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セリオン、久々の帰省

その頃、セリオンは実親を訪ねていた。

セリオンの両親は、セリオンに家督を譲った後は王都の端の別邸で生活をしている。

湖畔が美しく花々に囲まれた静養地でありながら都心が近く買い物に不自由しない領地だ。

実はヴェッセル侯爵家本邸からはさほど離れていない。


仕事終わりに寄るくらいは造作もないことだった。



「まぁまぁセリオン、久しぶりね!なんだかまたガッチリしたんじゃない?」

「いやホント、我らが息子は頼り甲斐があるな。 魔物討伐も、お前が指揮すると作戦が早く終わると陛下からもお褒めの言葉を頂いているぞ」


両親は諸手を上げて歓迎してくれた。

母がギュッとハグをして、久しぶりに母の匂いに包まれる。

すると、



「マッ!!!」


母マリリンがシュバッと顔を上げ、まじまじとセリオンを見つめる。


「あなた、腕が動くのね!? 今、わたくしを抱き返してくれたわ!?」

「本当か?」


「ええ、腕の良い薬師が治してくれました」


セリオンは母から身体を離し、左手や指をひらひらと動かして見せた。



「国中のどんな有名な医術師や薬師にも無理だったのに…!」


母は早くも涙目だ。父の方は冷静で、少し驚いた後、鷹揚に頷いて言った。


「それが、噂の聖女様の力か」


「そうです。ティリーエという名前の… 心優しい人です」



「聖女様が治してくださったの? 有り難いことだわ… それは張り切って御礼をしないと!」


母は涙を拭いながらガッツポーズをした。



「御礼は… 僕がするので大丈夫です。ただ今日は、お願いがあって来ました」


「お願い? 何かしら?」

「・・・・」


母はキョトン、父はだいたい分かっているような顔をしている。

セリオンは咳払いをひとつして要件を伝えた。



「僕はその、薬師、聖女であるティリーエに好意を抱いている。交際を申し込みたいと思っているんだ。

一応、事前に父さんと母さんに伝えておこうと思って、今日は別邸(ここ)へ寄ったんだ」



「えっ!?セリオンが!? その人を好きになったの!?」

「・・・・」


「ティリーエは、人想いで優しくて何にでも一生懸命な人だ。その人柄に惹かれていると気づいた。これからも側にいて欲しいと思っている」



「あらあらあら まぁまぁまぁ! あの、女性に興味の無かったセリオンが! あぁまた涙が…」

「・・・」



感激して大袈裟に涙を拭っている母とは対照的に、父は少し難しい顔をしている。


「どうしたの、あなた。セリオンに好きな人ができたのだから、喜ばなくちゃ」

「そうだな。まずは…嬉しい気持ちだ。セリオンの腕を治してくれたことも、セリオンに女性を好ましく思う気持ちを与えてくれたことも。父として喜ばしい気持ちで一杯だ。

だが・・」


父は少し言葉を濁してから聞いた。


「ティリーエさんは、確か平民の娘さんだろう?」


聖女ティリーエが薬師で平民の出であることは、新聞などで周知の事実だ。だからこそ、陛下直々に褒章を貰う栄誉に預ったティリーエは取り沙汰され、平民を中心に皆の憧れとなったのだ。



「そうです。聖女と呼ばれるまでは薬師、平民として祖父と暮らしていたそうです。本来の血筋としては貴族ですが、諸事情で生家は没落しました」


ナーウィス伯爵家は、町娘(ティリーエ母)の轢き逃げと、聖女(ティリーエ)監禁致傷の罪で一家投獄中だ。

まだ、処罰は決まっていないが、取り調べや証拠立証は終わっていて有罪は確定的、伯爵家の権利は剥奪され、事実上の没落が決まっている。



「そうなのね、平民の方でも構わないわよ、私は。貴方の愛する人なら誰でも」


母はカラリと笑う。母は単純で愛情深く、身分で人を判断しない。セリオンは、母のそういう所が小さな頃から好きだった。


問題は、前侯爵である父だった。



「交際するくらいなら、構わない。だが、交際と婚姻は別だ。確かそのお嬢さんの生家が没落した理由は、犯罪絡みだったのではなかったかな。違うか?」


「・・そう、なりますね」


「エッ!? そうなの!?」


さすがに、母は知らないが、父は王国の内情に詳しい。

外交官であり他国の情報によく通じている父は、王や宰相からよく相談を受けていた。

ティリーエの生家、伯爵家のことは、多少聞き及んでいるらしかった。



「平民というだけならまだ・・考える余地があるが、現在平民かつ犯罪者の娘とあっては、侯爵家の女主人として簡単には認められない」


「生家の罪など、ティリーエとは関係ないだろ」


セリオンもカチンときて言葉が荒くなる。


「関係ないことはない。侯爵家の当主夫人ともなれば、社交は逃れられない。茶会や夜会らパーティに招待されることも、自らが主催することもあるだろう。

その時、身内の泥を揶揄したり、面白おかしく言い振れる者が必ず現れる。

それが彼女に耐えられるだろうか?

私はそれを心配しているのだ」



セリオンは唇を噛んで黙った。

いつも父の言うことは正論だ。そして相手を心配するフリをして、自分の思う通りに動かそうとする所も、昔と変わっていなかった。


そんな父親と合わず、連絡もとっていなかったが、今回はそうもいかず、訪問するに至っていた。

言い返したいが、しかし確かにティリーエには酷だとも思えて、何も言えずにいる。悔しさだけが、歯の間で燻った。



「何だか難しい話になってきたわね。その子の親は、どんな罪を犯したの?」


「ティリーエは伯爵家の婚外子ですが、その実の母親の殺害と、ティリーエの拉致監禁致傷です。また、ティリーエの幼少期には虐待をしていました」


虐待については、過去の使用人からほとんど裏がとれている。これだけでは大きな罪に問えないが、他の罪と合わせて償わせるつもりだ。


「何と言うことを… とんでもない親ね。 

それは、ティリーエさんには本当に何の罪もないけれど、確かに、社交界のゴシップとしては格好の餌だわ…

辛い立場に立たされるのかも…」


母まで暗い顔になり、心配そうにセリオンを見上げる。

母は純粋に心配している。もともと貴族のマナーやルールを知らない平民というだけで社交は難しいのに、そこに婚外子や家族の犯罪などが加われば、ますます苦労するだろう。

生家の後ろ盾もなく、好意的な雰囲気でない茶会ほど居づらいものはないのだ。



「ティリーエには社交など必要ありません」


セリオンが硬い表情で言い返す。


「社交をしないなら、情報も人脈も得られないわ。それに、閉じ込めておくのも、可哀想よ。お友達だってできるのだし」

「その通りだ。まぁ・・もしその娘が何か、変な噂や心無い中傷を跳ね返すような強みが得られたなら、話は変わるがな」



貴族というものは、自分が関わって得になる相手に対して中傷はしない。取るに足らないと判断した相手には、日頃の鬱憤を晴らすように容赦なく貶める者がいる。



結局、結論が出ないまま、久々の訪問は終わった。



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