ティリーエ、魔塔で働く③
皆の腹が満たされた頃を見計らって、氷魔術師に作って貰った氷器に羊の乳と砂糖、卵を入れて撹拌する。
甘くてつめたいバニラアイスクリームが完成した。
これも人数分複製して皆に配った。
「甘〜い! 冷たくて美味しい!!」
「初めて食べた! スッと溶ける」
「この香辛料料理で熱くなった口の後味にぴったりだ!」
辛いカレーの後のデザートはアイスクリームと、ティリーエは決めていた。
今回は氷魔術師が同行してくれることも知っていたので、ちょっとワガママを言って協力して貰ったのだ。
セリオン恐怖症らしい彼は、2つ返事で了承してくれた。
アイスクリームが好評だったことに満足しながら、初めてついていった遠征のことを思い出す。
あの時は、まだこの力のことを明らかにしていなかったから、色々とやり辛い部分があったが、今はそれと比べればかなり楽だ。
団員も、不安材料が解消されて皆和気あいあいとしている。
その姿を横目で見ながら、ティリーエは20個の鍋を集めた。これを洗うのは一苦労で、そのために補助員をいつも何人か連れてくるが、今回はティリーエだけだ。
ヤンが、手伝いますよとティリーエに駆け寄るが、ティリーエは断ってから沸かしたお湯に手を翳すと、お湯が龍のように溢れて昇り、渦を巻きながら鍋の中を濯いでいく。
「す… スッゲェ…」
最初の鍋1つ以外の19個の鍋が宙に浮き、それぞれをお湯が練り回している様子は壮観だった。
ピカピカに綺麗になり、風魔法で乾かしてもらった鍋は、ティリーエの手でグッと握った拳と同時に消えてなくなった。
複製したものは、操ることは勿論、消失させることができる。
「ふぅ…」
スカートの埃を払い、元の鍋も全自動濯ぎを終えて乾かせば、
「ティリーエさん、まじ神!!」
「便利すぎるだろ、その魔法…!」
「鮮やか〜!!凄すぎ!!」
「ごちそうさまでした!!メッチャ美味しかったです」
その場はまるでマジックショーを見た観客のように拍手喝采に包まれた。
テントも寝具も人数分複製して配り、皆個室テントで夜はゆっくり休めたのだった。
◇
予定よりかなり早く北の街の果て、ハムサに着いた。
痩せた土地らしく、あまり草も生えていない。
土は硬く締まり、耕すのは並大抵の力では無理そうな土壌だった。
馬の蹄の音が高く響く。
一行は街の庁舎に到着の挨拶をし、神殿に向かった。
この街では神殿で病人や怪我人を見ているようだ。
「王都から遥々、ようこそおいで下さいました。感謝致します」
神官が礼を取り、移動しながら現状の報告を始めた。
「こちらが、療養室です」
案内された部屋は清潔ではあったが寒々しく、横たわる病人は痩せていて顔色が悪い。
「動けなくなった者は、特別には熱や咳や喉など風邪症状がなく、薬でどうこうできる様子ではないのです。まぁ、薬草もほとんど無いのですが…。
弱った身体で動くからか、膝や腰を痛がる者が増えました。
最初は、ここ数年の不作による栄養失調かと思っていたのですが、最近、身体に斑点が出たり手足が腫れる者が出ていて…
そのような症状を見たことがなかったので、もしや伝染病ではないかと王都に助けを求めた所なのです」
「なるほど… とにかく、1度診させて頂きましょう」
今回の遠征隊における医療部員は、医術師ファラ、医術師見習いヤン、薬師ティリーエだ。
あとは護衛と、荷運び担当兵士、生活魔法の補助魔術師達である。
調理器具や食材を削減したぶん、温かい衣料品や寝具、家財改修のための機材をたくさん持ってくることができた。
勿論、王城支給、国庫からの配給品だ。
まずはこの土地の寒さから皆が身を守れるよう、保温性の高い服を配り、家屋の隙間風を塞ぐ作業を兵士達に依頼した。
荷物がいつもの1/3と軽く、3食しっかり食べていた兵士や騎士、魔術師達は元気ばりばりで、働く気まんまんだった。
その間に、ファラ達は神殿の患者さん達の診察と治療を行う。
「ヤン、どう思う?」
初めの頃ティリーエにしたように、ファラはヤンに問いかける。ヤンは患者の手に触れ顔に触れて診察してから、小声で自信無さそうに見解を口にする。
「ま、瞼が白くて…皆さん重度の貧血の症状です。 み、脈も早いですし、息切れをしているので総血液量が少ないためだと思います」
「ふむ、そうだね。 確かに、貧血は重そうだ。でも、それだけではないね」
ファラはティリーエをちらりと見た。
ティリーエは深刻な顔をして、神官に尋ねる。
「こちらでは、不作が続いていると言っておられましたが、特にどのようなものが育ちにくかったのですか?」
「はい。ハムサでは、長らくじゃがいもを主食にしておりました。じゃがいもは、寒さが厳しい年や比較的環境が悪くても育ちやすくて、ふかせば食べられるので重宝していたのですが、去年から全然採れなくて…
今年は種芋も残せそうにないくらいです。かき集めてもあと一袋しか残っていません。
もちろん、葉野菜は全くで、芽すら出ませんでした」
「では、現在の主食は何を召し上がっておられるのでしょうか?」
「ありがたいことに、王城からの支給で小麦粉は頂いていますので、簡易なパンを焼いて食べています。今は…そうですね、それが唯一の食べ物かもしれません。それでも、腹に入るものがあるだけ、大変有り難いです」
「なるほど…」
ティリーエは頷いて、再度患者さんを見つめた。
肌にある青紫や黄緑の斑点は、どちらかというと内出血の跡のようだ。目も爪も唇も、貧血を表す色をしているし、確かに脈が早い。だが、貧血だけとは思えない。
「体調は、いかがですか?」
尋ねられた男性は、しばらく空いて呻くように答えた。
「怠くて…身体が動かないんだ。膝が痛くて足が重い…」
声を出すだけで息が切れていてかなり辛そうだ。
「口を開けてみて下さい」
そう言われて、力なく開けた口から見えた歯茎は、かなりの部分から出血していた。




