決別①
コツ コツ コツ
階段から乾いた靴の音と、光の輪が近づき、誰かの顔が…
「ここは地下牢か。なぜ伯爵家に地下牢が… !!」
「えと、ど、どなた様でしょう… あっ!?」
「ティリーエ!!!」
「セリオン様!!!」
暗闇に目が慣れたセリオンと、急に光に照らされてまぶしいティリーエが互いに気づく。
「ティリーエ、無事で良かった…!」
「セリオン様、どうしてこちらが?」
分かったのですかと聞こうとして、黙り込んだセリオンの視線の先を追うと、足首に注がれていた。
「地下牢に幽閉の上、足枷まで…!!」
痛ましそうに眉を寄せると、部下に指示を飛ばした。
「上の奴らに、地下牢と枷の鍵を渡すよう命じろ」
いつも冷静で丁寧なセリオンが、これ程怒りを露わにする所を、ティリーエは初めて見た気がした。
そうして、とうとう観念して渡された鍵で牢を開けると、セリオンはティリーエを抱きしめた。
「迎えに来るのが遅くなって、すまなかった…」
「いいえ、私の不注意でお手を煩わせてしまい、申し訳ないです…」
ティリーエは、セリオンから背中にまわされた両腕に手を添えた。その手は、小刻みに震えていた。
ティリーエは拷問されたって髪を燃やされたって、もう、絶対あいつらの言うなりにならないぞとは思っていたが、内心では怖かった。
後から治せるとはいえ、痛いものは痛いから、全然平気なわけではない。朝が来るのが不安で不安で心細かったのだ。
「ふ… うぅっ…」
涙を流すティリーエを、優しくセリオンが撫でる。
2人はそのまましばらく抱き合っていた。
◇
「「「ティリーエ様!!」」」
「「「ティリーエ殿!!」」」
セリオンに抱えられて階段から上がってきたティリーエは、魔術師団員や騎士達に歓声を持って迎えられた。
ティリーエも、想像以上の規模の捜索隊に度肝を抜かれながら、皆に何度も御礼を言った。
コピルやカロンをはじめ、義母と義姉の監視役だった第3師団の2人も心から安堵し、無事を喜んだ。
捜索は終了し、半数は王城に返した。
半数は警護と護送のために伯爵家に残った。
ティリーエが見つかったことで伯爵家の家族一同と執事は誘拐と隠蔽犯であることが確定し、手錠が課せられた。
口はフリーでも良いのだが、義母と義姉はあまりにも罵言が酷いので、口枷が嵌められている。
それが屈辱的なのか、暴れ牛のように猛り狂っていた。
「今からお前達全員を王城に連行していく。ここに戻れるかどうかは分からん。以降は司法の裁きによるので、私に裁可について聞かれても返答できないからだ。何か、言いたいことはあるか」
伯爵家当主のダムアにセリオンが問う。
ダムアはしばらく考えていたが、どうせ罪は免れないのなら、酌量される可能性に賭けることにした。
「わ、私は… ティリーエに対し、直接手を下したり害なしたことはありません。リリラーラの件もティリーエを連れてきたことも、全て私の妻と従者がしたことです。
しかしそれは、夫として妻を監督できなかった私の咎であると理解しており、その責任から私だけ逃れようとは思いません」
乾いてうまく話せない口から、何とか声を出す。
唇を舐めてから、続けた。
「ただ、ティリーエは私の娘です。そもそも侯爵様は、仕事先であった貴家でたまたま病に伏した私の娘を療養した後に、こちらの了解なく一方的に祖父宅へ戻されました。
我が家は皆、戻って来ないティリーエの身を案じたものです。
当時ティリーエは、べつに無理矢理我が家へ連れてきたわけではありません。正式な手順をとり、養女に迎えております。
そして今回、少し行き過ぎた面があったとは言え、妻がティリーエを家に連れ帰ってきました。
未成年が親の元に戻ることは、考えてみれば当たり前のことです。むしろ侯爵様こそが部外者であり、ティリーエの養育に関して何の権利もないのではないでしょうか。
ディローダはティリーエの実の母親ではないため、ティリーエとは少し行き違いと言いますか、うまく意思疎通が図れていないだけなのです。話せば、悪気が無かったと、分かってくれると思います」
そう言って、ダムアはティリーエを見上げた。
ダムアは、最初に屋敷に来た時も今回も、ティリーエとほとんど顔を合わせていなかった。
たまに見かけた時は、いつも妻に従順に従っている聞き分けの良い姿を見るのみだったのだ。
別に助けて欲しいと言われたことも無いし、ティリーエ本人は困っていなかったのではとも思っていた。
させていたことだって、家事手伝いくらいのものだ。娘が家事を手伝う家なんて、別段珍しくない。
怪我や病気をさせたこともないのだ。
セリオンさえ現れなければ、今もあの日のまま、家族で過ごせていたように思う。
だから、何かおおごとにはなっているが、当のティリーエは理解しておらず、誤解だったと話せば分かるのではないかと考えたのだ。
「な… ティリーエ、父様のこと、分かってくれるな…?」
最後は縋るようにティリーエを見つめた。
ダムアが、自らの一人称を"父様"とティリーエに言うのは、初めてのことだった。
ティリーエはその様子を、どこか他人事のように眺めていたが、少し考えてから口を開いた。
「私に、父親は、いません」




