第十一話 濡れ衣
7442年4月28日
一番店の外に近い奴に剣を向けながら、俺は言う。
「お前だけ喋ってもいいぞ、質問に答えろ。この店に何しに来た? 正直に言ったらお前だけは考えておいてやる。だが、嘘は言うな。俺が嘘だと思ったらすぐに殺す。喋れ」
剣を向けた奴は俺より2歳年上の16歳のノームの男だ。そう言えば今回ビンスイルの店にいる奴らは全員男だな。ひぃふぅみぃ……ぶっ殺したベグルBを入れて14人。今は13人と一人分の死体が店にいる。ベグルの手下共は20人近いと聞いていたから当然女もいてもおかしくはないが男女比は勝手に9:1くらいだと思ってた。もう少し女の比率が高いようだな。
「こ、殺さないでくれ。喋るから!」
男がそう言うと、店の奥から声がした。
「おい、ジョーンズ! お前……ぶげっ」
店の奥から声を掛けて来たのはべグルAだ。すかさず『エアカッター』で鼻を押さえている腕を浅く切り裂いてやった。俺はベグルAを睨みつけると、
「お前、喋るなと言ってから2回目だな。次に喋ったら殺す。良かったな、今俺は忙しいんだ」
と言って、またノームの男に向き直った。そして、にこやかな顔で
「悪かったな、邪魔が入った。もう邪魔はさせないから安心して喋ってくれ」
と言った。ノームの男は震えそうになる声を抑えながら喋り始めた。
「俺は、俺はベグルの兄貴に言われた通りやっただけなんだ! 本当だ! 信じてくれ!」
「ああ、信じるさ。お前はべグルの兄貴に言われた通りのことをやっただけなんだろう? その言われた内容と目的を言ってくれ」
俺はにこやかな表情を続けながら言った。
「ここ二ヶ月くらい前から金を稼がなきゃならんってことで、この店に目星をつけてた。出入りする客や店の様子を観察させられてたんだ。そろそろいいだろうってことで今日やるって決まった。この店の娘を攫って奴隷にして売ろうって話だった。方法は、その……」
「方法は? いいさ、気にするな、話せよ」
「娘に嫌がらせして抵抗したら上手く誰かが怪我をする。それを元に強請るんだ。「お上に訴えられたくなかったら金を出せ」って」
へぇ、クローの言う通りなんだな。クローの言葉の裏付けが取れた。
「金を出せってか。幾らくらい?」
「い、一千万Zだ」
そりゃ無茶苦茶だ。全く払えないことはない金額だろうが、女の力で抵抗された怪我くらいでその金額は常軌を逸している。で、借金の証文の出番かな?
「ふーん。一千万Zね。お前、その金額をどう思う?」
「え? あ、いや……高い、と、思う……」
「だよな。まぁいいや。で、一千万Zなんてそんな理由で払えると思うか?」
「そりゃ思わないよ……」
「うんうん、払えないと思うのに要求してどうするんだ?」
あくまでにこやかな表情のまま聞く。
「ああ、この店だと払えないだろうから借金にするつもりだった……。兄貴が言うには支払い期限を明日の朝までにした借金の証文にサインさせるって……。それでどうせ払えないだろうから娘を奴隷にして売ることくらいが落としどころだろうって……」
うーん、要領を得ないな。こんな愚連隊のようにバカ同士で連んでいるくらいだからバカなのだろう。人選を誤ったかなぁ。まぁいいか。内容はだいたいわかったし。俺は相変わらずにこやかな表情のまま言う。
「じゃあ、払えないからお上に訴えてもいい、と言われたらどうするんだ?」
「あ、ああ。店が根負けするまで何日でも来るつもりだった。俺達がずっと入ってたら店にはほかの客は来なくなるだろうし……そのうち根負けすると兄貴は言ってた」
うわ、えげつな。痴漢は証拠も残らないしな。そもそも犯罪かどうかすら怪しいし。
「そうか、ところで、兄貴がこの店にそういう事をやろうって言ったとき、誰も反対はしなかったのか?」
「ざ、ザックの兄貴だけは最初に反対してた」
「ほう、ザックってのはどいつだ?」
まさかな。
「あ、あんたが最初に殺した人だ。そこで死んでる」
ノームの男はベグルBを指さした。へぇ。まぁ道義的に反対したのではないだろうな。リスクとリターンを考えてのことかも知れない。仮に道義的な観点から反対したのだとしてもどうでもいいけど。もう死んでるし、すこしだけ善人だったとしても俺は殺しただろうしな。
