決別②
「父親が、いない…?」
予想外の返答に、ダムアは驚いた。
「はい。ヴェッセル侯爵家では、庭師のおじさんと、息子のトミーとよく遊ばせて貰いました。
庭師のおじさんは、トミーに庭仕事を教えたり、困れば助けてくれて、いつもトミーを慈しんでくれていました。
父親を知らなかった私は、侯爵家で初めて、父親というものを理解しました。
そしてそれは、私にとっての祖父です。
私は父親がいませんでしたが、祖父が大切にしてくれていましたので、それで充分だと思います」
「えっ… だが、私は正真正銘、お前の父さんだよ…?」
「いいえ、貴方は私の父親ではありません。私は貴方から慈しまれたことも、助けて頂いたことも、声をかけて貰ったことでさえ無いのです。
そのような存在が、父親であろうはずがありません」
「ナーウィス伯爵。貴殿は戸籍や法律上も、ティリーエの実親ではない」
「なっ…!? だが、確かにティリーエは私の娘だ!」
セリオンは、ティリーエに交際を申し込んだり婚姻関係を結ぶにあたり、ティリーエの養育者や親権者を調べたのだ。
そして分かったことは、ティリーエは薬屋レビンの娘リリラーラの実子であることだけだった。
伯爵家はティリーエを認知していないし、養子縁組もしていなかったのだ。
つまり戸籍上、ティリーエは普通の平民の娘だ。
伯爵家に行く時に交わした書類を祖父宅で確認したが、行儀見習いとして伯爵家で預かることしか書かれていなかった。
それは、"平民で娼婦の子供を伯爵家の娘とは認めない"という、ディローダの強い意志だった。
「貴殿は、というか伯爵家は、賢い平民の子を良い環境で学ばせるという文句で行儀見習いとして預かったのに、使用人にも劣る劣悪な環境で無給金、食事も与えずに働かせ、約束の行儀や作法などの教養は全く与えなかった。これは契約違反の上に未成年者略取、虐待だ。
その上、今回は本人の了解なく事故を装って誘拐をした。しかもティリーエが持っていた貴金属や貴重品は街に売り払われ、換金されていた。これも持ち主の承諾を得ていない強盗行為だ。
さらに、今回の調査で、過去ティリーエの母親を意図的に殺害した殺人容疑も固まっている。
貴殿は、たまたまティリーエの母親が妊娠した時期に働いていた貴族の家の当主という関係性だけだ。
重ねて言うが、血縁関係を証明する法的な書類は何も無い。
だが、伯爵家夫妻が犯罪者であるという証拠は揃っている」
「なんと…」
ダムアは項垂れた。
「それに」
セリオンは言葉を加えた。
「貴殿がティリーエを娘だと言うのは、その心当たりがあるからであろう。もし万が一、ティリーエが貴殿の娘であるなら、時期から考えて身重の妻のある身で他の女に手を出したということになる。それこそが罪深い行為だ。
妊娠している間は、夫なら妻を思いやり支え助け合う大切な時期ではないか。その時期にそのような不貞行為を行うことは、夫婦の信頼関係は崩れるに足りる出来事であろう。
実際にティリーエの母を殺害し、ティリーエを迫害したその女は勿論許すべくもない。
しかし、その原因を作ったのは、他でもない貴殿の浅はかな行動なのだ。自らが一連の罪状に関係が浅いなどと、夢々思うものではない。
…だがまぁ、貴殿はティリーエの父親ではないようだから、聞き流して頂いて結構」
最早ダムアがひとことも発しなくなったことを確認し、騎士に合図を送る。
ダムアと執事は大人しく、義母と義姉は暴れながら王城へ連行されて行った。
◇
「ティリーエさんが無事で良かったね」
国王への報告を終えて出て来たセリオンに、シェーン王太子が話し掛ける。
「本当、もし怪我でもしてたら死ぬまで苦しむ薬でも盛ってやろうかと思ってたよ」
悪い顔をしたファラも一緒だ。
「はは… 本当に、無事で良かった。この目で姿を見るまでは生きた心地がしなかったから。
ティリーエは今、花館でディアナ様がついて下さっている。
思ったよりも元気そうだ」
「あの母娘はまだ散々文句を言っているらしいね。
まだ自分達が置かれている状況が分からないのかな?」
「アレはもう… 理解したり反省したりは難しいのではないかな…。 私はもうティリーエに関わらないでくれればそれで良い」
「そうだねそうだね! セリオンは、彼らから交際や結婚の承諾を得るのが1番大変そうだと思ってたもんね。
交際中は何かに付けて金品をねだられるか、結婚となれば絶対に法外な結納金か、無理な交換条件を出してくるに決まってるもん。
だって、利用価値で判断してそうじゃん。
ティリーエでだいぶ稼いでたんでしょ?」
ファラが心底忌々しそうに言う。
ナーウィス伯爵家はティリーエを無給金で働かせていたが、レンタルメイド事業で得た大金も、ティリーエに対しては全く分与されていなかった。
強欲母娘の買い物や賭博に消えていたようだ。
「本当に、碌でもない人達だったんだね。でも、セリオンは大丈夫? その…、侯爵家に嫁ぐには、婚外子とは言え伯爵家の血筋ということが大切だったのではないのかい?
大奥様と旦那様は、結婚に賛成して下さるだろうか」
シェーンが少し心配そうに尋ねる。
侯爵家に平民が嫁いだ実例は無い。
基本的に、求められる立ち居振る舞いや不要な争いを避けるために、婚姻は同程度の家格の男女で行われることが多いのだ。
「シェーン、それはまだ気が早いよ。セリオンはやっと交際を申し込もうとしてるんだから、結婚のことはまた後から考えれば良いのさ!」
からりとファラが笑い、セリオンは苦笑する。
ファラの国は皇族以外の臣民に階級性は無い。だから、このあたりのことをあまり重視しないのだ。
「2人にそんなに心配されなくても、きちんと考えているよ。ありがとう。さて、そろそろティリーエの様子を見に戻る。また会おう」
「あぁ、ティリーエさんに宜しくね。よく休まれるよう伝えてくれ」
「僕も明日は姉さんと一緒に行く予定だから、そう言っててね! 元気が出る美味しいお茶を持って行くよ」
手を振って2人と別れる。
やれやれと息を吐いて、ようやくセリオンは花館へ向かった。




