干ばつ③
その頃、王城には隣国から使者が訪れていた。
「アシャムス国王陛下、謁見許可に感謝致します」
「ナジュム国の使者よ、久しいな。
遠い所よくぞ参られた。先に、文書は読ませて貰った。
何でも、水害に困っておられるとか」
「はい。我が国は1年くらい前から、原因不明の大水被害に悩まされています。
ここ最近は特に、山水が出て水嵩が増して川が氾濫し、あるいは土砂崩れで村が潰され、人が流され、水過多により作物が腐って育たず、来年を迎えられない可能性まででてきました」
「なるほど。聞く限り被害は甚大のようですな」
「そうなのです。我が国は小国で、長く耐えるような力はありません。国民は疲弊し不安に駆られています。
一刻も早く解決する必要があります」
「そちらの国の事情は理解した。それで、我が国へ来られた理由をお聞きしても良いだろうか」
「我々は長い調査の結果、この大水の原因が、貴国にある国境の山、アステロス山脈にあると考えているのです」
「なんと。しかし…」
「いや、語弊があってはいけませんが、貴国がアステロス山脈を利用して意図的に我が国へ何らかの悪影響を与えているなどと考えているわけではありません。
あの山に、何かがあったのだと思います。
ただ、調査をしようにも、アステロス山脈は貴国の領土であり立ち入ることができないのです。
我々に、貴山を調べる許可を頂けないでしょうか」
「うぅむ…」
アシャムス王は少し返答を逡巡した。
その様子を見た使者は、言葉を重ねる。
「もし許可を頂けるなら、お礼として転移魔法陣をお渡しします」
「何!? それは誠か! 魔法陣は貴国の秘術でないか」
「はい…。魔法陣は我が国固有の秘術です。しかし、痩せた土地に水害続きの我が国は、貴国へ捧げられるようなものが他に無いのです。
この取引が成功した暁には、我が国の魔導師を派遣し、3個所まで転移魔法陣をお書きしお渡しすることを約束します」
今は馬車や騎馬で移動しているシャムス王国にとって、魔法陣に乗ってビュンと瞬間移動ができるスポットを作るのはかなり魅力的な提案だった。
アシャムス王はしばらく考えたが、伝えるかどうか迷っていた事を話すことに決めて口を開いた。
「実は… 我が国では逆に干ばつの被害に苦しんでおり、折しも今、我が国の魔術師団が、その山の麓の湖に調査と復興に向かっている所だ。
現地を視察した所、その干ばつの原因がその山にある疑いが出て、明日から調べると先程連絡があったばかりなのだ」
「えっ 干ばつですか! それはまた、全く反対の災害でございますね。 本当に、何かが起きているのかもしれません」
使者も予想外の話に腕組みをして考え込んだ。
「だからしばし、山へ向かうのは待って頂けないだろうか。もしかしたら、この問題は同一の事象から起きているかもしれない。
同時に山へ向かえば我が国の魔術師が山で何かの作業をしている時に、貴国の者が巻き込まれてしまう可能性があり、危険だ」
「そういうことであれば、分かりました。もし、我が国の問題を解決して頂けた場合も、先程の提案と同じく対価として魔法陣は提供させて頂きます。
どうぞ宜しくお願い致します」
使節団は交渉の結果に満足し、いくつかの珍しい特産品を置いて帰っていった。
ナジュム国とシャムス王国の国境にあるアステロス山脈はかなり高く険しいため、普通の者は越えることができない。
彼らは陸続きの隣国でありながら、毎度海路でシャムス王国にやってくるのだ。
今日もまた、南の街にある港から、自国に帰っていった。
「まさか、ナジュム国で水害とは…」
「しかし、この話が首尾良くいけば、転移魔法陣が得られるのは大きいですね。
我が国はますます発展するでしょう」
アシャムス国王とシェーン王太子はその夜、転移魔法陣を配置する候補地について夜遅くまで話し合った。
◇
「綺麗だな」
満たされたラーゴの湖に映る月をティリーエが見ていると、セリオンがやってきた。
隣に腰を落とす。
「昨日も今日はあまり話せなかったな。疲れたか?」
セリオンが気遣うように声をかけるが、ティリーエはどんな顔で接して良いか分からないでいた。
「いえ、特には」
「「・・・・」」
沈黙が流れる。
最近ティリーエはどことなくよそよそしい。
「ティリーエ」
「はい」
「何か… 怒っているのか」
「… いえ、そのようなことはございません」
そうは言っても、朗らかがトレードマークなティリーエが、こんなに塩対応だったことがないのだ。
声色もどことなく暗い。
女性とあまり接したことのないセリオンは、この、女性が"怒っていません"と口にしながら、明らかに不機嫌な様子になる現象の解決方法を知らなかった。
2人して無言のまま、しばらく湖面に映る夜空を見ていたが、とうとうセリオンが沈黙を破った。
「今日は助かった。ティリーエのお陰で、この巨大な湖を短時間で満たすことができた。ありがとう」
「いえ…。 私の仕事ですから」
「これは、渡しそびれていたのだが、先日王都で買っていた菓子だ。遠征中は甘いものや嗜好品が得られないから、腹が減ったら食べてくれ」
そう言って、キラキラ光る粒がたくさん入った小瓶をくれた。
「まぁ、色とりどりの星みたいですね! 小さくて可愛いです。これは飴ですか?」
声が知らずに弾むティリーエが、ふわりとセリオンを見上げる。
その様子にホッとして、セリオンが答えた。
「金平糖という他国の砂糖菓子で、先日行商から買ったんだ。なぜか、見た瞬間に君を思い出した」
そう言われて頬が熱くなり俯いたティリーエは、口をもごもごさせながら、思わず聞いた。
「これ、アイシャさんにも渡されたのですか?」
「いや? アイシャには買っていない。君のイメージだったし、他のものを見る時間は無かったから、団員に何か選んだりできなかったな。
そうだな…次の機会があれば、色々見てみるとしよう」
ティリーエはコルクの蓋をキュポっと開けて、金平糖をひとつつまんで口に運んだ。
昨日から何を食べても味気なかった口の中に、甘さと果物の香りが広る。
傾けた瓶の中できらきら光る金平糖は、母の飴を思い出させた。
「とても、美味しいです。 ありがとうございます」
その後は、夜が更けるまで2人で楽しく話をした。




