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アステロス山脈③

「あの… ティリーエさん、前に空中で鍋を洗っておられませんでした?」



ふと、カロンが言った。



「ええ、洗ったことがあります」


「あれは、手を使わずに鍋を浮かせる魔法を使われたんですよね?」


「えっと、鍋を浮かす魔法というよりもですね…

私が魔法で増やした物や作った物は私が操ることができるんです。鍋も水も私がコピーしたものでしたから、どちらも操ることができるのです」



そう言って、ティリーエは拾った石を2つに増やし、増やした石を浮かせて見せた。



「このように、複製したものは浮かせたり動かしたりできるのですが、こちらの巨大卵は私が作ったものではないので操作ができないのです」


「なるほど。あ、では、泉の水はいかがですか?

泉の水を増やして操作したら、卵を動かせませんか?」


「それでしたら、確かにできるかもしれません」


言われてティリーエも気がついた。

それならばできるかもしれない。


試しに、目の前の泉に手をかざす。

ポコポコポコと水嵩が増えてきた。

水で卵の半分を覆う。


高さ5mの卵だから、ぐるりを覆うのもかなりの水量だ。

水はティリーエの意思に従って渦を巻いて卵を包み込み、そしてゆっくり持ち上げ始めた。



「ふっ…  くっ… 」



重っ…!!

卵の重さそのもの程ではないだろうが、ティリーエの手にもかなり重量を感じる。

伸ばした手がぷるぷると震える。

その腕を下からセリオンが支えてくれた。

少し楽になった気がした。


落として割れたら元も子もない。

慎重に運び、河口から離れた場所にそっと下ろした。


卵は割れずに静かに水底に着き、無事移動ができた。

ティリーエは知らずに止めていた息を吐く。



「はつ  はっ  はっ 」


山が高いからか酸素が薄く、息苦しさが半端ない。

少しくらくらする。



「すごい!」

「すごいですー!」

「さすがティリーエさん!」


コピルとカロン、アイシャが褒めてくれてティリーエも会釈を返した。




とりあえず、卵を動かす方法は分かったので、とりあえず遅くなった昼飯をとることにした。

街を離れて4日なので、パンなどの複製は賞味期限的に食べられない。

標高が高く、あまり火力が出せないから高温で焼くパンは難しいし、煮物も時間がかかる。

雪に覆われていて、野草も周りに見込めない。


ティリーエが主食に選んだのは、リュックの中のじゃが芋だった。じゃが芋ひとつを蒸している間、ピーマンと玉ねぎをサイコロサイズに切っておく。


タンパク質は、採取から1週間もつ、鶏卵にした。

丁度卵が目の前にあるので、なんとなく卵が頭に浮かんだのだ。



アイシャが出した火にフライパンをかけて熱し、油をたらす。

溶き卵を3つ流し込むと、ジュワ〜〜!と良い匂いがたちこめた。そこに手早く蒸したじゃが芋、ピーマン、玉ねぎを入れてざっくりかき混ぜ、両面を香ばしく焼く。

ふわふわこんがり焼けたら、それを皿に出した。


頼まれていたコピルが、上にチーズを乗せる。

とろりと溶けたチーズの塩味が野菜の甘味を引き出す、ボリュームたっぷりのスパニッシュオムレツが完成した。

ほかほかと湯気のたつうちに複製し、皆に配った。



「「「うま〜!!!」」」

「「「まともな食事、久々…!」」」

「「なんか涙出そう」」


ふーふーと冷ましながら、皆があつあつの料理に舌鼓を打つ。

たいした材料もなく、素朴な食事だが、雪山の斜面や洞穴で保存食ばかり食べていた皆にはごちそうだったようだ。

あっと言う間に皿が空になっていった。


ティリーエも、皆の姿を見て安心し、ぱくりぱくりと食べ始めた。ティリーエにとっては食事は聖力の源だ。これから巨大卵の運搬作業が待っている。多少無理をしても腹に詰める必要があった。

一生懸命飲み込んでいたら、またしてもアイシャが隣に座った。



「ティリーエさんは料理もできて、本当にすごいですね。

この野菜の卵とじ、とっても美味しいです。

私は全然料理ができなくて… でも、貴族の女性はほとんど料理ができないものですからティリーエさんは珍しいですね」


「あぁ、えと、私は貴族として育ってはいないので、料理でも洗濯でも何でも致します」


「えっ! ティリーエさん貴族の方じゃないんですか!?

美人だし、すごく高貴なオーラをお持ちだから、てっきり貴族の方かと思っていました」


「…はは、そんなことありません。ほぼ下働き同然の扱いを受けていましたから。たいていのことはできますよ…。

えと、ちなみにアイシャさんは…」


「あっ! 私は見えないってよく言われるんですが、イーデン伯爵家の三女なんで、一応貴族です。上に兄が2人もいるから、私はこうして好きにさせて貰ってます!」



伯爵令嬢…!


セリオンと釣り合う家柄に、胸がどくんと重たく跳ねた。

その心臓はジクジクと痛みを発する。


その痛みの理由は、ティリーエもさすがにほとんど分かっていた。…ここ数日、そのことばかりを考えていたから。


そして思いきって聞いてみることにした。

この干ばつの件が終わればもうこうして2人で話す機会もないかもしれないし。



「アイシャさん、セリオン様のこと、どうお考えですか?」


「えっ? セリオンを? どうしたの急に?」


「えと… 何となく、好意をお持ちなのかなって」


「え〜? 分かっちゃうかな?

私の親が、前からセリオンに私と結婚するようお願いしてるんだよ。私はどっちでも良かったんだけど、セリオン強いし優しいから、それも良いかなって思い始めてさ。

最近ちょっと頑張ってみてるんだ」


「そ、そうなんですか…」


「ティリーエさんは? 良い感じの人は居ないんですか?

そんなに綺麗ですごい魔法が使えるんだもの!

あーでも、まだお若いですから。

これからきっとたくさんの縁談が来ますよ」


「…ありがとうございます。そうなんですね…」


ご両親が、結婚を打診…

セリオンも、他の人と比べて明らかに気を割いている。

まんざらでも無い、のかもしれない。



昼食を終えて片付けをした後は、ティリーエは無心になって卵を動かし続けた。


セリオンがまた腕を支えようとしてくれたが、それは断った。



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