ティリーエ、侯爵家へ②
「ティリーエ! よく来てくれた。旅の疲れは残ってないかな。祖父殿と今日はゆっくりしてくれると良い」
ディナーに誘われたティリーエは、部屋に用意されていた桃色のワンピースを着て出て来た。
いつか紺色のドレスを着ている時は"月の女神のよう"に、どちらかと言うと大人びて無機質な美しさだったが、華やかで明るいワンピースを着ている時は、年相応に幼さを残した可愛らしさが際立っている。
「すみません、またこのような服をご用意頂いて…。
また、祖父も今晩ご厄介になり申し訳ないです」
働く気マンマンだったティリーエは、綺麗めなワンピースやドレスなどは一切持ってこなかった。
しかし、部屋にはたくさんのワンピースや服が置いてあり、3メイドの言葉に甘えて着てみたのだった。
「いや、これは我が侯爵家の歓迎の気持ちだ。よく似合っている」
「はっはっは、馬子にも衣装とはよく言ったものです。
普段はガサガサしているこの子しか知りませんが、こうして着飾るとまるで淑やかな娘のように見えますね。
今日はお世話になります」
「お祖父ちゃん、失礼よ」
祖父が現れて余計なことを言い、ティリーエを怒らせる。
もちろんお互い本気ではなく、そのような2人の掛け合いを、セリオンは目を細めて見ていた。
祖父は貴族のコース料理など食べたことがなかったらしく、侯爵家のディナーメニューのひとつひとつに、美しい!とか、美味しい!とか、歯ごたえが楽しいですな!などを嘆息しなが、口に運んでいる。
ティリーエもメインの鹿肉のレアローストを切り分けながらそっと目をやれば、ちゃんと右手でナイフ、左手でフォークを滑らかに操るセリオンと目が合った。
セリオンは少し驚いたようだが、すぐ得意気に切り分けてぱくりと噛みついた。
前は、予め切り分けられた肉をフォークで食べていたのだ。
今は不自由なくナイフを使えている。
ふふんっと、わざと笑って食べる姿が可愛くて、思わずにやけてしまう。
7つも歳上の男性を可愛いと思うなんて、怒られてしまうかしらと思い直し、緩む頬を無理矢理引き締めて、咀嚼に徹することにした。
セリオンは、ティリーエに治してもらった腕はもう左右遜色なく使えるようになり、ナイフなんてお手の物だった。それをティリーエにアピールしてみたら、くすっと笑われた。
花びらのようなワンピースのフリルが揺れる間から見えた微笑は天使のようで、思わず呆けそうになる。
いかんいかんと思い直し、緩む頬を無理矢理引き締めて、咀嚼に徹することにした。
お互いをちら見してはもぐもぐと口を動かし、また目が合っては赤面する、をしばらく繰り返すことになった。
祖父は、魚のフライに使われているつぶつぶした衣のことや、珍しい豆のスープ、焼き立てさくさくのクロワッサンについてあれこれ褒めそやしていたが、2人がお互いのことしか見ていない(聞いていない)ことに途中で気づき、以降は黙って食べた。
「では、私は明日から王城に出仕するのですね?」
「ああ。所属は私と同じく魔術師団ということになっているが、ファラ様と一緒に地域での医療活動をして貰うようだ」
ティリーエの仕事については、巡回と治療だった。
護衛付きの魔術師治療団は、医術師や薬師のいない僻地へ遠征し、治療を行うという仕事があるのだそうだ。
魔物討伐がない時は、そのように力を発揮していたのだ。
「そのような仕事があるのですか。至らない点もあるかと思いますが、精一杯頑張ります!」
「ああ、まずは仕事に慣れるくらいで良いと思う」
「護衛がつくなら安心じゃな。皆の役に立ってきなさい」
◇
その夜。
ノックの音がして、ティリーエの部屋に祖父が訪れた。
「どうしたの?」
「明日にはここを発つから、最後に孫の顔を見ておこうかなとな」
「またいつでも会えるよ!」
にこにこと笑うティリーエは、自身の置かれている状況を全く分かっていないようだ。
「今日、セリオン様とお話したが、彼の人は本当に思慮深く優しい御方だ。これからのことは2人でよく相談して決めなさい。
また、お前も年頃だ。もし意中の男性が現れたなら、全力でぶつかりなさい。あまり難しく考えないことだ。
私は、お前が好きになった人なら、誰であっても反対はしないから、全力でぶつかりなさい」
祖父における恋愛テクは、"全力でぶつかる"一択らしい。
「お祖父ちゃんたらもう…! まずはこのお屋敷で働いて、あとは魔術師団でもお世話になるのだもの。セリオン様にはこれまでのご恩をお返しするために精一杯頑張るつもり。
それ以外、恋愛なんて考えている暇は無いと思うわ」
「う…うむ… まぁ… セリオン様へのご恩の返し方は、その… なんだ。 むにゃむにゃ」
歯切れの悪い祖父に首を傾げながら、ティリーエはムンっと気合を入れ直したのだった。




