幕間 第一話 石田雄一郎(事故当時18)の場合
遅くなって申し訳ありません。
多分明日には修正が終わる、と思います。終わるといいな。
あと、この幕間は読まなくても何の支障もありません。
かなり不快な部分もありますので、途中で嫌な予感がした方はブラウザの戻るボタンを押下することをお勧めします。
初稿: 2013年 09月 16日
あの日は最悪な事が幾つも重なった日だ。
志望校の受験は上手くいかなかった。
付き合っていた子からは他に好きな人が出来たからとメールでフラれた。
バスに乗ったら女子高生の集団が耳障りな声で脳天気にくっちゃべっていた。
何よりも最悪だったのはそのバスが踏切で電車に突っ込まれて死んだことだ。
ああ、俺は死んだ筈だ。あの事故で俺は電車に突っ込まれるのをバスの車内のつり革に掴まったままその瞬間まで見ていたんだからな。自分の体に鋼材が突き刺さり声も出せないうちに上半身が千切れかけるところまでは何とか覚えてはいる。
あん時は「ああ、死ぬんだな」と思っただけだ。派手なスキール音をまき散らしながら電車が突っ込んでくるのを見て、え? と思った直後に上半身と下半身が泣き別れ寸前だったしな。
・・・・・・・・・
しかし、今俺は五体満足で生きている。
何を言っているのか解らねーとは思うが、俺も何を言っているのか解らねー。
何しろ、死んだと思ったら死んでなかったんだ。
死んで意識がぷっつりと途切れたと思ったら、治療中っぽい感じで目が覚めた。
ああ、生きていたんだな、良かった、と思う間もなく泣き叫んだが。
数ヶ月して周りの状況が飲み込めるようになって仰天もした。
そして、輪廻転生ってあるんだなぁ、でも俺、記憶あるし、神様も失敗するんだなぁ、とか思っていた。
俺はどうやらルードと言う名前をつけられた赤ん坊らしい。
いや、俺の名前は石田雄一郎だ。
今更言っても詮無いが。
周りを見回すと外国のようだし、これで受験勉強とはおさらばだな、と思って安心もした。
両親っぽい人たちも外国人のような容姿だったし、日本語は喋っていなかったっぽいのでこれは完全に外国だろう。
しかもド田舎であることは間違いないはずだ。
何しろ電化製品はないし、両親は二人共死んだときの俺くらいの年齢だろう。
十代後半にしか見えない。
いくらなんでもこんな若い両親なんてDQNだろ。
いや、外国の田舎ならそれもアリなのか?
・・・・・・・・・
転生してからどのくらい経ったろうか、何となく両親の話している内容について理解できるようになってきた頃だ。
俺は一人の時間が出来る度に少しずつ発音の練習をしていたのだが、その成果を発揮してみようと思い立った。
記憶を持って転生したのならそれを生かしたほうが有利だろうし、こんな赤ん坊のうちからいろいろやらかしたら神童扱いされて、今後の生活もより改善できるかもしれない、と思ったからだ。
まぁ、喋るにしてもタイミングは重要だろう。
何か丁度良いタイミングの時にでも喋り始めるのがいいんじゃないか、と思い、ゆっくりとその時を待つことにした。
そんな折だ、あれが来たのは。
俺はその時まで家の外に出たことは数える程しかなかった。
だが、今俺は夜の帳の中、母親の胸に抱かれて走っている。
足元は星明かりで充分に見えるのだろうか。
他にも何人か一緒に走っていたはずだが、今は母親だけだと思う。
父親はどこにいるのかは判らない。
俺たちは、街だか村だか知らないが、生活していた集落ごと暴漢やゲリラ部隊のようなものに襲撃を受けたらしい。
だが、聞きなれない単語が耳に入っていた。
信じられないので別の意味だと思い込むようにしていた。
どれくらい走ったのか。
母親は木の空洞に飛び込み隠れた。
多分追っ手を撒くために隠れたのだろう。
隠れると同時に俺の口を手で塞ぐ。
何しろ俺は恐怖のあまり泣き叫んでいたからな。
頭では解っちゃいたんだが、どうしても泣き叫んでしまった。
なので、これは追っ手を撒くためには当たり前とも言える行為だ。
それは解っている。
解ってはいるんだ。
だが、感情は恐怖で爆発し、俺は鳴き声を上げようと息を吸い込む。
母親はそれを見越して俺の口をしっかりと押さえているので、なんとか大声を上げるには至っていないのが救いだ。
俺を庇うように木の空洞の口に背中を向け、片手で俺を抱きしめ、片手で俺の口を塞ぐ母親。
だんだんと感情を制御し、鳴き声を上げなくなる俺。
息を殺す。
追っ手が草を踏み分けて迫ってくる気配がする。
「ブガッ、ブガガッ」
追っ手の叫び声だろうか、言葉になっていない声がする。
いや、これが追っ手の言葉なのだろう。
今では俺にも聞きなれなかったはずの単語の意味が理解できる。
「ブビッ、ブッボビッ」
豚の声帯が何らかの意味のある言葉を喋ろうとするとあんな感じになるのだろう。
ガサガサという足音、カチャカチャという何か得体の知れない金属音が近づいてくる。
そう言えば最初に母親に抱かれて走り始めた頃、数人いた連中はいつの間にかいなくなっていたが、捕まったのか? 途中でばらばらに逃げ散ったのだろうか?
