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ティリーエ、空を飛ぶ

「あ、ティリーエさん、こんな所で寝てる」


コピルが見つけてカロンを呼んだ。


「やっぱり…」


青白い顔で横たわるティリーエの手足は小刻みに震えている。自分で治したのか身体に目立つ外傷は無いが、血の滲んだ靴や下履き(靴下)は痛ましかった。


「女神様に山歩きはきついよな」

「僕らみたいに訓練もしてないんだし」



そもそもはラーゴの湖の視察だったのに、いつの間にか山岳調査になってしまったのだ。

魔術師仲間ですら離脱したこの旅に、普通の女性がここまでこれただけでも驚異的なのだ。



「おっ、聖女さんはおねんねかい」


兵士が何人か、ティリーエに近づいてきた。


「シッ」


黙るよう諭された男は、コピルが指す靴や下履きを見て、眉を潜める。


「震えてるじゃねェか… 靴もあんなに血がついて。

痛かっただろうな。こんな小さな姉ちゃんに、ちょっと無理させたな…」



聖力を使う時のティリーエは厳かで凛として、とても偉大な存在に見えるのだ。

何でもできるような、神様のように。

食事の用意も、明るく朗らかで楽々とこなしているようだった。疲労の色など微塵も感じさせない。

ただ、こうして横たわる姿は、肌も身体も柔らかくか弱い、16歳の少女だった。

青白い顔は、今にも息を引き取りそうに弱々しい。


4日間の険しい登山に、食事の支度に、卵の運搬にと、かなり負担を掛けすぎてしまった。

自分達は、荷物の運搬が減ってかなり楽をさせて貰っている。

そのことに、取り囲む兵士や団員がようやく気がついたようだ。


コピルはティリーエに柔らかい毛布をかける。


「悪かったな」

「ありがとよ、聖女さん」

「ゆっくり休みな」


兵士達は次々にティリーエに頭を下げ、静かに離れた。







翌朝、目を覚ますと、朝ご飯が出来ていて驚いた。



「すっ! すみません!! 私、寝坊しちゃって!!」


慌てて飛び起きるが、兵士達は全く怒る素振りもなく、火の前に招き入れてくれた。


「なぁに、昨日聖女さんが作ってくれたテールスープの残りに団子を落としただけさ。たいした料理はできねェかんな」


要は洋風すいとんだ。

沸騰したスープに、卵と小麦粉で練った団子を落として煮て、浮いたら食べ頃の即席ニョッキである。


ティリーエのぶんを椀に入れて渡してくれた。


これまで、魔術師達とは何度か一緒に戦場を共にして親睦を深めていたが、兵士達とは少し距離があった。

しかし、何故かこの朝から皆が優しく迎えてくれている。


「あ、ありがとうございます… すみません」


「おう」



貰ったスープは、ティリーエが作った時よりも塩が効かせてあって、なるほど兵士さん達はこのぐらいの塩加減が好きなのねと思った。

身体の芯から温まり、これから始まる下山も頑張るぞという気になった。



「ティリーエ、大丈夫か」


ティリーエが起きてきたことを知ったセリオンが、様子を見に来た。


「あっ!はい、もちろんです! 寝坊しちゃってすみません」


「いやいや、こちらこそ、あまり気遣うこともできずにすまなかった。

今日は私が隣を歩こう。何なら、背におぶさって良い」


「えっ!? いえいえ、とんでもないです! 歩けますよ!」


「だが、かなり足を怪我していたんだろう。下りは滑りやすいし命懸けの場所が多い。背に乗っていれば、怪我を避けられる」


「もう治しましたから!ご心配なさらず」


「オッホン!!」



ティリーエとセリオンの掛け合いの途中で、コピルが大きく咳払いをした。


「どうした?」


突然の割り込みに困惑顔のセリオンが問えば、コピルは昨日作った翼を持ってきた。



「これは… 立派な魔鳥の翼だな…  いや、模造品か?」



本物と見紛う翼だが、骨組みが竹ひごということに気づき、セリオンが驚く。


「軽くてしなやかだ…  しかし、こんなに大きいもの、持って降りるのは大変だぞ」


「はい! これは持ち運びません。こうして使うのです」



そう言って、ティリーエの背に被せた。

腕を通す所が付け加えられていて、リュックのように背負う形となる。



「「「おっ」」」


「こうしてみると、マジ女神…」

「本物の女神様??」

「聖女というか、天使…」



外の雪景色に太陽の光が反射して、純白の背景に光が飛ぶ中、翼の生えた(ように見える)ティリーエは、正しく壁画の中の女神だった。


「ティリーエさんは、複製したものなら操れると言いました。あんなに巨大な卵が持ち上がるなら、自身の身体を持ち上げて動かすくらい、造作もないことだと思います。

僕は、ティリーエさんがこれ以上山道を無理しなくて良い方法をずっと考えてきました。

空飛ぶ絨毯… ソリ… でも何となくしっくり来なかったんです。昨日、この羽を見つけて、これだー!って思いました。

翼をつけたティリーエさんが空を飛べば、足は痛くないし、何より美しいと!!!」


「なっ…!? なるほど…!?」


セリオンはコピルの勢いに押されて頷いた。


「この翼は、羽も骨組みも、ティリーエさんに複製してもらったもので作りました。

きっと、ティリーエさんの魔法で操作できるはずです。

いかがでしょう?」


自身たっぷりのコピルの声を受け、セリオンは勿論、魔術師団員も兵士もティリーエに注目する。


「そんなにご心配をお掛けしてすみません…。

 えっ…? この翼で、私が飛ぶ…??」


「ハイ!!!」


コピルは元気一杯頷いた。


(できるかな… できる気はするけど、壊れないかな)


ティリーエは少し迷ったが、とりあえず落ちても怪我をしない高さまで、試してみることにした。


聖力を使うとティリーエの周りに、きらきらした靄が纏う。

そうしてティリーエは、ふわりと地面から浮いた。



「浮いた!!すごーい!!」

「やっぱりできた! さすが女神様!」


恐る恐る高さを上げ、周りをふわふわと回ってみた。

羽はティリーエの意思通りに柔らかくしなり、羽ばたく。本当に、鳥になったようだった。


ついに皆の頭より高い位置で飛び回るが、羽は全く不具合無く動いている。



「コピルすごいわ!!私、空を飛んでるの!」


「ティリーエさん、良かった!!大変よくお似合いです! 完全な女神で、天使様ですよ!」



「これは… すごいな」

セリオンもポカンと口を開けている。



「皆さんどうかしまし…

 えっ! ティリーエさん、とうとう羽が生えました!?」


着替えを済ませ、遅れて合流したアイシャが度肝を抜かれたのは言うまでもない。



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