干ばつの気配③
あれから1週間の調査期間を経て、明日から西の街へ現状調査と可能な限りの支援をすることになった。
今の所、流行り病や疫病蔓延の報告が無いので、今回は医療班は出動しないことになった。
ティリーエは例外で参加することになった。
魔術師団総長からの特別要請とあれば断れない。
四次元ポケットとしての役割をしっかり果たそうと思っている。
「セリオン様、どうしたんだろう」
荷物を詰めながらティリーエはため息をついた。
ここ最近、セリオンがそっけないと言うか、目が合わないのだ。魔塔でそれぞれの階に別れる時も、何か… 渋くて酸っぱそうな顔をするのだ。
あれはどういう表情なんだろう…
ティリーエは真意を測りかねながら、まぁでも、見習い魔術師な自分に対する家主の態度なんて、そのようなものかもと思いもした。
ティリーエは、使用人としてこの家に来たわけではないことは理解したが、結局魔術師見習いとして下宿していると思っている。
伯爵家には居候していたが、侯爵家には下宿しているのだ。
魔塔で一生懸命働いて、一宿一飯の恩義を今度こそ返そうと日々熱心に取り組んでいる。
だから、魔塔で調べたことや実験結果、ヤンと協力してできるようになった治療法の報告を毎晩していたが、何故かセリオンが喜ばないのだ。
まだまだそんなもんじゃ使い物にならないということかなぁと、ティリーエは納得し、更に精進することにした。
セリオンは、以前は1日の癒やしだった夜のティリーエとの食事が、だんだん憂鬱になっていることに情けなくなっていた。
それというのも、ティリーエが説明してくれる魔塔の話の端々にヤンが出てくるのだ。
「今日は王都の治療院に出張して患者さん達を見ました。ファラ様やヤンが傷を縫合する間、痛みを感じにくくする薬草を燻して吸入させたり、症状に合わせて医術師の方が処方する薬草を調合したりしました!」
「ヤンが、コリンナ草とリコナン草を間違えて、ファラ様に叱られちゃったんですよ」
「治療院近くの山に薬草を取りにいったら急に雨が降り出して、濡れないようにヤンが上着を被せてくれたんです」
「ヤンがおやつにくれたクッキーが…」
セリオンはダイニングルームの高級椅子に座っているのに、カチカチトゲトゲの岩に座っているようだった。
侯爵家の腕利きシェフの作る料理にも味を感じず、少し痩せたような気がした。
しかしこのまま痩せたら、ティリーエの好みに近づけるだろうかなどと考えることすらあり、そんな自分が嫌になっていたのだ。
「セリオン様?」
「あ、あぁ、聞いてイルヨ…」
カタコトになるセリオンを不思議がりながら、ティリーエは続けた。
「明日の西の街への遠征は、セリオン様の第4師団と、第2師団の方が行かれるのでしたね?」
「ああ、第2師団はスヴェン師団長が水魔法属性だからな。その下にもう1人、ずば抜けて水魔法の強力な奴がいるし。
最も適任な部署だろう」
「そうなんですか」
「"西の水瓶"と言われるラーゴの湖が干上がりかけているらしいから、それを満たせる魔力量が必要だからな。ティリーエも、その点で呼ばれたのかもしれん」
「分かりました! 一生懸命頑張ります!」
荷物減らしに食事作りに水魔法強化要員にと、なんだって頑張り、セリオン様のお役に立たなくては!
ティリーエは気合いを入れ直した。
◇
「皆集まったか。それでは、出立!」
翌朝、見送りの総団長の号令でティリーエ達は王都を発った。
今回もティリーエの働きにより必要最低物資のみ運搬で、ひと揃えだけなので一行の荷物は軽い。
ただ例の如く、ティリーエは1人で馬車だ。
皆は騎馬だから、そろそろティリーエも騎馬の練習をすべきなのかもしれない。
馬車は騎馬より遅いから、皆の迷惑になっている気がする。
荷物は軽くしたから、迷惑度はプラスマイナスゼロかな…
聖力で運動神経を伸ばしたり増やしたりできないもんかな、などと考え始めた。
夜営地ではティリーエを中心に料理を始めた。
王城からの差し入れで立派な塊肉を貰っていたため、ケバブのように外側を香ばしく焼き上げながら削ぎ切りにしていくことにした。
ピタパンは簡単に作れるし、まだ初日は新鮮な野菜がたくさんあるから、それを挟んで食べたら良い。
具のバリエーションとして卵やハムも用意しよう。
そんなことを考えながら火の魔術師に作業内容を伝えていると、
「ハイハイ! 私やりまーす!!」
明るい女性の声がして、くりくりキラキラした水色の瞳の女性が走ってきた。
艶のある長いストレートヘアはポニーテールにまとめられ、元気に揺れている。
「まぁ! 女性の魔術師さんですか!? いらっしゃるとは聞いていましたが、お会いするのは初めてです」
ティリーエは少し驚いたが、料理ができる魔術師なら男女問わず大歓迎だ。
「薬師兼便利屋のティリーエです。お世話になっております」
「うん! セリオンからよく聞いてるよ!何でもできるすごい子だって! 私はアイシャよ。宜しくね!
さて、何からしたら良い?」
「!!(″セリオン″??) えっ…と、まずは石を温めてもらって… あと、皆さんが集めてくれた焚き木に火をつけるのですが」
一瞬、胸が小さく痛んだ気がしたけど何だったのだろう?
気の所為かな…
それより、火魔法使いの方と話していた時に手を上げたのだから、アイシャさんの属性は火?と思っていると、
「火ね、これくらいで良い〜!?」
元気よく両手を上げたかと思えば、天に向かって巨大な火柱が上がった。
「わっ!!」
轟轟と爆ぜる火炎放射器並の業火にティリーエが言葉を失っていると、
「アイシャやりすぎだ。 ティリーエが驚いているじゃないか」
セリオンが嗜めるように声を掛け背中を叩く。
「いっけない。やりすぎちゃったよ、タハハ」
ぺろりと舌を出し、すぐに火をしまい込んだ。
そしてすぐにセリオンに肩を寄せる。
「い、いえ! 塊肉を焼くのには、丁度よいぐらいです。ありがとうございます。
それにしても、すごい魔力ですね!」
なぜか2人を直視できないティリーエは、薪と肉を刺す棒の準備を始めたのだった。




