アステロス山脈②
見上げる岩は、そう言われれば石灰というかカルシウム的な心地で、なるほど卵のようであった。
皆ぺたぺたと触ったり撫でたりして唸っている。
卵?はその1/3から半分は水に浸かっている状態であった。
触れてみればスヴェン師団長が言うように、こんな寒い雪山の中にあるのに少し温かい気がする。
「ティリーエさん!」
コピルに呼ばれてぐるりと周ると、卵の下の湧き水は、ナジュム国側に流れた先で崖になっていて、滝から勢い良く落ちていた。
恐る恐る下を見れば、水飛沫が霧になっていて崖下の景色は全く伺い知れない。
ずっと見ていたら谷底へ吸い込まれるような感じがして、背中がヒュッと凍った。
「あまり近寄ると落ちますよ」
注意されてジリジリと後ずさる。
「これは… ナジュム国側から登ることはできないな」
セリオンも少し覗いてから首を振った。
「しかし、なぜ卵?がこんな…」
改めて見れば、巨大な卵が5つの泉に3つずつ浸かっている。
山が連なるアステロス山脈の、他の山も似たようなもので、湧き水のある所々に卵が3つずつあるのが見えた。
雪に足をとられながら歩き、違う泉に近寄る。
極寒の中で、身を切るように冷たいであろう水に手を浸したコピルが、驚いて叫んだ。
「セリオン様! 水、温かいです!?」
遠巻きに卵を眺めていた一行も、どれどれと泉に近寄り、手を浸けてみる。
「「「本当だ…」」」
温泉ほど温かくはないが、冷え切った指先が温度を感じられる程度には温かい水だった。
ぬるま湯≦常温の水という程度だ。
「なるほど」
セリオンがふむと口を結び、スヴェン師団長も難しい顔をしている。
「これは多分、十中八九魔鳥の卵だ。こんなに高く険しい雪山には、滅多に天敵は来ないから抱卵をするにはうってつけだったんだろう。そして、親鳥が餌を取りに行く時など巣を離れて温められない間、卵を雪の中でなくこの湧き水で保温しているのではないかな」
魔鳥といえば鎌鼬鳥や火鳥などがいるが、どちらなのか、それ以外なのかも分からない。
地下から湧き出る水は、水温が年中同じであり凍ることはないと言われている。
だからこの雪山で湧き水は相対的に温かく感じるのだろう。
賢い鳥だなァとティリーエが感心しながら、なぜ2人は渋い顔をしているのかな?と考えていると、アイシャが元気に聞いてきた。
「割ります? それとも、焼きます?」
にこにこといつも通りの朗らかさで卵を指差す。
「え?? 卵、割っちゃうのですか?」
思わずティリーエは聞き返した。
「当たり前じゃないですか〜! 魔鳥なんて、早めに滅した方が良いですよ。成鳥したら厄介ですもん。ティリーエさんも、討伐に参加されたことがおありなら、ご理解頂けるかと」
確かに、火鳥に焼かれかけたり、鎌鼬鳥に切り裂かれかけたことはあるし、瀕死の重症を負わされた者の治療もたくさんやってきた。
大きく育った後で始末に終えないことは分かっている。
生まれる前に処分すれば、苦しみは少ないかもしれない。
けれど…
「魔物は、街に近づいて人に危害を加えたら悪いですが、西の森など、魔物の住処の森の中で大人しく生活するくらいは、容認なさるのはいかがでしょうか」
おずおずとティリーエが進言すると、他の皆はビックリした顔をしている。
「魔鳥を庇うなんて…」
「あいつらにやられた奴が何人いるか…」
「こんな卵を集団で見つけたなら、俺はとりあえず割るぜ」
大多数は卵を割って、泉の流れを回復させることだった。
アイシャも眉尻を下げて心配そうにこちらを見ている。
「スヴェン、どう思う」
セリオンに聞かれたスヴェン師団長は、少し考えてから言った。
「ここまで来るのに山道を4日… 決して楽な同中ではなかったな」
「…そうだな」
「卵を壊して下山する途中で、気づいた親鳥から襲われたら、果たして御しきれるだろうか」
「そこだな。俺も、考えていた。卵の数からして、親鳥は8羽以上いるはずだ。4日のうちには見つかるだろう。どんな魔鳥か分からないが、この人数で、足場の危ない山で戦うのは得策でない」
「同意見だ」
セリオンとスヴェン師団長の話し合いの結果、卵は割らずに塞いでいる場所をずらして泉から川の本流に流れを戻すことになった。
卵を割る派だった団員も、確かにこの急斜面かつ雪山で魔鳥を複数相手にするのは無理だと合意したようだった。
「だけど、どうやって卵を動かすんだ?」
団員の疑問に、またしても皆難しい顔になった。
4〜5mの巨大な卵で、しかも半分水に浸かっている。
人間が入るには深すぎる泉で、卵を持ち上げることはできないだろう。
「割るんだったら簡単なんだけどな」
コピルはううむと首を傾げた。
「焼くんだったら簡単なんだけどな」
アイシャもむむむと考えこんだ。




