「ラルファが言うには、昔生きていた国では魔物や魔法もないけど、沢山の人が幸せに暮らしていて、争いなんかとは無縁だったと言っていた。俄かには信じられなかったが、あまりにもラルファは色々なことを知っていた。
“見て来たように嘘を吐く”という言葉があるが、そんなもんじゃないことは直ぐに解った。同じ品物を訊くと正確に同じように答えが返ってくる。計算だって生まれつき出来た。そんな世界で育ったのだと言っていた。
そして、そんな世界で生まれ育った人間は基本的には争いをしない、嫌う筈だとも言っていた。皆ラルファのような人たちの筈だと……だから、俺もつい甘くなったんだ」
「すまない、責めている訳じゃない事は解ってくれ。確認したかっただけだ」
俺は本心からゼノムに詫びた。本当に彼を責める気持ちはこれっぽっちもない。むしろ妙な事だが、同郷人であるラルファを親でもないのに立派に育ててくれた事に、何故か感謝すらしていた。
「整理しようか。俺は、俺たちみたいにオースに生まれ変わった人間の事を転生者と呼んでいる。
で、転生者はオースではまだ知られていないいろいろな知識を持っている。あと、成長が早い。
これは早く大人になる、という意味じゃない。他の人よりも体力や腕力などの成長が早い、と言った方がいいかも知れない。要するに個人として強くなり易い。
あと、固有技能、という魔法みたいな力をそれぞれ持っている。ラルファの【空間把握】と俺の【魔法能力】だな。ここまでは一般的に言って優れていると言っても良いところだ」
「え? 【魔法習得】じゃ……?」
ラルファが突っ込んできた。あ、あぶねぇ。
「ああ、習得より、能力って言った方がゼノムに解り易いかと思ってな」
内心、冷や汗がだらだらと出る。とにかく平然とやり過ごさなきゃ。
「ん、それもそっか」
ほぅっ……良かった。
「で、だ。次は転生者のデメリットだ。まず、一つ目。記憶が残っている分、どうしてもオースの人々と感じ方が異なるところだ。オースには身分制度がある。貴族、平民、奴隷のように身分階級が分かれており、それぞれ許される事、許されない事が違う。転生者が元々生まれ育った場所でも昔は似たような感じだったが、そんなものはとっくに撤廃されて、全員が平民になってる。
多分このあたりはゼノムも聞いているだろうが、まぁおさらいだと思って聞いてくれ。だから、転生者は身分制度自体に不満を持つ傾向があるんじゃないかと思う」
二人はふんふんと聞いている。緊張感もだいぶ和らいだようだ。
「実はこれは危険なことだ。不満を述べたからと言って、いきなり処罰されることはないかも知れないが、その転生者が奴隷階級だとしたら、持ち主によっては非常に面白くない気持ちになるだろう。只でさえ普段から小利口な口をきいて、何やら役に立つような事まで言っていたら尚更だ。
そんな奴が『自分が奴隷なのはおかしい』とか言ってみろ。面白い訳がない。流石に問答無用で殺されるような事はないだろうが、場合によってはいろんな理由をつけて似た様な、更には殺された方がマシ、のような境遇に合わされる事すら考えられる」
少し驚かせ過ぎたかな? でも、これは言っておかなきゃならない事だし。
「次は、殺生についてだ。ラルファについてはさっきいろいろ聞いているから問題はないと思うが、転生者は自分で食料を一から調達した経験がない。これは転生の原因となった場所や時間帯から言ってまず間違っていないだろう。確かに転生者の国……日本という名の国でも狩人も居たし、農業もやられていた。
だが、そういった経験のあるものが転生者には居ないだろう。居てもせいぜい一人か二人程度で、それも日本の農家出身なだけだ。昔、若い頃に家業の手伝い程度に少しだけ経験がある程度だろう。
狩人の方は断言出来る。まずあり得ない。勿論、可能性としてゼロではないだろうが、無視してもいいくらいだと思う。ラルファ、これについてどう思う? 意見を聞かせてくれ」
「そうね……私もそう思う。狩人で暮らしていた人なんてそもそも居ないでしょ?」
「流石に全く居ないことはないだろうが、あの場所、あの時間から考えると居ないと言い切っていいだろう。だから、何かを殺したりした経験のある奴も居るとは考えにくい。勿論、小さな虫や犬猫くらいなら居てもおかしくはない。鶏くらいなら可能性としては考えてもいい。
でもその程度だ。豚以上の大型の動物を殺した奴はまず居ない。当然人間や人間みたいに立って歩き、手足のあるような生き物を殺した経験のある奴もだ。殺人を犯した経験のある奴が混じっていても不思議じゃあないが、あの街の人口から考えるとこれもまず無視してもいいと思う。
日本では大きな動物を殺すことは殆ど全て専門の人間によって特別な施設で行われている。そして殺人なども厳しく裁かれる。つまり、転生者は自分の肉体を使っての戦闘に対して慣れていないばかりか、何かを殺すことについては基本的に強い忌避感を持っている」
二人共黙って聞いている。
「だから、強くなれる素質を持っていたとしてもそれを活かしていないか、活かすこと自体を自ら戒めている事が考えられる。ああ、別にラルファの事を変わっているなんて言うつもりはない。むしろ、すごいとさえ思うよ。多分、今ここに全部の転生者がいたとして、直接全員で戦ったらかなり上位に位置するんじゃないかな?