「ああ、こいつか。で、こいつが反対したとき、誰も同調しなかったのか? お前は? 本当のことを話せよ」
「え、あ、ああ。しなかった。前にも似たようなことをしたことがあったし……べグルの兄貴が大丈夫だって言うし……」
「そうか、わかった。じゃあ次の質問だ。店の娘にはどんな嫌がらせをしたんだ? 嘘は言うなよ。俺の後ろには一部始終を見てた奴もいるんだからな?」
そろそろ野次馬も10人近くが集まってきた。
「あ、その……ケツ触ったり、抱きついたり、後ろから乳揉んだり……」
そんなとこじゃないかと思ってたよ。
「そうか、誰がやったんだ?」
「え? いや……全員……」
まぁそうだろうね。
「全員か。なぁ、お前、どう思う? 真っ当に商売している店の娘によってたかってそんな嫌がらせをするのはさ。いい気持ちだったか?」
更に相好を崩しなら言ってやった。
「……」
「まぁいいや。よし、よく喋ってくれたな。もういいぞ、しばらく黙っとけ。じゃあ、次、喋りたくなった奴、手を挙げろ」
一斉に手が挙がった。べグルA以外の全員だ。忠誠心低っ。俺は振り返ってクローに聞いてみる。
「どいつがいいかな?」
クローはいきなり聞かれて面食らったようで、ちょっとどもりながら言った。
「あ、え、じゃ、じゃあ……アンガード」
アンガードと呼ばれたのは25歳のいい体格をした金髪の普人族だった。店の中程に居て、椅子に座ったまま振り返ろうと中途半端なまま固まっている奴だ。
「あんたがアンガードか。じゃあ、折角のご指名だ。何を聞かせてくれるんだ? 嘘は言うなよ」
アンガードは俺に質問をされると思っていたのだろう、多少慌てたようだったが、口を開いた。
「あ、お、俺も本当は嫌だったんだ。こんなことはしたくなかったんだよ! 信じてくれ」
あーあ。
「嘘だろ。俺は俺に嘘をつくやつは嫌いなんだよな……残念だ」
そう言ってゆっくりと左手をアンガードに向けて持ち上げていく。単なる脅しだけどな。全員がゴクリと唾を飲み込んだ。
「あ、や、やめてくれ! 本当のことを言うから! 本当のことしか言わないから!」
「そうか、奥の奴は俺の言うことを聞かなかったからいらん怪我をしてる。気をつけてくれよ」
また俺は人好きのする笑顔に戻った。アンガードは何度も頷きながら言い始めた。
「最初は奴隷にして売り払うだけだと思ってた。たまにやるんだ。実際、この店の娘はいい女だし。あんたもそうだが、黒髪に黒目ってのは珍しいから高く売れると思ってた。昔はちょっと変わった只のガキだと思ってたが、ここ何年かで急に女らしくなってたから狙ってる奴は多かったんだ。わかるだろ? そりゃ褒められたことじゃないことは解ってるが、売る前にちょいと愉しむくらいいいじゃねぇかと思ったんだ。この店にはまだ小さいらしいが息子もいるらしいから女を攫ってもそう抵抗されないと兄貴が言ってたし……」
へー、マリーに弟がいたのか。知らなかったよ。で、そいつは今どこにいるんだ?
俺はマリーの両親に子供を連れてきたほうが良いか聞いてみる。父親が裏口から連れて来ると言って店の裏に回るのを見ながら言った。
「そうか。わかった。もういいぞ。次、じゃあお前な」
アンガードの隣の奴を剣で指した。22歳のドワーフだ。
「お、おりゃ、べグルの兄貴に誘われたし、金も入るから……。確かにあの娘は顔も整ってるし、少々薄いが目鼻立ちもいい女だ。切れ長の目や小さな鼻もいいけど……俺はドワーフだし、あまり好みじゃないけど、その、金になればいいと思って……今は悪いことしたと思ってるんだ、本当だ」
誰がマリーを褒めろと言ったよ。そんなの別にどうでもいいわ。
「あ、そ。もういいぞ。んじゃ、おい、そこの紫の髪のエルフ、お前は? なんか喋りたいことあるか?」
23歳のエルフでなかなか男前ではあるが、線の細い感じの男前だ。日本でなら大人気のアイドルでもやっていけるだろう。あのご面相は同性ながら羨ましいな。モテるだろうなぁ。そう言えば俺の知っているエルフは皆美形が多い。なんでだろう?
