アステロス山脈④
「ティリーエさん、さっきからずっと休憩なしで動かれています…」
「鬼気迫る勢いですね…」
黙々と作業をするティリーエの顔を、コピルとカロンは心配そうに見つめていた。
兵士たちは、しばらく流れがなかったことで木々や岩で埋まっていた川跡から瓦礫を排除し、水が滞り無く流れるよう準備をしている。
ザァァァァア
兵士の完了合図の後、卵をずらした端から、音を立てて泉の水が河に流れ込む。
今、5つめの泉の河口にあった卵が移動され、全ての泉から本流に水が流れ込んだ。
勢い良く大流が流れ落ちていく。
反対に、ナジュム国側へ落ちる水は収束しつつあった。
ラーゴの泉へと注ぐ川が元通りの水流になったことを確認し、総員は急いで山を降り始める。
ギリギリ山頂が見えなくなる9合目まで撤収した所で、頭の上を巨大な鳥影が複数通過した。
風圧を感じる程の近距離に、一同は身を竦めて隠れ、やりすごした。
「間一髪てところか…」
セリオンが呟いた。
団員皆がほっと息を吐く。多分、卵の所に親鳥が戻ってきたのだろう。
もう薄暗くて、結局魔鳥の種類は分からなかったが、空を覆うほど大きい魔鳥だった。
とりあえず、山での戦闘は避けられたが、更に危険を避けるため、もう少し下山をして本日の野営場所を探すことになった。
その途中の斜面で、ティリーエは大きな羽が何枚か落ちているのを見つけた。
「わ〜! さっきの魔鳥の羽でしょうか。初めて見ました」
一緒に歩いていたコピルが持ち上げてみる。
バナナの葉の半分〜1.5倍くらいの大きさの羽だ。
小さなものでも、普通の鳥よりは何倍も大きい。
先行部隊は、特に気に留めなかったようだ。
彼らにとってはそう珍しいものでもないのだろう。
「軽っ!! こんなに大きいのに、すっごく軽いです!」
コピルの声に、ティリーエも触ってみる。
「ホント!!軽いわ」
かなり大きいのに、紙のように軽い。
手を離しても、すぐには落ちず、ひらひらと滞空しながらゆっくり地面に落ちた。
珍しい品ではあるが、持ち帰るには大きすぎる。
また、特に使い道も思いつかない。
「うーーん、どうしよ」
「あっ!」
ティリーエが悩んでいると、コピルが思いついたように叫んだ。
「それで翼を作ったらどうでしょう?」
◇
夜は8合目の場所の、行きにも過ごした洞窟で夜を明かすことになった。
雪山の洞窟は比較的暖かく過ごしやすい。
晩御飯はテールスープを作り、皆で食べた。
夜に雪山を下山することは危ない。朝まではこのまま皆でゆっくりするのだ。任務を全うした団員達は、行き道のように張り詰めた空気もなく、談笑したり早めに休んだりしていた。
ティリーエの作ったチーズのおつまみと、薄切りじゃがいもの素揚げ(ポテトチップス)も、飛ぶように無くなった。
セリオンは、洞窟の奥でスヴェン師団長やアイシャと何やら話しているようで、こちらには来ない。
寂しいような、どこかほっとした気持ちでティリーエはコピルの隣に座った。
コピルは拾って帰った羽を眺めたり持ち上げたりしている。
「翼を作るって?」
ティリーエは、先程途中だった話の続きを切り出した。
「僕、試してみたいことがあるんです! この魔鳥の羽で、翼を作ってみたいなって。
ここに、針と紐と糸、あと途中で見つけた竹があります。 この竹を薄く裂いて、まず竹ひごを作ります…」
山でとった細い竹の切り口に、鉈でカッと刃先を食い込ませ、ターンと縦に力を入れて下に裂いた。
「すごーい!」
「僕、工作が得意なんですよ」
にへへと笑いながら、手早く竹ひごを何本か切り出す。
そして、沸かした熱湯に漬けながら、ゆっくり曲げ始めた。
「ティリーエさん、さっきの羽と竹ひごを複製して頂けますか?」
「あぁ、はい、良いですよ。どうぞ」
ティリーエは瞬時に大小50枚程度の羽と竹ひごを複製した。
それをコピルはひとつずつ縫い付け始める。
「コピル、こんなに器用だったのね」
まるで魔法のように糸をかけて結付けられていく。
その手がとても鮮やかで、ティリーエは見惚れてしまった。
途中、羽が足りなくなって、更に複製した。
3刻ほどで縫い付けおわり、ずっとコトコト煮ていた米糊を継ぎ目に塗る。
「できました!!」
「わー!!すごい!」
「本物の翼みたい!」
「キレ〜!!」
外は暗くて分からなかったが、洞窟の中で光に照らされると、真っ白な羽の所々が透き通り、羽先は少し青みががったグレーの色だった。
「ティリーエさんの瞳の色に似ていますね」
「えっ!? 私そんなに綺麗な目じゃないよ…??」
「いいえ、ティリーエさんはいつも僕らの女神様です。
頭の先からつま先まで、瞳も全部美しいです!」
「その通り!」
そう言い切るカロンにコピルまで力強く頷くから、ティリーエは照れてしまった。
立派な翼は半翼だったので両翼に複製し、朝まで糊が乾くのを待つことにした。
ただ、羽だけの時よりも当然かなり大きく広いものとなったこの翼を、コピルはどうやって持って帰るつもりなのかは分からなかった。
今は何やらリュックサックに工作を始めているようだ。
そんなコピル達の場所からそっと離れると、ティリーエは少し奥まった場所で靴を脱いだ。
「痛っ…」
ティリーエの柔らかな足は、慣れない山歩きで傷め、指や踵は靴擦れで剥け、血が滲んでいる。
重たい卵の運搬作業で肘が軋み、手も震えている。
明日から来た道を帰るのだ。その苛酷さは身を以て知っている。
これからまた4日間、行き道よりも疲れた身体で、ついていけるだろうか…
本当は、体力は限界で泣きたいほど全身が痛かった。
握力もあまり残っていないから、杖すら満足に持てないかもしれない。
行き道すら最後尾で、セリオンに迷惑をかけた。明日から更に足を引っ張ることになったらと思うと、情けなくて辛すぎる。
怪我は治したものの、疲労感や筋肉痛は消すことができない。
どうしよう…
金平糖の瓶を眺めながら、そのまま眠りの沼に落ちていった。




