ティリーエ、魔塔で働く⑥
1週間のうちに、予定通り農作業と家屋改修(隙間風ガード)は完了した。
思わぬ収穫は、草魔法と土魔法を掛け合せると、かなり質の良い腐葉土を作れることが分かったことだ。
ティリーエが持参した腐葉土より、この土地に合ったものを作ることができた。
これを多くの畑で活用した。
また、食べ終わった生ゴミや、野菜の皮などのクズから肥料を作るコンポストも街人に教えた。
祖父が昔からしていた方法だったが、街人は誰も知らなかったので、今後はぜひ有効活用して貰いたい。
草魔法で活性化した苗類は通常より早く、また丈夫に芽吹いている。
土壌改良もしたので、収穫は確約されている。
◇
「本当に、ありがとうございました」
街を去る時、神官から御礼を言われた。
「皆だいぶ元気になり、食事をしっかり摂れて動けるようになりました」
「いえいえ、伝染病みたいな悪い病じゃなくて良かったですね」
ティリーエも達成感があり笑顔で返す。
今回は、聖力の力は間接的で、結局は人力で治癒に導いたようなものだ。
皆の力を合わせて解決できたことを、とても嬉しく思っていた。
神殿で療養中だった患者さんは、軒並み快方に向かっているらしい。基本的にはティリーエは畑作業の音頭取りを、デール隊長は家屋改修や衣類配布の管理、神殿の患者看護や療養はファラとヤンと分担していた。
神殿からは、ここ数日で家に戻れた人も多いと聞いている。
思ったより回復が早くて良かった良かった。
すると、
「せ… 聖女様…」
魔術師団員や兵士に隠れて気づかなかったが、振り返れば街人がたくさん、見送りに来ていた。
「皆様、本当にお疲れ様でした。 またお困りのことがあれば、神官様を通じてご連絡下さい。 微力ながら、何かお手伝いさせて頂きますから」
ティリーエがそう言えば、
「聖女様、最初に来られた時、失礼な態度をとってすまんかったな」
「申し訳ない」
「正直、奇跡の力で労せずに何とかして貰おうなんて思っていたから、勝手に落胆してアンタ達に八つ当たりしてたんだ。だが、アンタ達は我々を見捨てず一緒に畑を耕して手を汚して、生活を整えてくれた」
「家は寒さがだいぶ減ったし、着るものも温かいものを頂いて、毎晩よく眠れる」
「こんなにお腹いっぱい食べて過ごせたのは、聖女様達のお陰だ。来年のことまで設えてくれて、本当にありがたい」
「このご恩は忘れません。また、じゃが芋ができる頃には、ぜひ遊びに来て下さい。ここらは春になると、紫の小さな花が一面に咲いて、大変綺麗ですから」
皆、恥ずかしそうに、気まずそうにモジモジしながらも、精一杯感謝の気持ちを伝えてくれた。
「こちらこそ、畑のこと、作物のことが勉強になりましたし、魔法の活用としては新しい道も見つけました。
不慣れで怪しい一団だったと思いますが、皆様が協力して下さったので、期待以上の成果が得られそうです。
ありがとうございました。
春にはぜひ、こちらに寄させて頂きますね」
ティリーエと街人は握手をしたりハグをしたりし、また街人は兵士や魔術師とも言葉を交わして謝意を伝えていた。
「ではそろそろ出発しよう」
隊長の号令で、帰路に着く。
行きと同じく、ティリーエとファラが馬車、あとは騎馬だった。
ファラは疲れていたようで、出発と同時にねむり込んでしまった。ティリーエも、知らない間に微睡みに落ちていった。
荷物が軽いぶん、一行はどんどん進んだ。
夜営地の晩餐では、どちらかと言うと、打ち上げに近い雰囲気となった。
結局街人にはとても感謝されたし、街人が元気になっていく様子を肌で感じることができて、兵士や魔術師の団員もかなり嬉しかったようだ。
通常の医療遠征は、医術師と薬師があくせく働く間、兵士や魔術師は補助程度の働きしかできないものらしい。
彼らは荷運びや生活魔法の提供が主な役割で、いざ目的地で活躍することは少ない。
苦しむ現地民の人々に何かしてあげたいが、何もできないというジレンマの中にいるのが常だったが、今回は別々の作業をしていても皆で同じ目標に向かって働き、死相の出ている街人が元気になる様を一緒に見れたのだ。
その充実感や効力感が、大きな達成感となっている。
ティリーエは近くの街で仕入れた果実酒や発泡酒を複製して、皆に振る舞った。
食事も、チーズや燻製肉を使ったおつまみ系にし、貰ったじゃが芋を切って素揚げにしたポテトフライも作った。
「「「ウマ〜〜〜〜〜!!」」」
「「「ぷはー!!!」」」
皆、久々のアルコールを気持ちよく飲み、歌い、楽しい宴会となったのだ。
焚き火がキャンプファイヤーみたいに揺れて賑やかな様子に、ティリーエが嬉しくなっていると、ヤンが話しかけてきた。
「僕、医療遠征は何度か同行させて頂きましたが、今回のようなケースは初めてです。ティリーエさんはよく原因を気づかれましたね。お若いのにすごいです…」
「えっ! 若いって、そうでもないですよ。ヤンさんはおいくつなのですか?」
「僕は17です」
「あら!私のひとつ年上ですね! いやいや、そんなに変わらないじゃないですか。私のことは呼び捨てで良いですよ」
そう笑ってから続ける。
「あぁ、今回は病気らしい病気ではなかったので、医術師の方の領分からは少し離れていたでしょう」
「はい。でも、ファラ様は生き生き加療をされていました」
一番仲良し姉弟だったディアナ様得意の食養生が主の治療だったのだ。きっと、いつも以上にやり甲斐があったのだろう。ファラ様じゃなければ、普通の医術師では治療法をよく知らなかったかもしれない。
「ティリーエさんは、いつの時点から今回の街人の症状が壊血病だと思っておられたのですか?
他に、疑っていた病気はありますか?」
そう聞かれて、ティリーエは自分なりの分析を丁寧に話しだした。
他に疑っていた病気や鑑別診断として考えていた検査、用意していたものなどをヤンにひとつずつ説明する。
ヤンは、そのひとつひとつに相槌を打って関心して、時にメモをとっていたが、だんだんとティリーエの桜色の唇が動く様子に見とれ、話が頭に入らなくなっていた。
一生懸命話をしながら顔を顰めたり思い出し笑いをしたりして、ティリーエは表情豊かに説明している。
その横顔を、ずっと見ていたいとヤンは思った。