「あ、ああ。勿論だ。俺も最初は金貰えるし、兄貴が言うからあまり深く考えないでやったんだ。今は反省してるよ。あの娘だが、俺は唇が気に入ってた。薄いピンクで艶がある感じがたまんなかった」
こいつもかよ。確かにマリーもクローもそこそこ良い顔立ちだとは思うよ。ハーフっぽいし。地球でもアジア人は西欧人から見るとエキゾチックな魅力を感じる奴も多いらしいからわからんでもないけど、そこまで言うほどかね?
綺麗な鏡を見たことなんか無いから正確には解らないけど、俺の顔もハーフっぽくなっているなぁ、とは思っている。新しい体に生まれ変わっているから前世、おっさんの頃にこめかみに出来たシミも綺麗に無くなってるし、顎の黒子も消えてるしね。まぁ、黒子自体は体のあちこちにあるけどさ。場所は違う。
個人的な好みの問題はさて置いて、俺の美的感覚で言うと美しさという点ではマリーやクローもエルフにはとても敵わないと思うし、エルフ以外の一般的な普人族や亜人にだってそれなりに美人はいる。勿論美人の対極だっているけど。
以前、クローやマリーと話したことがあるけど、別段すごく綺麗でもなければ美形でもないとお互いに納得してた。確かに純血の日本人よりは多少彫りが深く、西欧風の顔立ちが混じったハーフっぽい顔で、このまま日本に行ったらそこそこな感じらしいとはお互いに言い合ったが、親しみやすさは別にして、決して美しいわけではない、との結論に達したんだ。少なくとも俺達はお互いを見て「日本人だ」と思うくらいには見分けがついた。
「ああ、もういい。わかった。じゃあ次、お前な」
俺は手前の方にいた狼人族の男を剣で指して言った。
「あ、お、おらだか。おらぁもあの娘はええ思うとった。髪がいつも濡れてる感じで綺麗だっただしよ」
お前もかよ……。
「んだば、体つきはまんだ子供だし、正直女とは見えなかったんだぁ」
「もういい。誰か俺が聞きたい話ができる奴はいないのか? ここで喋ったほうがいいと思うぞ。娘のことは今はいい。お前はどうだ?」
また剣で指してやる。今度は抜け目なさそうな顔つきをした兎人族の27歳の男だ。
「お、俺か。そうだな、まず、この氷を何とかしてくれないか? 足が冷たくてもう感覚が消えそうなんだ」
「ん? そうか。何とかしてやろう、ちょっと待て」
ああ、氷のこと忘れてた。俺は氷に手を当てると温度を下げた。多分今はマイナス20℃くらいにはなっちゃってるからな。一分程頑張って多分6℃くらい下げてやった。
「よし、これでいい。さぁ話せ」
「え? 出してくれるんじゃ「んな訳ないだろうが」
男はショボンとしたが仕方ないと諦めたのだろう、口を開いた。
「去年、べグルの兄貴の声がかりでここにいる全員といない奴……女が4人の全員でゲールフの隊商を襲った。結構な儲けになったはずだが、俺達には金貨1枚分の分け前しか貰えなかった。税金払って終わりだ。あれは小さな隊商だったが、全部で5千万Z近い品物が積まれてた筈だ。半分以上べグルとザックの兄貴で分けてるはずだ」
おお、そういうの聞きたかった。
「へぇ、そうか、じゃあお前、兄貴分に恨みを持ってたってことか?」
マリーの親父さんが5歳くらいの男の子を連れて戻ってきた。ヨシフ・ビンスイルってのか。弟は眠そうだ。
おれはまたにこやかに聞いてみた。
「あ? ああ、正直面白くなかったよ。襲撃は全部俺達がやったのによ……自分は後ろから指図するだけで半分以上のアガリを持って行っちまったんだ」
ほうほう、それはまた。
「へぇ、じゃあ、お前、兄貴に恩は無いんだな? その話、また言えるな? ちゃんと喋ったらお前のことも考えてやるが、どうだ?」
こんなことを言っているうちに時間が経っていく。抜かりなく定期的に氷の温度は下げている。勿論普通に氷を維持しながら喋ったりも出来るけど、面倒だしね。ああ、維持している分には手は光らないから魔法を使っていることはバレないけど、両方に集中するのって別に楽じゃないんだ。出来るけど、やらないだけ。ついでに言っておくけど、俺が普通に魔法を使うのだって楽じゃないぞ。ごく短時間ではあるけど、当然それなりに集中しなきゃならないんだからな。可能なら面倒だから使いたくない。