それだけ自分を鍛えていたということで誇ったらいいと思う。日本でも体を使っての戦いの技術はそれなりに伝えられているから、相手にダメージを与えることが出来る奴は多いと思うけど、命を取るまで行ける奴は、どうかなぁ? 半分も居ないと思うし、弱って命乞いするような相手に対して更に攻撃を加えるような奴なんかそうそうは居ないと思う。こう言っちゃなんだが、それだけ長い間冒険者をやっていたんだ、人を相手にしたこともあるだろう?」
二人の雰囲気がスッと変わった。
「勿論ある。殺したこともある」
ラルファが言った。
「ああ、そうだろう。俺も人を殺したことがある。だけど、しょうがないって割り切れるだろ? それとも、後悔しているか?」
「そうね。後悔はしてない。しょうがなかった」
「うん。だけど、初めての時はどうだった? 俺はやった後に少しだけ悲しくなった。理屈では解っているんだけど、心では納得していないと言うか……もう戻れない、と言うか、そんな変な気持ちになった。もう割り切ったから大丈夫だけどね」
「私もそう。近いと思う。私は初めてゴブリンを殺したとき、そう思った。人にしか見えないし」
ああ、そうだ。俺もゴブリンなんかは最初は人だと思ってた。
野蛮人だとか原始人のような人だと思ってたんだ。
別にゴブリンが人じゃない、おっと、人だとは思われていないと知った後でもその気持ちは全く変わることはなかった。俺はゴブリンも人だと知っている。だって鑑定だと【小鬼人族】って出るしな。多分ステータスオープンでもそう出るだろう。エルフやドワーフ、普人族なんかと一緒だ。
だから、初めて見る魔物から守ってくれた兄貴を無条件で格好良く思えた。
罪を犯してまで身を呈して俺を、姉貴を守ってくれたんだと。
多分、あの時のファーンの後ろ姿が、俺のオースでの人生の原点なのだ。
そんなファーンに憧れていたからこそ、俺もミュンを守るために間者の男を殺せたのだ。
ちょっと意識が逸れた。
「うん。そうだ。だから転生者は大きく二通りに分けられると思う。
一つはそれまでの転生前の人生の価値観をある程度残したままの人。多分争い事などからは遠ざかるように暮らしているんだろう。こっちは基本的には大きな問題になることはないと思ってもいいかも知れない。
もう一つは俺やラルファのように割り切れている人。俺たちのように冒険者をやっているならいい。それなりに強くなっていることもあるだろう。だが、転生したあとの立場によっては冒険者は出来ないだろうし、そういう人がどうやって戦闘の機会を見つけているのかまでは判らん。
立場によっては領主に近いような位の高い貴族に生まれついているかも知れん。問題はこういう奴らだ。多分生まれて間もなく、自分の知識なんかがオースの人たちを大きく上回ることは理解している筈だ。
そして、自分自身が直接戦う必要もないから、場合によってはまずいことになる可能性もある。何しろ生まれながらに部下を沢山持ち、権力まであるんだ。更には転生者が有用であることも知っている。家督を継いでやりたいように出来るようなったら、まず最初にやられるのは……」
二人の瞳が急速に大きくなった。
「転生者狩り、か」
ゼノムが息を吐き出すと共に言った。
「ああ、そうだ。例えばロンベルトの国王の息子か娘にでも生まれた事を考えてみろ。
最初は言葉も解らないし、状況も理解出来ないだろうからじっとしているだろう。
だが、元々赤ん坊でもない限りはある程度の年齢だったはずだ。それに加えて柔らかい子供の脳を持っているから言葉なんかすぐに覚えられる。ここまではラルファも納得できるだろ?
