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神メイド

「ありえないだろう…!?」



ヴェッセル侯爵家の当主である、セリオン=ヴェッセルはその日の報告を聞いて驚愕していた。


ヴェッセル家はこのシャムス王国の魔術師団に勤める家系で、セリオンはその第4師団長だ。

魔法属性は氷で、攻撃魔法に特化している。




16〜18歳で婚約者を決めるのが普通のこの国で、22歳になってもそんな気配のないセリオンは、前団長である父や王子から口を酸っぱくして薦められ、何度か見合いを行った。


セリオンは漆黒の短髪に紺色の瞳のガッチリ体型… 要はガテン系男子で、背も地位も高い優良物件だったが、数年前の魔物討伐で受けた傷が原因で、左手を動かすことができない。

幸い、魔物との戦闘は主に魔法攻撃で行うため、左手が動かなくても問題なく任務は全うできる。

ただ、日常生活はそれなりに不自由するから、色々と工夫をして暮らしている。



見合いで会った女性はだいたい、動かない左手に隠しきれない不安感や、哀れみの視線を向ける。

私が侯爵様をお支えしますなどと擦り寄ってくるパターンもあった。



セリオンは師団長であるプライドと、任務で負った傷にも誇りを持っており、引け目を感じていない。

顔を洗う時やブーツの紐を結ぶ時、ボタンを留める時などに少し不自由するが、それだけだ。

別に困っていない。

それに対し、これまで何の痛みも矜持も無く、労働などしたことがない、生まれた時からぬくぬく暮らしているのが"令嬢"という生き物だと思っている。

そんな生き物に同情などされるのは、吐き気がする程嫌なのだ。

もし同じ戦場を駆けた同志に、この怪我について慰められたとて、こんな気持ちにはならないだろう。



何回見合いをしても好ましい令嬢には会えず、失望するばかり。

しかしセリオンは長男で、他に兄弟がいない。

両親は跡取りを切望しており、いよいよ逃れられなくなって、近いうちに誰か適当な令嬢を娶ることになっていた。



でも、意味不明の軟弱令嬢などと一緒に住みたくない。


そういうわけで、離れの部屋を設えることになったのだ。

もう何年も使っていない、壁も床もホコリまみれ、ガラスは霞んで外の景色も楽しめない汚部屋だ。

多少掃除をしたとして限度があり、普通の令嬢なら住むことを嫌がるだろうと思った。

向こうから出ていってくれたら万々歳。

こちらは彼女を気に入っていたんだけれどと残念そうにする作戦だった。



ヴェッセル侯爵家は、というかセリオンは、あまり他者を信用しない。

魔術師団長として、揚げ足を取られたり地位を狙われることもあるため、使用人は極力減らしている。

最低人数で運用しているから、こんな離れの汚部屋掃除に充てがう人材がいないのだ。

また、左手の動かないセリオンは、掃除の協力は難しい。



そんな時、ナーウィス伯爵家の腕利きメイドのレンタルサービスを耳にした。

聞いたことのない商売だったが、別に人身売買でないし、対価を払って単発の仕事を発注するなら悪くないと思った。

離れだから本邸に入れなくて良い。

伯爵家は一応高位貴族であり信頼も堅い。

結構な額を吹っかけられたが、お金には困っていなかったので即金で支払った。



そうして来た"腕利きメイド"を見て、セリオンは絶句した。


明らかに栄養の足りていない、枯れ木のような老婆だった。

黄ばんだ白髪?なのかバサバサの髪を無造作にまとめているが前髪が異様に長い。

血の気の引いた青白い肌に落ちくぼんでギョロリとした目がその隙間から見える。

頬はコケ、しゃれこうべ一歩手前な感じだ。

加えて、齢に似合わないフリルのメイド服を着ているため、そのちぐはぐさに恐怖すら感じる。


そんな老婆が、歩くのがやっと、といった様子で屋敷に近づいてきたのだ。

頭を下げられた時は、ふらついたのかと思って手を差し伸べそうになったくらいだった。



確か、伯爵家との契約では、1日であの部屋の掃除を終わらせる予定だった。

ものすごい汚部屋だから、メイド1人で1日掃除なら、せいぜい物置程度、パッと見える所だけでもざっくり綺麗にしてくれたら良いと思って頼んだ。

しかしどうだ。 

あの様子では、それすら難しいだろう。

完全に騙された!


やはり他人はあてにできない。

無駄金を払ってしまった。



歯噛みする思いで仕事に向かい、、



帰ってきてメイド長に件の部屋を確認して驚愕したのだ。




床も壁も光るようにピカピカ。

重たいソファやベッドの下の埃も全く無く、高い所にある絵の後ろの壁までもつやつやだ。

窓ガラスも透き通って、侯爵家自慢の庭がよく見える。

新築同様といっても過言でない。

多分、ワックスまでかけてある。



「そ… んな馬鹿な… 」



シャンデリアの電球ひとつひとつまで磨かれ、光り輝いていた。




いつもは感情を表に出さないセリオンが、顎が外れんばかりに驚いている様子を見て、メイド長はさらに伝えた。



「坊ちゃま… しかも彼女は、これを3刻ほどでやり遂げました」



「さんこく」




1日でも驚きの仕上がりというのに、たった3時間で終わらせた、というのだ。

(しかも実は間でちょっと寝ている)

信じられないコストパフォーマンス。

しかもあんな老婆が1人で重い家具を持ち上げ、手の届かない場所を磨くなど、どう考えても不可能だ。



「一体どうして… どうやった…? 」



作業姿は何人たりとも見てはいけないのが依頼条件とあって、メイド長も首を振るばかり。



セリオンは、メイドの2つ名を思い出していた。


『絶対無理な納期で最高の仕事をする神メイド』



確かに、その通りだった。



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