まぁ、このように余罪を洗いざらいぶちまけさせて数十分も経ったろうか? マリーに連れられた騎士団がおっとり刀で駆けつけてきた。俺は自分の身分を明かし、ステータスオープンで確認してもらうと今聴いたこいつらの罪状を全てぶちまけた。証拠はないが証言はある。あと、どれが法に触れるか触れないかまでは分からないが、全部言った。ついでに、特別な情報を得て、行きつけであったこの店を覗き込もうとしたらベグルBがいきなり俺に何か魔法を使おうとしたので身を守るため反射的に攻撃魔法で殺してしまった。但し、店の様子が変だったので、全員氷漬けで拘束したと言い、心配げに自分は何か罪に問われるのかと聞いて締めた。
騎士団の隊長は俺の話を聞くと、
「グリード様、ご安心召されよ。街中で貴族たる貴方に手を上げようとした時点でそこの氷漬けになっている男は死罪です。ましてや、特に理由もなくいきなりでしたのでしょう? とっさの反撃、流石はグリード卿の弟御ですなぁ。確かお姉様でしたか……おっと失礼、姉君であるグリード卿も第一騎士団で騎士の叙任を受けられたとか……。いやいや、我らウェブドス騎士団もバークッドに足を向けて寝られません。また、今お聞きした証言についてはこの場の者にすぐに確認します」
「そうですか。それは良かった。キールの治安維持のお仕事、誠にご苦労様です。さて、それでは一人一人の氷を分割します」
「それはそうと、特別な情報とは?」
「その件はあとで必ず話します。まずは取り調べからでしょう」
そう言うと俺はべグル一味のそれぞれの足元だけ残して氷を全て消した。仕方ないので椅子に座った奴の椅子はそのままだ。それから俺は隊長のそばに行って話した。
「これで運び出せます。また、証言については彼と彼、あとこの三人、それからあそこの二人、あとはあいつが証言してくれるはずです。また、この場の皆さんからも第三者として証言が得られると思いますし、ここにいる今回の件の被害者であるビンスイル御夫妻やバラディークさんからすぐに証言を取られた方が宜しいかと存じます」
「確かに、そうですな。おい、第三小隊はすぐに周りの者から証言を取れ。第一小隊は店の中から容疑者共を運び出せ。第二小隊は周辺の警護だ。かかれっ」
隊長の言葉に1小隊6人、合計18人の騎士達がさっと散って各々の仕事にかかった。10分もするとべグル一味が足を氷漬けにされたまま全員通りに並べられ、野次馬やビンスイル夫妻からの証言も取れたようだ。証言と言っても俺がぶちまけた罪状について齟齬がないかの確認だけだった。
その後、並べられたべグル一味の中から俺が先ほど話を聴いた奴に確認が取られた。不安そうにしていたが俺が頷きかけてやると全て肯定しやがった。証言の確認が取れたもの、そうでないものも全て猿轡を噛まされ、両手も後ろ手に縛られた。そのうち、身体検査をしていた騎士の一人がべグルの懐から魔石が二つと紙を取り出して何やら隊長に報告している。
なんだろ? クローにそっと聞いてみると「そんなことも知らなかったのか」というような態度で教えてくれた。借用書などの重要な書類などでは偽造防止のため、魔石を粉にしたものに署名者の血液を混ぜてそれで互いに拇印を押すらしい。これで公式な文書になるそうだ。いや、田舎者だから知らなかったよ。でも、貴族の端くれのくせに公文書の作り方も知らないのは確かに恥ずかしかった。
