干ばつの気配④
じゅうじゅうと肉から脂が滴り落ち、辺り一面に香ばしい香りが漂う。
「"ケバブ"おかわり!」
「こっちもだ!!」
「初めて食べたが、こんなにウマイのは初めてだ!」
岩魔法使いに、大きな1枚岩を造って貰い、風魔法使いがスパッと平面に切った石を火魔法で熱し、その上を石窯で覆った即席オーブンの中で、次々とピタパンが焼けていく。
焼けた端から開いて野菜を突っ込み、ティリーエ特製ソース3種を選んでかけ、スパイスをふんだんにまぶした削ぎ落とし肉をたっぷり挟む。
噛めば肉の脂がジュワッと溢れ、少しの焦げとスパイスの香りが鼻を抜ける。
後味に葉野菜やトマトがあっさりまとめてくれるから、いくらでも入りそうだと好評だ。
ソースが違えば味が変わってまた楽しいらしい。
卵やハムも人気だった。
皆次々とおかわりをしてくれた。
ティリーエは、ピタパンのタネを複製するのに大忙しで、焼けた端から伸びてくる手に渡す。
全く手が回らないため、野菜や具材はテーブルに雑に盛っていて、自分で挟むスタイルにしている。
わーわーと賑やかな声に振り返れば、塊肉を焼いている場所の歓声だった。
アイシャが華麗に炎をコントロールして、絶妙な火加減で肉を焼き上げている。
火炎放射器のような手を肉に向け、頃合いに焼けて削ぎ切ったらそこにスパイスペーストを塗り、また焼き上げる。焼きムラがないよう、回りながら上下に炎を当てる姿は、まるで炎舞を踊っているようで美しく、そのパフォーマンスに皆が感心し拍手をしたり応援したりをしているのだ。
ティリーエはピタパンを忙しく焼きながら、その輪を遠巻きに見ていた。
魔術師団員の皆から声を掛けられ茶化されて口を尖らせたり、頬を膨らませたりと表情豊かなアイシャは、皆から愛されていることがとても伝わってくる。
皆のお腹が落ち着いた頃、火魔法使いが交代し、アイシャもようやく夕食を摂れるようになったようだ。
ティリーエはそれを見て意を決し、焼き立てのピタパンに野菜を挟んで持って行った。
「アイシャさん、これ、どうぞ」
「わ〜! ありがとう! お腹ペコペコだったの!」
額に流れる汗も綺麗だ。頬が紅くなり、やはり火の側にずっといるのは大変だったようだ。
ティリーエも肉を受け取って挟み、隣に腰を下ろした。
2人してカプリと噛みついて、空っぽの胃にケバブが入った。
ジューシーなお肉は本当に美味しくて、焦げ目のある場所の苦みが、舌の上で溶ける脂の甘さを際立たせている。トマトの酸味と水分が全体を上手くまとめていた。
我ながら美味しい。
「ん〜!! 美味しい!! ティリーエさん、天才ね」
アイシャも幸せそうに口に頬張り、ティリーエを褒めた。
「いえ、アイシャさんの焼き加減が絶妙なんです」
「そう?ありがとう!なかなか火魔法のコントロールが難しくって… まだまだ修行が足りないね」
嫌味なく爽やかにそう照れる。
そんなことないです、繊細な調整をされていましたよと言うより早く、後ろからコップが差し出された。
「アイシャ、ほら」
氷の入った湧き水だった。
「ありがとう!喉がカラカラだったの!」
持ってきたのは、セリオンだった。
「あぁ!ずるい! 団長、アイシャの水には氷入れてやってる! 僕らのは葡萄酒も水もぬるいのに」
気づいた団員が抗議の声を挙げる。
「アイシャはずっと火魔法を使い続けていたんだ。身体を冷やさないと倒れてしまう」
「はいはい、団長はアイシャには優しいんだから」
「えへへー そうかなー」
アイシャは嬉しそうに冷水をあおり、喉を鳴らした。
「ティリーエも、はい」
「ありがとうございます…」
ティリーエに渡されたコップにも、氷が入っていた。
「あっ!ティリーエさんにまで! 団長が女性には良い格好しぃだなんて残念!」
「お前、酔ってるとしてもふざけすぎだ。遠征後の休暇、減日な」
「えぇぇ!?そんなぁ」
ははははと笑いに包まれた穏やかな空気の中で浮かないよう、ティリーエはぎこちなく笑顔を浮かべた。
隣にいるアイシャとの距離は近いのに、遠く感じる。
話してみたくて、頑張って隣に座ってみたのだが、アイシャは気づけばたくさんの人に話しかけられたり差し入れを貰っていて全然話ができる雰囲気ではなくなっていた。
ティリーエも、話を遮ってまで話すことはなかったので、食事に徹することにした。
セリオンから受け取った水をコクンと飲む。
喉から胃に伝う冷たさが、心臓にまでドロリと冷えて纏わりつくような感覚がした。
アイシャさんに、セリオンとの関係を聞きたかった。
なぜそんなに仲良しなのだろう?
もしかして恋人や婚約者だったりするのだろうか?
セリオンは、なぜティリーエより先に冷水をアイシャに渡したのか。
私だってずっと釜の前でパンを焼き続けて暑かった。
喉はカラカラだった。
でも、セリオンが一番に心配して水を渡したのはティリーエではなくアイシャだった。
そのことがショックであり、またショックを受けている自分に驚いていた。
(いつからそんなに心が狭くなったの…)
(私にも下さったのだから、それだけで感謝すべきだわ…)
美味しかった筈のケバブはすっかり冷えてしまって、硬くなった肉は飲み込むのがやっとになっていた。




