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セリオンの帰宅

「ただいま戻った」


ティリーエの祖父は、セリオンの提案を聞いて複雑な表情を浮かべていた。

今はやっと孫の無事を確認したばかりだからと、少し考えたいと答えたため、セリオンは了承して侯爵邸に帰ってきたのだ。




「おかえりなさい旦那様!!」

「おかえりなさいセリオン様!」

「…あれ? ティリーエさんは?」



迎えに出て来たメイド3人娘は、セリオンから事前に、もしかしたらティリーエを連れて帰って来るかもしれないから部屋を設えておくように言われていた。

だから、いよいよかと張り切っていたのだが、セリオンの後ろには御者が礼をしているだけで、あとは空の馬車があるだけだった。



「数日、考えたいそうだ。まぁ、無理もない。祖父殿は食事もとれない憔悴ぶりだったから、しばらくは2人で過ごすことになるだろう」


セリオンが上着をビアードに渡す。



「なんだぁ、そしたらまだ先かぁ」

「せっかく久々に会えると思ったのに」

「とうとう旦那様にお嫁様がと思ったのに」


3メイドが一様に口を尖らかす。



「これ! なんですかご当主様にその態度は。

まぁ…

うちの奥手で女性に縁遠い坊っちゃんが、意中の女性にちゃんと求婚ができたこと、またその返事を待つ度量を示せたことだけで上出来ですよ。ティリーエさんのご家族も拉致事件のあとでは、そのような浮ついた気分にはなりにくいもの。

急いで連れて来ずに考えさせて差し上げるとは、なかなか優しく包容力のある男性に御成りです。

私は嬉しく思います…」


メイド長のノンナは目頭を押さえた。



「確かに」

「がっつく男ってカッコ悪いわ」

「大人の余裕ってやつね」


3メイドは不満顔から晴れさせ、キラキラした瞳を向けてきた。その輝きに気圧されたので、セリオンは少し訂正した。



「厳密には、求婚はしていない。我が家に住まないかと言っただけだ」



「は」

「え?」

「まぁでも、"(ウチ)に住まないか"は嫁に来いって意味でしょうよ」



3メイドは少し怪訝そうに言う。

執事のビアードが表情をやや硬くして尋ねた。



「最低でも、好意は伝えられていますよね?」



「え…  いや?」



「「「???」」」



「聖女は狙われて危ないから、うちに来ると安全…という趣旨の話をしたな」



セリオンがアゴを撫でるのを、メイド4名と執事は目を丸くして眺めていたが、一呼吸置いて叫んだ。




「「「デジャブ〜〜〜!! このヘタレ当主!!」」」



「はぁ? どうしてヘタレになるんだ??」



「絶好の機会でしたのに!!」


「絶好の機会??」



3メイドが驚愕の表情で言葉を続ける。

ノンナすら、信じられないという顔で首を振っている。ビアードも、ぽかんと口を開けている。


この騒ぎとセリオンの帰宅に、料理長など他の使用人も集まって来ていた。



「セリオン様、ティリーエさんに好意はあるでしょう?」


「それは、うむ」


「お嫁さんにしたいと思ってるでしょう?」


「もしできれば、うむ」


「ならそう言わないと!!」


「う…」


「そんなゆる〜い誘い文句なら、ティリーエさんのことだから"使用人としてお世話になります♡"とか元気に言って来られるかもしれませんよ!?」


「む…」



「実質的な親権者のお祖父様もおられたのに…。

怖い思いをされたティリーエさんも、今ならグラリと来易かったでしょうに…」



「いや… だが、そこにつけ込むのは如何なものかと思ってな…」



「今話さずに、いつ話すのですか!」

「セリオン様の臆病者!」

「ヘタレ!」



いつかと同じく好き勝手言われてタジタジのセリオンと、先程からのやりとりをアチャーの顔で遠巻きに見ていた料理長の目が合った。



「あ、セリオン様、お帰りなさいませ。だいぶ遅いご帰宅でしたが、お腹はお空きでしょうか?

軽く召し上がりますか?」



「あぁ、ありがとう。そうだな、腹は空いている。 今日のメニューは何だろうか」


話題が変わり、明らかにほっとした表情のセリオンが尋ねると、料理長は少し考えて答えた。




「私が腕によりをかけて… お子様ランチをお作り致しまスッ」


「えっ」



そそくさとキッチンに戻る料理長もまた、ティリーエを侯爵家のお嫁さんにと望む親衛隊の1人だった。

ティリーエをきちんと誘えなかったセリオンはこの日、侯爵家使用人一同から再び"坊っちゃん"呼びに戻され、ディナーは可愛らしいお子様ランチを食べることになったのだった。 



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