この紙と二つの魔石を用意してあることも証拠になるそうだ。因みに魔石は余程強い力がかからない限り破壊出来ない。その場合も割れるだけで粉にはならない。粉にするには同じ価値の魔石同士を二つ合わせてこすり合う必要がある。普通は近い価値のものを集めて多少価値(=重量)の多いものを適当な魔道具で少しづつ魔力を放出させてぴったり同じ価値にして使うそうだ。従って、べグルの懐から出てきたこの二つ魔石の価値が同価値であれば充分に計画的犯罪の証拠になるとのことだ。あ、完全に同価値かはこすり合わせて簡単に粉になるかですぐに判別が出来るらしい。
特別用もないのに全く同価値の魔石を持ち歩くなんてまずありえないからこれは大きな証拠として扱われるらしい。果たして、魔石は簡単に粉になった。べグルAは「別の店で取引の証文を作るために持ち歩いてた」と証言したが、その別の店と言うのは『ロベリック』だと抜かしやがった。ふっ、バカが。丁度いい。俺は隊長に耳打ちした。
「ああ、先ほどの特別な情報の件ですが『ロベリック』の経営者、と言うのが正しいのかは解りませんがあそこの主人はデーバス王国の間者です。このコインと何か赤い布を出して「ロンベルトからだ」という合言葉で尻尾を出しますから、捕まえたほうがいいでしょうね。これはドーリットのヘンデルと言う男を内偵して得た情報です。私はドーリットから今日キールに戻ってすぐに確認しています。報告が遅れたのはその時得た情報の確認のため、この店に寄ったらこのような騒ぎになった次第でして……で、得られたのはベグルという男はデーバスの間者だということです」
ヘンデル、お前を売っちゃった。まぁ悪く思うなよ。別に思ってもいいけどさ。お前も恩人である俺の役に立てて嬉しいだろ? 俺の為に死んどけ。何しろ間者は問答無用で死刑らしいからな。
「そ、それは誠ですか! おい、シュラフ! 来い!」
隊長は一人の小隊長を呼ぶと耳打ちした。最後に、
「すぐに小隊全員で確認に行け。いいか、最初はデーバスの間者の振りをして尻尾を出させろ。尻尾を出したらすぐにひっ捕らえて連れて来い!」
と言って非常に厳しい顔つきになった。隊長は続けて全員に言った。
「新たな証人を呼ぶ。沙汰はそれまで待つ」
なんと、予想はしていたが、警察権だけでなく司法権もありやがる。流石封建社会。あ、いや、間者は通常の司法権を飛び越えて軍法の管轄かな? そんなのあるかどうかよく知らんけど。時間が空いて暇なのでつい我慢しきれなくなって鼻くそをほじりたくなったが鼻をこするだけで我慢してやめておいた。
がやがやと野次馬が話している。
クローはマリーに彼女がいなかった間の内容を話し、マリーとその両親は騎士団が到着したことや店に大きな被害がないことに安心しているようだ。
べグル一味を監視している騎士達はもじもじと動き始めた連中を小突いている。
いい加減氷も大分温度が上がっているだろう。少しなら動けるみたいだが、まだ当分は足を抜いたりは出来ないだろう。
20分もすると『ロベリック』に行っていた騎士達が帰ってきた。騎士達に小突かれながら『ロベリック』の親父が連れてこられた。親父は猿轡をされ、手は後ろ手に縛られていた。
「確かに『ロベリック』の主人は間者でした。尻尾を出したので合図をしてなだれ込み捕縛しました!」
「む、そうか。良くやった。して、こいつはデーバスの名を出したか?」
「はい、確かにデーバスの名を言っていました。それから調査段階でべグルの事もカマをかけて聞いております。確かにべグルは間者です! また、その一党も度々べグルの仕事を手伝っていたそうです!」
「よし、確認する。そいつの猿轡を外せ」
隊長が言うと騎士の一人が『ロベリック』の親父の猿轡を外した。すると親父は哀れそうな声で言った。
「わ、わたしは、わたしはべグルに言われた通り連絡役をやっていたに過ぎません!! 間者だなんて、そんな……あ、あんた! さっき会ったよな。コインも渡してべグルの居場所を教えてやったろう? そうだ! 騎士様! こいつが間者ですよ!」
親父は俺を睨みつけながら言った。隊長は、
