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アステロス山脈①

翌日から、山岳調査が始まった。

ラーゴの湖に注ぐ、最も大きな川沿いに上り始める。

川は見事に干上がって、ガリガリの土肌が露出していた。

かなりの深さと幅があったようだが、今はただの大きな道のようだった。

川を辿るように道を登る。


しかし川底にあたる部分に砂利が増えてきて、足元が崩れたり苔で滑って危ないため、途中から川を横目に脇道を登ることになった。



(あ〜〜〜… 思ったより、かなりキツイ…)


ティリーエは、普通の貴族令嬢よりは家事作業等で活動的な方だが、それでも山登りなどの経験は無い。

靴擦れなど物理的な怪我は聖力で治せるが、筋肉痛や疲労感などはどうしようもない。


登り始めて半日でへろへろ、早くも限界を迎えていた。


今や"身体を前に倒せば足が出る"を利用して最小限の労力で歩を進めている。

後ろ向きに登ってみたり、ジグザグに登ってみたりと様々な工夫を試みたが、基本的に頓挫していた。

その時、ティリーエを見つけたアイシャが駆け寄ってきた。



「ティリーエさん!」


「…? はぁっ… はぁっ…  はい… どうされましたか?」



本当は息を乱したくないから会話は遠慮したいが、無視をするわけにもいかず、何とか返事をする。



「昨日の、すごい魔法でしたね!

私実は、あんなに湖が広いと知らなくて、こりゃ夜通し水を出し続けないといけないのかなって徹夜を覚悟したんですが、ティリーエさんのお陰で1時間かからずに湖が一杯になって、すごく助かりました!」


きらきらした瞳でティリーエを見つめる。


「あぁ… 

それは、アイシャさんやセリオン様達が、たくさん水を注いで下さったからですよ。

私1人では、何もできませんから…」


息切れひとつ無く、明るく話しかけてくるアイシャに内心驚愕しながら、ティリーエはやっとで答えた。

この苦境で雑談ができるなんて、貴女の方がすごいわと言いたいくらいだ。



「まぁ! ティリーエさんて、あんなに素晴らしい魔法が使えて聖女様なのに、すっごく謙虚なのですね!

私、何かできたらすぐ騒いじゃうから、見習わないと!」


「アイシャ! ちょっとこっちに来てくれ!」


「あ、はぁい! じゃ、ティリーエさんまたね!」



呼ばれて振り返り、てへぺろの顔を浮かべて頭に手をやるアイシャを苦笑いで見送って、再びティリーエは山登りに集中した。



山はいつまでも険しく、裾野は枯れた木や草で足元が見えないから、つまずいたり転んだりして小さな怪我をする者が多かった。

ティリーエは彼らを癒やしながら最後尾をやっとの思いでついて行った。



1日めの終わりには、山に大きな裂け目ができていて、落ちれば命は無いというような深さの谷を、命綱をつけて慎重に渡った。

2日めからは標高に従って徐々に気温が下がったように感じ、冷えるようになったため、ティリーエは全員分の防寒具を複製して配布した。

3日めからはとうとう雪が降り始めて視界が悪い中、身体に巻き付けたロープを頼りに、迷子にならないよう注意しながら登った。

その頃には野営をするような開けた場所がなかなか無く、集団で集まってテントを張ることができなかったから、各自バラバラに何とか場所を見つけて寝袋で寝ていた。

ティリーエにはテントでなく、セリオンが特製かまくらを作ってくれたから、若干温かかった。


でも、年中常春の南の街育ちのティリーエには、骨身に染みる寒さだった。






そうして、山の頂上が見えたのは、登り始めて4日めの昼だった。一面の雪景色。吹雪でなかったのは不幸中の幸いだったが、雪に足をとられて、疲労は何百倍も溜まっていた。


もちろん碌な食事も摂れていないし足はがくがく震え、慣れない高所で薄い酸素に離脱者も出ていた。

兵士はまぁまぁ全員ついてきたが、魔術師で体力の無い者は、数名が途中で引き換えしている。


ティリーエは、金平糖と気力で何とか最後尾を保ち続け(セリオンが時々様子を見に降りて様子を確認してくれていた)、とうとう見え始めた頂上に、安堵からしゃがみこみそうになった。



「やっと… やっとだわ…」


もう二度と山には登らないと心に誓う。

逆光で見えないが、先に登った団員達からどよめきの声が上がっていた。


何だろ?



最後の力を振り絞って、更に100m程登る。

そして、皆と同じ光景を目にして驚いた。



ずっと、横目に歩いていた大きな川は、山からの5箇所からの

湧き水の泉が合わさったものだった。

一つ一つが結構大きい泉で、中央には澄んだ水がコポコポと潤沢に湧き出ていた。


ちゃんと湧き出ているのに、川に流れてきていない理由、それは、泉から川へ注ぐ河口を、どデカい丸い岩が塞いでしまっているからだった。

どデカい丸い岩は完全に河口を潰していて、しかも同じくらいの大きさでいくつもある。

岩はつるつるしていているが、まだら模様がある。


シャムス王国側への流れを失った湧き水は、勢いよく反対側へ溢れていた。新しい川を作ってだくだくと、すなわち、ナジュム国側へ流れているのだ。



「この岩は何だ?  かなりデカイ。 つるつるしていて、長丸いが…」


スヴェン師団長が手を添える。



「何となく温かいような…?」



その巨大な岩は、つるつるしていて灰色がかった白。

高さは5mぐらいあり、かなり大きい。

その楕円形の形は岩というよりもむしろ…



「これ、もしかして卵じゃないですか?」



ティリーエの質問に、他の皆は驚いて息を飲んだ。




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