ティリーエ、魔塔で働く②
翌日は北の街の端、ハムサに出掛けることになっていた。
北の街といってもかなり広く、魔物討伐の時に遠征した街とはまた違う地域だ。
王国北部は1年じゅう気温が低く、なかなか植物か育ちにくいから薬草が少ないのだ。
病に伏しても薬草が手に入りにくく、食べ物も限られるから栄養も取りづらい。しかも寒いだけで体力が奪われる。
結局、病気になりやすく治りにくい地域なのだ。
「もうすぐ出発だが、準備はできているか。
ん…?
荷物が… これだけだと!?」
遠征には、医療班だけでなく、警護兵や生活魔法の魔術師が同行する。
だから、北の街の住民への薬草や医療物資、食料だけでなく遠征部隊の生活用品を運ばねばならない。
調理器具や夜営の寝具、テントなどもある。
だから、いつもかなりの荷物で大行列になるのだ。
だというのに、今回はその荷が半分以下…いや1/3以下なのだ。
今回の遠征隊長、デールが目を丸くしている。
「あの、ティリーエさんが、全て一揃えで良いと…」
オロオロしながら、ティリーエの世話係、ヤンが補足する。
「鍋や調理器具、食材も、ひと種類ずつあれば複製できますから…。 食材は、現地調達でも充分ですし。
少しでも旅の荷は少ないほうが、兵士の方々もお馬さんも、楽だと思いまして」
荷を担ぐために連れられている兵士だって人間だ。重い荷を担いで2日動くのは普通に辛い。
遠征部隊全員に配る食料や鍋だけでかなりの重量なのだ。
通例では兵士一人の荷物はじゃがいも6kgに人参3kg、鉄鍋ひとつ2kg、それに剣や盾などとなり、かなりの重量であった。
しかし今日は、じゃがいも1個130g、人参1本80gと剣で良くなったのだ。
登山用リュックからウエストポーチくらいの差がある。
1人で色々持たなければならなかったのに、食材だけの兵士、鍋だけ、テントだけの兵士などに分かれ、それぞれがかなり身軽になっていた。
「それは… 確かにそうだ。
だが君1人に頼るのは正直不安な部分があるから、5揃えくらいは用意させてくれ。
それでも大幅に荷を減らすことができる」
「大丈夫だよ! ティリーエは。デール隊長も見ただろ? あの報告書。 ナイフもフォークもあれだけ増やせるんだもの。鍋も機材も心配ないさ」
「ファラ様。 そうでしたね。あれには私も驚かされました。複製し、操る能力とは、遠征には大変ありがたいものです」
デールとティリーエは初対面であり、やや不安そうであったが、大筋ではティリーエの提案を受け入れてくれた。
ちなみにティリーエは、カトラリー暴発事件が周知されていることに羞恥心で死にそうだった。
ティリーエとファラは馬車に乗り込んだ。
それ以外の団員は全員騎馬だ。
北の街までは通常移動で1日半かかるが、大荷物と大人数なので遠征時は2日強かかると見込まれていた。
しかし、身軽になって馬も楽なのか、休憩や乗り換えの頻度が大幅に減り、予定よりかなり早く着く見通しだ。
「よし! この辺りで夜営をしよう」
デール隊長の合図で皆が馬を降りる。丁度よい小さな森と林の場所だった。
兵士がかついできた鍋や食料を中央に集める。
それは、家族4人が食べる晩御飯程度の材料だった。
「おい… 本当にあんなので大丈夫なのか…?」
「俺、腹ぺこぺこだ… もし飯抜きとなれば、明日は動けないぜ…」
「ここまでは軽くて楽だったけど、何か不安になってきた…」
兵士や魔術師団員の呟きや声がちらほら聞こえるが、ティリーエは気にしない。
「大丈夫ですよ、皆様! しばらく休憩しながらお待ち下さい。そうですね… 飲み水だけ、近くの川から汲んできて頂けると助かります」
「分かりました。ご用意します」
ヤンが頷いて、数人の兵士と森に入った。
ティリーエは鞄から薬草をいくつか取り出した。
これらは薬草でもあるが、炒めて香りを出すととても香ばしく良い風味となるのだ。
薪に火魔術師に火を焚べてもらい、フライパンをかける。
弱火で微塵切りの大蒜や生姜、数種類のスパイスを順番に煎り始め、そこに小麦粉を足して更に煎る。
その茶色くなった粉の塊を1度取り出して冷ます。
空になったフライパンには脂の乗ったシシ肉を豪快に乗せた。
ジュワ〜〜〜!!と音を立てて脂が溶け出し、一気に食欲をそそる匂いが漂い始めた。
「メッチャ良い匂い!!」
「何の料理だ??」
周囲で見ていた団員達が寄ってくる。
ティリーエは近くの隊員に肉を6面焼くようお願いし、その間に野菜の下拵えをする。
玉ねぎ、じゃがいも、人参の皮を剥いて適当に切り、それらを複製する。
焼いた肉の塊を切り株に出し、一口サイズに切り分けて、野菜と共に寸胴鍋に投入、しばらく炒め合わせた。
戻ってきたヤン達から水を受け取って投入し、岩塩で味を整える。
ぐつぐつと煮込む間に酵母を入れた小麦粉を捏ねてパン生地を作り、少し置いておく。
「スープか? 具沢山だな」
「北に来てだいぶ冷えてきたから有り難い」
「だがそれでも、2家族分程度の量だぞ…」
皆が期待と不安の入り混じった表情で見守る中、ティリーエは先程作って冷ましておいた茶色の塊を鍋に溶かし入れる。
辺りは一気にスパイシーな香りに包まれる。
「ティリーエ、カレー作ってるの!?」
嬉しそうにファラが寄ってきた。
「ええ。ディアナ様に教わった、身体を温めて病気から縁遠くする薬膳料理よ」
「うんうん!僕も好きなんだぁ。祖国では、よく食べてた」
野菜がだいぶ柔らかく煮込まれた所で、一回り大きくなったパン生地を伸ばす。
ペチーン!と良い音がして、平たくなったパン生地は熱い壺の内側に貼り付けられた。
すぐにぷくぷくと膨らみ、こんがりふっくらしたナンが焼き上がった。
夜営地には勿論オーブンが無いので、こういった即席パンはお役立ちだ。
周囲から待ちきれない団員のお腹の音が大合唱し始めたため、ティリーエは手を広げ、念じる。
複製!!
「「「わぁっ!! すっげー!!!」」」
若い魔術師や兵士は、眼の前に広がる光景に正直に驚いた。
ぐつぐつと良い香りのする寸胴鍋が20個、焼き立てパンも同じくらい展開されている。
次々と皿やスプーンが複製され、隊員の前に並べられた。
お腹いっぱいになるかどうかより、食べきれるか心配なくらいの食糧量に歓喜の声が上がる。
夜営地の食事はいつも乾いたパンと干し肉で、最低限の量だ。温かい手作り料理で満腹になるなんてあり得なかった。
今回は魔物討伐でないから、匂いに配慮もしなくて良い。
「さぁ、お召し上がり下さい。 おかわりはいくらでもありますので遠慮なさらずに」
ティリーエの合図は大歓声に掻き消された。