「ふむ、良い事を教えてやる。こちらのグリード様はつい先日バークッドからキールに出て来られたばかりで今は冒険者をしておられる。その仕事の合間にヘンデルという男から貴様の情報を知ったのだ。それで内偵を進めておられ、こうして間者の証拠をお教えいただいたのだ」
「なっ、ヘンデル……サグアル……そうか。畜生、あんたがサグアルの間者を始末してたのか!」
おお、ナイス勘違い! サグアルの間者であったミュンは2年くらい前に死んだと報告されているはずだから、始末されたと踏んだのかも知れないな。こいつは死因を知らなかったのだろう。とするとこいつの勘違いじゃないけどさ。大方ヘンデルは「死んだ」としか報告してなかったんじゃないか? あいつ、間抜けだし。俺は、
「ふふん、間者を始末するのも領地を預かる貴族である我が一族の務め!」
と言って誤魔化した。
「糞っ! 間者の振りをして俺を騙したんだな!」
とか親父が言っているが、もう相手にしないぞ。俺は隊長に言う。
「証拠は出揃ったようです。お裁きは如何となるでしょう?」
「うむ、もう良いから猿轡を噛ませろ!」
隊長がそう指示すると親父の後ろに居た騎士がすかさず猿轡をはめた。
「おい、べグルを連れてこい」
隊長はそう言うと、剣を抜いた。
騎士に両脇を抱えられ、後ろから別の騎士に剣をあてられながら椅子に座ったままのべグルが前に引き出されて来た。隊長は蒼白になったべグルを睨みつけると、
「ウェブドス騎士団、第一中隊長、ゴーフル士爵の名において断ずる。間諜の容疑で死罪を申し渡す」
と言うが早いか言い訳も聞かずに剣で首を刎ねてしまった。えええっ!? 今のが裁判かよ。野次馬たちからは歓声が上がっている。マリーとその母親からは小さく「きゃっ」という声が聞こえてきた。そして『ロベリック』の親父も同様に首を刎ねられた。と言っても二人共首が飛んだわけじゃないぞ。喉を切り裂かれたんだ。鋳造の剣で首の骨ごと断てるわけないだろ?
しかし、『ロベリック』の親父はいいが、ベグルAは間者ではない。完全な濡れ衣に近い。近いがベグルBの間者の仕事も多少は手伝わされていたはずだから……まぁ処刑される運命は一緒じゃないかな? 間者は置いておいても相当いろいろ悪いことやってたらしいからさ。
「主要な間者は処分された! 後の裁きは明日の昼に行政府前で行われる! 解散しろ!」
隊長はそう怒鳴ると「全員引っ捕えて牢に入れろ!」と言っている。仕方ないな。
「あの、ゴーフル卿、先ほど私が尋問する際にですね。証言の代わりに約束したんですよ。考えておいてやるって」
と言ってやると、不安そうな顔をしていた証言者たちの顔に安堵の表情が浮かんだ。
「む、それは……」
「ああ、それでですね、よくよく考えたんですが、あまりに凶悪だと思ったので、ここは騎士団にお裁きをお願いしたほうが宜しいかと思いました」
クローが後ろで「ひでぇ」とか小さな声で言った。ちゃんと聞こえてるぞ、この野郎。
べグル一味に絶望の色が浮かんでいる。しょうがねぇだろ。助けてやるとか罪を軽くしてやるとか一言も言ってないぞ。だいたい俺にそんな権限あるわけねぇだろうが。約束通り考えたけど、騎士団にお任せするのが一番だと思っただけだよ。
騎士団が引き上げると野次馬たちも三々五々散っていった。隊長は椅子の代金だと言って銀貨を何枚かマリーの親父に渡していた。俺は夥しい量で地面を汚している処刑されたべグル達の血を水魔法を使ってさっと洗い流すと銅貨を2枚マリーに渡し、ビールを頼んだ。
店の中は誰も居らず、いくつか椅子も無くなっているのでがらんとした様子だ。ビールを頼んだことが皮切りになったのだろう。全員店に入ると空いたテーブルに残った椅子を集めて座る。マリーが俺のビールを持って来たので礼を言ってから一息で飲んだ。喉渇いてたんだ。
マリーとその家族、クローが口々に俺に礼を言い始めた。いいんだよ礼なんて。ある意味で偶然だったんだから。
話を聞いてみるとクローもマリーを庇って頑張っていたらしい。