そして、どうやら自分は非常に高貴な家に生まれたと知ってみろ。同時に自分の知識はオースよりも大分進んでいることも理解するんだ。だんだんオースのことも解ってくる。毎年のように戦争をしているし、魔物もいる。魔法だってある。身分制度が維持されて自分はその頂点に近いから多大な権力を握っている。そういったことが少しづつ解ってくる。
で、ある時、俺達のように神様に逢うんだ。他にも転生者がいて、それぞれ固有技能を持っていると教えられる。ラルファ。ここまででもしお前がロンベルトの王女ならどうする?」
ラルファはさっきのゼノムの言葉にショックを受けていたようだが、口を開いた。
「私なら……うん、まず王国の改革とかするかも。沢山の人を使って街を作り直したり、場合によっては奴隷を禁止したり……」
「本当にそうか?」
俺はラルファの目をじっと見つめながら言った。
「え? うん。多分そういうことをする。戦争をしないでも暮らせるような国にしようと思う。その為に役立てるようにするんじゃないかな?」
「……まぁいい。その後は?」
「え? その後? だっていろいろやることは多いから……ずっとやるんじゃないかな?」
前世では高校生らしいからな。その後は幼少時から冒険者をしていたとのことだし、こんなこと考えなかったんだろう。
「よし、少し脱線するけどいいや。幾ら何でも赤ん坊のうちから言っても取り合って貰えそうもないことは解るな? だから、五歳とか六歳以上の年齢は最低でも必要だろう。その位になれば付き人もいるかも知れん。ラルファはその位の年齢になるまで計画を練っていた。
で、ある日、区画整理だとか水道だとか言う訳だ。上手く言いくるめたとしよう。
何しろ相手は王女様だ。あまりにも無茶なことでなければやってくれることもあるだろうよ。
どうせ最初は小さな事から要求するだろうしな。それは上手く行った。次もそこそこ上手く行った。国王を始め皆の評価も高い。何度かやってからもうそろそろ良いだろうと考えて奴隷を禁止しようと言い出す。周りはどう思う?」
「賛成してくれるんじゃない? 今までの実績もあるんだし」
「どうかな? 奴隷は財産だ。それを無償で解放しろなんて要求に貴族たちは応じるか? まぁ、最初は王族だけからスタートでもいい。王族だって沢山奴隷を所有しているだろうからな。王族の奴隷を解放したとしよう。下働きや軍隊にいる戦闘奴隷なんかも沢山いるだろう。それをいきなり自由民にした。給料やるかわりに税金を払えと言うんだ。今までは衣食住だけ面倒を見ていれば良かった。どうなる?」
ラルファの目が大きくなった。
「あ、お金が掛かる、ようになると思う」
「そうだ、その金は自然に生み出されてくるのか? そんな筈ないよな? そうすると多少不便でも雇う人数を減らすこともあるだろう。じゃあ、あぶれた元奴隷はどうなる? 工事人夫として使うか? 溢れたのが女だったりしたら? 年取っていたりしたら? 誰も雇わないかもな。そうなると元奴隷たちは暮らしていけないから自分を奴隷として売ることすら考えるだろうよ」
「……うん」
ラルファは俯いた。
「な、ちょっと考えればすぐに解る。身分制度なんて簡単にはどうしようもない。今のは極端すぎるけどね。でも大きな流れとしての考え方はそう間違ってないはずだ。
で、次。そうやって改革を続けてロンベルト王国は豊かになりました。ダート平原なんかデーバスにくれてやっても困らない程度になりました。戦争の必要はなくなったのです。めでたしめでたし。になるか? デーバス王国はダート平原だけで満足するかな?」
「しない、と思う」
「ああ、そうだろう。ダート平原に村を作ったらそこを根拠地にして更に豊かになったロンベルトに攻め込むなりしてちょっかいかけてくるだろう。デーバスだって豊かになりたいんだ」
ラルファは顔を上げて言う。
「解った。多分幾らかは改革もするでしょうけど、攻められないように守りも必要。軍隊も大きくしなくちゃいけない。又は少ない人数でも守れるように何か武器を考えるかも」
「まぁそんなところだろうな。でもそれをお前一人で全部やれるか?」
「無理ね。信頼出来る人が必要……転生者を集めるかも知れない。知識はあることは判ってるし、固有技能だって何か役に立つものがあるかも知れない。うん、アルの言いたいことが解った。多分そうなったら最初はいい条件で雇うとか言うでしょうけど、すぐになりふり構わずに集めるかも知れない。そして無理矢理にでも働かせようとするかも知れない」
まぁ正解と言ってもいいだろう。途中かなりすっ飛ばしているけど大体の流れについて納得して貰えればいい。こういう結論になるように導いたんだし。
「そういう事だ。俺の心配していたことが解って貰えたか?」
こっくりと二人が頷いた。
「よし、じゃあ話を戻そう。心配事については解決したから次の話だ。二人は一年でどのくらい稼いでいる?」
「は? え? なんで?」
ラルファが言った。ゼノムも不思議そうだ。
「いいから、二人は平均的な冒険者じゃないかも知れないけど、興味があるんだ。教えてくれないか?」
「ん……大体二人合わせて四〇〇万Zというところだろうな。ここから一割税を払ってるからもう少し少ないが」
ゼノムが答えてくれた。想像していたよりも結構多いな。
俺はにこにこしながら言う。
「そうか、分かった。じゃあ、毎月二人には四〇万Z払う。一年だと四八〇万Zだ。さっきラルファが言ったように俺も最初はいい条件を出すとしよう。臨時収入があれば働きに応じてボーナスも出すよ。ああ、最初はバルドゥックの迷宮に行ってやろう」
二人が顔を見合わせた。