今となってはどうでもいいそんなことをふと思い出す。
しかし、父親はこんな時に一体どこで油を売っているのだろうか?
家族の危機のはずだ。
なぜ助けに来ないのか?
足音がすぐ近くまで来た。
どうかそのまま通り過ぎてくれ。
「ブゴッブ、ブギャブギャ」
俺たちは木の空洞から力ずくで引きずり出された。
星あかりで見えた追っ手の顔は、聞き慣れなかったある単語を否応なく思い起こさせた。
オーク。
この世界では豚人族とも言うらしい。
俺の知っている通りの意味であるなら、絶望と呼ぶに相応しい状況だろう。
あっという間に母親は汚い縄で縛られ、俺も縛り上げられ、まるで荷物のように担がれる。
母親は泣き叫びながら俺の命の懇願をしている。
オーク共は当然の如くそんな懇願は無視している。
尤も、人間の言葉が解らないのかもしれないが。
解ったところで聞き入れるつもりもないのだろう。
乱暴に運ばれた先は、多分俺たちが暮らしていた集落だろうか?
そこここに血の跡があり、多少大きく広がった血の跡には引き摺ったような跡がのびている。
集落をまじまじと見たのはこれが最初に近かったが、たいして大きな集落ではなかったのだろう、全部で家が十軒程度だろうか。
井戸を中心に広場がありその周りに家が配置されていたようだ。
広場には数十匹のオークがいた。
また、広場の片隅には十数人の死体が積み上がっている。
全く動く様子がないので死体なんだろう。
ここで俺は再度大きな恐怖感に囚われ大声で泣き叫ぶ。
俺の鳴き声に母親も反応して泣き叫んでいるようだ。
と、その時、広場の中から父親の声がした。
母親の名と、俺の名を呼んでいる。
母親は父親に助けを求めるが、俺は泣き叫びながらオークの肩の上で見てしまった。
井戸のそばで首に縄をかけられ、裸にされ全身を縛られて身動きが取れそうにない父親の姿を、だ。
そして、何匹かのオークに手足を押さえ付けられて陵辱されている女性を。
父親の手足に何本かナイフのようなものが刺さっているのが見える。
と、少し離れた場所にいたオークが父親に向かってナイフを投げた。
投げられたナイフは回転しながら父親の足にささり、痛みから絶叫が上がる。
俺たちはその傍まで運ばれると乱暴に降ろされた。
俺は未だに力の限りの泣き声を上げている。
リーダー格なのだろうか、一回り立派な体格をしたオークが俺たちを運んできた数匹のオークを労うような声を上げ、涎を垂らしながら立ち上がる。
父親が制止の声を上げるが、意に介さずに、数人のオークに合図をして絶叫する母親の手足を固定させた。
母親に猿轡を噛ませると、あとは予感通りの阿鼻叫喚の図が描かれる。
途中で煩くなったのか父親の首を刎ねさせると、おとなしくなった母親を再び蹂躙した。
リーダー格のオークは一通り満足したのか、母親から離れると手足を押さえ付けていたオークに母親を与えた。
次にリーダー格のオークは未だ泣き叫ぶ俺の傍まで来ると俺を持ち上げる。
なぜ俺は輪廻転生なんかしたのだろう。
次に輪廻転生をするならもう少しイージーな環境にしてくれよ、と思う。
そして、豚って牙があるんだな、というのが俺の最後の思考だった。