マリーは「後ろから見てたけどクローの足が震えてたから怖いのは私だけじゃないんだって思って少しだけ安心したの。でもやっぱり怖かった」とか言っている。親父さんもお袋さんもびびっているだけで特に何も出来なかったけど、クローが自分自身怖くても庇ってくれたことが嬉しいらしい。
クローは食べ物を運ぼうとするとマリーが触られるので自分が運んだりとかまでしたとのことだ。足を掛けられて転ばされたり、唾を吐きかけられたりいろいろひどい目に遭っていたらしい。
話は進み、俺の魔法の腕やべグルの小鼻だけを切り裂いた剣の腕についても持て囃された。鍛え方が違うよ。親父や兄貴、義姉に散々しごかれたんだ。クローなど「アルの働きは価千金だ。なんたって間者ってのまで暴いたんだろ?」とか言っておだててくる。親父さんも同調して「本当に助かりました。さっき奴らの話している内容を耳にしましたが一千万Zも要求されたらとても払えませんでした。あなたは家族の恩人です」とか言ってくる。お袋さんも「一千万Zの働きよねぇ。本当にありがとうございます」と言って頭を下げる。マリーはマリーで「もうダメかと思って覚悟もしてたの、本当にありがとう。あなたにはどんなお礼をしつくしても足りないわ」だそうだ。
わはは、もっと言ってこいや。
「本当に助かりました。私達に出来ることならどんなお礼でもしたいと思っています」「いや、マジで助かった。俺もべグルには敵わないまでも最後には戦うしかないと思ってたくらいだ」「アル、私、奴隷にならなくて本当に良かった、あなたのおかげよ」
そうこうしているうちに大分酒も回ってきた。俺が酒を頼む度に親父さんなどは奢らせてくれと言って来たがちゃんと全て金を払っていた。そう、俺はまだきちんと礼を受け取っていないのだ。っつーか、奢りくらいで礼を有耶無耶にされたらたまらんわ。
さて、そろそろいいかな。
「お礼についてのお気持ちは理解しました。では、この際なので遠慮なく申し上げさせていただきます。私は先ほど隊長さんから紹介された通り、冒険者です。キールで少し仕事をしたらロンベルティアにあるという迷宮に挑戦しようと思っています。ですが、駆け出しですし、今のところ一人も仲間がおりません。もし、どうしても礼をしたいとのお気持ちでしたら、マリーを下さい。ああ、勿論冒険者の仲間としてです。変な勘違いはしないで下さい。クローもな。お前はマリーの家族じゃないからお前は別口だ。俺と一緒に冒険者をやれ。二人共きちんと分け前はやるから」
親父さんは口をぽかんと開け、
お袋さんはぽかんと開けた口を手で隠しつつも、目を大きく見開き、
マリーは顔色が白くなり、
クローは信じられない、という顔つきで俺を見つめ、
ヨシフは店の端に並べた椅子の上ですやすやと寝息を立てていた。
「先ほど、本日の私の行動を『一千万Zの働き』とご評価していただきましたよね。別に私は金に困ってはおりませんので金は一切結構です。急な話で整理もついておられないでしょう。今晩一晩お考え下さって結構ですよ。では、明日の正午、私は行政府の前で行われるという奴等の処分を見物に行きますからお返事はその折にでも」
と言って、呆然とする四人を残してさっさと席を立った。
・・・・・・・・・
ビンス亭への道すがら、良い感じに転んだな、と思ってほくそ笑んでいた。もともとこんなことは考えていなかったが、あんまり熱心にお礼をさせてくれと言うから思いついただけだ。多少あくどいとは思わないでもないが、転生者を仲間に引き入れたいのは本音だ。
まぁマリーに戦闘経験は全くないからすぐに彼女を戦力として考えることは難しいだろう。クローは少し剣も使えるらしいが、俺の見たところまだまだだ。こちらもマリーよりはましくらいと考えたほうがいい。だから、最悪の場合、土下座する勢いで断られたらそれはそれで仕方ないと思っている。その時は縁が無かったものとしてあの二人はすっぱり諦めよう。




